第24章
泥沼のフラミンゴ





*「9回の裏、白零大付属高校の攻撃です。2番 セカンド 柳田君」 ベンチからバットを担ぎ、気合の入った表情を浮かべながら、打席に入った。

ちなみにあのあと、あおいに代わって出てきた川相一郎だが、当然榊の球を打てるはずもなく、3球三振で簡単に尻餅をついた。

しかも、スローボールを全て空振りで・・・・・。

尚史「(いよいよ最後か・・・・・)」

マウンドには、やはり尚史が立っており、当然ながら右にグローブをつけて、左でボールを持っていた。

尚史「(何も起きなきゃいいがな)」

よくあることだが、9回表を逆転しても、9回裏に逆転サヨナラという展開は、プロ野球でも甲子園でも嫌というほど見てきた。

さらに、相手は甲子園でも有名な白零大付属だ。たとえ抑えたとしてもだ。勝利を意識しすぎて、味方がエラーするということも充分考えられる。

三振で打ち取れたら、それが1番いいだろうが、相手も上位打線だ。当てるぐらいならたやすいだろう。

尚史「(それに2人打ち取ったしても、榊さんには必ず回る。この場面では、あの人が1番恐いな)」

とにかく勝利を意識しないことだ。そう意気込んで、第1球目を投じた。


(カキィン!)


柳田が打った打球は、三遊間をライナーで抜けていった。マウンド上の尚史を除いて、誰もが信じられないような顔している。

1番驚いているのは、打った柳田本人だった。

柳田「(ラッキーだった・・・・・いきなり失投してくれて)」

今、尚史が投じた球の球速は124k/m。大体、西条の最高球速ぐらいか。

真奈「(今。投げた瞬間の先輩の顔・・・・・何か凄い痛そうやった。何か、やな予感がするで)」

真奈の予想は当たった。次のバッター南山に、ストレートのファアボールを与えてしまう。いずれも、大きく外れていた。

尚史「(肘が悲鳴をあげてやがる。いや、それよりも目がさっきから霞んでやがる。何でだ)」

しかし、弱音を吐いてはいられない。何故なら、次のバッターが、最も恐ろしい打者だからだ。

*「4番 ピッチャー 榊君」

尚史「1番嫌な場面で回してしまったな・・・・・」

榊が左打席に入った。肩にバットを置いて、尚史がセットポジションに入るのを待つ。

尚史「(どうするか・・・・・)」

まず初球を何で入るか考える。素直にストレートで勝負に行くか、カットボールで引っ掛けさせてゲッツーか、意表をついてスローボールで行くか、

いろいろな考えが浮かんでくる。しかし、浮かぶだけ浮かんで、どれもこれだというのは無い。

尚史「(駄目だ・・・・・考えがまとまらない)」

一旦、気持ちと頭を落ちつかせるため、マウンドに置いてあるロージンパックを手に取る。

軽く手でポンポンとすると、白い粉が巻き上がり、そして風に吹かれて消えて行った。幾分落ちつきはしたが、やはりそれでも考えはまとまらない。

尚史「(どうする・・・・・?)」

尚史はキャッチャーの真奈の手が動いていることに気付いた。Vサイン、いわゆるじゃんけんのチョキ。ストレートのサインだ。

真奈「(悩んでいてもしゃーないですよ。それなら、男らしくストレート勝負でいきましょうや)」

尚史「(・・・・・そうだな。榊さんはストレートで勝負してきたんだ。俺も男なら、そうしないとな)」

とにかくここで打たれるわけにはいかない。ここにいるチームのため、倒れるまで投げたあおいちゃんのため、そして・・・・・。

尚史「(こんな馬鹿な奴を登板させてくれた監督のためにも負けられないんだ)」

セットポジションに入る。素早く足を上げ、マサカリを振り下ろすかのように、腕を振り下ろしボールを投じた。

その回転、球威、球速。どれをとっても最高だった。

審判「ストライク!」

榊「(凄まじいな・・・・・。彼ならピッチャーでもプロでやっていけるだろう。ただ・・・・・)」

第2球目、ど真ん中ストレート。今度は球威も球速も回転もまったくない、完全な棒球だった。榊はそれを見逃すはずがなかった。


(カキィン!)


榊「(肘が壊れてさえなければね)」

榊がコンパクトに振り抜いた打球は、右中間を破った。2塁ランナーの柳田は3塁を蹴り、ホームへと走る。

和木がショートの篠原に返球した頃には、柳田は同点のホームを踏んでいた。この間に1塁ランナーの南山は2塁、バッターランナーの榊は1塁へ。

河路「白零大付属すぐに追い付いた!榊の同点タイムリーツーベース!!尚もノーアウト1、2塁!

尚史「(握力が落ちて、思うように指がかからない・・・・・)」

今からでも遅くない。右に代えて、投げるべき。いや、右も似たような状態だ。右に代えたところで、結果は見えている。

尚史「(八方塞がりってわけか・・・・・)」

ならば、その塞がったものに、でかい風穴を空けてやる。・・・・・たとえ肘が壊れてもな。

尚史「(狙うはど真ん中。できる限り速い球だ)」

尚史が振りかぶった。当然1塁ランナーの榊は、ゆっくりとスタートを切る。

もはや尚史に、ランナーを気にしている余裕はなかった。ただ速い球を投げて、三振で打ち取る。

たとえ打たれても、球威で押して、外野まで打たさないことだけだ。しかし、この考えがさらに尚史を追い込むこととなる。

審判「ボール!ファアボール!

またもやストレートのファアボール。どれも大きく外れており、棒球ばかりだった。

尚史「はぁ・・・はぁ・・・」

スタミナも尽きて来た。握力もさっきより、さらに落ちて来ている。八方塞がりどころか十六方塞がりではないのか。それぐらい尚史は追い込まれていた。

尚史「(俺は・・・ここまでなのか・・・)」

額から流れてくるを汗を拭い、ロージンバックに手をつける。そのとき、バックで守っている選手達の声が聞こえてきた。

篠原「結城!全部ショートに打たせろ!全部裁いてやる!

黒崎「サードでもいい!死んでも捕ってやるよ!

佐々木「頑張るんや!結城はん!

高橋「君一人じゃない!後ろで7人が守ってるんだ!後ろを信じて投げるんだ!

理奈「あんたの力はこんなもんじゃないでしょ!頑張れ!

和木「まだゲームは終わってませんよ!

川相一「頑張るんだな〜」

その声援は、バックだけでは留まらない。

あい「結城さーん!!頑張れー!!

咲輝「ここで倒れちゃダメよ!

*「頑張れー!

*「結城ー!

*「頑張ってー!

神城高校の生徒、神城を応援している中年のおばさんやおじさん。そして、ベンチの咲輝やあい。全員が立ち上がって、尚史に必死の声援を浴びせる。

尚史「(まだ・・・終わっちゃいけないんだ・・・)」

尚史が堂々と振りかぶった。先程まであった、迷い、不安、絶望。声援によって、それら全てが吹き飛び、尚史を奮起させた。

尚史「(このチームを甲子園に連れていくまではな!)」

基本もコントロールもへったくれもないような、無茶苦茶なフォームからの第1球目。多少外角高めよりのストレート。

かなり甘いコースだが、真野は手が出ない。それもそうだろう。今の球の球速は157k/m。ノビもキレも、今までとは段違いだ。

尚史「(負けられないんだよ・・・・・あんたらにはな)」

このピンチでの、尚史のピッチングは凄かった。5番 真野、6番 柏木を2者連続3球三振。いずれもど真ん中ストレートで、どれも155k/m以上だった。

*「7番 ファースト 谷守君」

尚史「(あと1人・・・・・)」

ツーアウト満塁。外野フライでサヨナラというのが無くなった分だけ、まだ楽だ。それでも四死球はもちろん、エラー、ボークなどは許されないが。

どのみち今の尚史には関係ない。この土壇場で、ど真ん中に投げれるコントロールと掠らすことも許さないストレートがあれば、大丈夫だ。

ナインはもちろん、監督の俊彦ですら思っていた。だが、尚史の体はもう限界だった。

審判「ボールスリー!

追い込むのは早かったが、このあとボールがすっぽ抜ける気味になり、フルカウントとしてしまう。

尚史「(俺は・・・・・)」

ボールをギュッと握り締め、尚史は帽子の鍔を掴んだ。

尚史「(あんたを信じたくはないが・・・・・今回は、あんたに祈ってやるよ)」

尚史が振りかぶった。尚史はわかっていた。たとえこの回を抑えたとしても、俺はグラウンドには立てないと。バットも満足に振れなくなるだろうと。

尚史「(唯、ヒナ。俺に力を!)」

ナインも真剣な眼差しで、グッと構え、自然と力が入る。今、尚史の左腕から渾身の一球が投じられた。

真奈「(え・・・・・)」

谷守「(は・・・・・)」









尚史「(空が青い・・・・・)」

薄れて行く意識の中、この空間に広がる限りの青い空が、目に写った。それはあの日、唯と初めてあの場所へ行った時と同じ空だった。

段々回りの景色の色が灰色に染まっていく。耳に聞こえてくる大きな歓声も小さくなっていく。色を無くした空を見ながら、結城尚史は前へ倒れ込んだ。









河路「サヨナラパスボール!この白熱の試合を制したのは白零大付属高校!しかし、最後に投げた球が、

なんと162k/m!夢の160k/mを高校生が投げるなんて信じられません!キャッチャーが反応できないできないのも無理はないでしょう!!

河路の言った通り、真奈は最後の球に反応出来なかった。実は155k/mのストレートを捕るのでやっとだった。

それで162k/mの球など捕れるはずがなく、逸らしたボールの行方さえ、わからなかったのだ。

しかし、今の真奈に、それを悔しがる様子はない。何故なら、倒れた尚史の方に驚いたからだ。

真奈「先輩!

外野を守っているナインも慌てて駆け寄ってくる。審判達も駆け寄ってくる。

白零大付属の選手達も感動に浸る暇も無く、駆け寄ってくる。球場は騒然となった。

理奈「尚史!起きなさいよ!

佐々木「結城はん!

南山「おい!結城!

榊「結城君!

3人がバラバラに呼びかけるが、返事は帰ってこない。それどころか反応すらない。この様子を見た審判は、

審判「担架だ!早く担架を用意しろ!

とかなり急いだ口調で、他の審判に要請した。もはや、大会どころではない。

あい「結城さん・・・」

榊には勝ったが、結局、白零を倒して甲子園に行くことは出来なかった。こうして、神城の2年の夏が終わった。

同時に、一羽のフラミンゴの翼が折れてしまった夏でもあった。




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