第20章
戦線離脱





*「神城高校、選手の交代をお知らせ致します」

誰が交代したか、この球場にいる者なら、誰もがわかっていることである。

それは神城高校にとって最も痛く、白零に勝つためには必要な選手が抜けたという現実を知らす放送でもあった。

たが何故、あおいがライトの守備につかず、完全な交代なのか。

中軸のあおいが抜けてしまえば、戦力ダウンは目に見えているはず。それは、5分ほど前のことであった。









真奈「あおいちゃん・・・・・気にしたらあかんよ」

あおいは、センターバックスクリーンに映る点を見ていた。その点は3。ついさっき自分が打たれたホームランとエラーした分の点である。

真奈「(やっぱ気にしとるんやろな。ああ・・・・・どないしたらええんや〜)」

真奈が頭の中で悩んでいたとき、あおいが、ニコッと、いつもはあまり見せないような笑顔で

あおい「大丈夫だよ。まだまだこれからよ。僕を信じて。ね?」

とそう言った。真奈は、やや戸惑いながらも返事を返す。同時にある疑問が浮かんだ。

真奈「え、あ・・・・・うん(あおいちゃん・・・・・なんか変や。僕って・・・・・今まで自分のことそう言っとったか?)」

それに、球のキレが前半に比べて急激になくなってきている。明らかにおかしい。強がりを言ってるようにしか見えない。

だが、本人が言っている以上、その言葉を信じるしかない。それに、交代は監督が決めることであり、自分達が決めれることではない(相談はできるが)。

真奈「(とりあえず・・・・・戻ろうか)」

仕方なく引き上げようとした、そのとき。

尚史「佐々木妹」

先ほどのエラーと2人の会話の様子に疑問に思ったのだろうか、尚史がマウンドに駆け付けていた。そして駆け付けるなり、いきなりとんでもないことを言った。

尚史「監督にピッチャー交代、いや選手交代を要請してくれ。このままでは、彼女が危ない」

その表情から読み取れる。あおいちゃんは、本当に危ないんだと。でないと、こんなことぐらいでは、マウンドに駆け付けるような人ではない。

付き合いがまだ短くても、それぐらい簡単にわかる。真奈はそう思った。

あおい「何言ってるの。僕はまだ投げられるよ」

だが、あおいは尚史の言ったことが不満だったようだ。

しかしながら、その声は弱々しく、いつも尚史に、罵声を浴びせるような刺はなかった。むしろ、優しさを感じれるぐらいだ。

尚史「君のピッチングじゃない。君の体がやばいんだ」

尚史が、あおいの両肩に両手を置いて、真剣な眼差しで見つめて、そう言った。あおいは、5秒ほど尚史を見てボーとして、そして答えた。

あおい「そんなに心配しなくても平気だよ。僕は・・・・・神城のエースなんだから」

尚史はその言葉を聞いて、あおいがボーとした時間と同じぐらいの間、黙った。そして、あおいの前に、人差し指1本だけを立たせ、あおいに問いた。

尚史「これ何本に見える?」

あおいは1秒ほど考え、すぐに答えを出した。

あおい「2本・・・・・かな?」

尚史「な・・・・・

真奈「あ、あおいちゃん・・・・・」

2人は、あおいの答えに絶句した。尚史が、立てているのは確かに1本。だが、あおいはこれを2本と答えたのだ。

さらに答えた本人は、何に絶句しているのか、まだよくわかっていない様子。

あおいの姉であるあいが、よく首を傾げる動作をするが、それとまったく同じ動作をしているのだ。普段のあおいからでは、まず考えられないことだ。

尚史「やはり、これ以上の続投はまずい。このままでは・・・・・」

あおい「大丈夫!大丈夫だから・・・・・」

尚史の言葉が、あおいの必死な声によって、遮られた。それが、泣きそうな声にも聞こえる。しかし尚史は怯まず、そしてやや怒り気味言う。

尚史「頭で大丈夫と思っていても、体が限界なんだ!ここで無茶したら、本当に危ないんだ!

あおいは何も言い返さなかった。ここまで言われてしまえば、言い返す言葉など、およそ見つからないだろう。

尚史は、何も言い返さなかったあおいを見て、優しく言った。

尚史「心配しなくていいから。何もピッチャーは君だけじゃない。そいつらを信じてやれ」

その言葉に、あおいは頭をゆっくりと下げて頷き、そして尚史の方へと倒れた。尚史は優しく抱き抱え、小さく呟いた。

尚史「こんなに熱があるのに・・・・・。無理しやがって・・・・・」

彼女をギュッと抱きしめてやる。周りの目など気にしない。普段であれば、100%殴られるが、今はそんな状態ではない(別にやましい考えはない)。

ただ、頑張った彼女が妙に愛おしく感じてしまっただけ。それだけだ。

尚史「佐々木妹。お前は監督に交代を要請してくれ。彼女は俺が運ぶから」

真奈は、はい、と少し泣きそうな声で返事を返し、ベンチへ走ろうとしたときだ。

監督「佐々木。結城。ワシャ、お前らに交代を要請されんでも、ここで代えるつもりでおったわい。まあ、一条(姉)が話してくれたおかげじゃがな」

ベンチから出てきた監督が、後ろを指差した。その後ろには、涙をボロボロ落としている少女が立っていた。そう、姉である一条あいだ。

あい「あおい・・・・・」

だが、あおいに姉の姿がぼんやりとしか写らなかった。自分が思っていた以上に、体が熱に侵されている。でも、姉が泣いているのはわかる。

あおい「(お姉ちゃん・・・・・泣かないで。お姉ちゃんの泣いている姿を見るのが、僕にとって1番辛いよ。だから・・・・・泣かないで)」

言葉を紡ごうにも、何故か声が出てこない。たった一言。それすら言えない状態なのだ。あおいはそれがかなりもどかしかった。

とりあえず尚史はベンチまであおいを運び、あとは補欠の選手達に運ぶよう命じた。そして帰り際、泣いているあいに優しく言う。

尚史「大丈夫だ。少し無理が祟っただけだろう。だから・・・・・その・・・・・泣くな」

何か微妙に慰めるような言葉が思い浮かばなかった。なんか情けない気がする。

その証拠に、あいがずっと俺を見てる。これは絶対、おかしな奴を見るような目だ・・・・・と思う。

あい「・・・・・そうですよね。あの娘は、私みたいにやわじゃないもんね」

あいは目を乱暴にこすり、涙を拭き取り、お得意のメガホンを取り出した。そして、それで叫ぶ。

あい「みんな!ここを0で抑えて、次で逆転よ!頑張った人には、咲輝先生のキスをプレゼント!」

咲輝「ちょっと待った!なんで私なのよ!大体おばさんのキスなんてみんなが喜ぶはずなんて・・・・・」

篠原「お前らー!ぜってぇー勝つぞ!!

尚史を除く全員「おお!

監督「喜んどるじゃないか」

咲輝「・・・・・」

咲輝は、口を開けてぽかんとしており、

尚史「・・・・・単純馬鹿共」

尚史は帽子で自分の顔を隠し、キスで喜んでいる連中に皮肉を小さく吐いた。









*「神城高校。選手の交代をお知らせ致します」

球場にアナウンスが流れた。あおいの出来事により、騒がしかった球場が一気に静まり返る。

*「ライトの黒崎君がサードに入り、レフトの和木君がライトに、レフトに一条さんに代わった川相一朗君が、

サードの結城君がピッチャーに入ります。ピッチャー 結城君 背番号5」

尚史「・・・・・出番か」

この守備変更に、思わず笑みを浮かべてしまった。まさかこんなところで、登板する機会が訪れるとはな。まあ俺にとっては、嬉しいかぎりだがな。

監督に話を持ち掛けておいて正解だった。ただ、1つ大きな問題がある。俺は両肩・両肘をかなり悪くしている。

場合によっては、最悪の事態を招くかもしれない。では取り止めにするのか。そんなことできるはずがない。

交代を告げられているうえ、無理して投げていた彼女に申し訳がない。では、どうするか。そんなの決まっている。

尚史「(奇跡にかける)」

そう思うしかなかった。









*「6番 サード 柏木君」

柏木が右打席に入った。足を普通より足を開き、バットを立てて構えた。いわゆる外国人選手に多く、日本人選手にも増えてきたオープンスタンス打法。

真奈「(先輩・・・・・たのんますよ)」

尚史「(大丈夫だ。俺を信じろ)」

尚史がゆっくりと振りかぶり、足をゆっくりと上げた。そのフォームは、まさに教科書通りで、下手な投手よりは綺麗である。

そして足を降ろし、右腕から白球を投じた。シュルシュルと球の回転と空気が擦れ合う音する。

それは、そのまま真奈のミットに突き刺さった。審判が呆気に取られたような声で、それに判定を下した。

審判「ス、ストライク!

尚史は思わず声を出したくなった。投手を辞めて、結構な年月が経っているのに、球の速さ、キレも過去最高であった。

尚史「(絶好調・・・・・ってか。さあ・・・・・神さんは、この状態からどんな試練を与えてくるかな)」

もしもあんたが実在するなら、言っておきたいことがある、いや思っておきたいことがある。

神さんよ。俺はあんたの気まぐれで、何度も何度も辛い目に会ってきた。何回か生きる意味を失ったことだってある。

そして、今も俺から肩・肘の自由を、野球をも奪い取ろうとしているだろう。

いや、奪い取るはずだ。だがな、今の俺からはな、何をしても無駄だ。たとえ死に神が襲い掛かってきてもな。




何も奪い取らせやしないーーーー




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