第9章
危険因子





10月30日、晴れ間が広がる秋の空。気温もすっかり秋らしくなり、ユニフォーム姿でも肌寒く感じてしまう。

なんでもいいから、早く開会式を終わらせて、とっとと試合を始めくれないかと結城尚史は苛立ちながらそう思った。

尚史「(何より眠いし・・・・・)」

しかし開会式中に一人欠伸をするわけにはいかない。出そうになる欠伸を奥歯を噛み締めて堪え、出てくる涙を手短に拭き取る。

この行動を起こしているのは尚史だけでない。眠そうにしているのは案外おり、立ったまま寝ている器用な者も何名かいた。

流石に自分には立ったまま寝ることは出来ないなと思い、根性(尚史に根性という言葉は合わないが)で睡魔に負けないように、

意識を何かに集中させておくことにした。

宣誓!我々選手一同は!

この四国大会は、いつもの県大会と同じように2つのブロックに分け、選抜出場の切符を賭けて戦うのである。

基本的に3回勝ち抜けば(試合自体は4回戦までだが、決勝まで残ればその2校は確実に選ばれるため)選抜は確定したも同然である。

スポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々

神城高校は開会式が終わってすぐの第1試合。相手は私立緑川高等学校。

足と小技で点を奪い取り、手堅い守備で守り抜いて、四国大会まで勝ち抜いて来たチーム。このチームを神城高校はどう勝利することができるか。

戦い抜くことを誓います!

そして今、波乱の四国大会が始まりを告げたのであった。









「1回の表、神城高校攻撃です。1番 センター 川上さん」

?「いよいよ始まったか」

スタンドの入口に年老いた男と若い男が立っていた。年老いた男は、頭が白髪で髪は短く、頭の中心部がやや禿かかっている。

顔にシワがところどころ目立っており、顎から草の根みたいな白い髭が垂れ下がっていた。

そしてその隣の若い男は、同じ白髪だが老人とは違い、この髪は元々で、太陽に当たると輝いて見えるような錯覚を起こしそうな、

早い話それだけ綺麗に手入れされていた。若い男の名は結城 啓一。結城 尚史の1番目の兄にあたる。

啓一「4番に戻っているということは、調子が戻ったようですね」

バックスクリーンの表示を見て、啓一はやや嬉しそうに言った。それに釣られたのか、老人も少し嬉しそうな表情を浮かべていた。

?「そうじゃろうな。まあワシとしては無茶はせんことだけ祈っとこうかの」

啓一の隣で立っていた老人が、ゆっくりと腰を曲げ、ベンチに座り込んだ。その様子を見て啓一は、年は取りたくないものだなと小さく呟いた。









試合は投手戦であった。神城の先発は西条、緑川高校は吉川。

技巧派のエース 吉川は毎回塁を賑わすものの、要所を締めるピッチングで7回まで9安打無失点。

しかし西条も負けてはいない。この日は絶好調なのか、7回まで相手に3塁を踏ませぬ散発3安打無失点の内容。

しかし8回、その均衡が破れた。ワンアウト1、3塁。打順は9番の西条。

西条「(甘い球!)」


(カキィン!)


西条が打った球は、吉川の頭の上を嘲笑うかのように抜けていった。その間に3塁ランナーの和木はホームイン。打った西条は1塁でストップ。

篠原「大成!ナイスバッティング!

黒崎「あとも続けー!

西条のタイムリーは均衡を破っただけではなかった。緊張の糸が切れた吉川は、先程までのピッチングとはほど遠くなっていた。

理奈がセンター前に打つと、高橋がセカンドフライ、その後、佐々木(兄)と尚史がダメ押しとなるタイムリーをそれぞれ放ち、この回一挙に3得点を挙げた。

啓一「8回で3点リード。今の調子ならヒットすら出ないな」

啓一でなくとも、素人でも容易に想像がつくであろう。

8回の裏、この回先頭バッターの永池はショート 篠原のエラーでランナーとして出してしまうが、7番 橋本 8番 水本 9番 海老原を・・・・・。

「ストラックアウト!チェンジ!」

真奈「先輩!ナイスピッチング!

1球も掠らすことなく、3者連続3球三振。さらに9回にも3者三振で、6者連続三振の快挙を成し遂げ、神城高校は2回戦へと駒を進めた。









西条「ああ〜、今日は最高の日だった。あれだけ調子よかったのも久しぶりな気がするな」

湯気で景色を遮られる旅館の浴槽。女将さんいわく、この旅館自慢の露天風呂だそうだ。

その中で、この大会で背番号10・・・・・ではなく背番号1を貰った機嫌の良い短髪の西条は笑顔で誰に言うわけでもなく言った。

西条「次の試合の先発は間違いなく一条だな。流石に連投はないだろう」

後ろに広がる景色を堪能する西条。夕日が山の稜線にかかり、紅葉した山々の美しさを一層引き出す。

こんな綺麗で高そうな旅館をよく予約したなと疑問に思いながら、湯舟から上がった。









啓一「お爺さん。この私立讃岐高校の選手を見てくれませんか」

お爺さんと呼ばれた老人は、読んでいた本にしおりを挟み、啓一のノートを覗き込んだ。

祖父「お前さん、こんなものいつ作ったんじゃ」

ノート中身には、四国大会に参加している高校のほとんどが書かれていた。いつ調べたのか、確かに気になるところである。

啓一「まあ色々と・・・・・。そんなことよりこの小川 和博という選手。どこかで聞いたことがありませんか?」

祖父「小川 和博?はて・・・・・どこかで聞いたことがあったかのう?」

老化した脳を振り絞って、記憶を辿っていってみる。最近、婆さんに秘蔵のエロ本が見つかったこと。

今井からうちの孫の治療の要請があったこと。武久の・・・・・。武久?

祖父「武久で思い出した。あいつがいつぞや言ってたわ。どこかの馬鹿息子なんぞ目ではない。

孝道ほどではないが、いい作品にはなるとか言っておった。名前は忘れたが、小川とか言っておったわい。そいつがアンダースローならほぼ間違いないじゃろう」

啓一「ええ、アンダースローです。それもかなりものです」

祖父「じゃあ間違いないな。こりゃあ厄介じゃのう。性格は悪いが、武久の目は確かじゃからのう」

啓一は難しい顔をして、小さく唸った。しかし唸ったところでどうにもならない。

祖父は話を切り替えるために、啓一の怪我の経過を尋ねた。いつもの優しい雰囲気に戻り、その質問に答える。

啓一「今は何をしても大丈夫。まあ怪我のブランクは大きかったけどね」

祖父「ふむ。してドルフィンはどうじゃ。やっぱり昔みたいにはいかんか」

啓一はまあね、と一言だけ返事を返し、またノートに視線を返した。

啓一「(それにドルフィンはまだ完成はしていない。だが完成させるには、怪我のブランクをどうにかしないと)」

啓一は真剣な面持ちでノートに何やら書き始めた。祖父は先ほどしおりを挟んで置いた本を手に取って、また読み始めた。

尚史「うー、どうしたものかね」

尚史以外誰もいない部屋。監督が考慮してくれたのか、尚史の部屋だけ何故か単独の部屋になっていた。

当の本人は、気を使わないでいいから楽だ、とはっきり言い切った。その尚史が目の前にある黒い大きな鞄とにらめっこしていた。

黒い鞄は自分のサブバッグである。先ほどまでまったく気付かなかったが、何やらもぞもぞと動いているのだ。

尚史「どうやって入ったんだろうな・・・」

尚史はもぞもぞ動く鞄を躊躇せず開けた。

尚史「やっぱり・・・」

黒い鞄から出て来たのは、小さな黒い頭だった。首には鈴のついた首輪を巻いている。

尚史は、ご苦労さんと言って、小さな生物はにゃーと短く鳴いた。夕暮れのある旅館でのことだった。









2回戦、神城高校は和木が先発し、7回を投げて2失点。8回から西条がリリーフし無失点で抑えた。

打の方では、尚史が全打点を叩き出す、2打席連続ホームランで3得点。神城高校は3回戦進出を決めた。

そして、神城高校が戦う相手が今試合を終えた。その高校の名は









私立讃岐高校。




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