あおい「よし!いっけ〜!」
升「レフトバックー!」
木村「(なんてパワーだ!!)」
升はマスクを取り大きな声で叫ぶ。木村はただボールの行方を目で追っていた。打球はレフトスタンドに向かって高く上がっていく。
あおい「入れー!」
風は追い風。入るのではないかと思っているのはあおいだけではない。塁上にいる高橋や冷静な笹田ですら入るのではないかと思ったぐらいだ。
だが、フェンス手前でレフトが構えた。打球は高くは上がり風も追い風だったがスタンドインするほどの伸びではなかった。
原因はやはりボール球を無理に打ちにいったことだろう。
(バシ)
審判「アウト!スリーアウトチェンジ!」
あおい「あ〜惜しいなぁ」
あおいはヘルメットをとりながらそう言った。
升「ふぅ、ヒヤッとしたな。卓哉」
ベンチに引き上げていくときに升は木村にそう言って話し掛けた。升は助かったって感じだが、木村は違った。
木村「確かあの娘、ボール球を打ったよな。それであの飛距離・・・」
木村は打球の伸びと上がり方ばかり考えていた。両チーム共に全員ベンチへ完全に引き上げていた。今は、審判しかいない。
笹田はキャッチャーのレガースやマスクを付けている。西条は笹田の準備ができるまで待っていた。
西条「大変だな。レガースつけたりマスクつけたりしてな」
笹田「お前の球ぐらいなら素手で上等だけどな」
笹田が少し笑顔を浮かべながらそういった。西条もわかっているのか同じ様に少し笑顔を浮かべ、言い返す。
西条「じゃあ、ミットありでも捕れないような球投げてやるよ」
笹田はまた少し笑顔を浮かべながら「期待しておくよ」と言ってグラウンドに向かった。
西条もマウンドに向かおうとしたが監督に呼び止められた。
西条「なんでしょうか?監督」
監督「ワシが言った事を忘れれてはないよな?」
西条「落ち着いてやれ、ですよね?」
監督「うむ」
そのあと、西条は少し眉を吊り上げて真面目に監督にこういった。
西条「この神城野球部に勝利を献上するようなピッチングしますからよく見てて下さいよ」
監督もまた笹田と同じ様に少し笑顔を浮かべながら「期待しておいといてやるわい」と言った。
そして、場内にアナウンスが伝わる。
*「一回の裏 浅瀬川商業の攻撃は一番 ライト 草野君」
練習試合、西条は一度も先発マウンドに立ったことがなかった。笹田はそれが少し可哀相にみえた。
それで笹田は公式戦でどうしても西条にやらせたいことがあった。それは・・・
笹田「(第1球目だけは好きに投げてくれ)」
まだ驚きを隠せない西条だが、すぐに頷く。そして投球モーションに入る。
草野「(アンダーか・・・)」
第1球目、西条が選んだ球はストレートだった。その投じた球は外角低め、しかもストライクかボールの判断がかなり難しいところだった。
草野のバットはピクリとも動かなかった。
審判「ストライク!」
草野「(さすがアンダースローだけあって中々いいコントロールしているな)」
第2球目、またもや外角低めのストレート。これは当てられファールになった。
笹田「(いい感じだ。ここでこれがくればいけるはずだ)」
そして第3球目。
草野「うっ!」
ここにきてスローカーブ。ストレートのタイミングで待っていた草野のバットは呆気なく空を切った。
審判「ストライク!バッターアウト!」
笹田「ワンアウト!」
高橋「ナイスピッチング!」
西条「・・・え?」
西条はただ驚いていた。まさか、いきなり三振で打ちとれると思ってなかったらしい。
草野「油断するなよ、三輪」
三輪「わかった」
西条「・・・本気?」
*「二番 ファースト 三輪君」
三輪「(軟投派ってやつか)」
笹田「(二番には・・・これだ)」
サインが決まり西条が頷く。そして、西条の低い位置にある手から第1球目を投げた。
三輪「(ど真ん中!貰った!)」
だが、そこから外角へと滑るようにして逃げていった。スライダーというやつだ。
(カキ・・・)
ボールはバットの先に当たりファースト方向へと打ち上がった。佐々木は落下地点に入り打球をキャッチした。
佐々木「ナイスや!西条はん!」
三輪「チッ」
三輪は誰にも聞こえないくらいに舌打ちをした。このあと三番 藤原を3球目を打たせショートゴロとなりスリーアウトチェンジとなった。
結城「テンポが・・・よかったな」
この回、西条の球数は僅か7球だった。
篠原「ナイスピッチングだったな!西条!」
笹田「(この回だけ見ると変化球のキレ、コントロールがいい。それに加えてアンダースローの多少の打ちづらさがあるらな」
西条本人も驚いていた。そして、監督に聞く。
西条「・・・俺になんかしました?」
監督「わしはなんもしとらん。言った事を守って投げとるお前の実力じゃよ。」
西条「はあ・・・」
西条はイマイチ理解できてなさそうな返事をした。
2回の表、神城打線は6・7・8番と下位打線。3人は簡単に打ち取られチェンジとなった。
2回の裏、4・5・6番。西条は4・5番にヒットを許したが後続をピシャリと抑えた。試合はまさに投手戦になろうとしていた。だが、4回の裏・・・
4回の裏、スコアボードはまだ0の数字しか刻まれていない。1死ランナーなしの状況で再びこの男に回ってきた。
*「四番 サード 結城君」
*「結城く〜ん!!頑張ってー!!」
結城「煩い・・・」
升「四番だ。ランナーなしだが、油断だけはするなよ」
木村「わかっている。さっきのヒットもすごかったしな」
そして、升は元の場所へと帰っていき。サインを出す。
升「(内角ギリギリをストレートでせめろ。お前の球威ならつまらせれる)」
木村は静かに頷く。そして、第1球を投げた。
升「(よし、いいコースだ。これなら球威に押されてつま・・・)」
結城は足を降ろしバットをフルスイングした。
(ギィィィィィン!)
升「何!?」