第7章
長嶋伝説





選抜をかけた地方秋季大会。その大会も長い一回戦が終わり、二回戦が始まろうとしていた9月の終わり。

今回の秋季大会一回戦はいきなり激動で、ほとんどのチームが投手陣壊滅し、

その代わり打撃陣が何かに取り付かれたかのように打つというどこかの某球団みたいな状態になっていたのだ。

そして激動の中でも特に激動だったのは、尚史の所属する神城高校だった。

その戦いは新聞に大きく取り上げられ、一面を飾った。その記事の見だしが、

復活球児の復活の一発!代打逆転サヨナラ満塁弾!

であったり、またある新聞では、

カムバック男の代打の一振り!お釣り無しの逆転サヨナラ満塁アーチ!

のように逆転サヨナラアーチを放ったことと、尚史が復活したこと記事が特に書かれている。当然、他の新聞も似たような感じである。

あおい「ふんだ。たまたま狭い球場だったから入っただけで、鳴門の球場だったらファールフライで試合終了よ。

なのに、何でこんなに大きな見出しなのよ」

その大きな見出しを見て、不満を新聞にぶつけた。まあ不満をぶつけるのも無理はない。

あの日のあおいの成績は9回を完投して失点3自責点1奪三振11。少しぐらい新聞に取り上げられてもおかしくはなかった。

あい「つまり羨ましいんだね。そりゃそうよね。大きく新聞に載ったし、新聞記者に追い掛けられてるしね」

あおい「お姉ちゃん・・・・・」

あいの言うことは半分当たっていた。あおいは羨ましかった。パッと重要な場面に出てきて、あっさりと逆転サヨナラホームランを放ってしまう尚史が。

あの試合、あおいは4番としてまったく役目を果たせなかった。9回に確かに右中間を破るツーベースを放ったものの、チャンスでは三振2つという成績だった。

あのとき自分が打っていれば、試合展開が変わっていたかもしれない。つくづくそう思う。

あおい「(僕なんかに4番は無理だったのかなあ・・・・・)」

あいが気付かない程度のため息を吐き、あおいは机に腕を置いてその中に顔を埋もれたさせた。ある日曜日の朝であった。









尚史「ここで寝るのも久々だな。ここ一ヶ月は、肘や肩を治すのに忙しかったし。まあそれも今日から自由だ」

久々に芝生をポンポンと2回ほど叩きながら、尚史はその場に寝転んだ。秋の温かさを感じながら、目をつぶる。気持ちいい。この一言に尽きる。

?「本当にこんな田舎に、榊君と対等に戦った子なんているのかな」

尚史「(榊?・・・・・榊さんのことか?)」

閉じたばかりの目を開き、上半身だけをゆっくりと起こした。榊のことを言ってる女性は、持っている紙をさらに覗き込み首を傾げた。

尚史「すいません」

女性は尚史の方へ振り返り、また首を傾げた。

?「はい?何か御用でしょうか?」

尚史「榊さんをご存知なんですか?」

まさか彼女とか。いや、あの人はああ見えて、実はロリコンだ。だから、同年代には興味は沸かないはず。・・・・・榊さんごめん。

?「ご存知も何も、甲子園で戦った相手だもん。今年の甲子園見てないの?」

尚史「甲子園?戦った相手?」

実は今年の甲子園で、どこが優勝したのかよく知らなかった。そのとき肘や肩を治療中だったからだ。

?「まあいいわ。この辺りに結城尚史っていう子の家知らない?榊君から2本もホームラン打ったって聞いたけど」

尚史「・・・・・結城尚史は俺ですが、何か」

?「君が・・・・・結城君なの?」

尚史「そうですけど・・・・・あなたは?」

?「そういえばまだ自己紹介してなかったわね」

頭をポリポリと掻き、あいの笑顔に負けないぐらいの笑みを浮かべた。雰囲気的にはやんわりとした感じを受ける。

夏目「私の名前は夏目汀(なつめみぎわ)。一応榊君に投げ勝ったのが自慢かな」

遠慮がちに自慢を言うのはいいが・・・・・それ、凄い自慢だよ。あの人に勝てる人なんていないと思ってたのに。

夏目「私ね。君に会うためにわざわざ横浜から来たんだよ」

このパターンでいくと、母を訪ねて三千里とか家泣き子みたいな感動系なら、生き別れになった姉との再会だろうけど、これはあくまで野球系だ。

つまりだ。このパターンは・・・・・。

夏目「勝負しましょ。ていうかしなさい」

やはり当たりましたよ。しかも拒否権はないようだ。笑顔で迫られてるし。あいも命令するときはこんな感じだろうか。

尚史「・・・・・勝負内容は?」

夏目「3打席勝負。君が外野まで飛ばしたら勝ち。それ以外なら私の勝ちということで」

尚史「(えらい自信だな)」

流石に榊さんに投げ勝ったということだけある、尚史はそう思った。

尚史「(しかし・・・・・外野とまで言わず、フェンスを越してやらないと俺のプライドが許さない)」

全国相手にどこまで通用するかわからない。しかしここで勝っておけば、何か自信がつくような気がする。

尚史は拳に力を入れ、黙って歩き出した。その方向は河川敷のグラウンド。









尚史「さあ来な」

右打席に立った尚史は、いつもより凄みのある声で夏目に言った。夏目は特にビビる様子もなく、自分のペースで進めていた。

夏目「ハンデとして言っておくね。私の持ち球は」

尚史「言わなくていい。ハンデなら充分貰っている」

夏目は頬を膨らませ「可愛くないなあ」、と言った。別に可愛くなくても恐くても構わない。冷たくてポーカーフェイスなのが俺の特徴なんだから。

これが無くなってしまったら、きっと俺は俺で無くなるような気がする。尚史はバットを軽く振って、構えを取りながらそう思った。

夏目「それじゃあいくよー」

夏目は体の前で両腕を組んだ。そしてそこからワインドアップに移行し、足を上げる。尚史も右足を大きく引き上げ、そのトップで静止した。

尚史「(斉藤和己・・・・・)」

夏目は足を上げたときに僅かに体の動きを止めた。ソフトバンクの斉藤和己のフォームとそっくりである。

尚史「(さて何k/mのストレートを投げてくるか)」

止めたところから一気に振り下ろし、夏目は第1球目を投じた。甘い内角に抜いたストレート。絶好球だが、尚史はこれを見逃した。

夏目「ギリギリストライクかな」

尚史「(何て度胸だ。内角にあんな緩いボールを投げるか、普通)」

この度胸があったから、甲子園でも活躍出来たのであろうと思っておこう。

尚史「(とりあえず、次も見る。一打席目は捨ててもいいな)」

しかし第2球目、尚史の考えとは裏腹に、夏目は今度はど真ん中にストレートを投げ入れて来た。見ると決めていた尚史は手が出ずに見送り、カウント2-0。

尚史「(この打席は捨てていくということに気付いているな・・・・・)」

気付いているのであれば、これ以上見ていても無駄である。球種もストレートの速さもわからない のであれば、この打席で打つのはかなり困難だ。

尚史「(こうなれば、ストレートだけに絞る。変化球が来たらごめんなさいだ)」

第3球目、甘い内角のストレート。球速もあまり早くない。尚史はこれを打ちに行った。しかし、ストレートは急に軌道を変え、下に落ちた。

当然ストレートと思って振った尚史のバットに当たるはずもなく、空振り三振。残り2打席。

尚史「(フォークがあったのか。それに結構落差もある。注意しないとな)」

バットを軽く振り、ホームベースを軽く叩いて、それを肩に置いた。夏目はボールをグローブに入れたまま、さっきの尚史のバッティングを思い返していた。

夏目「(確かに榊君が認めるだけあるわ。スイングだけ見たら、超高校級じゃないかしら)」

先程は1打席目だったため、相手は様子を見てくると考え、あんな緩い投球をした。

まあ手抜きをしていたと言っても間違いではない。少し相手を見下していたからだ。

夏目「(見せてあげるわ。私の本当の球を)」

夏目が振り被り、尚史が構えた。第2打席目の対決。その初球、外角への135k/mストレート。

尚史「(いけるか)」


(キィン!)


鋭いライナーがファースト方向へと飛んでいく。しかし、僅かにラインから切れてファールとなった。

夏目「(際どいストレートを完璧に合わせられた・・・・・。油断したら一巻の終わりね)」

夏目はストレート握りからある球の握り方に変えた。いよいよ夏目はあの球の使用に踏み切ったのだ。

夏目「(これを打てたら、今からでもプロに行きなさい)」

第2球目、ど真ん中の球。先程の抜いたストレートと球速自体は変わらない。球速だけでいえばだが。

尚史「(何!?)」

夏目の球は球に沈み込み、尚史のバットが空を切った。そしてスイングの勢いが強かったせいで、尚史はその場で尻餅をついた。

尚史「(・・・・・ナックルカーブだと)」

メジャーではこれを投げる投手はいるが(生まれがメジャーであるから当然)、プロでこれを投げれる投手は希少価値。

ましてや高校生には無理だと思っていた。まさか目の前に現れるとは、思ってもいなかった。

尚史「(しかしナックルカーブは、制球するのが難しい。たぶん決め球ぐらいでしか使ってこないな)」

では次は何を狙うか。当然ナックルカーブである。ナックルカーブとはいっても、変化せずただのカーブの球道になることもある。・・・・・たぶんだが。

尚史「(外れたらごめんなさいだ)」

このセリフも2回目。そう思いながら、尚史は足を上げた。第3球目。

尚史「(ナック・・・・・あ)」

内角高めの136k/mストレート。ナックルカーブのタイミングで待っていた尚史が、これに合うはずもなく空振り三振。これで2打席連続三振。残り1打席。

尚史「(クッ。こうなれば全部ストレート狙いでいく。ナックルカーブとフォークは捨てるしかない)」

3打席目、つまり最後の打席。尚史は頬に一筋の汗を流し、バットを軽く2、3回振って構えた。

夏目はボールをじっと見つめ、そして何かに軽く頷き、投球モーションに入った。第1球目、インサイドのフォーク。

ストレートを待っていた尚史は空振り。第2球目、また同じくインサイドのフォーク。これも空振り。

尚史「(完全にストレート狙いが読まれてる。しかし、ここはあくまでストレート狙いだ。もしかしたら、裏を掻いてストレートを投げてくるかもしれない)」

そして運命の第3球目、内角高め。棒球でコースも甘い。

尚史「(ナックルカーブか!)」

頑固にもストレートを待っていた尚史は、降ろしていた足をもう一度軽く上げてそれを打ちにいった。

夏目「私の勝ちね」

ボールが後ろのバックネットに転がった。夏目が天に向かって腕を延ばし、ブイサインを作る。尚史はその場に座込み、顔を俯けた。

尚史「(あれはナックルカーブじゃなかった。単なるスローボールだった・・・・・)」

3打席連続三振。当たったのは1球。あとの8球全て空振り。完全な敗北である。

尚史「・・・・・負けか」

夏目「でもよかったよ。だって榊君が認めるだけあったもん」

尚史が左手で持っていたバットを右手に持ち替え、肩に担いだ。

尚史「あの結果で?」

夏目「だってスイングスピードはプロ級だし、何より大物になる目をしてるもん」

自信満々に満ち溢れた夏目の眼。尚史は何か言い返そうとしたが、その眼を見て言う気が失せた。誰かの眼と似ていると感じたからである。

尚史「ありがとうございます・・・・・」

尚史は覇気のない声で、気持ちの入っていない言葉で返答した。夏目は「うんうん」、と言い、尚史の肩を2、3回ポンポンと叩いた。

尚史はハァとため息をつき、空を見た。雲一つない秋晴れな空が無限に広がっている。その中で尚史はまたため息をついた。









10月3日、四川ローカルズのドラフト3位に夏目 汀が、そして広島、ソフトバンク、オリックスバファローズ、グローリーズの

4球団指名を受けた榊 柊が抽選の末にグローリーズにドラフト1位で入団したことを追記しておく。




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