第23章
Make Miracle(後編)





あおい「・・・・・どなたですか?」

髪型といい、顔立ちといい、背の高さといい、どれも僕とお姉ちゃんとあんまり変わらない。でも・・・・・僕はこの人と会ったことはない。

自分が思い出せるところまで頑張ってみたけど、やっぱり会ったことはない。では、この胸の高まりは何だろうか。

?「そうか〜。知らないのも無理ないね。なんせーー年前のーーだし」

今よく聞き取れなかったけど。何年前の何って言ったんだろう。まあ、たぶん5年か6年前ぐらいじゃないかな。ずいぶん若そうだし。

あおい「そういえば・・・・・何が白なんですか」

忘れてたわ。これが1番聞きたかった。空は青く澄み切っているのに、何で白なんだろう。

その答えは、実はそんなに難しくなかった。難しくなかったが、僕はひどく慌ててしまった。何故ならその答えが、

?「下着の色だけど?」

だったからだ。慌ててスカートを抑え、2歩ぐらい後退りしてしまった。

そんな様子を見て、前の女の人がプッと吹いて、アハハと大声で笑い出した。・・・・・何か腹が立つなぁ。

?「ああ、面白かった。そうそう、あなた野球やってるんでしょ?」

あおい「え?・・・・・は、はい」

何でこの人、僕が野球やってること知ってるんだろう。・・・・・ファンじゃないね。絶対に。甲子園出てないし。

?「私が、昔使ってた変化球を教えてあげる。扱えるかどうかあなた次第だけどね」

そう言って、この人は横に置いてあった鞄から、ボールを取り出した。本気で教えてくれるみたい・・・・・まあどうせ夢だし、肘が壊れても平気だけどね。

?「まずね・・・・・」









南山「セカンド!

理奈が打った打球はセカンドの頭上。普通のセカンドなら取れない高さだ。取れない高さだが、柳田の身長は、セカンドながら180cmある。

これは榊の184cmに続く高さである。飛べば届く可能性が高い。もしこれを捕られれば、その瞬間、神城の敗北が確定するのだ。

理奈「抜けてーー!

それでも、理奈は抜けることを信じて、必死で叫び続け、そして全力で走った。

柳田「クッ!

真奈「よっしゃー!越えたで!

運命の打球は、セカンドの柳田をギリギリ越え、右中間を破った。

ライトとセンターが追い掛けている間に、2塁ランナーの和木が3塁を蹴って、ホームへ。バッターランナーの理奈は、駿足で1塁を蹴って2塁へ。

和木「これで1点差だ!

和木がホームへ帰って来た。和木が叫んだように、3-2で1点差。センターがようやくボールに追い付き、中継に入っているショートへ送球する。

その間に理奈は2塁を蹴り、3塁を目指す。ショートにボールが送られた頃には、理奈はもうすでに3塁へ到達していた。

プロ顔負けの駿足を生かして、1点差に迫る、タイムリースリーベースヒット。

敗色濃厚だったベンチと味方のスタンドが、一気に花火が始まったかのように盛り上がる。また、勝負の行方がわからなくなってきた。

監督「さて舞台は整った。あとは主役の2人に任せようじゃないか」

ネクストバッターサークルから、その重い足を上げて、バッターボックスに主役が入った。そして、その主役の名が呼ばれる。

*「4番 サード 結城君」

ヘルメットを軽く弄り、バットを軽く振って構え・・・・・なかった。その代わり、バットを左手で高々掲げた。そのバットが指すものは、レフトスタンド。

南山「余裕そうだな〜、お前」

マスク越しに、南山が話し掛けてきた。この場面で返事を返すのは、面倒だが(いつも面倒だが)、たまには話に乗ってやろうか。

尚史「これぐらいしないと、試合が盛り上がらないだろう」

ニヤッと不敵な笑みを浮かべ、掲げていたバットを下ろした。南山もその不敵な笑みに負けないぐらいの爽やかそうな笑みを浮かべた。

南山「じゃあこっちも盛り上げるのを手伝ってやるよ」

そう言って、南山はマスクを取ってスックと立ち上がった。

南山「榊さーん!あれ頼みますよー!

榊「あれか。まあここで使わないと、どこで使うんだろうな」

バットを肩に担いだまま、尚史は南山の言った「あれ」というのを考えていた。

尚史「(まだ変化球があるというのか・・・・・いや、あの人は不器用だから、ドロップやスローカーブといった、カーブ系しか投げられないんだ。

だから新しい変化球は、もうないはず)」

尚史が考えている間に、南山はマスクを被って座っていた。

南山「前見てくれよ」

尚史「・・・・・なるほどな。これか」

あれの正体が分かった。確かに、この場面以外で使えるものではないな。納得出来る。

ただ、予告三振、それもストレートっていうのは、ある意味予告ホームランを上回ってんじゃないのか。・・・・・ある意味でもないか。

桜井「度胸のある高校生じゃ」

足立「まあ、これだけ度胸があれば、プロでやっていけるでしょう。・・・・・たぶんですがね」

噴き出てくる汗を拭き、持っていた団扇で仰ぐ眉毛が太い男。

それを持ってくるのを忘れて、羨ましそうに見ている50代とは思えないぐらい若く見える男。かつてこの2人は、ローカルズ黄金時代をもたらせた中心打者。

3番 ホームランアーチストと呼ばれた足立慎也。4番 2代目 Mr.ローカルズと呼ばれた桜井 春樹。

そして2段ぐらい後ろには、ローカルズ黄金時代の監督であり、初代 Mr.ローカルズが、サングラスをかけている若い男と一緒に座っていた。

後ろを振り向けば、どちらかは気付きそうだが、あいにく変装しているため、互いに気付くことはなかった。

若い男「流石我が弟と後輩。やることがでかいな」

老人「いやはや・・・・・プロでもやらないようなことを高校生がやるとは・・・・・こりゃ予想以上の大物になるのう」

そう話しながら、サングラスの男が、年老いた男に、団扇で仰いでいた。









審判「プレイ!」

南山は、ど真ん中にミットを構えた。この真剣勝負にキャッチャーは口出し無用だからだ。

それをわざわざ内角高めなど、外角低めなどやってしまえば、本当に生きたストレートが出せなくなる。

そうなれば、尚史の餌食になることぐらい容易に予想がつく。

榊「いくぞ!結城君!

3塁にいる理奈はお構いなしに、榊は大きく、そしてゆっくりと振りかぶった。尚史も、まだ振りかぶっているときに、足を大きく引き上げた。

ストレートでタイミングを狂わしてくることを、まずしてこないと思ったからである。

尚史「(来る!)」

榊が長い腕を目一杯振り、腕を軽く捻るようにして投じた第1球目。コースはど真ん中。


(ガキィ!!)


尚史「

審判「ファ、ファール!」

ボールがバックネットに突き刺さると同時に、尚史が振ったバットが、3塁方向へ小さな放物線を描いて、飛んでいった。

これはフルスイングしすぎて、飛ばしたわけではない。いくらなんでも、尚史がそんなマヌケなことはしない。

では何故飛んでいったのか。榊の球威に押された以外、考えられない。有り得ないことではあるが。

尚史「(こんな球・・・・・プロでも前に飛ばすのは困難だな。なんせ154k/mだしな)」

この試合、そして全ての試合を通して、榊の最速は152k/m。それを2k/m上回ったのだ。

尚史「(まだ速くなるかもな)」

まさにその通りだった。第2球目、またもやど真ん中ストレート。だが、球威も球速も先ほどの球とは、桁外れだった。


(バキィ!!)


尚史「あぐ!

球速156k/m。球威は、金属バットをへし折るほど。なのに尚史は当てたはずなのに、球道は一切変化せず、ミットに突き刺さった。

尚史「(金属バットをへし折りやがった・・・・・)」

芯で捕らえられなかったとはいえ、普通、金属バットが折れるものだろうか。体全体が痺れてやがる。

審判「君、バットを取り替えてきなさい」

尚史「は、はい」

ベンチに足速で向かい、バットを取りにいった。ほんの数秒いただけでわかったことがある。それは、ベンチのムードが重かったこと。

そりゃそうだ。金属バットをへし折るような球を見せられて、平常心を保てるはずがない。

あんまり長くいると、こっちのムードまで下がってしまいそうだ。早く戻ることにする。だが、既に自分のムードが下がっていたことにすぐ気付く。

尚史「(冗談じゃない・・・・・)」

金属バットをへし折るような球を、あと1球で打てというのか。・・・・・無理だ。この打席だけじゃあ、絶対無理だ。

例え当てたとしても、バットを弾かれて終わりだ。また負けるのか。・・・・・情けない。

あおいちゃんや理奈に大口叩いておいて、このザマか。結局、オレは過去のオレのままか。

あい「結城さん!頑張って!

尚史「(あい・・・・・)」

・・・・・今、オレは何を考えていたんだ。まだ試合は終わってないのに、勝手に終わらせてどうする。

オレを信じている奴が、この球場に大勢いるんだ。なのにオレは・・・・・。去年、あいに虹を見せてやると言った。

だが、オレは見せれなかった。今こそ、その約束を果たすとき。

尚史「あい!これを持っとけ!

尚史は、やや紅色に染まった白のリストバンドと水色のリストバンドを勢いよく投げた。

ベンチの手前で失速し、力無く落下する。あいは、慌ててそれを取りに行った。

尚史「神聖な戦いに、血塗られた過去は不要だ」

尚史はバットを軽く振り、耳より少し高いところでバットを構えた。

榊「(さっきまであった弱気な雰囲気がない。彼女の一言が、彼を変えてしまったんだな)」

フフッと微笑み、榊が投球モーションに入った。尚史も足を大きく引き上げ、榊の球を待つ。今、運命の球が投じられた。

尚史「(俺に)」

弾丸のような球が、内角をえぐりこんでくる。球速も球威も今までとは、段違いである。

尚史「(打てない球はない!)」

尚史がバットで弾丸を捕らえに行く。例えるならそう。









足立「あれは!

老人「なんじゃと!?









居合い切りごとくのスイングスピード。









尚史「(俺は負けられないんだ!)」









(カキィィィィン!!!)




白球が高々とレフト方向へと舞い上がった。しかし、高さはあるが、いささか打球に勢いがない。榊は後ろを振り返らず、尚史も榊の方を見ていた。

榊「流石は僕が認めた男だ」

尚史「素晴らしい球・・・・・でした」

榊「9回裏。君の球を楽しみにしてるよ」

レフトがフェンスに上って、打球を待ち構えた。しかし、打球はさらにその上を行き、場外へと消えた。

10秒ほどして、審判の手がグルグルと回った。神城高校の生徒達が、一瞬にして歓喜に溢れ返った。

河路「入った!越えた!4番 結城の起死回生、場外逆転ツーランホームラーーーン!!

158k/mのストレートを弾き返しました!神城高校、土壇場で逆転!4-3!




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