第3章
関西弁の女子生徒





桜も少しずつ散り始め緑の若葉が芽生え始めていた。空気も充分春の暖かい気候だ。結城尚史が2年生になってはや1週間が過ぎていた。

この1週間、雨が1適も降らずポカポカした陽気な天気が続いていた。とうぜん今日もである。こんな日は昼寝に限る。

そう思った俺はいつもの場所、神城の木に向かった。授業があるんじゃないか・・・・・という突っ込みは無しだ。









神城の木、これは桜の木である。当然ながら木の下は桜の花びらだらけである。

まあこれも風流とでも思おう。とにかく俺は早く寝たいので木に腰掛ける。だが・・・・・。

結城「何か感じる・・・・・」

そういえば去年、この木の後ろにあおいちゃんが寝ていたことを思い出した。まさかと思いおそるおそる俺は後ろを見た。

結城「誰もいない・・・・・」

流石に同じことは2度もないか。ではこの妙な感じはなんだろうか。腕を組み考える首を傾げる結城。

周りを見ても誰もいない。後ろを見ても誰もいない。考えても答えは見つからない。

結城「気になって寝れない・・・・・?」

今、葉が揺れるような音が聞こえたような。やっぱり誰かいる。俺は立ち上がってもう1度周りを見渡した。右も左も後ろも前も全て。

いや、1つ確認していない方向があった。まだ上を確認していない。まさかなと思いつつ木を見上げた。

結城「・・・・・いた

太い枝に器用に寝転がる生徒がいる。紺色のブレザーと紺色のスカート、間違いなくここの女子生徒とわかる。

しかしまあよくこんなところで寝れるな。高いところが好きなんだろうな、と勝手な推測を立てる結城。だが・・・・・。

結城「やば・・・・・」

枝の上で寝ている女子生徒の体が少しずつ横にズレ始めている。このまま放っておけば間違いなく地面に叩きつけられ怪我は免れない。

俺は慌てて女子生徒が寝ている枝の下に行きいつでも受け止められる構えをとった。女子生徒はまだ気持ちよさそうに寝ている。

自分が今危険な状況に立たされているのも知らずに。呑気なもんだな、結城がそう思った瞬間。

結城「来たな」

女子生徒の体は宙に舞った。正しく言えば落ちているだけだが。結城は落ち着いて落下してくる女子生徒の体を受け止めた。

とりあえずはナイスキャッチといったところか。だが受け止めた瞬間腰から鈍い音が聞こえたのは気のせい・・・・・ではない。

結城「腰が痛い・・・・・」

落下してくる分を合わせたら相当な重さだった。やはり無理はいけない。まあさっきの状況はああするしかなかったが。

ていうかまだこの娘寝てる・・・・・普通起きるだろう。しかし起きるのをずっと待つわけにはいかない。

仕方がないので俺が寝ようとした木に寝かしておこう。そして俺はその裏側で寝ればいい。腰の痛めた結城はその考えをゆっくりと行動に移した。









?「う〜ん・・・・・」

頭を掻きながらゆっくりと起き上がる女子生徒。まだ眠いのか半分しか目が開いていない。

?「やっぱり昨日夜更かしが原因かな・・・・・」

女子生徒は座ったまま、う〜んと背を伸ばす。さらにまだ完全に開いていない目を軽く擦って意識をはっきりさせてやる。

そして1つ深呼吸をしてからゆっくりと立ち上がった。

?「中々気持ちよかったわ。木に登って・・・・・登って?」

女子生徒はあることに気付いた。初め寝ていたところは木の太い枝のはず。なのに起きたときは木に腰掛けたように寝ていた。

明らかにおかしい。おかしすぎて思わず瞬間移動の能力があるのかと勘違いしたぐらいである。

?「まあ、そんな冗談置いといて・・・・・そこで寝ている兄さん」

女子生徒は木の裏側に回り込み男子生徒に話し掛けた。男子生徒はゆっくりと目を開ける。

結城「・・・・・何だ」

特に寝起きの結城にビビっている様子を女子生徒からは見られない。

?「私がなんで木に腰掛けて寝ていたか知らん?初め木の上で寝ていたはずなんやけど」

関西弁・・・・・それを聞くと佐々木を思い出してならない。まあ思い出したところで意味がないが。

結城「あんたが落ちてきたから俺が受け止めてそこに寝かしてやった。俺がいなかったら大惨事だったな」

?「そうなんや。えらい迷惑かけたみたいやなぁ。すみまへんなぁ」

かなり礼儀正しいな。いや普通か。ただあおいちゃんだったら怒られてたがな。余計なことするなって。









あおい「くしゅん!花粉症かな・・・・・」









?「しかしまあ、兄さん偉いかっこええな〜。うちの兄貴とは電球と蛍光灯の違いやわ」

そんなに電球と蛍光灯とではそんなに違わない気が。いやたぶんわざとボケたのだろう。ならば突っ込みをいれるべきだ。

結城「そんなに変わらへんがな」

ビシッと突っ込む結城。しかしいつもクールな結城が関西弁を使うというのは何か妙である。

まあその女子生徒は突っ込んでくれたことを喜んでいるみたいだが。

?「兄さんノリええがな!」

結城「そ、そうか?」

久々に人に褒められる気がする。だからなんなんだって感じだが。

?「兄さん名前は?」

結城「結城・・・・・尚史」

女子生徒は名前を聞いた瞬間、ポンッと相槌を打った。

?「ああ!理奈ちゃんが言ってた親戚って兄さんか!?」

どうやら理奈の友人のようだ。そういや最近関西弁の娘と友達になったとか聞いた気がする。

結城「・・・・・名前は?」

真奈「ああそういえば自己紹介してなかったな。ワイは真奈。佐々木 真奈や」

佐々木・・・・・真奈?ということは佐々木の妹か?どうみてもキャッチャー体型じゃないんだが。いや、それよりも・・・・・。

結城「野球部入るんじゃなかったのか?」

真奈「え?そんなん聞いてないよ」

あの馬鹿。聞き忘れたな。今、キャッチャーが必要というのにくだらないミスしやがって。

結城「・・・・・聞いてないなら言おう。野球部に入ってくれ」

真奈は腕を組んで、う〜んと悩み始めた。悩むのも無理ない。小・中学と野球をやっていても高校からソフトをやり始めるというのはよくある話だ。

男に混じってやるのがいやとか体力的な問題とかそんなあたりだろう。

ただ佐々木の言う通り男顔負けのキャッチャーならば出来れば野球部に来てほしい。

真奈「しゃーない。さっきの助けてもらった恩もあるし。ええよ」

結城「そうか。すまない」

真奈「た・だ・し!

ビシッと指を結城に指す真奈。

真奈「これでさっきの分はチャラやで!ええな?」

結城「ええよ」

関西弁が移ったか。まあどうでもいいが。しかしこんな華奢な体で本当にキャッチャーなど出来るのだろうか。心配だ。

頭を掻きながら校舎の時計を見る。それは午後12時45分を指していた。腹が減るのも無理はないかと思う結城だった。









咲輝「じゃあ自己紹介してね」

太陽がまだ沈んでいない夕方の神城のグラウンド。今、部員達は部室前に集まっていた。その理由は新入部員の紹介である。

しかし少ない。咲輝の隣には僅か2人しか並んでいない。そんなに野球部は人気がないのだろうかと結城は思う。

真奈「佐々木真奈!どうも宜しゅうに!」

理奈「川上理奈です!宜しくお願いします!」

2人は同時に深々と一礼する。すると部員達の方から拍手が聞こえてくる。まさに新入部員大歓迎って感じだ。

咲輝「とりあえずユニフォームが届くまではこの2人にはマネージャーの手伝いでもしてもらいます。それじゃあ皆練習開始!」

咲輝の元気な声とともに部員達は元気よく散った。そして咲輝とその2人はあいや由利と一緒にベンチへと向かった。

それぞれがゆっくりとベンチに腰掛ける。咲輝はいつものようにベンチの隣に立っていた。

真奈「え〜と・・・・・」

あいの顔を見ながら悩む真奈。名前がわからないようだ。あいはいつものようにニコッとする。

あい「私は一条あい。あとこっちが白木由利ちゃん」

由利「宜しくね」

やはり由利もニコッとする。真奈は一瞬戸惑ったがこちらもすぐにニコッとする。

真奈「白木先輩はどうして野球部に入ったんですか?」

その質問に即答する由利。当然その表情は笑顔だ。

由利「野球が好きだから。小さい頃からお父さんにプロ野球見せられてたしね」

真奈「へ〜。じゃあ一条先輩は?」

あい「私!?

何故か驚くあい。普通、由利が聞かれたのだから次は自分の番とわかると思うが。

あい「わ、私は・・・・・」

由利「あいちゃんはね。尚がよくわからないまま連れてきたの。あ、尚っていうのは・・・・・」

真奈「結城尚史先輩ですね。わかります」

由利「あ、そうか。あいつが勧誘したって言ってたわね。あとここだけの話、あいちゃんは尚のことが」

あいは慌てて由利の口を塞ぐ。顔も真っ赤だ。

あい「それ言わない約束でしょ!」

由利「モゴゴモゴ」

たぶん「すいません」とでも言ってるのだろう。感じ的にわかる。

咲輝「いつもこんな感じなの。それがうちの野球部の取り柄なんだけどね」

理奈と真奈は顔を見合わせた。そしてクスクス笑い始めた。由利とあいは2人の様子に気付いた。

そしてまたこの2人もつられるようにクスクス笑い始めた。優しい風が吹き太陽が理奈達を照らす。それは穏やかな春の日のことだった。




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