第6章
秘打の理奈





神城野球部内紅白試合。現在1回の裏、2死ランナー無し。3-0の紅組3点リード。

左バッターボックスにはKと書かれたヘルメットを被った白組の選手がバットを短くして立っていた。

西条「(理奈ちゃんか・・・・・)」

真奈「(きぃつけなあかんのは足が速いことや。とりあえず前進守備をとってストレートで勝負や)」

真奈は立ち上がり前進守備のサインを出した。内野陣は定位置より1・2歩前進する。

これで内野安打の可能性は激減した。そして真奈は座り西条に低めのストレートのサインを出す。西条もこれに頷き投球モーションに入る。

尚史「(低めのストレートでつまらせるってとこか。・・・・・甘いな)」

西条が理奈に投じた第1球。内角低めのストレート。

理奈「(成功しますように・・・・・)」

理奈はバットの先を持った。まさかのセーフティーバント。キンッと小さな金属音をたてボールは3塁線のライン際に転がる。

前進守備をとっていたサードは余裕を持って打球を捕りに行った。しかし際どい。

真奈「サード!捕らんでええ!

真奈はこの打球がファールになると思い、わざとサードに捕らないよう叫んだ。

理奈「秘打!

今度は理奈が叫ぶ。

真奈「(キレる!)」

理奈「G線上のアリア!

打球はラインの上で見事に静止した。

サードは慌てて捕球してファーストへ送球しようとしたが理奈はすでにファーストに到達しており、兎みたいに跳び跳ねていた。

サードは捕球したボールをピッチャーの西条にボールを返す。だが西条はこれを捕り損ない下に落としてしまった。動揺は隠せない。

西条「(ね、狙ってやったのか?)」

真奈「(だとしたら神やね)」

なにも驚いているのは紅組だけではない。ベンチにいる白組の選手も驚いているし、なにより1番驚いているのはバントをやった理奈だった。

理奈「(冗談で言ったんだけど・・・・・)」

尚史「(ドカベンマニアめ。お前は殿馬じゃなくて元パートナーのイ)」

監督「バッター!早くせんか!

尚史「へいへい」

考え事しすぎだな。少し反省だ。

西条「(1番恐ろしい奴が来たな・・・・・)」

真奈「(とりあえず外野バックさせとこか)」

真奈は理奈のときのように立ち上がり外野をバックさせた。バックさせたのはいいが、問題は何を投げさせるか。

真奈「(とりあえず理奈ちゃんが盗塁する可能性が高い。1球外してください)」

西条「(オーケー)」

西条は真奈のサイン通り ストレートを外角高めに大きく外した。

真奈「(ビンゴや!)」

真奈の予想通り理奈は走ってきた。セカンドに向かって素早く送球する。だが・・・・・。

桜庭?・坂本?「セーフ!セーフ!

2人同時に声が上がった。2塁審判がいないため、1・3塁の審判2人がやることなっていた(らしい)。

真奈「(速い!)」

尚史「(残念。あいつを刺したきゃ城島でも呼んでくるんだな)」

理奈は自分のユニフォームについた土を払い、尚史の方を見る。

尚史「(3球目・・・・・だ)」

尚史はヘルメットの鍔を縦に2回ほど軽く揺らした。それを見た理奈も尚史と同じことをやり返した。どうやら何かのサインらしい。

真奈「(3盗の可能性がありそうやな・・・・・もう1球ぐらい外しとこうか)」

西条「(だな)」

第2球、外角高めのストレート。大きく外れてボール。理奈は大きくリードはとっていたものの、走ってはこなかった。

真奈「(走ってけーへんかったな・・・・・)」

西条「(3盗はなし・・・・・?)」

真奈「(ほなどうしようか・・・・・)」

真奈はチラリと尚史を見る。この人にまず甘い球は投げられない。じゃあどうするか。ストライクではなくボール球を投げてやる。当然、際どいところにだ。

真奈「(まあ当たり前なんやけど)」

真奈は西条にストレートのサインを出し内角低めにミットを構える。西条は投球モーションに入る。その瞬間、尚史は大きく足を上げた。

真奈「(先輩、こんな足の上げ方やったっけ?)」

その足はホームベースにわざと被せるように上がっており、かなり不格好だ。

西条「(やっぱ、こいつの考える事はわかんねーよ)」

尚史に疑問を持ちつつも第3球目。ミットの位置は内角低め。投げた球のコースは・・・・・。

真奈「(最悪、ど真ん中や!)」

尚史「(かかったな)」

尚史は大きく上げた足を下ろし、フルスイングでど真ん中の球を振り抜いた。


(キィィィン!)


打球はレフト方向へと鋭く伸びていった。低い弾道だがこのグラウンドの広さとフェンスなら軽くオーバーフェンスである。

理奈「(まずは2点ね)」

フェンスを越えた先にある茂みが音を立てた。ツーランホームラン。いつものように静かにバットを置きグラウンドを廻る尚史。

ちょうど3塁ベースを差し掛かった時、桜庭(?)が手を差し出してきた。握手を求めているのだろうか。

桜庭?「ナイスホームラン。結城君」

尚史は桜庭の手を軽く叩き、こう言った。

尚史「ありがとうございます。ミスター」

尚史は3塁ベースを蹴り、ゆっくりとホームインした。

理奈「サインの意味なかったわね」

尚史「そうだな」

尚史はヘルメットを取り、チラリと後ろを見た。ちょうど3塁ベース方向だ。桜庭(?)もそれに気付いたのか、少し微笑む。

桜庭?「(流石。この分だと慎ちゃんもバレとるのう)」

桜庭(?)はこの回が終わるまで嬉しそうにずっと微笑んでいた。









2回の表、紅組の攻撃。打順は9番からだったが、和木の旨いピッチングに僅か3球でこの回を終えた。2回の裏、6番の和木から始まる白組の攻撃。

この回先頭打者の和木は綺麗にセンター前ヒットを放つが後が続かず、0点で終わった。そして、回は進み6回の裏、2死ランナー無し。バッターは川上理奈。

理奈「尚史・・・・・もう本気出していい?」

理奈はバッターボックスに向かう前に尚史に小さな声で尋ねた。どうもあれで打ちたいらしい。表情を見れば簡単に読み取れる。

尚史「限界・・・・・か?」

そう尋ねると理奈は大きく縦に2回ほど頷いた。試合も後半だし、そろそろ逆転しないとまずい。

まあ、いいだろう。これで向こうには力のないバッターと思われただろうし。

尚史「許可する。本当のお前を見せてやれ」

理奈の表情がパッと明るくなる。それだけ打ちたかったということだろう。うん!と元気良く返事をし、バッターボックスへと向かった。

和木「そういや、さっき何を話していたんですか?」

和木が尚史にさっきのことを尋ねる。

尚史「まあ、見ていろ。もうすぐわかる・・・・・」

ニヤリと笑う尚史。和木は言われた通りバッターボックスの理奈を見る。

和木「・・・・・今度は何だ?」




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