第1章
1年時代の思い出





暗い部屋を照らす月の光り。夜風で揺れるカーテン。4月だがまだ冬の肌寒さが残っている。ベランダから空を見上げる1人の男。

身長は高いが体は細く表情も暗い。男の隣に缶コーヒーが1本。男は手を伸ばしそれを取り黒い液体を口に静かに運びまたそれを隣に置いた。

結城「俺ももう2年生か・・・・・考えてみれば1年生のときは色々あったな」

まず真っ先に思い出せるのは榊さんの言葉・・・・・ではなく秋の大会。たぶんあのときの事は永遠に忘れないのではないだろうか。

いや忘れれまい。試合は終わってみるまでわからないというがまさにそれを思い知らされた大会だった。確か・・・・・10月頃だったな・・・・・。









10月、山の木はすっかり紅葉し気温も下がって過ごしやすい気候になった。夏の雰囲気を少しも感じさせない。

毎年夏の球場は倒れそうなぐらい暑かったが秋は別にどうってことはない。むしろ肌寒いぐらいだ。そしてさらに今の状況は背筋が凍るぐらい嫌な状況だ。

監督「3対0の3点リード、2死ながら満塁。しかし・・・・・エラーが3連続で続くとはのう」

今日の先発は西条。8回まで散発2安打の無失点という好投だった。

だが9回、2死までこじつけたのはいいがレフト 川相一郎、ファースト 佐々木、ショート 篠原の3人が続けざまにエラーしたのであった。

だが苛立ってマウンドの土を蹴る行為が見られない。どうやら西条は気にしていないようだ。

いや、むしろ西条は今日の自分の調子に酔いしれていた。思ったところにビシッと決まるわ、変化球のキレはいいわで・・・・・。

さっきの3連続エラーだって全て力のないフライであった。だから次で終わらす。そしてあいちゃんをデートに誘う。

そう心にきめた西条はセットポジションについた。笹田が要求してきたのは内角から外角へと逃げるスライダー。

今日はスローカーブよりスライダーのほうがキレがいい。笹田もそれがわかって要求して来たのであろう。

西条「(必ずあいちゃんをデートに誘ってやる!)」

そう意気込んでボールを指で外側に切って投げた。内角に決まった。これで決まり。だがそれは調子に乗りすぎた西条の幻覚だった。

笹田「(な!)」

コースはど真ん中、しかも80k/mでてるかでてないかあたりの球速。つまり失投。これを逃す馬鹿はいなかった。


(ズンラキィン!!!)


この快音を聞けばどうなったかわかるだろう。打球はセンターバックスクリーンを直撃。つまりオツリなしの逆転サヨナラ満塁ホームラン。

マウンド上では「あれ?」と顔をしている西条。ボー然とホームベース付近で立ち尽くす笹田。監督も由利もあいも開いた口が塞がらないでいる。

世の中何が起きるかなんてわからない事を思い知らされた秋の大会は1回戦という短さで終わりを告げた。









結城「・・・・・敵にとっては奇跡だったな」

3連続エラーのあと、ど真ん中の失投。誰か呪いでもかけてたんじゃないのか。まあ生で逆転サヨナラ満塁弾を見れたからそれはそれでよかったが。

終わったことは今更気にしても仕方がない。結城はそう自分に言い聞かせて缶コーヒーに手を伸ばした。ああ、綺麗だ。

空の星もここから見える夜景も全て。これを見ていると嫌な事を全て忘れれるような気がする。

あの馬鹿親と馬鹿兄やあの事件などなど・・・・・。とにかく綺麗だ。

これを写真に納めたいぐらいだ。写真・・・・・そうだ、ケータイで写真を撮って新たな待受画面にしよう。

そう思った俺はポケットに手を突っ込んだ。その瞬間、いきなりケータイが震えだしたのだ。

着メロの音からあの娘からのメールとわかる。俺はゆっくりと彼女からのメールを開いた。

『こんばんは〜。1ヶ月ぶりのメールだったでしょうか?』

実は今時の女の子っていうのは絵文字ばかり使うと思っていた。だから本当はアドレスなど教えたくなかった。だがこの娘は違った。

絵文字などどこにもなく活字ばかりのメールである。たまに顔文字も混じっているが基本的には活字ばかりだ。

まあ俺は活字ばかりでいいのだが。あとメールの内容についてだがどれくらいだったか覚えていないので適当に返事を返した。

『たぶんそれぐらいだと思う』

すぐにケータイが震える。絵文字を使わないといっても流石に女の子だけあってメールを打つのは速いようだ。

『ですよね。間違ってなくてよかった(^^;』

俺はすぐに返事を打ち返す。

『・・・・・用件は?』

すぐに彼女から返事が返ってくる。

『そうそう!私、カーブがもっと曲がるようになりました!』

『へえ、あれ以上曲がるようになったとは大したものだ』

『ありがとうございます!(o^_^o)』

『これならエースになるのも時間の問題だな』

このメールを読んでいて彼女がどれだけ喜んでいるのかヒシヒシと伝わってくる。

しかしあの時以上に曲げれるようになるとは・・・・・やはり大したセンスだ。あのときの彼女は肘をあまりうまく使えてなかった。

だが俺が指導したのはたったそれだけだ。なのにそれだけのことで彼女は高校生顔負けのカーブを投げれるようになった。

変化量だけなら榊さんのドロップと変わらないかもしれない。それだけすごかった。さらにあの低いアンダースローだ。

リリースポイントが地面スレスレのため球が浮き上がってくる。そこから沈めば大抵の打者のバットは空を切るだろう。

いや変化球だけではない。ストレートも素晴らしかった。あの浮き上がり方。

俺が知っている中であの球を投げれる人は・・・・・2人だけだ。そしていずれも俺の知り合いだ。1人は監督の今井俊彦。

そしてもう1人は・・・・・。まあとにかく凄い娘だ。ポケットに入っている携帯が震える。俺が送信して5分経ってからの返事だ。

『冗談言わないで下さいよ!(^o^;)あ、あとついさっき一条さんからメールが来たので・・・・・おやすみなさい』

俺はそのメールに返事を返すことはなかった。返してもよかったんだがなんだかめんどくさくなった。

しかし・・・・・あおいちゃん、あの娘相当気に入ってんだねぇ。

あの日、あおいちゃんがあの娘を貸しなさいって言ったときはかなりヒビッたな。あの娘に何か仕返しでもするんじゃないかと思った。

しかしあとであいに聞いてみると「キャッチボールしたかっただけみたいですよ」とやんわりした声の返事が返ってきたからな。

まあとにかく彼女は頑張っているようだ。・・・・・なに?メールアドレスはどうしたかって?それと彼女専用の着メロは?

・・・・・ハァ、くだらなさすぎてため息すら出てこない。まずメールアドレス。

これはあおいちゃんと勝負した翌日に彼女から教えてほしいと言われたから教えただけである。

ちなみにあおいちゃんもその場にいたからついでって感じだ。これを説明する前に変な想像した奴はいないだろうな。

そして、彼女専用の着メロ。これは彼女の名前、つまり花の名前のつく曲だ。・・・・・もっとヒント?それ以上は自分で考えろ。

・・・・・俺は誰にものを言ってんだ。

結城「とにかく・・・・・星が綺麗だ」

結城はベランダのヘリにもたれかかり空を見上げた。小さな星達が眩しく光り輝いている。結城は残り少ないコーヒーを一気に飲み干しまた夜空を見上げた。




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