第29章
暗雲の下の戦いB





鳴門球場は時間が経つにつれてスタンドはどんどん埋まっていく。

だが雲ゆきも時間が経つにつれてどんどん妖しくなる一方だ。雨の前兆、そして何か起こりそうな予感・・・・・。

理奈「あの・・・・・」

サングラスの男「ん?」

髪の長い男「はい?」

二人は理奈のほうに同時に振り向いた。だがちょっと勢いがよすぎたせいか男のサングラスが落ちてしまった。理奈は思わず「あっ」と言ってしまった。

男は慌ててサングラスを拾いかけ直したが理奈に顔をはっきり見られてしまった。男の顔からは大量の汗が滝のように流れている。

理奈「あの・・・・・」

サングラスの男「(まずい・・・・・)」

理奈がゆっくりと口を開く。この後に起こったことはサングラスの男が人生で一番焦った時だったと語っている。









*「2回の裏、白零大付属の攻撃です。4番 ライト 大神君 背番号9」

大神は静かに打席に立った。結城とは違い何か別の違和感をあおいは感じとっていた。

あおい「(なんて冷たい目・・・・・)」

その目はまるで飾りのようにも思える。このまま見続ければその目で氷漬けにされてしまいそうだ。

あおいは大神の目を見ることを止め笹田の手の動きとミットだけをみることにした。

結城「(思いだせない・・・・・)」

3塁ベースの横で腕を組んでいる結城。グラブは腕で大部分が隠れている。審判の「プレイ!」という大きな声が聞こえた。

結城はゆっくりと腰を落とし構えた。大神も構えているがなんともおかしな構えだった。

笹田「(おいおい・・・・・)」

スタンスを大きく広げバットを顔の前で構えている。足はガニ股。その構えをしている選手といえば横浜ベイスターズの種田選手だ。

神城ナインの中には笑いを堪えている者もいた。だが結城はこの構えにより大神という男をどんなやつか完全に思い出すことができた。

結城「(間違いない。あいつは・・・・・)」

あおいも微妙に笑いを堪えている。そんな中第1球目を投げた。


(ギィィィィン!!)


あおい「(え!?)」

勢いの良い金属バットの音が球場に響いた。打球はレフト方向。打球はぐんぐん伸びていく。

笹田「(やばい!)レフトー!バッーク!

明らかに場外弾の飛距離。スタンドインとファールの際どいところだった。

審判「ファール!ファーール!

南山「あー!惜しいな!」

打球は僅かにポールの外側にキレた。あおいはマウンドの上でホッと一息ついた。

笹田「(やばかった・・・・・)」

大神「・・・・・」

大神はさっきのファールを悔しがる様子を見せずにバットを見ている。

結城の場合は表情の表現が乏しいって感じだが大神の場合、それが存在しないって感じと言ってもいい。

そして結城はこの大神の異名を知っている。「蟹使いの大神」という異名らしい。

結城「(たしか聞いた話によると・・・・・広角打法が凄いから広角・ガニ股打法=甲殻類→蟹が由来だったな)」

今それを思うとなんだかダサい異名だと思うしそれにそんな異名をつけられた大神が可哀相だ。大神本人がどう思っているか知らないが・・・・・。









大神「・・・・・」

大神はバットをさっきと同じ様に構えた。当然ガニ股である。

笹田「(心配だが・・・・・)」

笹田は手でグー、パー、グー、パーと繰り返し作った。・・・・・のサイン。あおいはこれに首を縦に振った。

クラシックワインドアップから投じた2球目、さっきと似たようなアウトサイドの球。大神はこの速い球速のタイミングを簡単に合わせてきた。

このままでは長打はまず避けられない。だが球は僅かに右へ滑るように変化し大神のバットから芯を外させた。


(キィン!)


笹田はマスクをとって打球の行方を確認した。外野手は誰も動いていない。ファーストもセカンドもショートも動いていない。

まさか場外へ消えたのか、という考えも浮かんだ。だがその考えはすぐにかき消された。

何故なら結城が倒れていながらもボールが入っているグラブを上げているからである。

審判「ア、アウトー!

大神「・・・・・」

審判の声が聞こえると大神はやっぱり悔しがる様子を見せずにバットを持ってベンチへと帰っていった。

だが今の守備は他の白零大付属にさらなる衝撃を与えるのに充分だった。

杉下「おいおい・・・・・今の1年がやる守備かよ・・・・・」

松田「こりゃあどうなるかわかんねーな」

さすがに白零大付属の選手達の目は変化を見せ始めた。榊も今の守備には驚きを隠せない。

榊「(今、大神君が打った瞬間に飛び付いた。なんていう感だよ、君は)」

結城はゆっくりと立ち上がりあおいにボールを渡した。「ふぅ」と一息ついた後、腰を落とし守備についた。









理奈「襟がたってますよ」

理奈は髪の長い男を指差して言った。サングラスの男は見事なまでにずっこけた。それはもう吉本新喜劇顔負けであった。

髪の長い男「おや、本当だ。ありがとう」

男は白のカッターシャツの襟を直した。サングラスの男は汗を流しながら胸を撫で下ろしていた。

髪の長い男「そういや、君の名前聞いておらんなぁ」

理奈「私の名前ですか?私は川上理奈と言います」

髪の長い男「ほう・・・・・可愛い名前じゃのう」

理奈は照れ臭そうに頭をポリポリと掻いた。

理奈「え〜と・・・・・あなた達のお名前は?」

髪の長い男「ワシかい?ワシはね・・・・・」

その先の言葉を言う前に髪の長い男は口を塞がれた。そして口を塞いでいる男はサングラスの男だった。

サングラスの男「ごめんよ。ちょっとだけ待ってね」

サングラスの男は髪の長い男の口を塞いだまま出口のところまで引きずっていった。

髪の長い男「いきなりなん」

サングラスの男「(何、正体バラそうとするんですか!)」

サングラスの男は髪の長い男の耳元で小声で叫んだ。髪の長い男はよくわかっていないらしく「何故?」という顔をしている。

サングラスの男は呆れながら説明する。

サングラスの男「(いいですか・・・・・名前をバラすということは私達がローカルズ関係者ということをバラすというこというですよ)」

髪の長い男は「あ、なるほど」という顔で相槌を打った。サングラスの男はやれやれといった顔をしている。

髪の長い男「(じゃあどう名乗る?)」

サングラスの男は腕を組み「う〜ん」と唸っている。

その間に2回の裏の白零大付属の攻撃が終わり3回の表の神城高校の攻撃が始まったというアナウンスが流れた。

髪の長い男「(なんかいい名前あるかい?)」

サングラスの男「(・・・・・よし、これでいきましょう。耳貸してください)」

髪の長い男は「ほうほう」と頷きサングラスの男は「じゃあ行きましょう」と小声で言った。

近くにいたおばちゃん達が不審そうな目で見ていたが二人がそれに気付くことはなかった。









髪の長い男「お待たせ」

理奈が小さな欠伸をしたとき、髪の長い男とサングラスの男が帰ってきた。

理奈「何話してたんですか?」

髪の長い男は笑顔で「特にたいしたことじゃないよ」と言ったがサングラスの男は「本当はかなりたいしたことだったけど」と小声で呟いた。

理奈「で、お名前は?」

髪の長い男「名前は・・・・・」

二人は顔を見合わせた後順番にその質問に答える。

桜庭?「さ、桜庭裕一郎と」

坂本?「さ、坂本金八だ」

理奈は「え?」というような顔をしている。名前を考えた坂本もといサングラスの男はまた冷汗をかいている。

理奈「ど、ドラマの主人公みたいな名前してますね」

坂本(?)は心の中でホッとし理奈に返事を返す。

坂本?「よ、よく言われるんだよ!そういうこと!」

理奈「へぇ〜、やっぱりそうなんですか。でお仕事は何かしてるんですか?」

桜庭?「今は農業してるけど昔はプ・・・・・」

桜庭(?)はまたしても坂本に口を塞がれた。モゴモゴ言っているが理奈には伝わらない。

理奈「プ?」

坂本?「む、昔はプリン屋をやっていたんだ!」

桜庭はムゴムと言って否定しているようなことを言っているが伝わらない。

理奈「プリン屋・・・・・売れましたか?」

坂本?「まあまあだったかな!?」

理奈はさすがに妖しいと思ったのか坂本(?)の目を見つめていた。

坂本はまたまた冷汗をかき今度こそやばいと思った。坂本(?)はこの状況を変える一か八かの作戦に出た。

坂本?「そ、そうだ!試合を見なくていいのかい!?」

理奈「あ!そうだった!

理奈は慌ててグラウンドの方へ体ごと向き試合観戦に戻った。坂本(?)はホッと一息つき額から流れる汗をタオルで拭き取った。

ずっと口を塞がれている桜庭(?)は青い顔をしながら眠りについていた。それに気付いたのは6回の表が始まった後だった。




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