第25章
厄日





昼間の町。6月と比べると太陽の輝きがぜんぜん違う。蝉の鳴き声も入ってさらに暑く感じる。終業式が終わり神城高校もようやく夏休みに入った。

今年は異常に暑い夏休みになると誰でも予測できる。今日の最高気温が32℃。徳島はまだマシだ。

東京ではこれ以上に暑く熱中症で倒れた人が続出しているらしい。徳島で生まれてよかったと思う少年がいた。

背は170pあたり、顔立ちは整っているがどことなく暗く冷たい印象を受ける。この少年の名は結城 尚史。またネットに向かって投げ込む少女がいた。

背は160pいくかいかないあたりで髪は後ろで括っている。まだ幼さが残った可愛い顔付きをしている。その少女の名は一条 あおい。

そして縁側で座っている少女の名は一条 あい。彼女の双子の姉だ。さて、何故この二人が結城の家にいるのか説明しておこう。それは朝練の時だった・・・・・









結城「暇だ・・・・・」

よくわからないが今日は珍しく早く目覚めた。で来てみたら誰も来ていないわけだ。まあ一番早く来て練習するのも悪くない気がする。

だが素振りやランニングをするのはあまりにも味気ない。といってもノックやトスバッティングは一人なのでできない。

ではどうするか・・・・・。そのときふと目に入ったものがあった。それは投手が投げ込む場所、ブルペンだった。

俺は六管冬中学時代は投手だった。誰もいないから迷惑かけないしそれに久しぶりに投げ込みたくなった。

結城「久しぶりの感触だな」

プレートの上に立った。足で土を軽く撫でてやる。ザッザと音がする。これも久しぶりの音。肩慣らししてないが気にしない。

どうせもう投手をする機会なんてない。そう自分に言い聞かせ振りかぶって投げた。

投げた球はストレートの軌道から急激に変化し、ネットに勢いよくつき刺さった。カットボール。

中学時代一球も投げることなく終わった球。この球だけならプロに通用する自信がある。

あい「す、凄い・・・・・

後ろから声が聞こえたので振り返ってみた。それは制服姿の一条 あいだった。

結城「今の見たよな」

あいは多少ビビりながらも質問に答えた。そんなに迫力があったのか?と結城は思う。

あい「は・・・はい」

結城「まあ別にいいけどな・・・」

とりあえずあと5球投げ込むことにした。投げ込んでいる間あいは目を離さなかった。4球目を投げ終わったとき、あいが口を開いた。

あい「結城さん!その球をあおいに教えてあげてください!

結城「・・・・・カットボールをか?」

あい「はい!

そんな元気良く返事されてもな・・・・・。どのみちこれを教えるわけにはいかない。

結城「断る

あい「どうしてですか!?

結城「どうしてもだ」

言い方がキツいかもしれないがこれぐらい言っておかないと諦めてくれないと思うからだ。だがあいはこのあと驚きの方法に出たのであった。









あおい「結城君!何ボ〜としてんのよ!?」

結城「え?あ、悪い」

どうやらボ〜としていたらしい。あおいちゃんは汗を吹きながら縁側に座った。その隣には理奈がいた。座布団に座って気持ちよさそうに眠っている。

近所の野良猫も膝に乗って気持ちよさそうに眠っている。引退したやつは楽でいいよなとふと思ってしまった。

あい「結城さん、ちょっと・・・・・」

結城「なんだ」

あいは家の裏側に結城を呼び寄せた。

あい「あの・・・・・」

あいは何やら赤くなって下を向いている。

結城「?」

あい「その・・・・・すみませんでした!

結城「なにが?」

あい「結城さんを脅したじゃないですかぁ・・・・・」

あいは涙を目にいっぱい溜めて言った。太陽の光りが反射して微妙に眩しい。ちょっとしたことでその涙はこぼれてしまいそうだ。

結城「ああ、あれな・・・・・」









あおいちゃんが部室から出て来た。着替え終わったみたいだ。俺はキャッチボールの相手でもしてもらおうかと思ったそのときだった。

あい「あ、そういえば」

結城「?」

あい「結城さん、この前私の太腿触りましたよね。あれ、まだあおいに言ってないんです」

結城「・・・・・」

脅されている。間違いなく脅されている。そして恐ろしい。教えなければあおいちゃんに言うだろう。

なんとしてもそれだけは避けなければならない。でなければ俺は・・・・・。

あい「あお・・・」

結城「わかった。わかったからあおいちゃんに言うな。まだ死にたくない」

あい「本当ですか!?わ〜い!」

あいは無邪気に喜んでいる。その横で俺はため息をついた。

結城「ハア・・・命には換えられないからな・・・・・仕方がないよな・・・・・」

俺はそう言って自分を慰めた。









結城「あのときは正直、鬼よりも恐ろしい女と思ったな」

あい「す、すいません・・・・・」

今にも泣きそうな声であいは謝った。なんだか怒る気も失せてしまった。まあ元々怒る気などないのだが。

あいは今泣きそうである。泣かれるとかなり困る。どうやって慰めようか結城は頭の中で考えそして、行動に移した。

結城はあいの頭に手をポンッと置いた。その瞬間あいの体がビクッと反応した。

できるだけ優しく、そして泣かさないように・・・・・そう自分に言い聞かせ口を開く。

結城「・・・・・反省してるな?」

あいは下をうつむいたまま答える。

あい「はい・・・・・」

結城「ならいい。元々怒ってないし」

あいは顔を上げた。同時に両目から涙がポロポロ零れ落ちた。泣かさないようにと自分に言い聞かせたのにこれでは意味がない。

結城「泣くな」

あい「すい・・・ま・・・せん・・・・・」

謝っているがあいはぜんぜん泣きやむそぶりを見せない。

結城「(まずいな・・・・・)」

なにがまずいのか。まずあいが泣いていること。もう一つは結城の腕の中で泣いていること。

これは結城がやったのではなく、あいが勝手に飛び込んで来たのである。

他人が見れば間違いなく勘違いされる。こんなところをあおいに見られたら・・・・・。

あおい「・・・・・

結城は背筋が凍りついた。さらに隣には理奈もいた。最悪の状態である。俺は悪くない、そう言っても二人は納得してくれないだろう。万事休す。

そう思った瞬間二人はそのままどこかへ行ってしまった。話を聞いていたのか知らないがとりあえず助かった。

思わずフゥッと一息出る。あいはそんなことを知らないで俺の腕の中で眠りについていた。









結城「ハア・・・・・なんだかなあ・・・・・」

あのあと俺はあいを起こさないようにおぶさり縁側まで運んだ。泣き疲れたのだろう。

まあ基本的に気が優しい娘だから脅したことをずっと気にしていたのだろう。たぶんそうと俺は思った。

結城「しかし・・・・・似てる」

結城はある人物を思い出した。唯である。寝顔、優しい性格、やんわりした雰囲気・・・・・。

どれをとっても唯とそっくりなのだ。もしかしたら調子が狂うのは唯と似ているからなのかとふと思った。

結城「まさかな・・・・・」

あおい&理奈「何がまさかなの?

結城はまたまた背筋が凍りついた。二人とも声がいつもと違う。結城はゆっくりと振り返った。二人とも笑っている。笑っているが殺気を感じる。

今までで一番強く・・・・・。もしこれが夜ならば間違いなく死兆星が輝いているだろう。さてどうするかと考え頭の中に3つの選択肢が考えついた。


@戦う

A金で解決する

B逃げる


@はまず無謀である。Aは今財布の中には500円しかない。逆に怒る可能性がある。となったらBしかない。

俺はその場を逃げ出した。あおいちゃんは俺より足が遅い。逃げきれる。

あおい「あ、逃げた!」

理奈「私に任せてください!」

理奈は軽くアキレス腱を伸ばすともの凄い速さで結城の後を追った。1分後、理奈は結城を捕まえて戻って来た。

結城「(・・・・・理奈がいることを忘れていた)」

結局俺の選択肢には正解がなかったのだ。どれを選んでも死ぬしかなかったのだ。

あおい「河原で・・・・・1000本ノックね」

結城「・・・・・」

俺は死を覚悟した。死は大袈裟としてもただではすまない。俺はあのときあいの太腿を寝ぼけて触ったことをかなり後悔した。

今日は厄日、間違いなくそうだろうと思う。

理奈「じゃあ行きましょうか」

時刻は4時。太陽は傾き始めている。風もそれなりに涼しい。あいは右に寝返りをうち結城は地獄へと旅立って行った。夏休み初日のことだった。




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