第31章
怪物





7回の表、神城高校の攻撃中。6回の表から榊原に代わり榊が登板してきた。2死ながら満塁という大量得点チャンスだったが、

150k/mという剛速球で黒崎を完全にねじふせて追加点を許さず、またこの回の先頭バッター高橋、3番あおいの二人を連続三振で打ち取っていた。

ここで4番バッターの結城。ライバルいや宿命の対決の火蓋は今切って落とされたのだ。

西条「結城ー!打てよー!

篠原「一本足打法でホームランだ!」

スタンドでも「打てよ〜打てよ〜・・・・・」と喝采し始めたが結城の耳にはまったく届いていない。

ただ結城には榊の姿しか映っていない。当然ながら榊も結城の姿しか映っていない。何がそうさせているかはわからない。

榊「僕は君に問いたい」

結城「・・・・・」

榊「君は変われたかどうかを

結城「・・・・・」

榊「唯がいなくなって変われたかどうかを・・・・・」

結城「・・・・・変われるはずがない

榊「・・・・・わかった。そろそろいくよ。容赦はしない

今立っているのはあの優しそうな目をしていた榊ではない。その目はまるで獲物を狙う鷹のように鋭くそして冷たい。

「俺も手を抜くつもりはないけどな」と結城は小さく呟いた。









木村「神城打線はここまで3者連続三振・・・・・」

升「果たしてあの4番も榊の餌食になるのか、それとも・・・・・」

直井「この試合の1番の見物だね」

ちなみに後ろの3人はブツブツ言いながら椅子を机代わりにしてなにやら書いている。それが遺書に見えるのはたぶん気のせいだろう。









(カキン!)




審判「ファール!ツーナッシング!」

西条「おい・・・・・あのストレートについていってるぞ」

篠原「150k/mオーバーのストレートだぞ・・・・・」

白零大付属も神城高校の両方いやスタンドにいる人達もア然としている。

榊「(やっぱりストレートだけでは無理か)」

そう思った榊はボールの縫い目に人指し指と中指をかけた。

結城「(次は・・・・・アレが来るな)」

クラシックワインドアップから投じた3球目。その球はさっきまでとは違い緩やかで綺麗な放物線を描く。しかも球速差が半端ではない変化球。

スローカーブ。150k/mオーバーのストレートのあとにスローカーブが来ればほとんどの確率で空振る。ましてや結城は一本足打法。

1番間を外されやすい打法だ。だが結城はこの球速差にタイミングを失うことなく足を降ろし内角に食い込んでくるカーブを完全に捕らえた。


(ギィィィィン!!)


榊はピクリとも動かない。南山もマスクを外したまま無言で打球の行方を目で追っている。

打球はそのまま大きくレフトスタンドへと伸びていく。だが打球は僅かにポールの外側をキレた。

審判「ファール!ファーール!!

結城「俺にもうスローカーブは通用しない。さあどうする・・・・・」

榊「(・・・・・仕方がない)」

榊はさっきと同じように縫い目に指をかけ投球モーションに入った。結城も榊が投げる少し前に足を上げタイミングをとる。

榊の長い腕からボールが放れた。外角高めの球。結城はこの球に違和感を抱いた。

それは榊のボールの切り方だ。明らかにスローカーブみたいな切り方ではない。

榊「(君にこの球を打つことはできない)」

不安を過ぎらせながらも結城は足を降ろしその球を打ちにいく。捕らえたなら2塁打はくだらない。だが・・・・・。

結城「(何!?)」

その球は突然縦に大きく割れるように曲がった、いや折れたと言ったほうが正しいだろうか。結城のバットは掠ることなく大きな風切り音だけが響いた。

審判「ストライク!バッターアウト!チェンジ!」

榊は結城の方を向くことなくそのままベンチへと向かった。当然ながら優しい目などしてはいない。結城はバットを握ったまま打席から離れようとしない。

さっきの球も信じられないのだが榊の成長にも信じられないでいるのだ。久々の榊との勝負、今回は黒星を飾った。









回は進み8回の裏、2-0。神城高校2点リードの有利な状況だ。例え榊から9者連続三振を飾ろうともこの2点を守り切ってしまえばそんなもの関係ない。

しかしこのまま黙っている白零大付属ではない。

あおい「ハァハァ・・・・・」

あおいは汗を手で拭う。息もかなり荒い。笹田の表情は曇っている。1死満塁。

7回の裏に沢垣監督はある指示を全員に出した。そしてその指示がズバリ的中しあおいに襲いかかっている。

あおい「(もう・・・・・いや・・・・・)」

笹田「(このままでは・・・・・監督)」

神城高校の監督、今井俊彦は腕を組みながら額に脂汗を滲ませていた。隣には足に包帯を巻いている西条がいる。

監督「まずいのう・・・・・」

西条「すいません・・・・・俺が怪我さえしなければ・・・・・」

一昨日、ランニングをしていたときに足をくじいてしまい先発を外されたのだ。

監督「いやお前は悪くはない。スポーツには怪我はつきものじゃ」

今井俊彦はゆっくりと立ち上がり空を見上げた。空からポツポツと雨が降っている。

監督「(雨か・・・・・嫌なムードじゃ・)」









(キィン!)




佐々木「どわぁ!

打球はファースト真っ正面。だが佐々木は前進していたためミットを勢いよくはじかれた。

佐々木がボールを拾いに行く間に3塁ランナーが帰ってきた。それは勝ち越しのランナーだった。

笹田「(向こうの監督は一条の短気という性格に気付いたんだ。セーフティバントやバスターなどを何度もされれば一条は怒りで冷静さを失う・・・・・。

くっ、どうすりゃいい)」

そうこうしているうちにあおいは投球モーションに入っていた。だが笹田はサインを出していない。笹田は慌ててミットを構えボールを待った。

笹田「(やばい!スピードが落ちている!)」

さっきまで投げていた140k/mオーバーのストレートと比べればその遅さは一目瞭然である。そして打席に立っていたのは榊だった。

榊「(やっぱりまだまだピッチャーとしては甘いな)」




(キィン!)




笹田「

打球は一・二塁間の地面スレスレライナー。ヒットになってもおかしくない打球。佐々木はグローブを出すものの届かない。だが・・・・・。

高橋「まだだ!

榊「

高橋は走っていた勢いを利用して飛び込んだのだ。

高橋「(ここはキャプテンとして必ず・・・・・止める!)」

高橋のグローブに打球が飛び込む。だが打球の威力が勝って高橋のグローブははじかれ、軽くボールが左へ上がった。

高橋は倒れているため捕りに行けない。だが諦めの悪い男がまだいた。

佐々木「ワイを忘れちゃいかんでー!

佐々木も勢いよく飛び込んだ。ズシャアと泥に飛び込んだような音がする。佐々木は泥の付いた顔とグローブを高く上げ審判に見せる。

佐々木「審判さん、これでどうや〜?」

審判「ア、アウトー!スリーアウトチェンジ!」

篠原達は足速に倒れている高橋達に近寄っていく。

篠原「やるじゃんよ!一・二塁間コンビ!

黒崎「見直したぜ!」

高橋と佐々木はゆっくりと起き上がる。篠原達は手をのばしそれを手伝う。ヘルメットを脱ぎベンチへ帰る榊。さっきの守備に驚きを隠せない。

榊「(セカンドの彼のあの反応にも驚いたが・・・・・何より初めについた守備位置だ。

多少ファースト寄りについてそしてそれが当たるとは・・・・・。良いセンスをしている)」

真面目に考えている榊を余所に喜んでいる他の部員達。だが忘れてはいけない。

彼らはバントやバスターで撹乱させてからあおいを打ったのだ。何が言いたいかというと彼らは実力で打ったのではないということだ。









あおい「ハァ・・・・・ハァ・・・・・すい、ま、せん」

あおいは息を切らしながら監督に言った。監督はいつものような優しい笑みで「お前はよくやった」と言った。それ以上はあおいに何も言わなかった。

9回の表、3-2の1点ビハインド。雨は少しずつ強まって来ている。最後に笑うのはどちらのチームか、それは誰にもわからない。

また最高の場面が待っていることも・・・・・。




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