第32章
過去の鎖





今、試合は最高潮に達していた。例えるならメラメラ燃え上がっている火。それは雨が降っていても消えることはない。しかし因果なものだ。

この試合を決めるかもしれない状況でまたこの男に回ってくるとは・・・・・。スタンドから観戦している両校の生徒、ベンチにいる両校の選手。

彼らはただ叫んでいた。それはもうどちらの応援かわからないぐらいに・・・・・。そして次の打者のアナウンスが聞こえないぐらいに・・・・・。

*「4番 サード 結城君 背番号5」

結城「約束・・・・・守らないとな・・・・・」

榊「誰のだい?」

結城「さあ・・・・・」

結城はヘルメットを弄りながらバットで地面を軽く叩く。榊も暗い空を見上げ一旦息をつく。

理奈「2死1・3塁・・・・・」

坂本?「1打同点のチャンスE・・・・」

桜庭?「しかし・・・・・ラッキーとはまさにこのことじゃのう」

何故桜庭(?)がそういうのには理由があった。今、2死1・3塁というチャンスだがどうやって結城に繋げたのか。

それは黒崎とあおいのとき、南山が後ろへボールを反らしたのである。

つまり2人とも振り逃げ。まさにラッキーいや、奇跡に近い。桜庭(?)がそういうのも無理ない。

審判「プレイ!」

結城「(虹・・・・・か)」









それは結城が打席に入るちょっと前・・・・・。まだ結城がベンチに座っていたときだ。

由利「雨・・・・・強くなってきたね」

あい「私、雨は嫌いだけど雨上がりは好きなんだ〜」

由利「なんで?」

あい「虹がでるでしょ?」

由利は「ああ、なるほど」みたいな顔をしてポンッと相槌を打った。神城が負けるかもしれない状態なのにあいはホワホワ状態に入っていた。

それはもう「虹が見たいな〜」っていう顔だ。そのとき高橋が送りバントを決めた。

結城は立ち上がりヘルメットを被りネクストバッターボックスへ向かう。そのとき結城はあいに話し掛けた。

結城「お前虹好きだよな?」

あい「は、はい」

突如話し掛けられたためあいのホワホワモードは解除されいつものあいに戻った。いやどちらかと言えば赤くなっていると言った方が正しいか。

結城「なら・・・・・見せてやる。グラウンドに咲く」

虹をな・・・・・。









結城「(思えば・・・・・こんな約束前もしたな)」

結城は何か懐かしいことを思い出していた。そう唯との想い出を・・・・・。雨がさらに強まって来た。

スタンドは色々な傘の色で埋め尽くされている。それはその火が消えぬように防いでいるみたいだ。









スタンドの入口に2人の男が立っていた。1人は見た目は若く青いサングラスを頭にかけている。もう1人は無精髭で髪がえらくボサボサしている。

若い男「おもしろい状況だな、親父」

無精髭の男「そうだな。けど俺が気にしているのは・・・・・」

若い男「あいつ1人ってか?やっぱ心配してんじゃん」

無精髭の男は表情を変えたのだろうが髭と髪でよくわからない。

無精髭の男「いや・・・・・やっぱ俺の息子としては打ってくれないと困るな。なんたって俺は」

若い男はまたかといった感じで無精髭の男より先に口を開いた。

若い男「『ローカルズ・無敵のリーサルウェポン』だろ。今シーズンまだ10本しか打っていないのに偉そうにするなよ」

無精髭の男「・・・・・(´・ω・`)ショボーン」

・・・・・まさにその言葉(?)通り無精髭の男はしょぼくれていた。そのボサボサの髪をだらしなく揺らしながら・・・・・。

若い男「あと・・・・・」

無精髭の男「?」

若い男「髪と髭をどうにかしてくれよ。これじゃあ息子じゃなくて孫と勘違いされる」

無精髭の男「・・・・・(´;ω;`)ウウッ」

若い男「(しかもAA使うなよ)」









(カキィン!)


審判「ファール!

打球は3塁線をもの凄い勢いでキレていった。その度に味方の声援が飛び交う。

篠原「惜しい!

西条「頑張れ!お前なら打てる!

スタンドからも声援が聞こえてくる。1塁側だけではない。3塁側も白零大付属のベンチも・・・・・。

残念なことに二人の耳にその声援が届くことはなかったが。

結城「ハァハァ・・・・・」

榊「ハァハァ・・・・・」

沖田「あの無類のタフネスの榊が・・・・・」

榛原「息を切らしている・・・・・?」

2人とも顔が真っ赤だ。榊もハァハァと息を切らしながら投球モーションに入る。結城も足を上げる。


(カキン!)


審判「ファール!

南山「これで15個目のファール・・・・・」

篠原「・・・・・」

黒崎「・・・・・」

この場合、勝負している2人よりも応援しているほうがハラハラしながら見ているだろう。その証拠に球場からの声援が気がつけばなくなっている。

理奈は固唾を飲みながら黙って見ているし、由利に至っては手を合わせてただ祈っている。

監督「(なんか・・・・・)」

桜庭?「あの時に似とるのう。し・・・・・金ちゃん」

坂本?「やっぱりは・・・・・裕さんもですか?私もそう思っていました」

不思議と3人共同じことを思い出していた。25年前、あのときのことを・・・・・。









榊「さすがだね」

榊は下を向きながら結城に話し掛けた。ハァハァと息を切らしている。かなり辛そうだ。だが結城もそれは同じことだが。

結城「そりゃどうも。だが守らないといけない約束があるんでな」

榊は下に向けていた顔を突如空を見上げた。顔に雨が当たる。それでも顔を下げようとしない。何か考えているのだろうか。そして・・・・・。

榊「これで最後にしよう

結城「同感」

榊は投球モーションに入った。いつもよりゆっくりとしている。結城も足をゆっくりと上げる。

南山「(なんだ・・・・・この雰囲気は・・・・・)」

榊の球を受けている南山は2人の不思議な雰囲気に気がついた。

それはこの2人の勝負がどれだけ激しくどれだけ意味を持っているかわかるような気がする。これが宿命の対決なんだろうか。

榊「(いけ。ホリィボール!)」

榊の球はできるかぎりボールを切った。そのボールの回転数は半端ではない。結城も足を降ろし全ての想いを乗せたバットをフルスイングする。

結城「(俺は・・・・・打つ!)」

あい「結城さん!

あおい「結城君!

2人は同時に叫んだ。だが彼女らの叫びはむなしくも雷にかき消されてしまった。その想いを邪魔するかのように・・・・・。

そのとき、全てがスローモーションになった。ベンチからの声援もスタンドからの声援も雨も全てが。

結城「(・・・・・唯よ。俺はここで虹を見せたら許してくれるか?)」

何故か唯のことしか浮かばない。こんな勝負中なのにどうしてだろうか。不思議だ。

?「尚史さ〜ん・・・・・」

唯の声が聞こえる・・・・・。あのホワ〜とした声は間違いない。俺はその声を聞く度に何故か落ち着かなくなる。

別に嫌いだったわけではない。むしろ好きだったぐらいだ。いや、声だけじゃない。唯の全てが好きだった。

なのに・・・・・なのに・・・・・俺は・・・・・唯を・・・・・。

いや、唯だけじゃない。ヒナも・・・・・榊さんから・・・・・俺は・・・・・まった。

・・・・・弱い俺には・・・・・ただ謝ることしかできない。ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・・ゴメンナサイ・・・・・。









球場は静かでただ雨の音が響いているだけだった。結城のバットは榊のホリィボールの軌道に合っていた。だがホリィボールが前に飛ぶことはなかった。

審判「ストライク!バッターアウト!ゲームセット!

今、榊と結城との勝負が終わりを告げた。ワァァァァというような声はまったく聞こえてこない。聞こえてくるのは雨の音だけだ。

結城は静かにバットを落とした。真っ赤だった顔は少しずつ青くなり結城はゆっくりと膝からその場に崩れ落ちた。

審判「集ご」

榊「審判さん!少し時間を下さい!」

審判「え?ああ・・・・・なるべく早く頼むよ。雨が凄いからな」

榊は審判に深々と一礼した後マウンドを降り崩れ落ちている結城の元へゆっくりと歩き出した。

榊「・・・・・」

結城「・・・・・」

榊は結城の前に立った。結城は顔を上げようともしない。2人のユニフォームはビショビショだ。

榊「素晴らしいスイングだった・・・・・」

やはり結城は顔を上げようともしない。榊は気にせずに結城に言う。

榊「・・・・・だが君は見逃していることがある」

結城「・・・・・」

榊「それは変わろうとしないことだ

結城「・・・・・」

榊「変わらない君が僕に勝つことは無理だ」

結城「・・・・・」

榊は一旦間を置き・・・・・そしてゆっくりと口を開く。

榊「変わらない者に虹を咲かすことなんてできない。それで君の妹、そして・・・・・唯が許してくれるはずがない

結城「・・・・・!

結城はゆっくりと顔を上げた。雨で濡れきった榊の顔が写る。髪の毛先までもが濡れきっている。

審判「話の途中悪いが・・・・・」

榊「あ、すいません」

榊は軽く礼をした後帽子を弄り直した。

榊「過去の鎖を断ち切れ。そして虹を咲かせてみろ

榊は振り向きざまに結城に最後の言葉を残した。結城の目に榊の後ろ姿は写らなかった。

ぼやけて見えない。心が痛い。結城の目から雨以外の雫が落ちた 。









審判「両校!互いに礼!

全員「ありがとうございましたー!

今、この瞬間に神城の初めの夏が終わりを告げた。当然ながら神城の選手は元気がない。しかし咲輝の魔法の一言で全員に元気を取り戻した。

咲輝「今日の1時頃に皆でバイキングに行きましょう!」

全員「オオー!

監督は隣でやれやれといった表情を浮かべていた。浮かれている神城の選手達は気がつかなかったが勝った白零大付属のほうが何故か覇気がない。

きっと1年相手にここまでやられるとは思わなかったのだろう。しかしその後両ベンチから叫び声が聞こえてくる。

南山「榊さん!」

あい「結城さん!」

南山・あい「て、手がち、血だらけですよ!

関係ないがベンチの違うあいと南山は同じタイミングで同じことを言ったらしい。

当然ながらそんなこと誰も知らない。さらにまったく同じことを言う者がもう1組いた。

榊・結城「これぐらいの怪我ぐらい・・・・・」

榊「彼と比べたら」

結城「あの人と比べたら」

榊・結城「問題ない

2人はまったく同じタイミングでズレることなく言い切った。だが南山とあいは帰ろうとする榊と結城を取り押さえ無理矢理治療し始めた。

南山「ホリィボールはまだ未完成だから3球までと言ったでしょ!肘壊したいんですか!?

さすがの榊も南山の迫力におされて黙っているよう・・・・・いや・・・・・眠っているように見えないこともない。









一方神城のベンチではあいがハムスターみたいに頬を膨らませていた。

あい「もう・・・・・豆が全部潰れちゃってるじゃないですかぁ。痛くないなんて嘘言っちゃあダメですよ」

結城「す、すまん・・・・・」

結城の手の色はもはや原色を失ってトマトを潰したみたいになっていた。

これを痛くないという奴のほうが気が知れない。実際のとこ試合が終わってから痛みをこらえていたみたいだが。

あい「いいですよ。別に」

結城「いや、そうじゃなくて約束・・・・・」

あい「気にしないで下さい。仕方がないですよ」

結城「・・・・・そうか」

俺はため息をついた。なんか相当情けなくなってきた。だが少ししてあいはクスッと笑った。

何で笑ったか尋ねたが可愛い声で「秘密です♪」としか言ってくれなかった。不思議な奴と俺はいつも思う。

赤くなったり秘密があったり・・・・・まあそれがこいつらしいといえばこいつらしいんだが・・・・・。しかし・・・・・今日は疲れた。

色々あって本当に疲れた。正直・・・・・榊さんにあれだけのことを言われたのは初めてだ。

だが言われた通り・・・・・過去とそろそろ決着をつけなければならないと思う。いつ決着がつくかわからないけどいつか必ずつけてみせる。

しかし治療している間は暇だ。仕方がないのでグラウンドの風景でも見ることにする。雨はまだまだ降り続く。

それは小さな子どもがいつまでも泣いているように・・・・・。神城は初めての夏が終わりを告げたが本当の夏はこれからなのだ。

そして・・・・・結城の野球はまだスタートを切ったばかり。結城は治療の間、ずっと雨のグラウンドの景色を見ていた。

消えることのない想い出の火をずっと揺らしながら・・・・・。




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