第16章
1回目の勝負





?「ここに違いないようじゃな」

球場の入口で男が呟いた。頭は白髪で髪は短く、頭の中心部がやや禿かかっている。

顔にシワがところどころ目立っており、顎から草の根みたいな白い髭が垂れ下がっていた。

?「しかし久々じゃのう。最後に会ったのが14年ぐらい前だったからのう。いやはや、早く見たいものじゃ」

白髪頭の男は、入場券を係員に渡し、バックネットの応援席、そして最も熱い戦いが行われている球場に続く階段へと足を1歩踏み出した。









審判「ファール!

尚史「(手が・・・・・)」

尚史の打った球は、鋭いライナーでバックネットに突き刺さり、ガシャと音ともに、ボールが力無く落下した。

フゥと一息ついて尚史は、バットを握っていた手を一旦離し、額から流れてくる自分の汗を手で拭った。

そのとき、自分の手に異変が起こっていることに気付いた。それは自分の意志とは関係なく手が小刻みに震えていることだった。

尚史「(球がそれだけ重いというのか?いや、そんなこと有り得るはずがない・・・・・)」

尚史の好きなコースは内角低め。投手としては1番球が生きる場所だが、打者からすれば、スイングが1番生きるコースでもあるところだ。

そしてさっき、間違いなく捕らえたはずだったのだ。なのに、ボールは後ろへ飛んだ。何故だ?疑問が募る。

尚史「(この疑問を晴らすには、ストレートをもう一度投げてくるのを待つしかない)」

尚史は、バットを前に2回ほど軽く振って、いつもの狭いスタンスで構えた。

尚史「(ストレートよ。来い・・・・・)」

第2球目。内角高めのストレート。運が良いことに、待っていた球が来た。今度こそ捕らえる。そして、この球の正体を暴く。

審判「ストライクツー!」

理奈「かなり撹乱されてるわね・・・・・」

ベンチで理奈が呟いた。隣で座っている監督 今井俊彦も無言で小さく頷いた。

尚史「(ボール球・・・・・)」

尚史は、南山のボールが納まっているキャッチャーミットを見た。高さが明らかに、ボール球。

ボール1個ぐらい違うのではないだろうか。しかしこのボールで、早くも謎は解けた。

尚史「(流石超高校生だな)」

まず1球目のとき、軌道が合っていたのにどうしてファールになったか。答えは簡単だ。手元で伸びた、いや、手元でホップしたのだ。

2球目のくそボールを振ったのも、それが原因だろう。榊さんは、超スローカーブの他にとんでもない球まで修得していたようだ。

理奈は、この球をあれだけよくカットし続けれたと本当に思う。

尚史「(まさか・・・・・手を抜いていたんじゃないよな・・・・・)」

そんなはずはない。榊さんは、どんな相手でも全力を尽くして、投げてくる。だから、手を抜くことなんて有り得ない。

尚史「(まぁ、理奈に捕らえれて、俺に捕らえれないものはないしな)」

確かに、理奈は上手い。だが、俺はそれ以上に上手いと思っている。

年下より下手と思ってしまっては、非常に情けない。誰よりも上手いということに自信を持つ。これは大事だと俺は思う。

尚史「(さて・・・・・次は何が来るかだ)」

超スローカーブにヤマを張りたいとこだが、案外裏をかいてくるかもしれない。

ならば、頑固にストレートを待つことにする。超スローカーブだったら、ごめんなさいだ。

ヘルメットをいじり、バットを構える尚史。榊も2度ほど首を縦に振って頷き、投球モーションに入る。第3球目。

尚史「(しまっ・・・・・)」

榊の左腕から投じられた球は、緩やかでゆっくりかつ綺麗な孤を描きながら、尚史の膝元に食い込んで来た。

尚史は、腰から崩れる情けない恰好になった。そしてバットは、ボールが来る前に大きな風切り音を立てて、豪快に空振った。

尚史のさっき言ったように、ごめんなさいとなった。

審判「ストライクバッターアウト!

実況「三振ー!結城尚史!第1打席目は三振だー!

尚史「考えてみれば、あそこでストレートを要求する捕手はいないか)」

鍔をつまみ、ヘルメットで顔を隠し、尚史は小さく舌打ちをした。そしてバットを担いで、ベンチへと帰って行った。

*「5番 ピッチャー 一条さん 背番号1」

あおいが、左打席に入った。バットを下から持ってき、その先を榊の方へと向ける。そして、ゆっくりと戻し、肩を小さく動かしながら構えた。

榊「(結城君と一条を抑えれば、神城打線に火がつくことはない)」

南山「(なんとしてでも抑えましょう)」

このあと、気迫の篭った投球の前にあおいは三振。そして、6番 高橋は初球のスローボールにタイミングを狂わされ、セカンドフライに終わった。









2回の裏、白零大付属の攻撃。先頭バッターは、白零のエース榊。去年の春の甲子園では5番を打っており、打撃成績も3割を越すアベレージに加え、

大会記録に並ぶ3本塁打を放ち、甲子園制覇に献上した(ちなみに大神は、打率0.250 本塁打2 打点6)。そして、今大会の前日に沢垣がこのように断言した。

『大神が1番を打つなら、4番は榊』

その言葉に、誰も異論はなかったそうだ。

あおい「(正直、大神君より榊さんの方がイヤなのよね)」

真奈「(選球が中々宜しいしな)」

この大会でも、榊は3割1分を越すアベレージで、本塁打も2本放っている。そして、四死球も7で、1位の結城に続く多さだった。

真奈「(でも・・・・・この人を敬遠以外で抑えれる自信はあるんやで)」

真奈はまずスローボール、しかもど真ん中を要求した。

あおい「(う〜ん・・・・・)」

いきなりこんなリードされて、あおいは迷っていた。何故驚かないのか、わからないが。

しかし、真奈がこういうリードをするということは、何か考えがあるはず。

あおい「(わかったわ。あなたに任せる)」

あおいが投球モーションに入る。後ろで守っている野手7人もいつでも取れるよう、力が入る。そして第1球目を投じた。

榊「(何!?)」

ど真ん中スローボール。榊は、こんな甘い球が来るとはまさか思わず、見送ってしまった。当然判定は、ストライク。

真奈「(この人は慎重打法で初球を必ず見てくる。だから、私はど真ん中スローボールでも、ストライクを取れる自信があった)」

だが慎重打法の打者は、2球目からは甘い球を逃さない。だがあおいは制球力がない。じゃあどうするか。

真奈「(甘い球で騙すしかないやろ、ここは)」

真奈は、ミットをど真ん中に構え、ある球を要求した。あおいは縦に2回頷き、モーションに入る。

そして独特のフォームから、投じられた。ど真ん中ストレート。榊がこれを見逃すはずがなかった。

榊「(これも甘い。調子に乗りすぎだな)」

榊は小さく前に踏込み、これを打ちに行った。


(ガキィィ!!)


大きな金属音が球場中に響き渡る。打球は高々と上がった。あおいは、後ろへ振り返らなかった。




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