第19章
真っ向勝負





一塁側のスタンドはファンクラブの連中が追い出されたため人がかなり少なくなっていた。

その少ないスタンドに神城の制服ではない生徒が座っていた。つまり違う高校の生徒ということだ。

*「あ〜あ。あんな守備シフト敷かれちゃってるし。あの四番も終わりかな〜。

ていうかなんでこんな関係ない試合を見に来なきゃいけないんすか、榊さん」

榊「黙ってみることはできないのか、南山」

榊という男は特に表情を変えることなく言った。南山という男は文句をたれるように言う。

南山「だって榊さんが注目している高校って去年まで女子高だったところでしょ?そんな高校見てどうするんですか。

誰か注目している選手でも?」

榊は南山の顔を見ずに言った。

榊「いるよ。だからこうしてその実力をもう一度確かめに来たんだ」

その顔は大変厳しかった。

南山「へ〜。そんなやつがね〜」

南山はあまり興味なさげに言った。球場に生ぬるい風が吹く。二人の髪の毛が少しだけなびいていた。







気温は30℃。結城も暑さを感じながらもあることを考えている。

審判「ボール!」

それは外野手全員がレフト寄りの守備シフトを敷いていることである。結城はこの守備シフトが昔使われていたことを知っている。

まさか、自分が使われるとは思わなかった。そのシフトの名前は・・・

監督「王シフト・・・じゃな」

ぽつりと監督が呟いた。

咲輝「王シフトって?」

咲輝がいつもののんびりした口調で聞く。監督は息を一度吐いた後、そのシフトについて語り始めた。

それは今から40年前の5月5日(1964年の5月5日)、監督がまだ高校生だったころ、王貞治の第一打席のときに起こった。

広島の外野陣が全員極端にライト寄りの守備をとったのことだった。その日の王の結果は5打数無安打。

咲輝「・・・王さんはそれ以降も打てなかったの?」

娘の言葉を聞いて監督は笑っていた。咲輝はどうして父親が笑っているか理解できなかった。監督は少し間を置いて今度は咲輝に質問する。

監督「お前じゃったらどうする?」

さきほど笑っていた監督の顔からは笑いは消えていた。

咲輝「う〜ん・・・逆方向に打とうと思うな。絶対に」

監督「そう言うと思ったわい。じゃがな、王さんはな・・・」







審判「ファール!」

由利「追い込まれちゃったよ!どうするのよ!ねぇ!?

由利は、篠原の首を掴み揺らしながらそう言う。篠原の顔はナスのように青ざめていく。

篠原「お、俺に・・・言う・・・な」

そんな殺人事件が起きかけているベンチから離れて 熱気の漂うグラウンド。

升「(内角ストレートだ。嫌でもレフト方向に打たすんだ)」

サインを出すと升は内角高めにミットを構えた。

木村「(ここが勝負どころだな。こいつを抑えれば・・・)」

カウント2-3、木村は腕を目一杯振り第5球目を投げる。

升「(すごくいいとこ!)」

結城はなにやら吹っ切れた表情をしている。

結城「(右に流すなんてめんどくさい。それに・・・)」

結城はその全力投球に応えるかのようにバットをフルスイングする。

監督「上を越えれば関係ないと言ったんじゃ」

咲輝「すごい発言ね」


(ギィン!)


升「な!?

木村「!?

結城「(ホームランを打てばいいこと)」

結城は打球を確認した。打球はレフト線に飛んでいる。弾道はやや低め。

ホームランにはならないが、フェアゾーンに落ちさえすればツーベースヒットとなるコース。だが・・・

西条「やばい!レフトが追い付いてる!

左寄りの守備シフトだったためレフト線のところにレフトがいたのだ。レフトの中居が構える。

中居「よし。これなら犠牲フライにも・・・ん!?

だが、中居は気付いた。

升「違う!もっと後ろだ!

中居「くそったれ!

中居は勢いよくジャンプしたが、時既に遅し。打球は中居の頭を越えていった。打球はギリギリフェアゾーンに落ちそのまま勢いよく転げていった。

黒崎「回れ回れ〜!」

中居は打球を追い掛けている。その間に2塁ランナーの高橋がホームイン。中居はようやく追い付きショートに返球する。

そして、一塁ランナーの笹田までもが帰ってくる。

升「ショート早く!」

藤原「秀ちゃん!

升「こんな時に愛称で呼ぶんじゃねぇー!

升は怒鳴りながらボールをキャッチした。

笹田「だあああ!

升「ナメんなよ!


(ザザー!バシ!)


砂塵が舞い球場内に沈黙が漂う。

審判「アウト!アウトー!

笹田「チッ!もう少し足が速けりゃあ・・・」

笹田は舌打ちをした。このときばかりは自分の足の遅さを恨めしく思ってしまった。だが神城ベンチは大騒ぎだった。

西条「あ〜、惜しい!」

篠原「でも同点だ!」

あい「結城さ〜ん!ナイスです〜!」

結城の同点タイムリーヒットには監督も嬉しそうだった。

監督「ほほぅ。ガラ空きになったライトの誘惑に乗せられるかヒヤヒヤしたが、その心配も無用だったようじゃのう」

またもやマウンド上に敵のナインが集まる。

升「中居・・・あれは一体・・・」

中居「信じてもらえないが・・・打球が伸びたんだ

中居はかなりすまなさそうに言った。ナインに暗いムードが漂う。このムードを破ったのは木村だった。

木村「気にしなくていいから。次でサヨナラにすればいいしな。だが問題は次の打者だ」

あおいは打席を外して軽く素振りをしている。

升「そうだな。絶対に抑えてサヨナラゲームにするぞ!」

ナイン「オオー!

あおい「さぁて、いくかな」

あおいはバッターボックスに立った。今日、第二打席にホームラン級の当たりを放っている。これはもうとる行動はただ一つだった。

監督「敬遠じゃろうな」

升「(絶対に抑える方法はこれしかない)」

升は立ち上がった。監督の言った通り敬遠だった。

木村「(不本意だが・・・やむを得ない)」

木村は大きく外したミットに球を投げ込む。

審判「ボール!」

敬遠には味方のベンチも騒がしい。

篠原「敬遠だと!?

西条「おいおい!相手は女なのに勝負を避けるのかよ!」

あおい「(むかつくけど・・・仕方がないわね)」

あおいは怒りの感情を押し殺していた。当然誰も気付かない。だが二塁ベースにいる結城はわかった。

昔、敬遠球を打たれたことがある事に・・・また姉であるあいにもわかった。

試合前にあおいがあいに敬遠球投げられても怒らない、私は変わった、と誓っていたもののやはりいつ爆発するかわからない。

だからあいはハラハラしていた。木村は構わず升の外しているミットに球を投げ込む。

升「悪いな。これも作戦でな」

升はあおいに聞こえぬよう小声で言った。あいには怒らないと誓ったあおいだがとうとうキレてしまった。

大きく飛び込みバットを真っ直ぐ縦に振りおろした。

あおい「なめんじゃないわよ!

升・木村「!?

結城「・・・短気だな」

二塁ベースの横でそう呟いた。グラウンドには暑い陽射しが差し込んでくる。今日は本当に暑い。

暑いからさっさと帰ってエアコンの効いている部屋で寝たいと思う南山だった。




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