第4章
明かされた真実





暗闇に広がる光の砂。ぽっかりと浮かぶ光の球体が海を照らし、地上を照らす。

しかし、闇が掻き消せるほど強くはなく、1mぐらい先になると、何がいるかなんてわからない。そんな暗がりの中に立つ少年がいた。

その少年の雰囲気も暗闇に負けないぐらい、陰気さが漂っている。目も輝きを持たず、ただ黒い瞳をしている。

その目も長い前髪によって、隠れかけていた。少年が腕につけていた時計を見る。針はちょうど10の数字を指していた。

尚史「まだ来てないみたいだな・・・・・」

少年、結城尚史の息は荒かった。何故なら、旅館を出るのが遅れ、このままでは約束の時間に間に合わなくなるから走ってきたのだ。

しかし、監督である今井俊彦が、まだ来ていない。尚史は静かに胸を撫で降ろした。

監督「ギリギリセーフってとこかのう。まあ、そんなことはどうでいいがな」

突然、尚史は声のする方向へと体ごと向けた。月が出てるとはいえ、闇を晴らすにはほど遠く、俊彦であろう人物は、黒い影にしか見えなかった。

尚史「監督は気付いていたんですね。あんなノック中なのに、俺が見に来ていたことを」

黒い影の人物に近づきながら、尚史が口を開ける。近づく度に黒い影は、色をかたどり、輪郭などがはっきりしてくる。

5歩ほど近づいて、尚史は足を止めた。しかし、口は動かし続ける。

尚史「そして、あおいちゃんが俺と祭へ行く約束していたのを本人から聞き出して、ここに来るようにと書かれた手紙を渡した。・・・・・合ってますかね」

淡々と話し続ける尚史に対して、俊彦は表情一つ変えずに尚史を睨むように凝視していた。そして、その重い口が開く。

俊彦「9割方合っておる。まあ、そんなことはどうでもいいんじゃが。・・・・・お前のことで色々と聞きたいことがあるんじゃ。答えてもらえるかのう」

尚史「嫌だと言ったら、どうしますか」

尚史にはわかっていた。監督もとい俊彦は、冗談で聞きにきたのではないぐらい。冗談で聞きにきたのなら、こんな時間に呼び出しはしない。

何より、今の俊彦からは、人を威圧するかのような雰囲気が漂っている。流石の尚史も、この威圧感に戸惑いを隠せなかった。

尚史「・・・・・(何て厳しい目をしてやがる)」

威圧感に耐えられなくなった尚史は、真面目に質問に答えることにした。

だが、何の質問かわからないので、俊彦の雰囲気に負けそうになった、やや重い口が開く。

尚史「で・・・・・質問とは」

尚史は近くにあったやや大きめの石に腰掛けて、俊彦は後ろに手を回し、月を見上げた。尚史には、その姿が少しだけ淋しげに見えた。

監督「・・・・・お前は、一条つかさというピッチャーを知っておるか?」

尚史「一条つかさ?・・・・・ローカルズの伝説のエースですか?」

尚史の答えに軽く頷く俊彦。さらに質問は続く。

監督「じゃあ、何で亡くなったか知っておるか?」

尚史「交通事故か何かだったかと・・・・・」

自信なさそうに答える尚史に、俊彦がまた軽く頷く。しかし、今度は質問ではなかった。

監督「本来お前に言うべきではないんじゃが、このまま隠しておくわけにはいかん。あの事故は計画犯罪じゃった。お前のよく知っとる人物のな」

尚史の顔から血の気が少しずつ引いて行き、冷汗を掻き始めた。何か言っているように見えるが、焦りと動揺で、声になっていなかった。

その様子から俊彦は、尚史が誰を想像しているか、手に取るようにしてわかった。

監督「・・・・・一条つかさには1人の双子の妹がおるんじゃ。さらにその妹には双子の娘がおる。・・・・・言わんでもわかるな」

尚史「・・・・・」

尚史は目を見開いたまま、立ち尽くしていた。俊彦はさらに話を続ける。

監督「つかさにはな、恋人がおったんじゃ。誰だかわかるか?」

尚史は黙ったまま、首を横に振った。俊彦は「じゃろうな」、と言って話を続けた。

監督「その恋人の名は・・・・・桜井春樹」

尚史「桜井さん・・・・・ですか。これはあんまり驚きませんがね」

監督「話はこれからじゃ。たしか一条姉妹には、父親はいないことは知っておるな」

尚史が黙って縦に頷く。

監督「その父親は・・・・・」

尚史「だとすると、それは大変なことですよ・・・・・」

尚史の額から汗が流れ、砂浜に音を立てずに落ちた。汗は砂浜を僅かに潤したが、すぐ砂が吸収してしまった。

監督「・・・・・」

尚史「・・・・・」

二人の間に僅かな静寂が訪れた。風がなぎ、波の音が静かに響く。

月が二人をスポットライトのように照らし、淡く輝き続ける。そして今、尚史によって静寂が破られる。

尚史「何故こんな話を聞かせたんですか。もはや、野球の出来ない腑抜けな男には、永遠に関係ない話を何故?」

俊彦がキビスを返し、金色の月に目をやった。暗闇に散らばった星屑の中にぼんやりと浮かび、淡い金色の光を発していた。

監督「ワシはな。お前に復活してもらいたいんじゃ。・・・・・お前の兄貴と一緒にな」

尚史「

尚史は驚いた。兄である啓一を知っているのは、親戚、家族と僅かな知り合いぐらいである。

昔はたしかに騒がれていたが、肘にデッドボールを食らい、再起不能になった。

初めこそ新聞で取り上げられたものの、日が経つにつれ、人の記憶から忘れ去られっていった。今、その名を他人に聞いても知らないと言われるぐらいである。

尚史「医者に見放されている俺達に、どう復活しろと?」

いつもの冷静な口調で、俊彦に言う尚史。俊彦はまたキビスを返し、尚史の方へ整体した。

監督「安心せい。あの人に任しときゃ、少なくとも四国大会にゃあ、間に合うわい」

尚史「あの人・・・・・?」

監督「まあとにかくワシに任しとけ。この」

尚史「広島の元大エースに・・・・・だろ」

監督「なんかお前に言われると、腹が立つな・・・・・」

尚史「所詮は冷たい男ですから」

俊彦は「それもそうか」、と軽く微笑み、また金色に輝く月の方へ目をやった。やはり淡く輝き地上を照らす。風が二人をなぎ、静かな波の音が暗闇に響く。

やはり運命からは逃れられない。改めて思い知らされた、ある夏の夜だった。




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