第4章
絶滅したイルカ





尚史「暇だ・・・・・」

1人の少年が土手を歩いていた。右を向けば河川敷、左を向けば住宅街が見える。まあはっきり言ってしまえば田舎だ。

尚史「暇・・・・・だ」

この台詞ももう言い飽きた。さっきから100回ぐらいは言っているだろう。だが仕方がない。

街へ遊びに行こうにも所持金1000円では行きと帰りの電車賃だけで7割方消えてしまう。

だからこうして暇つぶしに散歩をしているわけだが・・・・・失敗だったかもしれない。

家で昼寝していたほうが幾分楽だったかもしれない。まあ何か発見があるかもしれないなと軽い望みを持つ尚史であった。









水田、畑、木、雑草。それらが適当に揃っている風景が続く。家なんかこれぽっちもない。土手を降りて東へ進んだのが間違いだったかもしれない。

しかも暑いし腹が鳴る。時計を見るとちょうど12時を指していた。どおりで暑いし腹が鳴るはずだ。

しかしこの付近には店はおろか家すら存在しない。ならばこの道を進んで探すしかない。

とにかく俺は自分の行く道を信じることにした。そして歩き続けること5分・・・・・。

尚史「こんなところに喫茶店が・・・・・」

一軒の木の店があった。小さいが見た目は新しそうに・・・・・って木だからわからないか。

サンドウィッチやパンぐらいはあるだろう。そう思った俺はドアを開けた。

店長「いらっしゃい」

ごつそうな中年の男が迎えてくれた。声も大変低く顔も厳つい。しかもサングラスをかけている。名前をつけるなら鬼瓦権蔵といったところか。

まあしかしなんと店の中は涼しいのだろうか。天国といっていい。俺はカウンター側の席についた。昼間というのに俺以外に誰1人として客はいない。

場所が悪いというのが1番の理由だろうが。俺はメニューを見てサンドウィッチとアイスコーヒーを選んだ。

他にもカレーとかウルトラQとかいう気になる食べ物もあったのだが今の所持金がそれ以上のものを許さないのだ。俺はすぐに店員を呼ぶ。

気付かなかったが店長はトイレへ行ってしまったようだ。奥の方から黒髪の若い店員がやってくる。たぶん20歳の前半ぐらいだろう。

?「ご注文はお決まりでしょうか?」

俺はメニューを見て答える。

尚史「サンドウィッチとアイスコーヒーで」

?「畏まりました」

店員は俺の注文を聞くとさっさと奥のほうへと消えてしまった。暇つぶしに新聞でも見るか、そう思った瞬間。

?「お待たせしました」

・・・・・早い。いや早すぎだろ、いくらなんでも。だけどどこも手抜きしているようには見えない。まあ腹に入れば食べ物なんて全て一緒だ。

俺はハムサンドを手で取りそれを口に運ぶ。腹が減ってるせいかかなり旨い。そして全部食べ終わるのも早かった。

まあ所詮はサンドウィッチだ。小さい小さい。残ったアイスコーヒーを俺はストローでゆっくりと吸う。

すると俺の前にいる店員はいきなり笑い始めた。何がおかしかったのか。

?「お前まだわからないのか?」

尚史「・・・・・?」

わからない。わからないがどこかで会ったような記憶はある。デジャヴというやつだろうか。

?「俺だ」

若い男は自分の長い髪を引っ張った。引っ張られた髪は勢いよく抜けた。それは1本だけではなく全部一緒にだ。

どうやらそれはウィッグだったようだ。ウィッグの取れた若い男の姿には見覚えがある。白髪の知り合い・・・・・まさか。

尚史「・・・・・啓一(けいいち)兄さん?」

啓一「久しぶりだな。尚史」

結城啓一。それは結城尚史の1番目の兄である。ちなみに結城家の家族構成はこうなっている。

父親が今年ベーブ・ルースの記録を抜くのは確実と騒がれている結城武久、母親は結城史子(ゆうきふみこ)、

長男で現在喫茶店でバイト(?)中の結城啓一、次男が去年12勝5敗3Sと文句なしの新人王に輝いた結城孝道、

そして夏の大会と秋の大会で合計5本の本塁打を放った結城尚史、最後には長女の結城比奈がくる。

意外にも大家族だった結城家だが、あることがきっかけで家族がバラバラになってしまったのだ。尚史にとっては実に3年ぶりの再会である。

啓一「バレるかなと思ったけど案外バレないものだな。やっぱり長髪のウィッグにして正解だった」

ウィッグを掴んで頭をポリポリ掻く啓一。

尚史「帰って来てたなら一旦家に来てくれればいいのに」

啓一「まあどうせここから300mぐらいだ。気が向いたらまた寄るよ」

尚史「ここから家に近い・・・・・の?」

啓一「さてはお前・・・・・また道に迷ったな」

結城「正解」

啓一「相変わらず方向音痴だな。本当にまあ榊といいお前といい・・・・・」

啓一はまた頭をポリポリと掻き始めた。尚史はまだ半分くらい残っているアイスコーヒーをストローで少しずつ吸っていく。

尚史「まあそれは置いといて・・・・・去年凄い娘と会ったよ」

啓一「へぇ・・・・・どんな?」

コーヒーを入れる啓一。こちらは白い湯気が出ている。ホットコーヒーのようだ。

尚史「渡辺俊介のようなサブマリンで兄さんのドルフィンに近い球を投げてたよ」

啓一は飲んでいるホットコーヒーを一旦受け皿に置く。さっきまであった優しい笑顔はない。尚史は啓一に構わず話を続ける。

尚史「さしずめ生まれたてのイルカってとこかな。努力次第では立派なイルカになるだろうな」

啓一「尚史・・・・・お前、俺の肘の状態を知ってるよな」

右肘を抑えて尋ねる啓一。だが尚史は啓一の質問に答えようとしない。空になったグラスに入っているストローをクルクル回していた。

啓一「俺を最後にイルカはもう絶滅した。もう生まれてこないよ・・・・・」

尚史「・・・・・生まれてくるよ。兄さんがいる限りはな」

啓一はまだ右肘を触っていた。たまに痛むことがある。そんな状態なのにこいつは自分がいてどうして生まれて来ると言える?

一体どこにそんな確信があるのだろうか。啓一はそれがわからないでいた。

尚史「あとは自分で考えるんだな。俺は帰るとするよ」

尚史は代金の書かれた紙を見て1000円札を安っぽい財布から出した。啓一は1000円札を受け取り小銭3枚を尚史に渡した。

尚史「じゃあまたな、兄さん」

啓一に返事はなかった。









尚史「今日も快晴。町も平和一色。財布の中身は300円」

来た道を引き返さずに前に進む尚史。暇つぶしにいいかもしれない、またそう思ったのだろう。

空は快晴。町は平和一色。 尚史は一旦空を見上げ、また道を歩み出した。まだ暖かい日のことだった。




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