第7章
振り子の理奈





紅白試合も後半に入った。現在6回の裏、3-2の紅組1点リード。2死ランナー無し。打席には川上理奈。

左手でユニフォームの右袖を少し引き上げ、右手で持ったバットをピッチャーの西条に向けている。その姿は紛れもなくイチローそのもの。

西条「(殿馬の次はイチローか?)」

真奈「(モノマネの好きな娘やなぁ)」

理奈はまだ西条にバットを向けている。その表情に笑いがなければ怒りもない。その視線の先は西条、もしくはグラウンド。

西条「(流石にストレートばかりはまずいだろうな)」

サインに迷う真奈。確かに1打席目にストレートをヒットされている。だがそれはあくまでセーフティーバント。しかもそれは運が良かっただけだ。

2打席目には初球の内角低めに完全につまらされてピッチャーゴロに終わっている。失礼ながら西条の球は球威さほどない。

だから力はないと見ていい。真奈はストレートのサインを西条に出した。だが真奈のサインに中々頷かない西条。

真奈は審判である監督 今井俊彦にタイムをお願いした。真奈はマウンド上の西条のところへ駆け寄る。

西条「力がないからって流石にストレートばかりはまずいだろ。いい加減目も慣れただろうし」

真奈「いや、力のないもんにはストレートが1番や。それに変化球を待っとるかもしれへんで。今回変化球をそんなに使ってへんしな」

西条はやや不満げな表情を浮かべていたが、

西条「わかったよ。真奈ちゃんに任せる」

と言い放った。真奈はその言葉を聞いて、元の位置へと戻って行った。

真奈「(でも・・・・・なんか引っ掛かるんよな。イチローっていうんが・・・・・)」

さっきは殿馬の秘打を真似て出塁(奇跡的に)。ではイチローではなんだろうか。

まさかまたセーフティーバントではないか、とそんな考えが頭に浮かぶ。だが・・・・・。

真奈「(んなわけないか)」

あっさりその考えを否定してしまった。

尚史「(ここで同点にしてくれたらあの戦法使わなくていいだけどな・・・・・)」

あの戦法ははっきり言って回りくどい。なら自分以外にやらせばいいじゃないかと思うかもしれないが・・・・・無理だろうな、このチームじゃ。

理奈「(殿様もいいけどやっぱこっちよね)」

理奈はバットをそのまま回転させ肩に担いでいるような構えをとった。足でゆっくりとリズムをとる。さらに軽くバットを揺らす。

尚史「(・・・・・)」

尚史の視線の先は理奈1人。風景、人物はなどまったく映っていない。ただ理奈1人・・・・・だけ。西条が振りかぶる。

理奈はまだリズムをとっている。西条が足を上げる。さっきと変わらず理奈はリズムをとっている。

西条が足を下ろしリリースポイントの頂点に差し掛かったとき、理奈の足に初めて変化が現れた。

真奈「(な・・・・・)」

理奈の足が振り子のように大きく振られているのがわかる。その振られ方は高橋の比ではない。

尚史「(いけ)」

西条の腕から第1球目が投じられた。理奈は振っていた足を前に戻し、内角低めの球をバットで振り抜いた。


(カキィーン!)


金属バットの清んだ音がグラウンドに響く。打球は左中間深いところ。やや浅目に守っていた黒崎と川相一郎は慌てて打球を追い掛ける。

理奈「(我ながらいい当たりだわ。あとはいくついけるかってとこね)」

理奈はご自慢の足をかっ飛ばして1塁を蹴り、そして2塁を蹴った。センターの黒崎はやっと追いつき中継のショート 篠原に返球する。理奈は2・3塁間の間。

理奈「(どうしようか。3塁で止まっても尚史がいるから帰れる可能性が高いけど・・・・・)」

頭の中で迷う理奈。白組ベンチからは、3塁で止まれという声が聞こえてくる。

尚史「(理奈・・・・・)」

理奈「(・・・・・ええい!どうにでもなれー!)」

理奈は3塁を蹴った。いくら足が速いとはいえこれでは暴走にしかすぎない。ちょうどショートの篠原にボールが送られた。

篠原「バックホーム!

勢いのある球が真奈のキャッチャーミットに突き刺さる。理奈はすぐそこまで迫っていた。

真奈「(よし!アウトや!)」

真奈はすぐさま理奈にタッチをしにいった。だが・・・・・。

真奈「(なんやと!?)」

理奈は上手く右へ滑り込み、真奈のミットを紙一重でかわしホームにタッチした。

監督「セーフ!ナイススライディングじゃ!

理奈「やったぁ!

理奈は子供みたいに無邪気にはしゃいでいた。いや、子供にしか見えない。

グラウンドの土で顔とユニフォームが汚れており、極めつけには童顔。これで子供に見えない奴はいない。

真奈「(なんちゅう娘や・・・・・。あのタッチをかわしおった)」

西条「(それに、あの難しいコースを流し打つなんて・・・・・。パワーなかったんじゃないのか?)」

信じられない。真奈と西条の表情からそれが簡単に読み取れる。敵がこういう表情を浮かべるというのは、尚史の作戦の成功を意味する。

尚史「(振り子打法で打つあいつにコースなんて関係ない。さっきまで振り子で打たなかったのは敵にパワーのない打者と思わせるため)」

尚史はチラリと真奈と西条を見る。

尚史「(騙し作戦・・・・・成功だな)」

フフッと不適に笑う尚史。ヘルメットを軽くいじり、本日3回目の打席に向かった。

この後、尚史はおもいっきりタイミングを外されピッチャーゴロに終わったが。

尚史「(やっぱあの上げ方はかなり無理があるな。やっぱ普通に打つか)」

ヘルメットを抱え、バットを肩に担ぎ、さっきの打ち方を反省しながら尚史は白組ベンチに戻って行った。









7回の表、白組の和木はとうとう点を失った。3番 高橋をセンターフライで打ちとったのは良かったが、あおいにレフト線に痛烈なツーベースを打たれ1死2塁。

5番 川相一郎が送りバントを決め、2死3塁。ここで、今日当たっている佐々木 守。

和木「(不本意だが・・・・・)」

和木は何やら妙な手の動きを見せ始めた。まるで、虫を払い除けるような動きだ。

佐々木「(なんや?あの動きは?)」

するとキャッチャーがゆっくりと立ち上がり、ミットを高々と構えた。敬遠のサインだったのだ。

真奈「(敬遠やと!?)」

和木「(2安打している先輩と3三振の佐々木じゃあ、どう考えたって普通は敬遠だ)」

今日、当たっている佐々木守。今日、まったく当たっていない佐々木真奈。当然といえば当然かもしれない。

尚史「(賢い選択・・・・・と言いたいところだが、嫌な予感がする)」

尚史は、一条姉妹と白木由利と意外にも、佐々木守とよく話す。

以前、佐々木から聞いた話によれば、普段の真奈はおおらかで滅多なことではキレないらしいが、キレると何をし始めるかわからないとのことだ。

敬遠は、その次の選手にとって、これ以上ない侮辱。キレるとすればここしかない。守も、それがわかっているのか・・・・・微笑を浮かべていた。

佐々木「(知らんで〜。真奈を怒らしたら)」

ファアボールを宣告され1塁に向かって歩き始める。守は1度真奈の方へ首を向けた。

佐々木「(こりゃおもろいことになりそうや)」

真奈は顔をヒクヒクさせながら打席に入っていた。

尚史「(嵐の予感・・・・・)」

まさにその通りだった。


(キィィィン!)


真奈「どないや!

真奈は和木の初球のカーブを捕らえた。荒っぽくバットを放り投げ、1塁に向かって走り始める。

打球はレフトの川相三郎の頭上を越え、ライナーでフェンスに直撃した。その間に、3塁ランナーのあおいは楽々ホームイン。

1塁ランナーの佐々木 守は3塁まで進み、真奈は2塁まで進んだ。フェンス直撃の勝ち越しタイムリーツーベース。

拳を高々と上げる真奈。歓喜に満ち溢れる紅組ベンチ。打たれたマウンド上の和木。

和木「(カーブの軌道に体ごと合わせて、持っていきやがった・・・・・)」

やや呆れ顔のサード 結城尚史。

尚史「(野球に関してはあおいちゃんと同じ匂いがするな・・・・・)」

紅組追加点のチャンス。打席にはやや小太りの木下。見た目で判断するのも良くないが、パワーはありそうだ。

和木「(大丈夫。木下を抑えれば勝ち目はまだあるんだ。だから必ず俺が三振で抑える!)」

意気込む和木。だが、それが災いを呼んだ。和木はとんでもないボールを投げてしまう。

その1球はど真ん中のスローボール。打者にとっては、これ以上にないおいしいボール。

和木「(しまっ・・・・・)」


(カキィーン!)


木下の打った打球がセンター方向に綺麗な孤を描く。和木は振り返らず、ただマウンドに立ち尽くしていた。

そんな中、センターの川上理奈が自慢の足をかっ飛ばして追い掛けていた。

理奈「(オーバーフェンスじゃなきゃ捕れる!)」

木下の打った打球は弾丸ライナーではなく、どちらかといえばフライ性の打球。だから速さでは理奈の方が多少勝っていた。

だが、距離的にはかなり厳しかった。理奈の前に少しずつフェンスが迫ってきたからだ。

理奈「(どうする!?フェンス上ってたら、その前にスタンドインよ!)」

だが、打球は待ってくれない。少しずつ落下し始めたものの、ギリギリフェンスを越えたところに落ちる。理奈の決断が迫られる。

理奈「・・・・・ええい!一か八か!




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