第20章
心の隙





球場は騒然となった。あんなに外れたボール球、言わば敬遠球を打つだなんて・・・誰が予想しただろうか。

藤原「(マジかよ!?)」

あおいの打った球はグラウンドにそのままたたきつけられ、そして勢いよく跳ね上がった。

ショートの藤原は先回りし跳ね上がった打球の大体の落下点に入る。

藤原「(は、早く・・・)」

かなり跳ね上がったためか中々打球が落ちてこない。藤原は焦っていた。その間に結城は三塁を蹴った。

三塁ベースコーチをしている西条が慌てて結城を呼び止めた。

西条「結城!戻れ!いくらなんでも無理だ!

西条だけが慌てているわけではない。ベンチからも「無茶だ!」とか「一旦戻れ!」といった声が飛んでくる。

確かにこのままではホームで刺されるのがオチだ。これは誰が見ても簡単に予想できる。だが結城はこの声を全て無視することに した。

ここで勝ち越しておかなければ次はない、そんな気がしたのだ。それに結城には一つ策があった。それはあおいもやったことがあるのだ。


(パシッ)


ようやく打球が藤原のグラブに収まった。

升「ショート!早く!」

藤原「調子に乗るな!一年坊が!

藤原は勢いよくキャッチャーに返球した。結城もホーム近くまで来ていたが、少し早く升のミットに球が収まった。

升「(余裕でタッチアウトだぜ)」

きっと誰もがアウトになる、できる、そう思っただろう。だが、そうはならなかった。

結城「(悪いが・・・本気で当たらせてもらう)」

結城はそのままヘッドスラインディングした。同時に升は球が入ったミットを結城の体にタッチした。・・・ただタッチしただけだった。

木村「な!・・・」

升はリードがうまいだけでなくキャッチャーとしての体格もそれなりよかった。

過去に何人もの選手のホーム突入を防いできた。例えどんなに体格がすごいやつでも・・・

決して結城は体格はすごいくはない。プロ選手で言えばイチローみたいに背は高い方だが体は細いというような体格だった。

だが升は吹き飛ばされた。敵のナインからすればそれは信じ難い光景だった。

あおい「ボ、ボールは!?

あおいは二塁ベースの上で言った。吹き飛ばされた升のミットの中にボールはなくそのへんで転がっていた。つまり・・・

審判「セーフ!セーーーフ!

黒崎・西条「ウォォォ!よくやったー!結城ー!

二人は同時に叫んだ。しかも何故か笹田に抱き付きながら・・・。

結城「ふぅ」

結城は一息ついてからゆっくりと起き上がりユニフォームについた土を払った。だが、払ったところであまり意味がないので止めることにする。

升「な、なんつー体当たり・・・だ・・・」

升は大の字になって倒れていた。敵のナインが寄って来て直井の肩を借りゆっくりと起き上がった。

升「すまねぇ・・・」

直井「気にすんな。とられたならまた取り返すまでだ」

味方のベンチは当然のように騒がしかった。特にあおいの姉である一条あいが騒がしかった。何故ならメガホンで叫んでいるからである。

あい「あおいー!言ってたこととまったく違うけどナイスよー!結城さんもナイスでしたー!」

あおい「ハハハ・・・」

あおいは少し複雑だった。

篠原「いや〜、しかし敬遠球を打ったのはかなり驚いたぜ」

佐々木「そやけどさっきのはライスやったなあ」

篠原「ナイスだろ!

ネクストバッターサークルで何故か漫才が行われていた。しかもかなりベタベタな・・・。

しかもまだ黒崎と西条は笹田に抱き付いていた。はたから見ればそれはかなり気持ち悪い光景だった。

笹田「さっさと離れろ!うっとうしい!

笹田の怒鳴り声が球場中にこだました。とにかく・・・神城は二人の活躍により3-2と逆転に成功する。さらに一死2塁のまた得点チャンス。

だが、六番 佐々木はショートフライ、七番 篠原は三振となり結局あおいをホームに帰すことができず追加点のチャンスを逃した。

9回裏、神城はベンチ前で円陣を組んでいた。

高橋「これを守りきれば勝ちなんだ。皆、気合いれていくよ!いい!?

全員「オオー!

初勝利がすぐそこまで迫っているせいか凄まじく気合が入っていた。

又敵チームも監督を中心に円陣を作っていた。こちらは大変静かだった。だが、そこに諦めムードなどは漂ってはいなかった。

敵監督「・・・わかったな」

全員「はい!

敵監督「よし、じゃあ行ってこい!

全員「オオッ!

そして、神城に劣らずとも勝らずといった気合が球場中に響き渡る。

*「9回裏、浅瀬川商業の攻撃です。四番 サード 直井君」

バッターボックスに直井が入った。だが直井の立っている位置はバッターボックスの一番端。

はっきりいって少しでも外角に投げ込まれるとまず打てないような場所だった。

笹田「(なんだ?一体。諦めたのか?)」

笹田、いや神城ナインもこれは妙だと思った。だがあおいはこれを見て妙だとは思わずむしろ喜びに浸っていた。

あおい「(あれ?もう打つ気ないのかな?だったらそこで指をくわえて見ててて下さいね〜)」

まあ、調子に乗っていると言っていいだろう。笹田はどうしてこんな位置に立っているかを考えたが答えはでなかった。

笹田「(考えても仕方がないか。とにかく三人打ちとってしまえば勝ちなんだ。この打者の最初の一球は・・・これだ)」

何を投げさすかが決まると笹田はジャンケンで使うチョキを股の下で作った。

あおいとのサインが決まっていなかったため7回の守備の直前に簡単に作ったサインがこれであった。

あおい「(いきなりスクリュー・・・ね)」

あおいは軽く頷き投球モーションに入る。クラシックワインドアップから投じた第一球目。

審判「ボール!

笹田「おや?」

あおい「あれ?」

二人は思わず声が出す。さっき投げたスクリューが完全に外れていたのだ。

ストレートはかなり荒れているが、スクリューはあまり荒れることはなかったのだ。

あおいは、ちょっと抜けただけと自分に言い聞かせ、投球モーションに入った。

第二球目。

審判「ボールツー!

球種はストレート。これも完全に外れてボールだった。結局第三球目、第四球目も完全に外れてフォアボールとなった。

笹田「(ストレートのフォアか・・・)」

笹田は少し表情を曇らせた。あおいが今日初めてのストレートのフォアだったのだ。

それに7・8回と比べて突然コントロールが悪くなっているのも感じとれる。少しやばいかもしれないと思った。一方あおいはというと・・・

あおい「(だ、大丈夫よ。フォアボールなんていつもののことなんだから。しっかりあおい)」

と自分に言い聞かせていた。

しかし・・・

笹田「(絶望・・・すぎ・・・)」

あのあと、五番をセカンドフライに打ちとったが六番・七番はストライクが一球も入らず連続でフォアボールを与えてしまい1死満塁となってしまった。

敵監督はこれが狙いだった。

敵監督「(うまくいったな)」

ナインが心配し、マウンドに駆け寄ってきたときだった。

監督「審判さん。ちょっと・・・」

監督は西条を交代させたときのように審判を呼んだ。だが、ここで疑問点が一つ浮かんだ。

あおい「ピッチャー交代だとしても・・・誰と交代するのよ」

そう、神城にピッチャーは西条とあおいしかいない。だからあおいの続投以外は考えられなかった。

結城「さあ・・・どうだろうな」

結城はあおいに言うわけでもなくそう言った。そして、アナウンスが流れた。

内容は、サードの結城がライトに、ライトの黒崎がセンターに、川相二郎と交代で川相三郎がサードに入るとのことだった。

練習試合も合わせて結城が外野を守っているところを他の部員は見たことがない。

佐々木「結城はん。外野守ったことがあるんでっしゃろ??」

結城「・・・一応。リトルリーグのときは外野だったし」

佐々木「なんや。つまらんな〜。どんなリアクションをとろうか考えていたのにな。がっかりや」

関西弁を使うだけあってそんな無駄なリアクションまで考えていたのか。ある意味忙しい奴だ、結城はそんなことを思っていた。

笹田「(それにがっかりすることか?)」

笹田は心の中でそう思った。







神城ナインは自分達の守備位置についた。大ピンチなだけあってより一層守備に気合が入っている。いつ自分のところへ飛んで来ても大丈夫なように・・・

八番 木村。当然のようにバッターボックスの端に立っていた。

笹田「(この状況でのスクリューはなるべく避けたいところ。だからストレートでおしていくしかない)」

笹田はグーのサインを出した。つまりストレートのサイン。あおいは軽く頷き第一球目を投げた。やや内角高めのコース。

球種はストレートだが球速はストレートほど速くはなかった。決して疲れたわけではない。

あおいはファアボールの押しだしを避けたいがために球を置きにいってしまったのだ。当然木村はこの球を逃すはずがなかった。


(キィン!)


あおい「

打球はライト方向。高々と打ちあがったが犠牲フライになるには充分な飛距離だった。三塁ランナーは結城をずっと見ていた。


(バシッ)


結城がボールを捕ったのを確認するとランナーはスタートを切った。

笹田「ライトーー!バックホーーム!

ライトの結城はすぐさまスローイングの体勢に入りそしてボールを投げた。

今日の最高気温は約31℃。今、ちょうど最高気温を迎えている。それと同時に試合も最高潮を迎える。この熱い試合のクライマックスを知る者はまだいない。




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