第5章
秘密の多い紅白試合





暖かい日の光、青く広がっている空の世界。まだまだ春だが夏を感じさせないこともない5月の上旬。

前髪がそろそろ目にかかりそうな少年、結城尚史は木陰で小説を読んでいる。表紙には子供が書いたような汽車が描かれていた。

尚史「やっぱり・・・・・いいな」

今尚史が読んでいる話はセロ弾きのところに色々な動物が来て頼み事をされるという話。

尚史にとって全ての小説を合わせてこの話は2番目に好きだった。ちなみに1番好きなのは少年が銀河鉄道に乗って友人と一緒に旅をするという話。

この話の作者は有名であり、またこの2つの物語も有名である。

監督「何をしとるんじゃ?」

白髭で白髪混じりの男。かつて広島カープの大エースと呼ばれた男。それがうちの野球部の監督、今井俊彦だ。

尚史「ああ監督。暇なんで本読んでました。ていうかこんなに早く来るなんて珍しいですね」

監督「うむ。今日は紅白試合をしようと思ってな」

尚史「紅白試合を・・・・・?」

監督「そうじゃ。部員も18人になったことだしのう」

そう、神城野球部は1週間の間に6名が入り18名となった。ただ野球経験者が6名のうち3名で、それもリトルまでというのがかなり痛いが。

尚史「で、審判は監督だけですか?」

監督「いや、親しい後輩に頼んだら手伝ってくれるそうなんでのう」

監督の親しい後輩。流石にプロの後輩なわけないよな。たぶん大学か高校の後輩だろう。

尚史「高校の後輩ですか?」

俊彦は一旦空を見上げた。その表情はどこか悲し気だ。

監督「後輩は・・・・・後輩じゃ」

尚史「・・・・・?」

午後3時45分、少し強い風が吹いた。今日は暖かいのに何故か冷たく感じる。

後輩の正体、そしてこの紅白試合の本当の意味。尚史はまだ知るはずもなかった。









監督「決まったか?」

尚史「はい」

高橋「はい!」

スターティングメンバーが書かれた紙を持った2人がいつもの調子で返事を返した。紅組のキャプテンが高橋で白組のキャプテンが尚史である。

監督「あとは試合を始めるだけなんじゃが・・・・・」

俊彦は時計を見た。約束していた時刻は3時50分。現在の時刻は4時ちょうど。10分経っているが俊彦の後輩が現れる様子はまったくない。

部員達も、早く始めましょうよというような顔をしている。もしかしたら約束を忘れているのかもしれない。

監督「仕方がない。始めるぞ。白組は守備につけ!」

白組の者は一斉に散らばり守備につく。紅組の先頭バッターも打席に立つ。監督がマスクを被り手を上げる。

監督「プレイボ・・・」

ちょっと待ったー!

突然大きな声で誰かか叫んだ。俊彦も紅組も白組も声のした方へ首を向ける。

監督「遅い!なにやっとったんじゃ!?

息を切らしながらゆっくりと俊彦に向かってくる2人。1人は髪が長く若そうな男。もう1人は眉毛が太くやや頑固そうな雰囲気が漂っている男だ。

もちろんサングラスをかけている。理奈はこの2人を見てすぐに夏の大会で会った人とわかった。

理奈「桜庭さんと坂本さんだ〜。お久しぶりです」

外野の守備についている理奈は深々と礼をした。2人もすぐに理奈のことを思い出し、ああ、理奈ちゃん。

久しぶりと息を切らしながら言った。2人共相当息が上がっている。だが俊彦にはそんなこと関係ない。

監督「遅れた理由はなんじゃ?どうせ昼寝でもしてたんじゃろう?」

桜庭?「昼寝なんてしてません!仮眠をとってただけです!

長い髪を揺らし反論する桜庭(?)だが反論になっていない。隣でそれを聞いていた坂本(?)は、意味的には同じですよと心の中で突っ込んだ。

監督「馬鹿モン!同じことじゃ!それと神崎!お前がおりながら何故遅れる!?

坂本?「だから私の名前は神崎じゃないと言ってるでしょう!」

監督「今はそんなことどうでもいいわい!」

理由を聞くはずが何故か喧嘩に発展してしまっている。このままでは喧嘩だけで終わってしまいそうな気がする。そう思った尚史は3人のところへ駆け寄った。

尚史「監督・・・・・試合は?」

監督の顔がかなり真っ赤だ。だけど完熟トマトには負けているな。

監督「あ・・・・・すまんすまん。お前達、1塁と3塁の審判頼むぞ」

桜庭?・坂本?「わかりました」

1つ呼吸を整え坂本(?)は1塁の方へ、桜庭(?)は3塁の方ヘと走って行った。

監督「じゃあ改めて・・・・・プレイボール!


紅組(先攻)

1番 センター   黒崎(2年)
2番 ショート   篠原(2年)
3番 セカンド   高橋(2年)
4番 ライト    一条(2年)
5番 レフト    川相一(2年)
6番 ファースト  佐々木守(2年)
7番 キャッチャー 佐々木真(1年)
8番 サード    木下(1年)
9番 ピッチャー  西条(2年)


白組(後攻)

1番 ファースト  太田(1年)
2番 セカンド   川相二(2年)
3番 センター   川上(1年)
4番 サード    結城(2年)
5番 レフト    川相三(2年)
6番 ライト    和木(1年)
7番 キャッチャー 鈴木(1年)
8番 ショート   柴田(1年)
9番 ピッチャー  東野(1年)


1塁審判 坂本(?)  3塁審判 桜庭(?)  主審 今井


尚史「・・・・・ハンデありすぎだろ」

紅組ははっきり言って主力メンバーじゃないか。打撃も守備も穴がないし。白組を見てくれよ。

1年ばかり、しかも初心者ばかりではないか。打撃も守備も穴だらけだし。まあ負けてもペナルティーはないからどうでもいいが。

監督「おお、そうじゃ。勝ったチームは咲輝特製のケーキプレゼントじゃ!ちなみに負けたチームにはワシ特製のいなり寿司をプレゼントじゃ!

あと今日、大活躍した者にはさらにプレゼントじゃ!心してかかるように!」

紅組「おお!

白組「お、おお!

・・・・・おいおい。ありかよ、そんなの。どう考えても白組不利じゃないか。西条から点を取る自信はあるがあおいちゃんから取る自信は流石にないぞ。

しかし、ここ最近ケーキという高級な物を食べていない。もし、ここで負けたなら安っぽいいなり寿司を・・・・・。

金ないし、徳光が作ったわけではないが監督特製のいなり寿司は食いたくないしな。ならば意地でも勝つ。と勝手に意気込んでいる尚史だが・・・・・。

由利「え〜と・・・・・紅組3点先制と

スコアボードの紅組のところに3の数字を書く由利。白組先発の1年 東野がいきなり5連打を食らい白組は3点失った。

尚も無死1・2塁。敵は6番 佐々木真奈の兄である守。

東野「もう無理です・・・・・」

尚史「まだ諦めるには早すぎる。とりあえず1本調子が良すぎるんだ。適度に散らして投げろ」

とは言ってもかなり酷なものだ。まずこいつでこの打線を抑えるのは無理だろう。例え俺の言った通り投げたとしてもヒットが少し減るぐらいだ。

だからと言って俺は無理だ。俺の全力投球を1年坊に捕れるはずがない。これはいなり寿司決定かな、そう思ったとき。

和木「僕にやらせて下さい

理奈「和木君・・・・・ピッチャー出来るの?」

和木「中学時代は外野とピッチャーの両方をやってたんだ」

これは予想外だ。リトル 出身かと思っていたが中学野球経験者だったようだ。

通りで練習のとき、1人だけ体の動きが違うはずた。これならなんとかなるかもしれない。

東野「た、頼んだ・・・・・」

結局東野は紅組からアウトを1つも取れずにピッチャー交代となった。しかし9人しかいないのでライトの和木と交代となっただけだが。

鈴木「サインはお前が出すんだな」

和木「ああ。だからお前はボールを後ろへ反らさないように頑張ってくれよ」

鈴木「ば〜か。リトルまでとはいえこれでもキャッチャーだぜ?捕れなきゃどうするよ」

和木と鈴木がニヤリと笑う。

鈴木「頼んだぜ。紅組のエースよ」

ボールを渡し元の場所へと帰っていく鈴木。和木はボールを一旦目を閉じて空を見上げる。

和木「よし!

大きな声とともに和木は大きく振りかぶる。ゆっくりと足を上げ大きな1歩を踏み出した。









現在3-0と紅組リード。紅組の猛攻は止まらないと思われたが和木のおかげであのあと3人で終わらせることが出来た。そして今度は白組の攻撃である。

全員気合入っている。咲輝のケーキパワーだろうか。しかし忘れてはいけない。

このチームはほとんどが1年生、さらに野球経験者はリトルまで(和木と理奈を除く)である。そんな選手が西条の変化球が打てるはずがなかった。

監督「ストライクバッターアウト!」

川相二「展開早すぎなんだな〜。久々の登場なんだからゆっくりさせて欲しいんだな〜」

こっちにだって都合というものがある。登場させてやっただけでもありがたく思え、と尚史は思う。

尚史「・・・・・俺はそんなこと微塵にも思ってないぞ」

・・・・・話を戻そう。1番 太田・2番 川相二郎の2人が連続三振で倒れ、いきなりツーアウトになってしまった白組。

ヘルメットをゆっくりと外しベンチに座る川相二郎。いきなりため息に包まれる白組ベンチ。

理奈「こらこら!まだ1回でしょ!3点差なんてすぐにひっくり返せるわよ!」

情けないベンチに喝を入れる理奈。理奈の後ろでヘルメットを被る尚史。流石の尚史もベンチがあまりにも情けないためか大きなため息をついていた。

理奈「尚史。私が打って塁に出るから後は頼むわよ」

尚史「わかってる」

片手でバットを担いで答える尚史。もう一方の手は理奈の頭。その手は叩いているのではなく理奈の頭をヘルメット越しから撫でていた。

理奈「よし!絶対打つ!

理奈はそう意気込んで左バッターボックスに入った。




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