7月31日、今日も馬鹿みたいに晴れている。雲一つない。気温は朝9時というのに31℃。この暑さに部員全員が根を上げていた。
だが1番根を上げていたのは監督の今井俊彦である。そろそろノックをしなければならないのだが日蔭から出たくない意志が強すぎて足が動かない。
篠原達が待っている。だがいくら動こうとしても足が動かない。年はとりたくないものだと思う。
どうするかと悩んでいたところに一条あおいが話しかけてきた。
あおい「監督、ノックしないんですか?」
あおいの額からは数えきれないほど汗が流れている。顔も赤い。相当暑い証拠だ。これを見てさらに日蔭にいたい気持ちが強まった。
監督「一条・・・・・お前が代わりにやってくれないか」
あおいは黙っていた。やっぱり駄目か。そう思ったときあおいの顔が笑顔に変わっていった。
あおい「私がですか!?そりゃもう喜んで!」
あおいは金属バットをケースから楽しそうに引き抜いた。こいつは相当ノックが好きなんだとわかる。誰かさんと一緒だ。
気合の入り方も凄いし・・・・・。とりあえず助かった監督俊彦。だがそれで被害を被っている部員が1名いた。
あおい「ショート!さっきのは飛び込まなきゃ捕れないわよ!もう一回!」
篠原「か、勘弁してくれ・・・・・」
勘弁してくれといったところで止めるあおいではない。あおいはおもいっきり力をこめた強烈な球を篠原目掛けて打った。
監督「夏、海、み、みず・・・・・そうじゃ!監督になってやりたかったこと忘れとった!全員集合!」
俊彦はなにか思いついたのか突然立ち上がり全員を呼び寄せた。俊彦の前にマネージャーを合わせた12人+お岩さん状態の部員1名が集まった。
監督「よし・・・・・今日はこれで解散じゃ!各々合宿の準備をしてこい!明日の7時30分頃ここに集合じゃ!」
全員「・・・・・はあ!?」
というわけで俊彦の突然の思いつきで神城の初めての合宿が始まった。この合宿がある部員にとって忘れらない合宿になることも知らずに・・・・・。
7月31日、朝9時。彼らは応心海岸近くの旅館に来ていた。神城から大体1時間30分ぐらい。監督俊彦とその娘咲輝はノリノリだが部員達はそうではない。
篠原「いきなりすぎてどう反応すればいいやら・・・・・」
西条「同感・・・・・」
テンションは上がらないものの俊彦と咲輝が旅館の中に入っていくので部員達はそれについていく。
入口で女将が正座をしてお出迎えをしててくれた。「ようこそおいでくださいました」と深々と礼をし旅館について説明をしてくれた。
手短な説明であったが部員達全員の脳に深く刻み込まれた言葉があった。それは・・・・・。
黒崎「俺ら以外の客は・・・・・」
笹田「存在しないって・・・・・」
高橋「よく持ち堪えてるね・・・・・」
なんだか聞いてはいけない説明だった気がしてならない。テンションは上がるどころか下がる一方。この雰囲気を変えたのが意外にも結城だった。
結城「・・・・・部屋割は?」
監督「うむ。それなら昨日のうちにくじ引きを作っておいた。当然男女分けてるから安心せい」
部屋割と聞いた部員達のテンションが突如上がり始めた。たかだか部屋を決めるだけなのにどうやったらそんな簡単にテンションが上がるのか疑問だ。
ただ単純なだけなのか?と結城は思う。そんなことを思っているといつの間にか結城以外全員が引き終わっていた。自分も引こうとするがくじ引きがない。
結城「監督・・・・・俺、引いてないんですが」
監督「ああ、お前はワシと同じ部屋じゃ」
全員に選択権に近いものがあって俺だけないっていうのも妙だな。
まあ別にいいけど・・・・・。と結城は特に気にしなかった。そしてくじ引きで引いた紙を全員が開ける。
篠原「1って書いてあるな」
笹田「俺のも1だ」
あい「私のは6って書いてある。監督、これは・・・・・?」
監督「うむ。その数字と同じ人が相部屋となるのじゃ」
咲輝「じゃあ私に書いてあった数字を言いにきてね。誰がペアかまとめるから」
全員が咲輝の周りに集まる。誰が誰と当たろうがどうでもいいが・・・・・唯一気になるのはあいつが誰と当たったかだ。
そして・・・・・結果、こんな感じのペアが出来上がった。
1 篠原・笹田
2 西条・黒崎
3 高橋・佐々木
4 川相一・川相二・川相三
5 あい・咲輝・由利
6 あおい・理奈
7 今井・結城
篠原「ある意味奇跡だな。川相三兄弟・・・・・」
西条「全員同じ部屋って・・・・・」
見えない兄弟の絆でもあるのだろう。・・・・・いや勝手な推測だが。それよりも結城は理奈があおいとペアになって半分心配だった。
理奈が何か余計なことを言って俺にとばちりが来そうで恐いのだ。だから心配なのだ。
そんな人の気を知らずに理奈無邪気に喜んでいる。その無邪気さ故に敵から守らねばならないようだ。
篠原「(俺年下もOKだから・・・・・)」
西条「(俺も・・・・・)」
結城「(こいつら・・・・・理奈に手をだしたらバットで頭カチ割ってやる)」
しかしなんで俺の周りにはこんなに敵が多いのだろうか。そう思うと嫌になってくる。
咲輝「皆、部屋に荷物置いたらグラウンドに案内するからね。わかった?」
全員「はい」
結城「さてと着替えるかな」
監督「いや、その必要はないぞ」
結城「何故です」
監督「お前にはこれを手伝ってもらう」
俊彦は結城の前に紙を11枚置いた。何にも書いていない真っ白な紙だ。
結城「何も書いてませんが・・・・・」
監督「これに各部員の欠点を書こうと思ったのじゃ。いくらなんでも1人でこれをするのはな」
結城「・・・・・何故俺を?」
監督「お前が1番見てそうじゃから。別に一条でもよかったんじゃがな」
結城は「ふ〜ん・・・・・」とあまり興味なさそうに返事をした。この様子だと本格的な練習は明日からになりそうだ。
なら別に焦らずゆっくりやればいいと自分に言い聞かす。理奈・・・・・あの馬鹿共に襲われてなければいいが。
親戚とはいえ長い間一緒に暮らしているため家族いや妹同然である。
だが心配しても今は無駄なので作業に取り掛かることにする。午前9時15分のことだった。
時間が経つっていうのは早いものだ。現在午後8時。夕飯も食べ終わり各自集まってトランプをしたり世間話をしたりしている。
俺は・・・・・って?昼間、練習できなかったので旅館の外で素振りをしている。実はあの作業だけで1日が本当に終わってしまった。
なんか時間を無駄にしてる気がしてならない。そう思うとた
め息が出そうになる。
仕方がないので気分を少しでもよくするために朝の出来事を思い出してみる。
そういやいつも朝放送されている『目覚ませテレビ』で占いをやっていたな。・・・・・12星座中12位で女難って言ってたような・・・・・。
もっと他のことを思い出してみる。家で段差に躓いたこと、パンにカビが生えていたこと、何かの指名手配犯に間違われけたこと・・・・・。
災難だらけだな、と自分の運の悪さを褒めたくなる。だが俺は『目覚ませテレビ』の占いが当たっているとは思わない。
所詮は占いだ、いつも運が悪い、ただそれだけだ。・・・・・なんだかさらに気分を悪くしてしまった。さっさと部屋に戻ることにする。
そのとき黒い何かが前を通った。目を懲らしてよく見てみる。それ自体は小さいが尻尾らしきものをピンッと立てておりこちらをじっと見ている。
睨んでいるといったほうが正しいかもしれない。黒猫とわかる。俺はゆっくりと手を延ばしてみる。
猫はフイッとソッポを向きどこかへ走り去ってしまった。流石は黒猫だな、警戒心が強い。
そういや黒猫は不吉というが・・・・・まさかな。結城は猫が走り去った方向を見た後、小さなクシャミを一つした。
しかしツイてない。部屋に戻るまでに3回も転んでしまった。本当にツイてない。
監督「おお、結城か。お帰り」
ただいまと言うべきか一瞬悩んだがまあいいか、と頭の中で結論を出す。
結城「・・・・・風呂行ってきます」
監督「おお、風呂か。今の時間帯なら大丈夫じゃろう」
結城「何が?」
監督「知らんのも当然か。咲輝にグラウンドで伝えるように言っておいたからのう。ここの風呂は混浴じゃ。じゃから時間帯を指定してたんじゃ」
なんかもう、自分だけ無視されている気がする。いや、この場合も運が悪いだけか。結城はため息をつきながら着替えを持って部屋を出た。
この旅館の廊下は広い。いや誰もいないから広く感じるだけか。しかし旅館というのは静けさを好む俺にとって落ち着く。
心も安らぐ。さらにここの風呂は混浴。・・・・・いやそこがいいんじゃないが。混浴ということは露天風呂ということだ。
今行けば誰もいないはず。ゆっくり温泉につかれるはずだ。そんな考えが頭を過ぎった。すると前から西条達とすれ違った。
どうやらゲーセンの帰りのようだ。俺には関係ないが。とにかく風呂に入ってゆっくりしたい。頭の中にはそれしかなかった。
西条「今の結城だよな」
篠原「ああ、そういやそうだな」
黒崎「俺達がゲーセン行くときに一条とすれ違わなかったか?」
西条「そういやそうだな」
3人のとんでもなく重要な会話だった。
結城「ここだな」
温泉マークが入っているから間違いなさそうだ。俺はそのドアを開けた。
ドアを開ける直前、つまりドアノブを回す前だ。不意に朝の『目覚ませテレビ』の占いの言葉が思い浮かんだ。『女難』。
そのときは何故そんな言葉が突然思い浮かんだのかわからなかった。でも思えばあれは前触れだった気がする。
何が起こったのか?ギャグ漫画ならに1つはありそうな出来事だ。とにかく言えることは・・・・・今日は運が悪い。
いや悪いなんてもんじゃない。占いなんて当たらないと思っている俺だがこればかりは確実に当たってると思う。
俺は明日を見ることができるだろうか・・・・・。