第23章
妹のような親戚





結城は暗闇の中に立っていた。山も家も水も足音もないただの暗い空間。とりあえず結城は先を目指すために歩き出した。その時だった。

?「むぅ・・・・・残念」

?「唯です!よ、宜しく!」

?「あはは♪やっぱり尚兄はやさしいや」

?「な、尚兄・・・・・」

懐かしい声、懐かしい話が聞こえてくる。辛い思い出を思いだしたくない一心に結城は耳を塞ぐ。だがそれでも聞こえてくる。

結城「止めてくれ・・・・・俺は・・・・・俺は・・・・・」

俺は―――









結城「!!!

結城は目が覚めた。時計を見ると6時20分をまわっていた。全身汗だく。息も荒い。さっきのは夢だとすぐに気が付く。

だが、その夢の内容は全て過去にあった会話。結城は頭を抑え「ハァ」と溜息をつく。実は最近このような夢をよく見る。

そのたびに、何故あの日でなければならなかったんだろう、何故、俺ではなくあいつだったんだろうと、もうどうにもならないことばかりが思い浮かぶ。

隣では理奈が寝ていた。その寝顔はとても幸せそうに見える。結城はそっと理奈の髪を撫でてやった。だが、結城の顔はどこか悲し気だ。

結城「こいつも・・・・・過酷なものを背負ったな・・・・・」

結城は理奈が起きないようにゆっくりとベッドから降り、そして窓から外の景色を覗いた。

そこから見える景色はいつもの町並み。結城はなんとなくこの景色が好きだった。そして、あの二人も・・・・・。

結城「運命・・・・・か」

結城はそう呟き部屋をあとにした。









一昨日からテスト返却期間とかいうのが始まっていたらしい。だからテストの解説をやるだけで授業はしない。結城にとっての睡眠時間がなくなった。

それはテストが返却されるたびに色々な叫び声が聞こえてくるからうるさくて寝られないのだ。ちなみに俺はテストを返却されるたびに教師達が苦笑していた。

たぶんそれはテストが悪いからではなく、普段からあまり授業に出ていないのにどれも85点以上だったことだろう。中にはこんなことを言う教師もいた。

*「これじゃあ俺達教師の立場が・・・・・頼むからもう少し授業に出てくれないか?」

だが、結城は返事を返さなかった。理由はいつもの返事を返すのがめんどう、だった。









夏休みまであと5日である。だから最近学校が終わるのが早い。まだ午後1時をまわっていないのだ。野球部室には篠原達が着替えていた。

篠原「大成!期末どうだった!?

西条「お前こそどうだったんだよ!?」

話の内容はやはり期末テスト。いい加減終わったことをいつまでも言わないでほしいと結城は思う。

篠原「じゃあいっせーのーででいくぞ」

西条「わかった。いっせーのーで・・・・・」

513点!(11教科で)」

二人の声が合わさり部室内に大きく響いていった。悪すぎるというツッコミはあえて入れないことにする。

二人が会話しているうちに結城は着替え終わり固まっている二人を置いて部室のドアを開け外に出た。これは結城が出ていった後の会話だが・・・・・

佐々木「笹田はんはどないやった?やっぱ平均75点はあったんやろ?」

笹田「ま、まあそんなとこかな」

佐々木「さすがや〜。ワイなんか平均59点やで」

笹田は心の中で本気で謝っていた。すまん、お前と同じぐらい、と・・・・・









天気はいつもながらの快晴。陽気に泳いでいる雲など一つもない。その空の下で軽く背伸びをし、とりあえず何をするか考える。

考えてみるとそういえば・・・・・昼飯を食っていなかった。たぶんあの二人も弁当を持って来て食ったはずだと勝手な推測を立てる。

まあいいか、で済まそうとしたその時だった。

理奈「尚史〜!

グラウンドから大きな声で自分の名前を呼ぶ少女。背丈は小さく、中学生の制服を着ている。それは紛れもなく親戚の川上理奈だった。

結城「理奈、なんでここに」

理奈「お弁当を届けにきたの。尚史のことだから『まあいいか』で済ますんじゃないかと思ったから」

・・・・・こいつは超能力者かと思うぐらいピッタリ当たっていた。さすがに3年近く一緒に住んでいれば俺のすることぐらいわかるか。

しかし、神城までは結構な距離がある。いくら中学校の帰りとはいえそれでも遠いはずだ。とりあえずなにで来たか尋ねてみる。

理奈は「ん?電車だよ」と普通に答えた。まあ当然か、と結城は思った。

咲輝「結城く〜ん。その子は誰かな〜?」

結城は後ろを振り返ってみた。そこには23歳とは思えない女性、今井咲輝がニヤニヤしながら立っていた。

弁当を渡しに来たのを見たのであればたぶん理奈のことを彼女とでも思っているのだろう。だがあくまで理奈は親戚だ。

そのことを敬語で咲輝に伝えると少し残念そうな顔をた。・・・・・何が残念だったのだろうか。

咲輝「そうそう、今日も部活は休みよ。お父さんの風邪がまだ治らないからね。だから今日は自由ってことで」

結城は適当に相槌を打っておいた。なんかもう眠いから人の話なんか聞いていられる状態ではなかった。

咲輝「他は?」

結城「部室に・・・・・」

咲輝「じゃあ伝えてくるわね」

咲輝は部室に向かって歩き出した。だが結城は何か忘れている気がした。そこで理奈の一言。

理奈「ねえ・・・・・着替え中じゃなかったの?

結城「・・・・・

そのあと咲輝の悲鳴が聞こえてきたのは言うまでもない。









人気のない道でバイクが走っていた。腕時計はちょうど2時を指している。

本来なら1時には学校を出れるはずだったが色々あって結局学校を出たのは1時45分だった。

ちなみに理奈を置いて一人で帰るわけにはいかなかったので二人乗りして人気の少ない裏道を通って家に帰ることにした。

・・・・・警察に見つかると厄介だからだ。しかし、本当に人気が少ない。今、見える景色に家などない。見えるのは田畑。

あとその先に小さな川が流れており大きな木が一本生えているくらいだ。だが、昼寝をするには絶好のポイントである。

すると考えが伝わったのか突然理奈が「そこで休んでいったら?」と言ったのだ。後に結城はこの時の理奈が女神に見えたと話している。

すぐ近くにバイクを止め理奈と結城は木陰にゆっくりと腰を降ろした。理奈はさらに靴と靴下を脱ぎ水に足だけをつけた状態で座った。

理奈「気持ちいい〜。今度来る時は水着でも持ってこようかな?」

結城はそれを隣で聞いていて「無邪気なもんだ」と思っていた。

?「尚兄・・・・・」

結城「!?

今、視界が一瞬暗くなった。結城はたまらず頭を抑えた。理奈もそれにすぐ気がつき結城を心配する。

理奈「大丈夫!?

結城「だ、大丈夫だ」

どう見ても大丈夫そうには見えない。理奈はさらに心配になり目が潤み始めていた。

理奈「お願いだから・・・・・倒れないでよ」

結城は・・・・・何も答えられなかった。ここまで心配されると強がりを言うことができない。昔から理奈のその目に弱かった。理由はよくわからない。

結城「そんな目をするな。本当に大丈夫だ」

理奈「ならいいけど・・・・・」

結城は立ち上がり自分の荷物からバットを取り出した。そして靴、靴下、カッターシャツを脱ぎ川に入る。

上はTシャツ、下は学生服のズボンといったところだ。当然ズボンは膝までまくり上げている。

理奈「・・・・・何するの?」

結城「素振り。一本足の練習にはちょうどいい」

気分転換という理由もあるが、流れる水の中で片足立ちすることでバランスをとる練習。こけたらびしょ濡れになるというプレッシャーもある。

だから練習にはいいかもしれないと結城は判断した。この前の試合で3打席目にバランスを崩しボテボテのサードゴロに終わったのをそれなりに気にしていた。

それにもっと一本足打法の完成とはいかなくとも強化ぐらいはしておかないと間違いなく榊さんには勝てない。

又あの人のアレをまず打ち崩すことなど夢のまた夢である。絶対あの人には負けたくない。いや負けない。一度バットを前で軽く振り構えた。

そして足を大きく上げた。結城の額や首筋から汗が流れて落ちる。しかし、今の結城に汗が邪魔になることはなかった。

結城「(唯・・・・・)」

唯、それは結城に一本足という打法を教えてくれた人物である。気付いた時には結城は彼女をたまらなく好きになっていた。だが、彼女はもう―――









結城は外して置いた腕時計を見た。3時15分をまわっていた。理奈は水に足をつけたたまま寝ている。

結城「そろそろ起きろ。帰るぞ」

理奈は目を擦りながらゆっくりと起き上がる。

理奈「ウニュ・・・・・わかった〜」

結城は汗だくになった自分の体を濡らしたタオルでふき、カッターシャツを着て、靴、靴下を履きバイクに乗り込んだ。

理奈もヘルメットを被り結城の後ろに座ってこう言った。

理奈「また来ようね」

結城は短く答えた。だが適当に答えたわけではない。それは結城の本音である。

結城「そうだな」

エンジンがやや煩くかかったあと、バイクは人気のない道を再び走り始めた。穏やかな風が吹き木々が穏やかに揺れる。

もうすぐ夏休み、今年は静かに過ごせればいいなと溜息をつきながら思う結城だった。




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