第17章
左腕起動





打球はライトスタンド一直線。普通は誰もが諦めるだろう。二人を除く神城ナインそして敵、浅瀬川ナインも、もう入った気分でいる。

だが、結城以外は忘れていた。一条あおいという型破りな選手がライトを守っている事を。ほらもうその型破りな守備が始まっているではないか。

あおい「念のため深く守ってけど・・・正解だったわね」

あおいは一応四番ということで深めに守っていた。それが見事に当たりフェンスまで来たまではよかったが、このままでは明らかに届かないと判断した。

最後まで諦めてはいけないのが自分のモットーの一つ。あおいは迷いもなくフェンスを登りそして今の状態に至る。

藤原「・・・あの娘。やることがイマイチ女の子っぽくないって思うのは俺だけか?・・・」

三塁ランナーの藤原はあおいが本当に女の子かどうか疑問を抱いた。

結城「・・・れっきとした女の子です

結城は誰に言うわけでもなく言った。

あおいはとにかく冷静に対処をしようと思い、打球だけを集中する。

あおい「(これで・・・!)」

打球が近くなるにつれてわかる事がある。それは・・・

あおい「(この位置じゃ届かない・・・かも)」

直井もゆっくりと一塁ベースを目指す。その光景を見ながら直井は言った。

直井「脅かしやがって、あれはさすがに届かないだろう」

諦めないのが自分のモットー。どうするか考えたい。だがもう考える暇はなかった。打球がすぐそこまできている。

あおい「う〜・・・え〜い!届かないなら・・・」

そのときあおいは勢いよくジャンプしたのだ。

あおい「届け〜!

その姿が太陽に照らされ誰よりも眩しく見える。あおいの目には回転のかかっている白球と雲一つない青空が映っていた。

結城「おお・・・勇敢な・・・」

結城はこのあおいの守備を見て、軽く拍手をした。藤原は結城を見てなんて緊張感のない男だと思っていた。







(ドサ!)


フェンスからあおいは勢いよく転げ落ちた。打球がどうなったかわからない。センターの黒崎が寄ってきてあおいに問う。

黒崎「球は!?ていうか大丈夫か!?

あおい「球なら・・・この通り・・・」

打球はあおいのグローブの中にしっかりと収まっていた。

つまり・・・

審判「ア、アウトー!

直井「嘘だろ・・・」

直井はただ呆然とするしかなかった。

藤原「んな・・・」

藤原は今の守備に驚かされタッチアップし忘れていた。三塁ベースコーチをしている後輩の声もまったく耳に届いていない。

このまま、放っておけば同点のまま1アウトを迎えることができるはず。いやできた。だが・・・

結城「スタート切らなくていいんですか

結城はタッチアップし忘れている事を何故か親切に教えてあげた。

藤原「そうだった!・・・ありがとう!

藤原はスタートを切ると同時に結城に御礼を言い全速力でホームに突っ込んだ。藤原がホームに到着するころに球がショート篠原に送球された。

結城「・・・大変だな。一日一善というモットーを持つのは」

結城は自分の犯した過ちに気付く事はなかった。

あおいの超ファインプレーでホームランは防げたものの結城の余計な事によってランナーを帰してしまい結局四番 直井の勝ち越し犠飛となってしまった。

神城ナインは西条の周りに集まる。西条の息はもう完全に上がっていた。

西条「すまねぇ・・・」

西条の頬に他の部員と比べものにならないほどの汗が伝わる。

笹田「気にするな・・・」

高橋「そうだよ。まだ負けが決まったわけじゃないんだから」

高橋が明るい声で西条を励ます。高橋のたった一言でナインは明るくなる。

西条「そうだな。よし!

笹田「(この調子なら大丈夫っぽいな)」

そのときだった。監督が審判の方へと向かっていく。

監督「審判さん、ちょっと・・・」

監督と審判は一分ぐらい何かを話していた。結城には何を話していたか大体わかった。

そして、球場にアナウンスが流れる。

*「神城高校、選手の交代をお知らせします」

笹田「なに?」

篠原「交代って・・・誰と交代すんだよ」

*「ピッチャー 西条君に代わりまして一条さん。ライトにセンターの黒崎君が入り、センターに川相二郎君が入ります」

篠原・笹田「・・・ええ!?

あおい「・・・私が!?

西条「・・・仕方がない。あとは頼んだ、一条」

西条はあおいにボールを渡しベンチに戻っていった。ベンチに戻っていく西条の顔は笑顔だった。

監督「気持ちよかったか、先発は?」

監督が西条に尋ねる。西条は笑顔で「はい!」と答えた。







あおい「ど、どうしよう・・・」

笹田がマスクを被りキャッチャーミットを構える。

あおい「(うう〜・・・)」

あおいは笹田のミットにボールを次々と投げ入れる。8球投げたうち8球、つまり全球ミットに納まった。

・・・70キロでているかでてないかあたりの超ヘロヘロボールだったが。

その球を受けて心配に思った笹田があおいが立っているピッチャーマウンドへと駆け寄る。

笹田「・・・大丈夫か?」

あおい「ゼ、ゼンゼンダイジョウブヨ!ハハハ!

笹田「言葉が片言になってるぞ・・・」

サードを守っていた結城もピッチャーマウンドに駆けつける。

結城「・・・本当に大丈夫かい?」

あおい「ダイジョウブ!」

結城「それならいいけど・・・あと、あいから伝言」

あおいの顔は完熟したトマトのように真っ赤になっていた。汗も頬を伝ってグラウンドへと落ちていく。どれだけ緊張しているかよくわかる。

あおい「お、お姉ちゃんからの伝言?」

結城「頑張れ!私の妹ならきっと大丈夫!」

あおい「棒読みでなんか拍子抜けしちゃうけど・・・お姉ちゃん」

あおいは姉のあいの言葉に前と同じ様に感動していた。だが・・・

結城「あと・・・」

あおい「あと?」

結城「負け投手になったらあれを皆にばらすから気合入れて頑張りなさい、だって」

あおいの顔はみるみるうちに青くなっていく。その顔を見せたくないのか後ろを向いて震えていた。

結城「(あれとは・・・一体・・・)」

だが後ろを向いて3秒たたないうちにあおいは突然前を向いて結城と笹田に言う。

あおい「絶対に勝つわよ!いい!?

あおいは漫画みたいな量の涙を流しながらそう言った。

結城・笹田「あ、ああ・・・(危機が迫っているな・・・)」

二人は同じ事を思っていた。

大丈夫だろうと思った二人は元の場所へと帰っていった。

*「五番 キャッチャー 升君」

笹田「(そういやミットはど真ん中に構えておけって言ってたな。まだ正確なコントロールがついてないということなのか?)」

審判「プレイ!」

あおいは前に体を大きく倒した。クラシックワインドアップというやつだ。

升「(こいつライトを守っていたが、本当はピッチャーだったのか)」

あおいの公式戦の第一球目、ど真ん中のストレートだった。升はピクリとも動かなかった。いや動けなかった。

審判「ス、ストライク!」

升「な・・・」

敵チーム「なんだ今のは!?

敵監督「こ、これは・・・」

バックスクリーンの球速表示には一球目というのに144キロと表示されていた。驚くのも無理はない。

監督「速いのぅ・・・」

結城「(また速くなったか?)」

第二球目、外角低めのストレート。これは完全に外れておりボール。

升「(明らかに卓哉より速い。コントロールは悪いが・・・)」

また、さっきまで西条の遅いスピードに合わせていたためタイミングが合わないのも一つの理由である。

第三球目、外角の際どいコースに入ってきた。

審判「ストライク!」

升「(スピードがあって球が荒れているから手が出しづらい。こいつは厄介な・・・)」

第四球目、五球目はいずれも内角高めのボール。

あおい「(やっぱコントロール悪いなぁ・・・)」

あおいはまだまだコントロールが悪いと思っているが、笹田、いや他の部員から言わせればかなりよくなっている。

前はミットに届かないところにボールがいくことが多かった。そこから考えれば大きな進歩である。

笹田「(どれもそんなに大きく外れてない・・・)」

結城「最低限のコントロール・・・ついたな」

あおい「(2-3・・・いきなりファアボールで歩かせたくない)」

するとあおいはボールの握り方を変えた。

あおい「(笹田君、頑張って捕ってね!)」

前へ体を倒し第六球目を投げた。そのコースは・・・

升「うわぁ!

笹田「(まずい!当たる!)」

そのコースは升の左肩あたりだった。升はこれを避けようと後ろに倒れる。

だが・・・


(ククッ!)


笹田「

笹田は死球に備えて内角高めにミットを構えていたが慌てて内角低めにミットを構える。


(バシ!)


審判「ストライク!バッターアウト!

笹田「なんていう変化球・・・」

升「あそこから曲がっただと・・・」

結城「彼女の新しい武器だな・・・」

結城は三塁ベースの横でそう呟いた。




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