笹田「ライトーー！バックホーーム！」

笹田が大きな声で叫ぶ。結城が打球をキャッチャしたのを確認し三塁ランナーはスタートを切る。結城はすぐさまスローイングの体勢に入りボールを投げた。

セカンドの高橋が中継に入っている。だが、高橋はボールを捕らなかった。いや、捕れなかった。

高橋がジャンプしてもギリギリ届かない高さを通過していったのだ。また結城の投げたボールの速さは異常だった。

まさにレーザービーム。だが三塁ランナーもホーム近くまで来ている。タイミング的には微妙だった。

直井「(頼む！アウトになったら俺達の高校野球は終わりなんだ！)」

(バシィ！)

笹田は送球されてきたボールをキャッチした。普通、結城が捕球した位置は多少深め。

いくら両翼が92ｍしかないとは言えやはりこの位置からだと普通なら中継に入っているセカンドにまず送球するだろう。

例え、肩に自信があったとしても大きな送球のズレが発生するはずだ。だがその送球には少しのズレもなかった。

しかも笹田が構えているところへワンバンで返したのだ。笹田はホーム突入を急いで防ぐ。

結城「勝ったな・・・」

結城が呟く。ホームではクロスプレーにより砂塵が舞っていた。ほんの一瞬だけ静寂が訪れる。

審判「アウト！アウトーー！ゲーームセット！」

あおい「やっ・・・」

あい・由利「キャー！やったー！」

木村「ああ・・・・・」

直井「クッ・・・・・」

審判がバッターボックス近くに集まる。そして神城、浅瀬川商業のナインも集まる。

審判「両校整列！只今の試合3-2で神城高校の勝利です！両チーム互いに礼！」

全員「ありがとうございました！」

笑顔でベンチに戻ってくる神城ナイン。監督も咲輝も大変嬉しそうに笑みを浮かべていた。

黒崎「やった！勝ったんだ！」

篠原「夢じゃねーよな！？」

喜んでいるのは二人だけでない。あいや由利、咲輝といった結城を除く全員が声にだして喜んでいた。

咲輝「皆、おめでとう！お父さんが初勝利を祝ってラーメンを皆におごってくれるって！」

西条「マジですか！監督！」

西条は目を光らせ、ヨダレを垂らしながら言った。当然黒崎や篠原といった連中も同じような状態だった。

監督「い、いやワシは何も・・・」

咲輝「・・・」

黙ってしまったが笑顔で訴えかける咲輝。父親である監督もとい俊彦は、

監督「・・・仕方がないのう」

と仕方がなくオーケーした。

咲輝「わーい♪」

咲輝は子どもみたいに無邪気に喜んでいた。俊彦は別に結城が由利を恐れている(？)みたいに娘の咲輝が恐ろしいわけではない。

娘のその笑顔に弱いだけであった。ますますムードが良くなる神城ベンチ。一方、浅瀬川ベンチはというと・・・

木村「ちき・・・しょ・・・」

升「ウクッ、ヒック・・・・・」

直井「終わった・・・・・最後の夏が・・・・・甲子園の夢が・・・・・」

ナイン全員が涙を流した、だただ泣いていた。監督や後輩といった連中も誰も声をかけられない。ただそこには悲しみのムードが漂っていた。

片付けを終えた神城野球部員達が球場から出てきた。今日、初の公式試合で勝利をおさめた。しかも相手は去年のベスト8。また喜びも倍増である。

だがほとんどの部員が今から監督のおごりで食べに行くラーメンの事で頭がいっぱいだった。

球場を出て間もない頃、どこからともなく声が聞こえてきた。

？「おーい！」

大変小さな声だったためか結城以外誰も気付かなかった。気のせいか？と思い前を向いた。するとまた同じ様にそしてさっきより声が大きくなって聞こえてきた。

？「おーい！！」

今度は全員気がついたらしくそれぞれバラバラに振り向いた。

由利「誰か・・・いるわよね？」

あい「こっちへ来てる・・・」

結城は目を懲らしてよく見た。近づくにつれて姿、形が明らかになってくる。二人組の男ですごく高そうに見える制服。

かなりランクの高い学校と一目見ればわかる。一人は帽子を被っていた。どうやら声の主はそいつだったようだ。

もう一人は背が高く大変顔立ちの整った顔、つまり今でよく言う「イケメン」というやつだ。

結城はその背が高い男の方を知っていた。まず忘れる事のできない人物である。二人は結城の前に立った。そして、二人の男より先に結城は口を開いた。

結城「久しぶり・・・ですね。榊さん」

榊という男は笑顔で結城に言葉を返した。

榊「そうだね。あれ以来・・・だったかな？」

結城「そう・・・」

その次の言葉を言おうとした結城だが頭を掴まれ無理矢理横にどかされた。誰が人の頭を掴んでいるのか確かめた。

まだ、幼さが残る顔。後ろで髪を括っている。その人物は一条 あおいだった。

あおい「榊さん！お久しぶりです！」

榊「久しぶりだね。中々良いピッチングだったんじゃないかな」

あおい「ありがとうございます！」

元気よく榊に一礼するあおい。同時に頭を掴んだまま無理矢理結城を一礼させた。

結城「あおいちゃん・・・・・」

あおい「何？」

結城「いい加減頭を放してくれ・・・・・正直痛い」

あおい「え？あ、ごめん」

ようやく頭を解放された結城。榊はそんな様子を見てクスクス笑っていた。南山は出番がないと思ったのか欠伸をしていた。

榊「もっとゆっくり話をしたいが・・・・・君達も試合をしたばっかで疲れているだろうし、それに電車の時間もそろそろだから帰るとするかな？」

結城「・・・・・では」

あおい「また今度！」

榊は結城達と違う方向へと歩み出した。

南山「あんたらと今度会うのは三回戦だ。それまで負けんなよ！」

そう言い残すと南山は榊のところへ走っていった。

南山「(最後に言い残して去る・・・・・ああ、なんて恰好良いんだろう)」

そんなことを思っていた。一方、結城達はというと・・・・・

結城「・・・・・なあ」

あおい「？」

結城「あいつ誰？」

あおい「さあ？」

道路に出た二人。南山はニコニコしていた。はたから見れば優しそうな男性と見える。榊は今日の活躍を見て改めて結城の実力を思い知った。

榊「(彼はまた一段と強くなった。僕も早くアレを完成させなくては)」

南山「榊さん」

南山は榊に話し掛けた。

榊「どうした？」

榊が聞いた。南山はあまり深く考えてなそうに答えた。

南山「ここどこですか？」

榊は辺りを見回した。駅に向かって道路を歩いていたはずだが何故かそこには水田が広がっていた。

榊「・・・・・」

南山「・・・・・」

沈黙が数十秒間続く。そして榊が口を開く。

榊「まあいいか」

南山「(適当だな〜)・・・でどうするんです？」

南山は榊に問う。榊は笑顔でこう答えた。

榊「先に進めばいつかは道路に出るはずさ。行こう」

南山「は、はい・・・・・」

南山の返事に元気はなかった。ちなみにその先は山道に繋がっており一応道路には繋がっている。だが、それは道に迷わなければの話である。

結城「なあ・・・・・」

あおい「今度は何？」

結城「あの二人・・・電車で来てたんなら・・・俺達と同じ方向だよな？」

あおい「・・・確かに」

結城「方向音痴は・・・変わってないようだな」

だが、人の事は言えない。自分も一応方向音痴である。駅は球場に向かう途中たまたま見掛けただけである。そんな話をしている間にラーメン屋に着いた。

監督「さあ、ワシのおごりじゃ。気にせず注文してくれ！」

結城を除く全ての部員は試合の時より遥かに大きな声で「オオッ！」と叫んだ。

さっきまで榊の事を考えていた結城だが、なんだか考えているうちに腹が減ってきてそのうちラーメンの事しか思い浮かばなくなった。

たまには難しい事を考えずに単純になるのもいいかもしれないと結城は思った。

日も暮れ始め暗闇が空を支配し始める時刻になっていた。とある二人組が山の中を歩いていた。

南山「榊さん・・・ここさっき通りましたよ」

榊「そうか？」

さっきからこの会話が100回以上続いている。ちなみに二人が道路に出るのは2時間後である。

結城の今日の記録。

4打数3安打1本塁打2打点。結城の高校野球の始まりにしては悪くない。