第8章
冷たい言葉





冷たくなった風が人の肌を吹き付けるやわらかな風。

空高くうっすらと小さく広がる巻雲。木に生い茂っていた緑の葉は、すっかり鮮やかな色彩に変化し、人々により秋を実感させた。

今年から新しく改善され、以前よりも美しくなった鳴門球場。前にも説明したが、両翼99.1m、中堅121mと前より大変広くなりナイター設備もついた。

元々この球場では、昔日本ハムファイターズがキャンプを張っていたそうだが、試合自体は行われてはいなかった。

つまりこの工事により、完全なプロ対応の球場となったのだ。その新しくなった球場で、秋の大会の決勝戦が行われた。

決勝戦で戦った高校は神城と白零大付属。夏の大会の準優勝校と優勝校との対決であった。

試合は8回の裏。スコアボードに現在までの試合の状態が表示されていた。


神2-12白


当然ながら、神とは神城を指し、白は白零大付属を指している。この日の先発は当然あおいである。そしてこの試合で先制したのは神城高校。

まず、理奈が内野安打で塁に出ると、強肩の南山から2塁を盗み、高橋の送りバントで3塁へ。

ここで、この大会で代打で登場して以来、ずっと3番を打っている尚史。

まだ本調子じゃないが、新エース 鈴江の初球内角ストレートをレフトスタンドへ第2号先制ツーラン。

しかしその裏、あおいが大神に先頭打者ホームランを浴びると、2番 和田、3番 柳谷に四球を与え、そして4番南山に・・・・・


(キィン!)


西条「(右中間!)」

西条のスライダーを上手く流し打ち、右中間を破った。走者一掃のスリーベースヒット。

それはくしくも、あおいが打たれたところとまったく方向に飛んだ。ただ違うのは、西条はスリーベースで、あおいはホームランであった。

2回から投げて、毎回ランナーを出しながらも、1失点に抑えてきた西条もとうとう打たれた。

西条「(1点で抑えられる打線じゃないな、やっぱり)」

しかし西条は8安打されながらも3失点。あおいと比べれば決して悪くない成績ではある。

西条「(とにかくこれ以上の失点は避けたいところ!)」

その気迫が通じたのか、このあと5番の赤木をセカンド併殺打に仕留め、8回の表を終えた。

しかし、白零大付属の鈴江も神城につけいる隙を与えない。そして9回の裏、ツーアウトランナー無し。

鈴江「オーライ・・・・・」

高々と真上に上がった打球。鈴江はバシッとグローブを叩き、大きく手を広げた。

球の回転数が減少し、力尽きて落下してくる打球。今、鈴江のグローブに納まった。

審判「アウトー!ゲームセット!









秋の大会から2日が経った。いつもなら試合に負けても1日もすれば、いつもの明るいムードに戻るのだが、今回は野球部全員の面持ちがまだ暗かった。

篠原「あの2人の雰囲気・・・・・」

西条「ただいるだけで凄く痛い・・・・・」

実は白零大付属に負けたことはまったく関係なかった。徳島の秋の大会は、決勝戦まで行けば自動的に四国大会の出場の権利を得られる。

だから、大敗しても四国大会には余程のことがない限り、出場できる。では、一体何が原因であるのか。それは昨日のことであった。









篠原「大成あれだな。撲つと叩くぐらいの違いだな」

西条「いやいや。夫と旦那との違いぐらいだと思うな」

篠原「例えの意味がわかんねーよ。・・・・・俺もだけどな」

やや目付きの悪い、初期の頃は存在感ありありだった神城野球部員、篠原が微笑みを浮かべていた。・・・・・今の説明で怒ってるみたいだ。

それはさておき、制服姿のいつもの2人組が部活前で足を止めた。当然ながら部活である。

昨日のテレビの事かよくわからない会話を続けながら、篠原がドアノブに手をかけた。ゆっくりと、そして僅かに扉が開いたそのときであった。

あおい「もう1度言ってみなさい!

尚史「ああ、いいだろう。あんな手抜きなピッチングでよく背番号1番つけてるな。これなら和木がつけたほうがマシだよ」

ドアの隙間から話を聞いていた西条が思わず、「俺は!?」と自分を指差したが、聞こえるわけも見えるわけもない。

篠原「(あの2人はいいんだが、あいちゃんが怒っているのは珍しい。一体何をしでかしたのだろう)」

そう、今回の喧嘩はあおいと尚史ではなく、あいも加わっているのだ。流石に篠原と西条も心配になった。

尚史「じゃあ、あのまったくノビのないストレートはなんだ。あれで手抜き以外何がある」

あおいが言い返そうと口を開こうとしたが、あいに遮られ代わりにあいが言い返した。

あい「この娘が手抜きなんてしません!それはあまりにも言い過ぎです!あおいに謝ってください!

垂れ目で、ほわほわしたオーラを放って、天然なあいが顔を真っ赤にしていた。

まるで気の弱い猫が必死で強暴な狼に立ち向かっているようだ。その狼が冷たい眼光を光らせ、そして静かに口を開いた。

尚史「甘い・・・・・」

あい「え?」

尚史「負けて、慰められてやっと頑張ろうとするなんてな甘いんだよ。そんなんでピッチャーが勤まるか」

あいもあおいも唇を閉じて尚史の方を黙ってみている。俯き、長い髪が尚史の目を隠した。

ポケットに手を突っ込み、そして振向き部室のドアノブに手をかけた。

尚史「逆境を糧に出来ない選手なんざいない方がいい

その瞬間、鞭でひっぱたいたような音が部室に響いた。ひっぱたかれたのは尚史の頬。ひっぱたいたのはあおい・・・・・

ではなく、あいだ。いつもの垂れ目とは違って、釣り上がっていた。

あい「あなたは・・・・・あおいの苦しさを何もわかっていない・・・・・」

釣り上がった目は潤んでいるが、鳴咽を押し殺してあいは言葉を紡いだ。

尚史は赤くなった頬を抑えようとはしない。あおいは姉の行動に動揺して、ただじっと黙って立っていた。

あい「あおいはね・・・・・夏の大会であなたが再起不能になって・・・・・自分がチームの柱にならなくちゃいけなくなった。

そのせいで余計なプレッシャーがかかって・・・・・とにかく、あなたみたいな冷酷な人に人の気持ちがわかってたまるもんですか!

その瞬間、また部室に鞭でひっぱたいた音が響いた。今度は逆に尚史がひっぱたいたのだ。

尚史「・・・・・」

息が荒く、普段見せない血走っているような目。尚史は叩いた後、何かを言い放った。

だが、あいには強烈な痛みのせいと尚史の思いがけない行動に動揺し、何を言っているか理解できなかった。

そして尚史本人も何を言ってるのかわからなかった。あおいも呆然としていたが、ハッと我に帰り慌てて止めに入った。

あおい「結城君!

あおいに名前を呼ばれて初めて正気に戻った。尚史は叩いた左手を一旦凝視し、そして倒れているあいを見た。

頬は赤く、顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。そのとき、やっと自分のやったことを理解した。だが後悔しても、もう遅い。

尚史「・・・・・すまん」

あい「尚史さんの馬鹿ーー!!

泣き出したあいをどうすることも出来ず、ただ尚史は突っ立っていた。

尚史「・・・・・」

吐こうとしたため息を喉に溜め込み、ドアノブに手をかけた。

尚史「(何やってんだろ・・・・・俺)」

荒々しい音が目の前で広がった。軽く考え事してる間に、足で蹴飛ばして開けたみたいだ。何か他に鈍い音もした気もするが・・・・・気のせいだろう。

尚史「何かしけた。今日は帰らせてもらう」

部室のドアを開け飛ばしたまま、尚史は今日、部室に来たときとまったく同じ道を歩き出した。

あい「うっうっうっ・・・・・尚史さんのばかぁ・・・・・」

あおい「・・・・・」

泣き崩れるあい、直立不動のまま静かに涙を流すあおい。そして蹴飛ばされたドアが顔面に直撃し、必死で痛みを堪える西条と篠原。

もはや収集のつかない状態のまま、時だけが過ぎ去っていた。









篠原「あれはマジで痛かったな」

西条「俺なんか鼻に直撃だったしな」

やや暗さを感じさせる笑みを浮かべながら、昨日の話を進める2人。しかし話が終わると、目付きのやや悪い篠原が真面目な顔をして、西条に言った。

篠原「これから・・・・・どうなるんだろうな」

西条も暗い表情を浮かべ、返事を返した。

西条「わからない。わからないけど・・・このままじゃあ、まずいよな・・・。何より結城が来てないし」

2人は顔を見合わせ、そして同時にため息をついた。ため息を吐きたいのは、2人だけではないだろう。

しかしチーム内で争いや分裂が起ころうとも、時は待ってはくれない。10月30日、四国大会が始まった。




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