南山「榊原さん!ナイスボール!」
あおい「フォークボール・・・・・」
あおいには確かにストレートに見えた。だがバットは球に当たることなく勢いよく空を切った。
ストレートの軌道から突然落ちる変化球。そしてその変化量も半端ではない。フォークボール。それ以外考えようがなかった。
*「一回の裏、白零大付属の攻撃です。1番 サード 沖田君。背番号5」
*「沖田ー!場外ホームラン頼むぞー!」
*「相手は女だ!みっともない三振なんかすんなよ!」
3塁側ベンチ、つまり白零大付属のベンチは騒がしかった。投手が女のあおいなので完全にナメている感じだ。
由利「ひどいこと言うわね・・・・・」
あい「・・・・・あおい怒ってないかな?」
マウンド上のあおい。笹田と会話中のようだ。
あおい「・・・・・」
笹田「おい・・・・・一条」
あおい「・・・・・え、あ、何?」
笹田「怒ってないか?」
あおい「怒ってないよ♪」
あおいは笑顔だった。それはすごく可愛い笑顔だった。だが笹田にはすぐわかった。
あおいは今、噴火寸前ということが。もしここで音があるならば『ゴゴゴゴゴゴ・・・・・』という音がピッタリだろう。
あおい「全力でいくよ、笹田君」
笹田「あ、ああ・・・・・」
笹田は元の位置へと戻っていく。このとき笹田は「死人が出なきゃいいがな」と思った。
相手も二人の会話が終わったことに気付き打席に入る。審判がマスクを被り大きな声で「プレイ!」と叫んだ。
あおい「(見てなさいよ。あっと言わせてあげるから)」
あおいは大きく前に体を倒し腕を前で交差させ第一球目を投げた。まさにあっと言わせるようなストレートを・・・・・。
松田「ちょっと本気で投げすぎだぜ、榊原よぉ」
杉下「もうちょっと手加減してもよかったんじゃねーか?」
スポーツ苅りの杉下とやや髪の長い松田は榊原を囲むようにして文句をつけていた。試合の観戦など眼中にないようだ。榊原は呆れながら彼らに答える。
榊原「お前らな・・・・・手加減したら相手に失礼だろうが」
杉下「なに固いこと言ってんだお前?相手は女だぜ?本気だしたらそれこそ失礼だろうが」
隣にいた榊が杉下の肩をやや強めに叩いた。杉下は驚くようにして後ろを振り向いた。
杉下「なんだよ、榊か」
榊「あんまりあの娘をナメないほうがいいと思いますよ、杉下先輩、それと松田先輩」
榊の顔は大変厳しい。それは怒っていると思ったほうが良いかもしれない。二人は顔を見合わせ黙った。
だがそれは一瞬という僅かな時間だった。別にビビっている様子は見られない。
杉下「・・・・・お前それ本気で言ってんのか」
榊「ええ」
榊は真面目な顔をして答えた。杉下と松田は必死で笑いを堪えながら榊に言った。
松田「プ・・・・・お前な、いくらエースで3番に座っているからって・・・・・」
そのときバシーンという大きな声とともに審判の大きな声が聞こえた。
審判「ストライク!バッターアウト!」
笹田「一条!ナイスボール!」
あおいのピッチングに沖田は驚きを隠せなかった。ベンチもかなり騒がしい。
*「おい!今の球、143k/mってでてたぞ!」
*「全国クラスの速さじゃないのか!?」
普段、よっぽどのことがない限り驚かず、喜ばない白零大付属監督 沢垣もさすがに目を疑った。少し焦っている表情も見られる。
沢垣「こ、これは・・・・・」
ただ唯一驚いていない部員がいた。それは榊と南山である。
南山「やっぱすげーな!あの娘との対戦がますます楽しみになってきた!」
ヘルメットを被りながらワクワクする南山。それはまるで遊園地に行くと聞いた子供みたいだ。
榊「ほら」
榊は特に驚いているような表情は見せなかった。元々あおいの肩の強さを知っていたのだ。
杉下「沖田が・・・・・」
松田「三振・・・・・?」
二人も驚きを隠せなかった。だがどこかまだ信じられない。もしかしたら沖田は油断していただけかもしれないと思ったからだ。
松田「ま、まだ信じられないな」
榊「じゃあ次の榛原さん見てください」
杉下「お、おう」
二人はベンチに座りグラウンドの方を黙ってみることにした。額から一筋の汗を流しながら・・・・・。
(キーン!)
あおい「!」
審判「ファール!ファーール!」
打球は一塁線を僅かにキレていった。ファーストの佐々木は一歩も動けなかった。
佐々木「なんて速さや・・・・・」
笹田「(さすがに全国レベルだけあるな)」
カウント2-0だが両方ともヒット性の当たりだった。次もストレートなら間違いなくヒットにされる。
笹田に迷いはなかった。クラシックワインドアップから投じた3球目。
榛原「(お!)」
コースはど真ん中。榛原はチャンスといわんばかりに大振りした。
(ククッ!)
榛原「(何!?)」
榛原のバットから逃げるようにして変化した。あおいのオリジナルスクリュー。当然榛原のバットに掠ることなく空を切った。
審判「ストライク!バッターアウト!」
木村「ここでスクリュー・・・・・」
升「俺のときとまったく同じパターンだな」
直井「秀ちゃん、あの時有り得ないって顔してたもんね」
升「そ、そうだったか?」
升は少し焦りながら直井のほうに首を向けた。直井は「絶対そうだった!」と笑いながら言った。
ちなみにその後ろにいる藤原・増川・中居の3人は地味にポーカーをやっていた。その表情は前にいる3人と違いかなり悲し気だ。
また球場に夏とは思えないほどの冷たい風が吹き暗い男達の合わさったクシャミが大きく球場に響いていった。
松田・杉下「・・・・・」
2人に言葉はなかった。いや榊と南山を除いた他の部員達もいつの間にか黙っていた。それもそうだろう。
140k/mオーバーの速球を投げるうえに速球とほぼ変わらないスクリュー。それを女が投げているのだ。その結果2者連続三振。
黙るのも無理はない。だがこの静寂の雰囲気を吹き飛ばす選手の名前がアナウンスで告げられた。
*「3番 キャッチャー 南山君 背番号2」
南山「先輩達!あとスタンドにいる方々!応援宜しくー!」
南山がベンチとスタンドに向かって大きな声で叫んだ。
ベンチにいる部員達に活気が戻りそしてスタンドにいる応援しにきた白零大付属の生徒達の応援がより一層激しくなった。
笹田「えらく人気者だな。あんた」
笹田はマスク越しに南山に話し掛けた。別に南山みたいにそこからリードを立てようなど考えてはいない。
南山「そりゃどうも。ていうか早いとこ始めてくれよ。あの娘と早く対戦したいんだからさぁ」
笹田「せっかちだな」
笹田は小さく呟きあおいの方に向いた。
審判「プレイ!」
南山は左手でグリップを握り、残った右手はバットの中央を持った。そしてバットを頭上に高くあげ上下に揺らしてながら構えた。
それはまるで天秤の棒を担いでいるようだ。二人はこの構えに戸惑いを隠せない。
笹田「(なんじゃこりゃ・・・・・)」
あおい「(変な構え・・・・・)」
南山「お〜い、早くしてくれよ」
笹田「え、あ、すまん」
笹田はこの構えに思わず見入ってしまいサインを出すのを忘れていた。
あおい「(どうする?)」
笹田「(今回は逆にいく。スクリューからだ)」
笹田は手でチョキを作った。それは浅瀬川商業のときと変わらないサイン。実は笹田はもっと他のサインを考えていた。
だがあおいが「覚えるのめんどくさいからこのままでいい」と言ったのが原因で変更されなかったらしい。
あおい「(スクリューか・・・・・いいよ)」
あおいは頭を縦に2回ほど頷いた。体を前に大きく倒し腕を交差させそこから投げた。
やや内角高め。そしてストレートの軌道から急激に斜めに落ちる。
榊「(フフッ。いいスクリューが投げれるみたいだけど果たして南山に通用するかな?)」
南山は構えたまま踏み込みバットを振ると同時にグリップを両手で握った。南山のバットはあおいの急激に曲がるスクリューを捕らえた。
キン!という良い音をたてボールは前に飛んだ。その打球はあおいに弾丸として襲いかかってきた。
南山「あ、やべぇ・・・・・」
あおい「!」
笹田「一条!危ない!」
暗い雲の下の試合。それは一体どんな試合となるのか。それはきっと野球の神にもわからない。