第22章
膝枕





7月14日、水曜日。今日も雲一つなく嫌みなくらい太陽が輝いている。試合から一日がたった。学校では野球部の試合が話題になっていた。

特に結城のホームラン、そして最後の捕殺だった。普通、自分の事が話題になるのは嬉しいことである。

篠原達なら馬鹿みたいに喜んでいたかもしれない。だが、結城にとってそれは辛い以外なにものでもなかった。

話題になる=人気者になるということ。そのせいかファンクラブの人数がまた増えたことを由利から聞かされた。

正直、うんざりしている。由利から殺気、気配を感じとれると前に言ったが最近では他人の殺気や気配を感じとれるようになっていた。

今日来たときなんか廊下を歩いただけで痛いほど気配・視線を感じた。正直辛い。だがこれはまったく役立たないわけではない。

昼休み、ファンクラブの連中がいつも弁当を持ってくるのだが、近くに来ると気配を感じるので先手をとりやすい、つまり逃げやすいのだ。

そのへんは由利に感謝したい・・・・・

結城「なんでこんなに苦難した日々を送っているんだろうな」

最近になって思い始めた。だが苦難の日々は決して高校から始まったわけではない。

中学、いやもしかしたら生まれた時からそれはもう始まっていたかもしれない。まあ、考えてもどうすることも出来なさそうなので止めにする。

結城「・・・・・?」

いきなり影が出来た。雲が出てきたわけではない。人影だとすぐにわかる。

あい「何してるんですか〜?」

木陰で寝ていた俺の目がその人影をとらえていた。そして人影は女の子に変わった。微妙に気の抜けた声。やんわりとしたオーラ。

微妙に幼さが残るその顔。俺はその娘を知っている。彼女の名は一条 あい。俺が属している野球部のマネージャーだ。

2・3年も合わせて女子の中で一番可愛いと男子の中で評判らしい。

結城「いい天気だから授業サボって昼寝しにきた」

そのまま正直に答えた。あおいちゃんだったら適当に相槌を打ってくれるだろうが、ここにいるのは優等生のあい。

だからサボりはいけないとか言いだすのではないかと思った。あいがゆっくりと口を開く。

あい「そうなんですか」

その一言だけだった。まあ、どうこう煩く言われるよりかは100倍マシである。そしてそのまま二人の間に静寂が訪れた。

あいは肩まで伸ばした真っ直ぐの髪を揺らしながら結城の顔をまだ覗きこんでいる。

すごく気になるが、ここはあえて気にしないことにする。とりあえず寝たいので結城はあいに話し掛ける。

結城「えっと・・・とりあえず寝るから・・・邪魔だけはしないでくれ」

あい「わかりました〜」

やはり気が抜ける。応援してたときはあんなに気が入っていたのに・・・そのへんどうかと思う。考えているうちに睡魔が襲いかかってきた。

期末テストが終わったので特に授業に出る必要はあまりない。・・・そう思っているのは俺だけだろうが。

ああ、ラーメンをまた食いたいなあと思いつつ結城は眠りに落ちた。


(キーンコーンカーンコーン♪)


校舎から間の抜けた音が響く。結城が寝て間もない頃にチャイムが鳴ったのだ。結城はもちろんあいも帰ろうとはしなかった。

あいも昨日の疲れが残っている。だから授業をサボり、あおいに教えて貰ったこの場所であと少しで読み終える本を読みに来たのである。

授業といったって全校集会だが・・・。









あい「やっぱりいいなぁ・・・『キロの旅』は。私もいつか全国を旅してみたいなぁ・・・」

チャイムが鳴ってから約30分がたった。全校集会が終わるのは3時半頃。まだあと1時間半ある。これからどうしようかと考えた。その時だった。


(ドサ)


あい「キャ!

突然、あいのふともも辺りに何かが落ちてきた。どうやら人の頭のようだ。

あい「・・・・・結城さん?」

木を背にして寝ていた結城だったがどうやら横に倒れてしまったようだ。しかも結城は倒れたことに気付かずそのまま寝ていた。

あいは起こしてどいてもらおうかと思い結城に触ろうとした。しかし・・・・・

あい「そういえば・・・・・」

あいは由利から聞いた話を思い出した。それは今から4日前のこと・・・・・









あい「ゆーちゃん。篠原さん達何があったの?」

篠原達の顔は青ざめて部室の横でブルブル震えていた。

由利「たぶん・・・・・結城を叩き起こそうとしたんじゃないかな?」

あい「それだけでなんでブルブル震えるのかな?」

あいにはよくわからなかった。

由利「あいつ人に起こされることが嫌いだからね〜。たぶん篠原君達の他にも叩き起こしたやついるんじゃないかな?」

部室から笹田と高橋がでてきた。だが特に変化は見られなかった。

そして、笹田と高橋の二人はキャッチボールを始めた・・・・・が二人共心なしか小刻みに震えていた。

あい「・・・・・恐ろしいね

由利「・・・・・ええ」









あい「・・・・・」

あいは起こすことをやめた。恐ろしい目に会いたくないからだ。しかし、このままだと動くことができない。

どうすることもできずただ時間だけが過ぎていった。









(キーンコーンカーンコーン♪)


チャイムが鳴った。それは全校集会が終わったことを告げるチャイムだった。「やっと終わった」と思う生徒がほとんどだろう。

チャイムの音で結城の意識が覚醒する。目を開けると目の前にあいの顔が写っていた。同時にあいの意識も覚醒した。

二人は目が合ったまま無言でいる。先にこの静寂を破ったのは結城だった。

結城「え〜と・・・おはよう」

いいセリフが思いつかなかったようだ。あいはこれに少し戸惑ったがいつもの笑顔で

あい「おはようございます」

と言った。

結城「いきなりだけど・・・俺はいつのまに膝枕してもらっていたんだ?」

結城は覚えがなかった。確か自分は木を背にして寝ていたはず。どう考えても明らかに寝相でこうはならない。

あい「え〜と・・・それは・・・・・」

あいは結城が寝ていた間の事を話した。

結城「なるほど・・・・・じゃあ起こしてくれればよかったのに」

あい「それは・・・・・」

あいはさらにあのときの事を話した。それを聞いた結城はため息交じりに言う。

結城「ハァ・・・・・あいつらは人が寝ているのにギャアギャア騒いでたからちょっと睨んでやっただけだ。

別に寝起きが悪いんじゃない。勘違いしないでくれ」

あい「そうなんですか〜。ああよかった〜」

あいは胸に手を置きホッと一息ついた。

結城「・・・・・なあ」

あい「はい?」

結城は突然自分の頭を抑え何か思い出したように言った。

結城「寝ている間になんか柔らかいものを触ったんだが記憶があるんだが・・・・・知らないよな」

あいの頬がかなり赤くなった。結城はひどく嫌な予感がした。

あい「私の・・・・・です」

それは遡ること約1時間前、あいの意識が途切れそうになった時だったらしい。

あい「キャ!え、ちょ、ちょっと・・・・・」

結城はいきなりあいのふとももを触ったらしい。あいは突然のことだったので何もできなかったそうだ。

それを聞いた結城は顔を青くした。そしてあいの前で正座し謝り始めた。

結城「すまん。本当にすまん」

あい「いえ!そんな、謝らなくても・・・・・」

結城「いや、こうでもしないと俺の気が納まらない」

結城はおでこを地面につけひたすら謝った。あいは結城の予想外の行動にひたすら驚いていた。

あい「い、いいんですよ!結城さんなら!」

結城「・・・・・え?

結城は頭をあげ、あいを見た。あいは顔を真っ赤にし口を抑えていた。

結城「今の・・・・・意味は?」

いつも落ち着きはらっているあいだが、この時ばかりはかなり慌てていた。

あい「え、あ、そ、それは!・・・・・その・・・・・えっと・・・・・」

結城は慌てているあいをただ見ていた。

あい「う〜〜〜〜」

そこへ・・・・・

あおい「お姉ちゃ〜ん。今日、練習ないからどっか寄って帰ろう」

なんと絶妙なタイミングで現れたのだ。まさにあいにとっては幸運。

あい「そ、そうね!そうだ!教室から鞄取ってこなきゃ!

あいは立ち上がりそのまま校舎に向かって走っていった。さすがにあおいも変だと思ったのか結城に尋ねる。

あおい「何があったの?」

結城「まぁ色々」

あおい「?」

結城はとりあえず黙っておくことにした。これをあおいちゃんに言うとただではすまされない、そんな気がしたのだ。その頃あいは・・・・・

あい「ば、バレてないよね。大丈夫よね」

鞄に教科書などをしまうあいだがさっきと変わらず頬が完熟したトマトみたいに赤かった。









結城「なあ、それ(括った髪の事)触らせて」

あおい「嫌よ」

結城「そりゃ残念」

結城は少しぐらい触らせてくれてもいいと思ったが、本人が嫌と言うなら仕方がないのでスパッと諦めた。・・・・・無理に触ったら殴られそうだしな。

時間的にはもうすぐ4時を回る。だが、まだまだ明るいうえに暑い。ああ、早く秋にならないかと最近思う結城の午後だった。




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