第14章
人を食った奴





青空が澄み渡る7月の空。雲1つなく、空に太陽がさんさんと輝いており、地上にある建物や人々、植物を照らす。

気温は高く、30℃を越えており、季節はまさに、夏真っ盛りである。

榊「(暑いのに、これだけの人が応援しに来てくれるなんて)」

スタンドは、両校の生徒や父兄などで埋め尽くされていた。

かつて野球をやっていて、しかも地方大会で、これだけの人が来てくれたことがあっただろうか。いや、なかったと思う。

劇というものは、お客が多く来てくれてこそ、劇としての意味を持つように、野球も、応援してくれる人がいて、やっと意味を持つのだ。

少なくとも僕はそう思っている。この試合のために、これだけ来てくれた人に、感謝したいと心の底から思う。

ならば、その人たちのために、最高の試合にできるように、頑張ろう。榊は、ボールを握り締め、気合を入れた。

南山「よし!しまっていこう!

ホームベース付近で、小さなキャッチャーが声を張り上げて、全員に気合を入れた。彼の名は、南山啓介。

甲子園でも、名の知れた強豪の白零大付属で、1年の夏から、しかも正捕手という、実力者だ。

*「1回の表、神城高校の攻撃は・・・・・1番 キャッチャー 佐々木真奈さん。背番号2」

ここまでの4試合、1年ながら5番を打っていた真奈が、右打席に入った。バットを肩に乗せて、榊が投球モーションに入るのを待つ。

榊「(しかしまあ、敵さんも面白いことをしてくるな)」

榊が、そう思うのも無理はない。神城高校のスターティングメンバーは、今までの4試合とは違い、大きな変化が起きていた。

これが、この試合の神城高校のオーダーである。


(先攻)

1番 キャッチャー 佐々木真
2番 ファースト 佐々木守
3番 センター 川上
4番 サード 結城
5番 ピッチャー 一条
6番 セカンド 高橋
7番 ショート 篠原
8番 ライト 黒崎
9番 レフト 和木


沢垣「3番にあの女の子を入れるのは、まだわかる。打率も4割以上だしな。だが2番に不振の選手を入れるのがよくわからん。

ここは、まだ3割を打っている6番の選手を2番に入れるべきでは・・・・・」

不振の佐々木、3割打者の高橋。常識的に考えれば、高橋が2番を打つのが当たり前である。

だが、神城高校監督の今井俊彦なりに、ある考えがあった。それは試合が進んでから、解説することにする。

実況「今回の実況は、私、河路直樹でお伝えします。ちなみに、パワプロの実況の河路直樹とは、まったく関係ないですので、御了承を」

・・・・・実況の紹介は、無視してくれて構わない。気にしないように。

南山「(打順なんか、関係ない。俺のリードと榊さんの球で、打たせなければいいんだ)」

南山は、股下でサインを素早く出した。そして、ミットをど真ん中に構える。

榊「(強気な奴だ。いきなりど真ん中か)」

榊は、このサインに2回ほど横に首を振った。別にそのサインでいいのだが、首を振ってみての南山の反応がなんとなく見たかった。

南山「(いいから、投げてください!どうせ打たれた責任になるのは、俺なんですから!)」

南山はミットを榊の方へ、突き出すような仕草を見せていた。

榊「(やっぱりな。ていうか怒ってるな)」

実は、試合が始まる直前に、第1球目だけは、サイン通りに投げてくれと頼まれていたのだ。

わかったという返事を返したのに、それに首を振れば、誰だって怒るか。

榊「(ただ・・・・・南山があんなに怒るとはなあ・・・・・)」

心の中で、苦笑する榊。

榊「(さて、冗談はこれぐらいにしておくか)」

前に軽く体を倒し、そのまま後ろへ手を回した。

そして、後ろへ回した両手が頭の上で、ゆっくりと円を描くようにして、グローブとボールを持った左手が組み合う。

かつて、150k/mを越える速球と半端ない落差のドロップを武器にして400勝を上げた、金田正一とまったく同じフォームである。

このフォームは、従来のクラシックワインドアップとは違い、振りかぶりがない。

また、ノーワインドアップみたいに、胸の前でグローブとボールを持った手が組み合うこともない。金田のオリジナルフォームと言ったとこか。

だが、榊は決して真似をしたわけではない。たんなる偶然で、同じになっただけである。

榊「(いくぞ、南山)」

今、榊の手からこの試合の第1球目が投じられた。コースは、南山が要求した通りど真ん中。

ボールが空中をゆっくりと進んでいく。このボールに対して真奈のバットは、大きく空振った。

監督「まあなんと・・・・・」

尚史「大胆不敵な・・・・・」

真奈「(有り得へん。ど真ん中、しかもスローボールやと?私やったら、そんなリードせえへんで)」

流石に、南山のリードに戸惑う真奈。こうなれば、南山のペースに引き込むことができる。

南山「(完全に裏を掻いた。どうする・・・・・)」

さっきのスイングを見る限りでは、当たればスタンドに運ばれる確率は高いだろう。流石に5試合で、2本塁打を放っていることだけある。

だが、三振が非常に多かった。チームの中では、たぶん最多ではないだろうか。

だが、多いということは、よほど荒っぽいバッティングなんだろうか選球眼が悪いのだろう。

南山「(じゃあ・・・・・またこれだな)」

榊「(またスローボール・・・・・)」

流石に2球目は危ないとは思う。1球目は、いきなりど真ん中スローボールということで、裏を掻いたかもしれない。だが、2球目は・・・・・。

榊「(ん?・・・・・なるほどな)」

サインは、最後まで見なくてはいけない。確かに要求されている球はスローボールで、危険な要求だ。

だが、それを内角にボール1個分外せというなら、話は別だ。

榊「(例え打たれても、ボール球ならファールになるだろうしな)」

第2球目、榊の思った通り、真奈の打った球は、レフトのポールから大きく逸れていった。これでカウント2-0。

南山「(追い込みに成功したな。・・・・・よし、これで決まりだ)」

榊「(おいおい・・・・・正気か?)」

流石に首を振るべきか考えてしまう。いくら何でも無理がある。

榊「(たくっ・・・・・仕方がない。ここは先輩として信じてやるか)」

首を縦に振って、サインに頷く榊。そして、第3球目。

真奈「(次こそは、スト・・・・・何やて!?)」

南山がリードした球。それは、スローボールだった。

真奈「(やばい!泳がされる!)」

今度こそはストレートが来ると予想していたばかりに、真奈の体勢は、腰から完全に崩れてしまっていた。

そんな体勢で当てれるはずもなく、真奈のバットは、大きく空を切った。

審判「ストライク!バッターアウト!

実況「空振りだーー!白零バッテリーの強気な投球の前に、佐々木、空振り三振!

真奈「(やられた・・・・・)」

真奈の裏を完全に掻いた南山。そして、人を食ったようなリード。そのリードは次の打者、佐々木守に今度は食ってかかった。

守「(マジか!?)」


(キン!)


打球は1塁側のファールグラウンドへ高々と上がった。ファーストがゆっくりと追い、落下点に入っり、グローブの中に、高々と上がっていた打球が納まった。

審判「アウト!」

佐々木の頭の中には、榊の速球しかなかった。去年見た、あの速球に警戒しすぎと言ったところか。

榊「(僅か4球、しかもスローボールだけで2アウト取ってしまうとはな。流石南山のリードだ)」

しかし、次の打者にこのリードは通用しない。例え、ストレートを待っていても、当ててくるだろう。何故なら、次の打者は・・・・・。

*「3番 センター 川上さん。背番号8」

理奈「(榊さんとの対戦は・・・・・中1の時、以来だったわね)」

理奈が左打席に立ち、左手でユニフォームの右袖を少し引き上げ、右手で持ったバットをピッチャーの榊に向けている。今回はイチローモードのようだ。

理奈「(下手な小細工かけるよりは、まだ正当法の方がまだマシだと思う)」

まず理奈が注意しているのは、150k/mを越えるストレート。あれをまず捕らえることが出来なくては、話にならない。

理奈「(まず、ステップを自分が思っている以上に、早めに取ってみよう)」

そのままバットを1回転させて、肩の上辺りで構え、足でリズムを取る。これが、理奈のイチローモードの構えだ。

南山「(・・・・・?)」

今、妙に心臓が激しく動いている。暑いからだろうか。

南山「(まあいいか。とにかく、この娘を打ち取ることだけ、考えないと)」

まず、南山は外角低目に外れるストレートを要求した。榊が頷き、投球モーションに入る。理奈も足を時計の振り子の様に、足を振って第1球目。

理奈「(低い)」

審判「ボール!」

南山「(この低目を見た・・・・・?)」

南山は半信半疑だった。もしかしたら手が出なかっただけかもしれない。

尚史「よく見たな、理奈」

ネクストバッターサークルで、膝をついている尚史が言った。

尚史「こいつのしつこさは、天下一品だからな。それに・・・・・」

それに。尚史はそこで言葉を閉ざした。









審判「ファール!」

南山「(これで5球目・・・・・。しかもあのホリィボールに当てるなんて・・・・・)」

南山は、あれから4球目までストレートを要求し続けた。だが中々打ち取れないので、仕方がなくホリィボールを要求した。

だが、理奈はこれも辛うじてバットの先に当て、三振を逃れたのであった。

榊「(やはり、嫌な打者だ・・・・・。仕方がない)」

榊は、胸の前で何かのサインを、南山に出した。試合前、この球のサインは、自分から出すと決めていたのだ。コースは、南山に決めてもらうのだが。

南山「(この娘のために、覚えたって言ってたぐらいだし、使って当然だな)」

南山は、また理奈をちらっと見た。やや長めのサラっとした髪が、ヘルメットからはみ出ていた。

顔も、幼い雰囲気が漂っている。南山は、また妙な気分になった。

南山「(なんだろうな、この感じ)」

ただの考え過ぎか?・・・・・そういうことにしておきたいな。

榊「(いくぞ、南山)」

榊が投球モーションに入る。そして、第6球目が内角高めに投じられる。

理奈「(え!?)」

理奈のバットは、空を切った。そして、空を切った後にボールが来て、南山のミットに納まった。

審判「ストライク!バッターアウト!チェンジ!

監督「今の球は・・・・・」

尚史「まさか・・・・・」




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