日も半分沈み、照明がぽつぽつとグラウンドを照らし始めた夕方の神城高校。気温も下がってきて、昼間と比べれば随分と過ごしやすい。
だが、気温は下がっても、試合のボルテージは上がっていくばかりだった。
理奈「秘守!」
理奈が前のフェンスを勢いよく蹴り上げ、打球に飛び付く。
理奈「三角蹴り!」
理奈は上手く着地に成功し、高々とグローブを上げた。3塁審判の桜庭(?)が駆け寄ってグローブの中身を確認する。そこには確かに白球が光っていた。
桜庭?「アウトー!メジャー級のファインプレーじゃ!」
桜庭(?)は普段アウトを宣告するときよりも、激しく腕を動かした。やや興奮気味のようだ。
だが、選手は違うかった。あのプレーで誰も拍手をしない白組ベンチ。開いた口が塞がらない紅組の選手。
まあ当然だろう。あんなファインプレー、普通の選手では、まずできない。いや、メジャーでも滅多にないプレーだろう。
理奈「体を張って捕ったんだから拍手ぐらいしなさいよ!」
だが、あまりのスーパープレイに誰も反応しない。理奈の怒鳴り声はグラウンドに空しく響いて言った。
7回の表、紅組追加点となるスリーランかと思われた打球だったが、理奈のスーパープレイで奇跡的に1失点で済んだ白組。
だが7回の裏、紅組の先発 西条がこの回で降板。ライトのあおいがピッチャー、ピッチャーの西条がライトに入った。いよいよあおい登板である。
あおい「(とにかくファアボールは出さないようにしないと)」
だからといって置きにいくことはしてはいけない。ただ10割の力で投げると、変化球もストレートもどれもボールが先行してしまう。
ならば7・8割ぐらいの力でいい。それでも入らないのなら、その時はその時だ。
あおい「(力まない、力まない・・・・・)」
5番 川相三郎に対しての第1球目。アウトコースのやや高め。川相三郎のバットは、ピクリと反応したものの動かない。
監督「ストライク!」
あおい「(お・・・・・)」
真奈「(結構際どいとこや)」
あおい「(球速も置きにいったような速さじゃないし。でも次は大丈夫かな)」
第2球目、ややインハイ寄りのストレート。コースが甘かったのか川相三郎が当てて、3塁線に引っ張ったものの、大きくキレてファール。そして3球目。
アウトハイのボール球を・・・・・。
監督「ストライク!バッターアウト!」
あおい「(お姉ちゃんが考えた方法いける!)」
バットを持って、悔しがる表情を浮かべず、ベンチに戻っていく、川相三郎。
本人いわく、あれでもかなり悔しがっているそうだ。ただ、それが表情に出にくいだけらしいそうだ。
真奈「(あおい先輩の力の抜き方が非常にいいんや。確かに元々球速があるから、多少力を抜いても大丈夫や。結構ええとこ投げとるし)」
この投げ方に自信を持ったのか6番 和木をセカンドフライ、7番 鈴木をショートゴロに打ち取った。8回の表、紅組の攻撃。
1死に1番 黒崎にライト前ヒットを許すものの、次の打者をサードゴロで打ち取り、この回をゲッツーで切り抜ける。
しかし、白組も下位打線からであおいから得点を奪えない。そして、最終回。白組、最後の攻撃。
あおい「ファースト!」
佐々木「はいよ」
佐々木は定位置でミットを上に構えた。威力なく、フラフラ上がっていた打球がファーストのミットに納まる。
坂本?「アウト!」
真奈「ツーアウト!ツーアウト!」
9回裏、白組は1番から始まる好打順であった。だが、1・2番は初球を簡単に打ってしまい、とうとうツーアウトになってしまった。
ここで、今日2安打の川上理奈。6回には同点ランニングホームランを放っている。
理奈「(力を抜いた投球をしている先輩から四球は期待できない。とにかく甘い球は逃さないことね)」
右袖を左手で引き、バットをあおいに向ける理奈。どうやら今回もイチローモードらしい。
真奈「(ホンマにあの人はやるつもりらしいなぁ)」
次の瞬間、両チームの選手は目を疑うこととなる。なんと、真奈が立ち上がったのだ。
和木「け、敬遠!?2死ランナー無しでか!?」
理奈がランナーとしてでれば、この試合ホームランを放っている尚史に廻る。はたから見れば、これは狂っているようにしか見えない。
また、結城にしてみれば大変な侮辱である。だが、尚史は不適に微笑んでいた。
尚史「(ほぉ・・・・・自信満々だな)」
尚史にはあおいがどうして理奈を敬遠したかぐらい、分かっていた。いや、分かっているのは尚史だけではないようだ。
桜庭?「(・・・・・)」
坂本?「(血を受け継ぐ者・・・・・)」
坂本(?)は3塁方向をチラリと見た。その目には桜庭(?)が映っている。
坂本?「(ミスター・・・・・)」
表情からでは確認出来ないが、坂本(?)は感じていた。
桜庭(?)は手放したくなかった者を手放してしまったことを思い出して、きっと悔やんでいる。なんと皮肉なものだと。
坂本?「(あれは仕方がない・・・・・とも言い切れないか)」
これ以上桜庭(?)を見れない。そう思った坂本(?)はゆっくりと理奈の方へ首を戻した。ちょうど4つ目のボールが投じられたところだった。
監督「ファアボール!」
あおいの4つ目の敬遠球がミットに納まった。理奈はバットを放り投げ、1塁へと向かう。
理奈「(主砲VSエースってとこね)」
打席にゆっくりと尚史が立った。ヘルメットを軽く弄り、バットを前に軽く振る。
尚史「わざわざ勝ちを譲ってくれるなんて親切だな」
右手の指でビシッと尚史を指すあおい。
あおい「そう言ってられるのも今のうちよ!見せてあげるわ!新しい私を!」
尚史「(新しい・・・・・私?)」
その言葉に疑問を持ちつつ、バットを構える尚史。どうせ新たな変化球を覚えたとか、そんなあたりだろう。いや、そうに違いない。
あおい「(見せてあげるわ。あおい投法を!)」
あおいが投球モーションに入る。そのとき尚史はフォームの変化に気付く。
尚史「(クラシックじゃない。しかしどこかで見たようなフォームだな・・・・・)」
そのまま大きく振りかぶるあおい。腕がピンッと 伸びて、その頂点にグローブがある。あおいは足を上げて、そのまま軽く捻った。
尚史「(なるほど・・・・・野茂か。だがトルネードほど捻ってはない)」
尚史も足を上げた。両方とも方足で立つ時間が長いフォーム。新フォームから投じられた第1球目、なんとど真ん中ストレート。
尚史も足を降ろし、これを打ちに行く。
尚史「(!)」
(ガキィィ!)
バットから妙な音が聞こえた。尚史が打った打球はかなり高く上がった。ピッチャーフライ。
あおいは少し後ろに下がり、グローブを構える。フラフラ上がっていた打球はゆっくりと落下し始め、あおいのグローブに納まった。
監督「アウト!ゲームセット!両チーム集合!」
笑顔の紅組と死にかけた表情の白組がホームベース付近に集まる。そのあと、桜庭(?)と坂本(?)も駆け寄って来た。
監督「4-3で紅組の勝利じゃ!んで、本日のMVPは・・・・・」
グラウンドに静寂が訪れる。尚史以外は固唾を飲んで、俊彦の言うことを待った。
監督「川上理奈と佐々木真奈の2人じゃ!」
理奈・真奈「やったー!」
歓喜あまりに抱き合う2人。他の部員は2人に拍手を送っていた。
監督「商品は・・・・・プロ選手のサインじゃ。ほれ、受けとれ」
俊彦が紙袋から6枚の色紙を取り出し、理奈と真奈に渡した。2人は誰のサインかを確認し始めた。
理奈「桜井春樹」
真奈「足立慎也」
3枚目の色紙を見た瞬間、2人の動きがピタリと止まった。
真奈・理奈「い、今井俊彦・・・・・」
2人は俊彦を変な人を見るような目で見ている。流石に俊彦もこれには焦る。
監督「な、なんじゃ!?ワシだって広島カープの元エースじゃぞ!?」
それでも2人は変な人を見るような目で俊彦を見続けている。さらに焦る俊彦。
監督「そうじゃ!勝ったチームにケーキをやらんとな!」
チッと舌打ちする、理奈と真奈。まあまあとなだめる、あいと由利。
誕生日ケーキぐらいの大きさのケーキを持つ咲輝。尚史はそんな光景を部員達から離れて見ていた。
尚史「(手が・・・・・痛い)」
最後に打ったあおいちゃんの球。タイミングは取れたはずだった。ミートもしたはずだった。だが手元で強烈に伸びた。
それで、バットの上っ面に当たってフライになった・・・・・んだと思う。
速さならまだ榊さんの方が上だろうけど、球威と伸び方ならあおいちゃんの方が上かもしれない。
尚史「(しかし・・・・・トルネード投法とはな)」
ついでに言うと、あの投法のせいでタイミングが僅かだがズレたかもしれない。変則的なフォームでもあるしな(俺も変則的なフォームだが)。
尚史「(まだまだ・・・・・だな)」
考え事をしながら、尚史は空をいつのまにか見上げていた。星がいくつも光っている。少しセンチな気分になる。そのときだった。
桜庭?「何をボーとしてるんだ?」
後ろを振り向いた。髪が 長く若そうな人とやや頑固そうな人が立っていた。尚史はこの2人を知っていた。
尚史「俺に何の用ですか?」
桜庭?「慎ちゃんがお前さんにどうしてあんな妙な足の上げ方をしたのか聞きたいらしいんじゃよ。」
そういうと、桜庭(?)は慎ちゃんと呼ばれる人物を親指で指した。
その人物は特に口を開こうとはしない。尚史はまた空を見上げた。そして、そのまま答え始めた。
尚史「簡単なことです。心理作戦ですよ。誰だってあんなところに足があれば、気になりますからね。やる方はタイミングが取りづらいけど」
坂本?「ほう・・・・・じゃあ何故、あの女の子の時はああしなかったんだ?」
慎ちゃんと呼ばれる人物が口を今初めて開いた。尚史は迷わずこう答える。
尚史「コントロールの悪い投手にあんなことやったって無駄でしょう」
尚史は後ろのポケットに手をつっこんで監督達の方へと歩き出した。
尚史「油売ってないでローカルズの監督とかコーチやったらどうです?桜井春樹さん、足立慎也さん?」
2人に返事はなかった。
理奈「ただいま〜」
その言葉と同時に玄関の明かりをつける理奈。
尚史「誰もいないけどな」
すかさず突っ込む尚史。このあと頬を抓られることぐらいわかっているくせに。
理奈「いちいち突っ込まない」
尚史「ふ、ふはん」
す、すまんと言ったのだろう。理奈は尚史の頬を抓りながら、台所へと足を運んだ。
留守番電話が入っていないか、確かめるためにボタンを押す、理奈。尚史はまだ抓られている。
理奈「1件入ってるみたい・・・・・誰だろう」
親機の電話の独特な機械声から人の声に変わった。その声の主は・・・・・。
「榊です。明日の食事の件について話そうと思ったんだけど・・・・・。これを聞いたら電話ください。じゃあ」
ぷつりと音をたてて、その声は途切れた。あたりに残るのはプープーという音だけ。理奈の手が力無く尚史の頬から離れた。そして、その表情は暗い。
尚史「明日でちょうど事件から4年目なのか・・・・・」
なんだか心苦しい。毎年のことだが、やはり慣れることは出来ない。そう、明日は・・・・・あいつの・・・・・。
尚史「クッ・・・・・」
唇を噛み締め、手を強く握る尚史。そこにあるのは、悲しみではない。そこにあるのは・・・・・
尚史「・・・・・」
あの日の後悔だけだ。