第6章
復活の一発





尚史「この試合の本当の主役が誰か教えてやるよ」

ベンチへと帰っていく川相三郎に、サングラスを投げ渡した。川相三郎は少し慌て、そのサングラスを落としそうになかったが、なんとか受け止めた。

審判「プレイ!」

尚史はバットを軽く2、3度振って、今までと変わらない構えを取った。押井高校のバッテリーは初球を何で入るか考えていた。

敵捕手「(どんなバッターでも裏をかけば、打ち取れる・・・・・。強気に責めるべきだよな)」

色々と悩んだ末に、押井学園のキャッチャーはやっとサインを出した。

主役「(大丈夫かよ・・・・・)」

そのサインに対して主役はかなり不安だった。それは頷くにはかなり迷うボールだった。

しかし主役はキャッチャーを信じ、やや不安気な表情をうかべながらも2回ほど縦に頷き、セットポジションについた。その第1球目。

スピードを抜いたど真ん中ストレート。球速は100k/mほど。絶好球だが、尚史はこれを見送った。

審判「ストライク!」

尚史「(参ったね。まさかど真ん中に抜いた球を投げてくるとはな)」

確実にレフトスタンドに運べる球だが、それは予想内のときだ。予想外ならそれも立派な球だ。

尚史「(もうあんな美味しい球は来ないだろうな)」

しかし第2球目。ど真ん中ストレート。またも美味しい球は来たのであった。当然これを見逃す理由などない。尚史は遠慮なく打ちにいった。

しかし、空振り。球はど真ん中から内角に移動していた。この球はストレートではなくスライダーだったのだ。これでカウント2-0。早くも追い込まれた。

敵捕手「(何とか追い込んだな。ここは1球を外して様子を見たい。そしてあわよくば三振としたいところ)」

主役「(で・・・・・その球は?)」

敵捕手「(当然これだ)」

主役「(だよな)」

主役が頷き、女房がミットを構えた。尚史も耳元近くにバットを引き寄せ構える。

尚史「(狙い球は当然・・・・・)」

主役が振りかぶる。尚史がグッと手に力を入れ、足を大きく引き上げる。運命の第3球目。外角高めのボール。

ストライクゾーンよりボール1個分ほど高く、コースも外れている。

見逃せばボールになる。だが尚史は大きく踏込み、これを打ちにいった。

その直後、ボールは大きく右打者に向かってスライドした。釣り球はストレートではなく、スライダーだったのだ。

尚史「(ボール球でもこの高さなら打てないことはない)」

釣り球がくることぐらい予想済みであった。高めならよほど高くない限り、手を出すと尚史は決めていた。

ただ一つ予想外だったのが、スライダーだった。それでも尚史は強引に外角高めのボール球を打ちに行った。


(キィィン!!)


主役「(な、何!?)」

敵捕手「(あの高さを打っただと!)」

尚史が打った球は高々とレフト方向へ上がった。しかしボール球を無理矢理打ったせいか、いまいち伸びがない。

両翼が91m、フェンスも3mないこの球場でも、距離、高さともにかなり厳しい。

敵捕手「レフト追えー!追うんだー!

打球は勢いを失くしていき、レフトポール際で落下し始めた。打球速度が遅かったせいか先にレフトがフェンスに着いたが、打球は上を越えて行った。


(ガサッ)


球場全体が一瞬にして静まり返った。主役は呆然としており、ランナーもア然としていた。そんな中、もう一人の主役が右手の拳をゆっくりと突き上げた。

実況「は、入ったーーー!!代打結城君の逆転サヨナラ満塁ホームラーーーン!!!

なんという劇的な幕ぎれなんでしょうか!神城高校、逆転サヨナラ勝ちー!









尚史「眠い・・・・・」

啓一「とかいいながら、朝の珈琲を飲みに来るんだな」

尚史「だってタダだし」

啓一「せこい奴め」

机の上に黒い飲物が一つ置かれた。白い湯気が尚史の視界を遮るようにして立ち、尚史がやる気のない目でそれを追う。

30秒ぐらいしてカップを手に取り、ゆっくりと飲み始めた。啓一が右肩を軽く回し、はぁとため息をついた。尚史がそれに気付き、啓一に尋ねる。

尚史「兄さんどうした?元気ないな」

啓一が少し笑いながら答える。

啓一「いやな。肩と肘が治ったのに、よく考えたら野球する相手がいないんだよ」

尚史「俺がいるじゃないか」

あっさりと尚史が答える。やはり啓一は微笑を浮かべていた。

啓一「高校通算35本のお前とやったら負けるのわかってんじゃないか。こっちは高3からやってないっていうのに」

尚史は珈琲を手に取った。だが、既に飲み干していることに気付き、カップを受け皿の上に戻した。

尚史「・・・・・じゃあ兄さん。今からあそこへ行ってみるか?」

啓一「あそこ?」

尚史「神城高校」

啓一「・・・・・今からか?」

尚史「今から」

啓一「・・・・・」

相変わらずこいつの無表情を見ると、言い返す気が失せる。参った。参ったよ。行こうじゃないか。

今から神城高校へ。ああ・・・・・減給されるな。前に夏の大会を見に行ったり、肘と肩を治していてまともに働いてないし。

啓一「なんだかねぇ」

尚史みたいなため息をつき、青色のエプロンを外した。太陽は先ほどより上がり、地上に暖かい光を照らして始めていた。









啓一「練習休みなのに、ご苦労なことだな」

尚史「ああ。そうだな」

啓一「・・・・・誰もおらんのにどないせえちゅうねんな」

佐々木みたいな関西弁でもっともな意見の啓一。

尚史「今日も良い天気だ。絶好の昼寝日和だ」

尚史は自らの失敗をごまかす尚史。啓一はため息をつき、しばらくうなだれていたが、突然顔を上げて尚史に言った。

啓一「・・・・・帰るか」

尚史「意味なかったな」

啓一「誰かさんのせいでな」

尚史「何か寒くなってきたな。早く帰るか」

尚史の言葉とは裏腹に、太陽はさらに上昇し、地上の気温も上昇し始めた。誰もいない寂しいグラウンドから二人の男の姿が消えていく。

季節を感じさせる風が吹き、木が優しく踊る。空高く晴々とした秋空が広がっていた。




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