第12章
試合の後で・・・・・





嫌みなぐらい、雲一つなく晴れ渡る青い空。昨日降った雨が、地中に残っていたためか、蒸し暑くてたまらない。

こうも蒸し暑くては、負けていったチームが羨ましく思えてくる。5月の長いようで、短かったゴールデンウィークも終わり、季節は梅雨に入っていた。

この晴れ渡る空の下で、とても熱い高校野球の試合が行われていた。


(キィィィン!)


尚史「(入ったな)」

見なくとも手応えでわかる。いつものホームランの感触だ。これで、入らないとおかしいぐらいだ。

自信満々の尚史だが、その打球は左中間スタンドに物凄いライナーで飛び込んだ。その飛距離、およそ125m。パワーだけならプロ顔負けである。

今、試合が行われているこの徳島営鳴門総合運動公園野球場は、去年工事され、ナイター設備他、両翼99m、中堅121mまで拡張された。

フェンスの低さは相変わらずだが、広くなったことでホームランが出にくくなったのには違いない。

だが、この結城尚史のパワーでは、91mも99mも大して変わらないようだ。

尚史「(夏の大会に向けての調整も大丈夫みたいだな。安心した)」

今、行われているこの大会は、夏の大会ではない。優勝したところでシード権が貰えるだけ。甲子園に出れるわけでも四国大会に出れるわけでもない。

腕試しのような大会と言ってもいい。また、本来の力を隠すために、わざと負けるチームもあれば、レギュラーを出さないチームもあるのだ。

その証拠に今戦っている白零大付属はレギュラーが誰1人としていない。

ベンチにすらいないのだ。およそ、レギュラーはスタンドから試合を観戦で、今回のチームはベンチ組、あるいは1年かだ。

それでも、あのあおいちゃんから2点取っているのは大したものだ。・・・うちはさっきのソロホームランも合わせて、6点取っているが。

尚史「(しかし珍しいな。去年、白零のレギュラー相手に8回まで零封やってた彼女が、ベンチ相手に2点も取られるなんて)」

彼女はファアボールの押しだしやワイルドピッチでの失点はある。だが、打たれての白零レギュラー以外に失点は今までになかった。

ひょっとして、手加減しているのか。いや、彼女はそこまで器用ではない。では調子が悪いのか。いや、今日を見てる限りでは普通だ。

尚史「(では一体・・・・・?)」

他に原因を探ってみるが、やはり答えは出てこない。そうこう考えているうちに、強烈なゴロがこちらの左側、つまり三遊間に転がってきた。

俺は軽く左腕を伸ばして、グローブに打球を納めた。余裕を持ってスローイングの体勢に入る。

ファーストの佐々木のミット目掛けて、優勝を決める球を投じた。6月の天気が珍しく良い日のことだった。









監督「今日はようやってくれた。この調子で夏の大会も宜しくな」

全員「はい!

監督「うむ、それでは解散じゃ」

監督の前に集まっていた部員達が一斉に散りぢりになった。ここは神城高校グラウンド。

練習試合も含めて、解散するときは一旦ここに帰って来てから、解散するようになっている。どうやら監督が決めたことらしい。

尚史「さて・・・・・兄さんのとこでも寄ってくか」

理奈「私も行きたいから、乗せていってね尚史」

理奈が尚史の肩をポンッと笑顔で叩いて、

尚史「へいへい」

尚史が渋々返事を返した。また、裏道を走らなければならないと思うと、渋々返事も返したくもなる。

車はほとんど通らないが、家からは多少ながら遠くなるうえに、カーブや坂が多い。だからめんどくさい。

尚史「・・・・・まぁ、いいか。今大会で4割打ったし」

これに限らずだが無理矢理、理由をくっつけて、自分を納得させる自分が妙に悲しいのは気のせいであろうか。

・・・・・気のせいでいたい。尚史は頭を軽く掻いて、バイク置場へと歩み始めた。









監督「さてと・・・・・やるか」

監督 今井俊彦は、机に置かれたノートを1P開いた。上の方に黒崎弘明という名前が書かれており、打率や打点他に、選手の弱点などが書かれていた。

監督「まずは黒崎からか。打率0.277、打点0 本塁打0か」

打率は別に問題ない。打点が0というのは少し問題があるが、そのかわり出塁したら確実と言っていいほど得点に結び付いているので、気にしないことにする。

守備は文句なし。捕殺2つというのも大したもの。

監督「まあ、こいつはいいじゃろう。次は・・・・・」

2Pを開いてみる。今度は結城の成績が書かれていた。

監督「 打率0.368 本塁打4 打点6・・・・・文句無しじゃな」

3Pを開いてみる。

監督「一条あおい。打率 0.476 本塁打5 打点14・・・・・こやつが3番よう打ったから、結城の打点が少ないんじゃな」

4P目。

監督「川上理奈。打率 0.434 本塁打0 点3 盗塁5・・・・・1年ながら驚異的な奴じゃ」

5P目。佐々木真奈の成績が書かれていた。

監督「打率 0.350 本塁打3 打点5 三振7。5試合で三振7というのもある意味驚異じゃのう」

そして、そして、6P目。俊彦が最も心配している選手の成績が書かれていた。

監督「打率 0.050、本塁打0 打点0 エラー2・・・・・」

チーム内でも当然ながら最悪の成績であり、全チームの中で最悪の成績でもあった。

いつもなら、本塁打はなくとも、チャンスで打ってくれるはずなのだ。スランプなのか。それとも、何か心配事でも・・・・・。俊彦に不安が募る。

監督「佐々木・・・・・」









佐々木「イッキシ!

Kと編み込まれた帽子を被っている若者のくしゃみが、建物も何もない景色に響き渡る。若者は胸に神城高校の紋章をつけた白いカッターシャツを着ていた。

真奈「カトちゃん風のくしゃみがでるぐらいやから、相当ショックなんやね」

隣には、やはりKと編み込まれた帽子を被っており、白いカッターシャツを着ていた。

佐々木「当たり前や。今回、なんも役立ってないんやで。打点も0やし。チャンスで三振するし」

真奈「打率も・・・・・たしか0.050やったけ?」

佐々木「そうや。このままやとレギュラー外されかもな・・・・・」

佐々木は大きなため息をついた。真奈が守の頭を優しく撫でて、慰める。

真奈「大丈夫やって。たまたま調子が悪かっただけやって」

佐々木「そうやったらええな・・・・・」

真奈「まも兄・・・・・」

いつも、元気な兄にここまで元気がないと、さすがに不安になる。どうすれば元気になるだろうか。なんとか、頭を捻って考えてみる。

真奈「(う〜ん・・・・・)」

とにかく考えて、案を搾り出すしかない。だが、その時。

佐々木「おお!タコ焼きや!加奈食うで!」

真奈「・・・・・」

いらぬ心配・・・・・だったようだ。まあ元気になってくれただけでもよかった。

真奈「・・・・・って私は真奈や!某双子の姉妹やない!

守の笑い声、真奈の明るい怒鳴り声。その2つの声が、6月の夏の景色に吸い込まれていった。









あおい「・・・・・クロススクリューを2軍相手に・・・・・」

ギュッと硬球を握り締める一条あおい。その目は厳しく、そして鋭い。

あおい「・・・・・もう打たせはしない」

そう言って、あおいは体を軽く捻って、ネットに向かって投げた。









啓一「この2人・・・・・何しにきたんだろうか」

氷の入ったアイス珈琲を持ったまま、立ち尽くす啓一。テーブル越しには結城尚史と川上理奈が、眠りについていた。

啓一「はぁ・・・・・曲でもかけるか」

そう言って、店の奥へと消えた啓一。10秒ぐらいして、曲がかかり始めた。店内にアコースティックギターの奏でる音とボーカルの声が静かに響く。

また10秒ほどして、啓一が奥から出て来た。そして、熱い珈琲を入れて、ゆっくりと座る。

啓一「しかし、静かで良いな」

珈琲を手に取って、ゆっくりとすする啓一。すごい幸せそうだ。だが、その時だった。

尚史「唯・・・・・ヒナ・・・・・」

理奈「お父さん・・・・・お母さん・・・・・」

2人の寝言だ。今寝言で言った人物が、2人の夢に出て来ているのだろう。そして、出て来ているのは亡くなった人達だ。

啓一「悲しい奴らだ・・・・・尚史も理奈ちゃんも」

呼吸のリズムと時計の音。静かな部屋に響いていった。




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