第37章
闇の終わり光の始まり





神島鈴甲病院。この病院は大変広くここで働いている看護士や医師ですら迷うほどらしい。だが今の俺にそんなこと関係ない。急がなくてはならない。

走り慣れているのに息が何故か苦しい。俺が目指す病室は2階の南側にある。はっきり言って遠い。だがそんなこと言ってる場合ではない。

点滴を持っている老人や車椅子の若い男などに何度もぶつかったり時にはこけたりしたが俺はすぐに立ち上がり病室を目指す。

待ってろヒナ。尚兄が今行くからな。それまで頑張ってくれよ。俺は階段を2段飛ばしで上りきり見たことあるフロアに出た。

すぐそこにヒナの病室がある。俺は扉をゆっくりと開けた。俺の目に飛び込んで来たのは器具をつけている苦しそうなヒナの姿だった。

そのとき俺の中で何かが音を立てて砕け散った。大事な何かが・・・・・。









結城「ヒナ!

結城は飛び起きた。全身に汗をビッショリ掻いている。過去の悪夢を見た。あのとき・・・・・ベッドにはヒナが静かに寝ていた。

綺麗な顔をして、苦しそうな表情も無くなって、冷たくなって・・・・・永遠に目を開けることのないヒナがいたのだ。

これは俺が最も思い出したくない過去。だが夢に出て来たのはこれが初めてなのだ。嫌な予感がする。

結城は窓から見える景色を見た。山の陵線が光り輝いている。結城は隣で寝ている監督を起こさぬよう部屋から出ていった。

1月22日、午後12時10分。あの日徳島に珍しく雪が降っていた。同時刻、俺はヒナを失った。









「暑い・・・・・」

8月4日、合宿5日目。気温は32℃。こうも30℃以上の温度が続くと誰でも嫌になってくる。監督も相当参っているようだ。

というより全員参っているようだ。いつも細目でポーカーフェイスの川相三兄弟ですら熔けたアイスクリームみたいになっている。

監督「一旦休憩するぞ。このままでは熱射病になってしまう」

篠原や西条といった部員が何かを求めさ迷うゾンビのように木陰を目指す。

結城も木陰に移動しようとしたがバットをフェンスに置いたままだったことに気付く。金属だから熱を吸収して握れなくなると思う。

仕方がないが結城はバットをフェンスまで取りにいった。もう暑くなっている・・・・・なんつー暑さだ。

もはや日本の気温ではない、きっとブラジルかどこかの赤道直下の国の気温に違いない。

そんな意味のわからないことを考えるとは・・・・・たぶん暑さで自分の頭がショートしているな。

結城はバットを拾い何気なくフェンスに右から左へと目をやる。結城が立ち位置から大体右45°あたりだろうか。

その角度の方向を見たとき結城は声を出さず驚いた。

結城「

結城の目に飛び込んできたのは2人の男。1人は若そうな男でもう1人はやたら恐い目をしている。結城はその男達を知っていた。

いや忘れたくとも忘れれない存在なのだ。若い男は結城に気付いたのか肘を曲げたまま「いよう」と言って手を上げた。

すると結城の表情がみるみるうちに険しくなっていく。同時に手がブルブル震え出す。怒りで震えているといったほうがこの場合正しい。

結城「何しに来た!

夢の世界へと旅立っていた部員達は結城の大きな怒鳴り声で無理矢理現実に連れ戻された。

連れ戻されたはいいが状況をよく理解できてない。いや初めから現実世界にいた部員でも状況を理解できないか。

若い男「まあそう怒るなって。せっかく親父だって白髪染めて髪切って髭を剃ってきたんだからよ」

若い男はとくに結城の迫力にビビっている様子を見せない。その父親に至っては余裕なのか欠伸をしている。

恐い目の男「たく・・・・・。俺の息子ならもうちょっと大人になれ」

結城「煩い!お前とはもう縁を切ったはずだ!

怒りのあまりに完全に我を失う結城。後ろに異変に気付いた部員達がいることにも気付かない。

恐い目をした男は結城みたいにハァとため息をついた。怒り狂う息子に呆れているのか後ろの野次馬に呆れているのかはわからないが。

目の恐い男「たく・・・・・くだらない過去にこだわりやがってよ。だからお前はガキなんだ

この一言で結城の怒りが完全に爆発した。その形相はさっきまでの表情とは比べものにならないぐらい恐ろしい。

結城「煩い!

結城は目の恐い男に殴りかかった。男の顔はフェンスからちょうど出ている。このままだと直撃は避けられない。

だが拳は男の顔に当たる寸前で止まった。腰に何かが抱きついている。結城は振り返ってその何かを確認した。それは結城の親戚の川上理奈だった。

結城「理奈離せ!一発殴らないと俺の気が済まない!

無理に振りほどこうとする結城。だが理奈は必死でしがみついている。

理奈「落ち着いて尚史!あんたの気持ちはよくわかるわ!でも殴ってどうなるの!?それで恨みが返せるとでも思ってんの!?

その様子を部員達がただ黙って見ている。ビビって誰も近づくことができない。だがその中で2人が立ち上がった。

白髪が目立つ男、今井俊彦と髪を束ねている少女、一条あおいだった。

あおい「とりあえず落ち着きなさい!

そう怒鳴るとあおいは結城の腹部を殴った。結城はグフッと妙な声を出してうずくまってしまった。

監督今井俊彦はうずくまっている結城尚史にかまうことなく目の恐い男に話し掛けた。その目は何故か穏やかだ。

監督「ローカルズ・無敵のリーサルウェポン、結城武久(ゆうきたけひさ)とその息子、結城孝道(ゆうきたかみち)・・・・・だったかのう。」

その瞬間後ろに集まっている部員が騒ぎ出した。

篠原「結城武久っていったら・・・・・」

西条「今単独で首位打者に立っている選手!」

笹田「し、しかも22年間で705本のホームランを打っているあの結城武久!?」

騒ぐ部員達だが結城尚史が後ろを振り返り睨むと一瞬にして静まった。

その光景を見た武久は何故か笑いを堪えていた。堪えながらも監督今井に返事を返した。

武久「そうですよ、今井さん」

監督「あんたらペナント中のはずじゃろ?それなのに何故こんなところにおる」

武久はフッと一つ息をついて今井に答える。

武久「そりゃあ今日は試合がないからですよ。んで暇なんで久々に尚史に会いに行ったら留守で

隣の家の人に聞いたらここだって聞いたんですよ」

監督「長い説明ご苦労。じゃがその息子は随分会うのを嫌がっとるじゃないか」

武久「まあこっちにも色々事情があるんですよ。・・・・・あと他に聞きたいことは?」

監督「いや・・・・・」

武久「・・・・・もう俺達は帰ります。まだ用事はあったんですが練習の邪魔になりそうだし」

武久が後ろに振り返ったそのとき、腹の痛みが無くなったのか結城尚史が武久に向かって叫んだ。

結城「待て!喧嘩でカタをつけられないなら野球でカタをつけてやる!

武久は振り返った同時にため息をついた。もの凄く呆れている様子だ。

武久「ハァ・・・・・一回やられんとわからんようだな」

すると武久と孝道はよいしょと言ってフェンスを乗り越えて来た。

孝道は素早く乗り越えれたが武久は年なのかバランスを崩して顔から倒れてしまった。武久は顔についた土をはらい除けて素早く立った。

だが情けないところを見られたせいか武久の顔が赤い。孝道も微妙に笑いを堪えている。そんな情けない武久を見て結城尚史はため息をついた。









マウンドに立つ結城尚史。バッターボックスにはその父親、結城武久が立っている。武久はバットを結城尚史に突き付けたまま動こうとしない。

武久「さっさと終わらせるぞ。昼飯食いたいからよ」

結城尚史は無言のままボールをずっと見ている。武久の話などまるで聞いていない。

結城「(・・・・・神は俺に最高の機会を与えてくれた。ヒナと俺を裏切ったあいつを殺る機会を!)」

結城は一旦空を見上げ一つ息をついてから武史のほうを向いた。

監督「もういいようじゃのう。それじゃあ・・・・・プレイ!

キャッチャーマスクを被り座る笹田。武久も一旦バットを片手で回しそして低い構えをとった。その構えはまさにあのMr.タイガース 掛布雅之みたいだ。

武久を睨みながら結城尚史は大きく振り被り足を大きく踏み出して投げた。積年の恨みの篭った球を・・・・・。









孝道「たく・・・・・なんで俺が・・・・・」

結城尚史と武久の勝負以外にもう一つの勝負が行われていた。それは孝道とあおいの勝負である。

あおい「父親の言う事なんだから仕方がないでしょ」

孝道「ハァ・・・・・(さっさと終わらせよう)」

孝道はゆっくりと振り被り軽く足を揺らしてから投げた。球の速さは130k/mでてるかでてないか。しかもコースはど真ん中。あおいは大きく前に踏みこんだ。

あおい「(これがプロのストレート?いえ・・・・・)」









武久は前へ軽く踏み込み結城尚史のストレートを打ちにいく。

武久「(お前のカットボールなんぞへでもねぇ!)」

武久の思った通りそのストレートは突如軌道を武久の胸をえぐるようにようにして変化した。

だが武久はカットボールと初めからよんでいたため軽々とバットの軌道をボールに合わせた。


(キィィィィン!)


結城「

武久が打った球は結城尚史の頭上を大きく越えていった。伸び方は半端ではない。まさに弾丸ライナー。

笹田「(明らかに一条より速かった球を・・・・・やはり化けもんだ)」

武久は自分の打った球を見ていた。太陽で眩しいがその打球を見れば明らかにオーバーフェンスを確信させる。だがここで思わぬ出来事が起きた。

なんと武久が打った球が鳥が狙撃されたかのように突然落下したのである。武久はその光景に信じられず慌ててボールが落ちた場所へ駆け寄る。

武久「(な、何だと!?)」

そこにはボールが2つ転がっていた。明らかに片付け忘れたボールではない。武久はまさかと思い前を見た。

武久の目に写ったのは孝道がマウンドで崩れ落ちている姿だった。これで武久は確信した。あのボールは間違いなくあの娘が打った球だと。

2人が打った球が偶然にも空中でぶつかったのだと。まず有り得ないがそれ以外考えようがない。

武久「(どうやらあの血を受け継いでいるのは本当らしいな)」

武久の本当の目的は尚史に会いに来たのではない。一条あおいに通っているある者の血筋が本当かどうかを試しに来たのが本当の目的である。

そしてルーキーながら10勝を挙げているあの孝道から打った。実力を認めざるおえない。

武久「(ーーーー。これがお前の娘か。とんでもねぇもん・・・・・だな)」

そんな思いを余所にあおいは無邪気に喜んでいた。









午後6時、練習が終わった。各部員が道具を片付けたりグラウンド整備をしている。そんな中マウンド上で座り込む部員がいた。

それは結城尚史だった。武久の勝負に負けてからもう3時間は経っている。だがショックが大きすぎたのかまったく動こうとしなかった。

結城「(俺は・・・・・ヒナを裏切った奴を殺ることができなかった。情けない・・・・・情けない・・・・・)」

3時間、ずっと結城の心の中で情けないの文字が渦巻いていた。情けなすぎてため息すら出てこない。

グラウンド整備をする部員だが誰も近寄ろうとはしない。しかしそんな中、ある部員の憤りがついに爆発した。

あおい「結城君、顔上げなさい」

何もする気になれない結城だがあおいの言う事を受け入れ顔を上げた。するとパシーン!と物凄い音とともに頬に痛みが走った。

あまりに突然だったので状況をよく理解できない。真っ赤になった頬を抑える事しかできない。ただわかることはあおいが怒っていることだけ。

あおい「男の癖にいつまでもウジウジしてんじゃないわよ!

当たり前の事を言われて言い返す言葉が見つからない。ただ黙ってあおいの話を聞くことしかできない。

あおい「私は君と結城武久選手の間に何があったかなんて知らない。だからこの勝負がどれだけ重要だったかなんて知らない。

でもね、一つだけ言えるわ」

結城「・・・・・」

あおい「負けたのなら次こそ勝てるように努力するべきなんじゃないの!?なのに君は負けたことばっかり考えて・・・・・。

私は君をライバルと思ってんだからもう少ししっかりしてよ!

あおいの目には涙が溜まっていた。何故彼女が泣きそうなのかはわからない。

でも・・・・・心配してくれてるのは間違いないと思う。結城はゆっくりと立ち上がりあおいをいきなり抱きしめた。

あおい「ば、馬鹿!いきなり何すんのよ!

ボカッと胸を殴られる結城。結構鈍い音がしたので今のは痛かったかもしれない。だが結城に苦痛の表情はない。そして結城はあおいを放そうとしない。

結城「(俺は・・・・・いつの日か榊さんに過去の鎖を断ち切れと言われた。ならば断ち切るのは今)」

結城は何かを決心し、ようやくあおいを放した。やっと解放されたあおいはまた抱かれたらイヤなのか2、3歩後へ退いた。

結城「あおいちゃん」

あおい「な、なによ」

顔を真っ赤にしたあおいは答える。

結城「気合を入れたい。だからおもいっきりビンタを頼む」

その言葉を聞いた瞬間、あおいは不適な笑みを浮かべた。

あおい「いいよ。じゃあいくよ!」

結城「うい」

あおいは大きく手を振り上げた。たぶんやられる方より見てる方がドキドキすると思う。

あおい「よくも可愛い私を無断で抱いたわね!

そう怒鳴ると同時にあおいは手を振り降ろした。


(パーーーーーン!!)


まるでクラッカーを鳴らしたような音がグラウンドに響く。ひっぱたかれる瞬間、全員目をつぶったので結城がどうなったかはわからない。

それぞれがおそるおそる目を開ける。

篠原「うわ・・・・・」

西条「痛そう・・・・・」

彼らの目に写ったのは鼻血と赤くなった頬をしている結城の姿だった。この姿は見ている方にも苦痛を与えるのには充分すぎるほどである。

あおい「・・・・・大丈夫?」

ピクリッとも動かない結城。叩いた本人もさすがに心配になったのか大丈夫か尋ねている。

結城「・・・・・なんとか大丈夫」

結城はフラフラしながら自分のスポーツバッグを取りにいった。絶対我慢しているようにしか見えない。全員そう思っていた。

だが結城は叩かれて嬉しかった。・・・・・いや別にそれがどうとかではない。

こうやって本気で叩いてくれる友人がいたことが嬉しかったのである(あおいちゃんの場合は何か違う気がするが)。おかげで目が覚めた。

たぶん叩かれる前までの俺は闇、則ち後悔しきれない過去ばかり見ていたと思う。そうだ。俺は闇の中で生きていたんだ。

ヒナと唯が死んだ時から叩かれる前までずっと闇の中で生きていたんだ。光があってもそれを自分の手で払い除けてたんだ。

きっとそれを掴むことを恥じてたんだ。俺は・・・・・・ヒナと唯のために光を掴んで生きていかなければならない。

そんな重要なことを逃していたのだ。榊さんが言ったあの言葉の意味。虹は晴れているときしかできない。

だから暗い闇にいる俺に咲かすことができなかったんだ。きっとそうに違いない。

結城「榊さん・・・・・ありがとうございます。そして・・・・・俺の小さなもう一人のライバル」

ありがとうーーー。









4月、桜の咲き誇る季節。彼、結城尚史の2年目の高校生活が始まった。




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