第11章
試作段階





「2回の表、讃岐高校の攻撃です。4番 キャッチャー 香川君。背番号2」

巨漢な香川が打席に立った。キャッチャーをしてるときも大きく見えたが、打席に立つとさらに大きく見える。関係ないが、あれもでかい。

「この4番と5番は、前の3人みたいにはいきまへん。心してかかりましょう」

佐々木妹がわざわざマウンドにまでやってきて、忠告してくれた言葉。別に手を抜くつもりはない。

だからといって全力投球はしたくない。肩をまたやっては困るからだ。今日の俺のテーマは、打たせて取る。どんな打者でもだ。

真奈「(打たれても、ヒットで済む確率が高いアウトローへストレート。外れてもいいから、全力で投げてください)」

尚史「(様子見ってとこだな。いいだろう)」

尚史が軽く頷き、投球モーションに入った。香川も肩に担いでいたバットを水平にし、構えを取った。第1球目、アウトローへの球威のあるストレート。

ボール球だが、香川は強引にバットを出して打ちにいった。一塁線へと大きくキレて行き、ファールとなった。

真奈「(データ通りやね。見た目と違って、外角球を綺麗に流し打ってる。秋の大会でも4本中2本がそうやったらしいな)」

真奈がマスク越しにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。真奈としてはそこに付け込む隙があると。

真奈「(好きなとこでも、上手くやれば打ち取れるんやで)」

真奈はストレートのサインを出し、内角に寄った。そして第2球目。

香川「(むっ)」

そんなに際どいところでもないところだが、あっさりと見送った。判定は当然ストライク。真奈の口元が綻ぶ。

真奈「(逆に内角はあまり好きではないんよな。まさにデータ通りや)」

第3球目。外角低めのストレート。1球目のストレートと同じぐらいの速さ。尚史としては危なく、香川としてはおいしい。

香川「(貰った!)」

しかし、球は僅かに外側へ軌道を変え、バットの先に当たった。1塁側のファールグラウンドに上がった。

佐々木守が落下点に入り、捕球体勢に入る。審判が声高らかにアウトを宣告した。

真奈「(見た目はおいしく見えても、食ってみなおいしいかわからへんで)」

尚史「(あえて好きなコースに投げさせて罠を張ったか)」

スピードを抜いたというのも効いたはずだ。これなら甘いと思って振りに来る。

しかし、それはカットボールだから詰まるというわけだ。とりあえず第一の関門は乗り越えた。・・・・・また巡ってくるけどな。

「5番 ピッチャー 小川君。背番号1」

香川と同じように右打席に入った。足場を固め、バットを1回転させ、ヘルメットをいじり、そしてはじめてバットを肩に担いだ。

一々やることが多いなと尚史は思う。

真奈「(この人は引っ張り専門で、ヒットの8割がレフトに打ってる。やっぱりここでも、あえて好きなとこへいきましょーか)」

真奈が内角にミットを構え、カットボールのサインを出した。当然スピードを抜いてだ。

小川「(絶好球!)」


(ガキィ!)


打球はショートへのハーフライナー。篠原ががっちりと捕球し、ツーアウト。

真奈「(ここまでの先輩の球数は、これで7球。このペースやったら、5回やなくて7回まで投げさすんちゃうかな)」

そんなことを考えている間に、6番の入江をセンターフライに打ち取り、この回を5球で終えた。

しかし、神城も小川の球を打ち崩せず、呆気なく3者凡退に終わった。









試合を見に行く予定だった啓一と祖父であるが、啓一が微熱を出してしまったのだ。

啓一は大丈夫だとか言っていたが、祖父が、いいから寝とけなど色々と言われ、仕方がないので急遽、二人でテレビ観戦することに変えたのであった。

啓一「気のせいか・・・今の、あれに似てたような・・・」

ほんのりと赤く頬を染めている啓一が、布団から上半身だけを起こした。しかし、祖父に無理矢理寝かされ、結局さっきと同じ体勢となった。

祖父「あの球?なんじゃいそりゃ」

啓一は手を延ばして、ボロボロのノートを取った。勢いよく開いて、あるページに差し掛かったとき、その手は止まった。

啓一「やはり・・・」

ため息混じりの言葉を発し、ノートをパタリと閉じた。そして啓一はまたテレビへと視線を戻した。

啓一「(間違いない。ドルフィンの試作段階、シャークだ。しかし何でまた、讃岐高校のピッチャーが・・・)」

頭を抑え、その答えを探してみる。そして、意外にも答えはすぐに見つかった。ヒントとなったのは、小川投手と関係のある人物。

則ち、啓一の父親、結城武久。犯人が分かった瞬間、啓一は大きな舌打ちをした。

啓一「(やられた。シャークはかなり危険な球だ。たぶん、それを分かっていながら教えたんだ)」

では何故、そんな危険な球を教えたのか。理由は簡単だ。尚史への仕返しだ。尚史が中学生のとき、父さんのある考えに俺と一緒に反対したこと。

あの恨みをまだ根に持っているに違いない。充分、尚史はその報いを受けたはずなのに・・・。

啓一「(だけど父さん。一つだけ失敗だったな)」

テレビの音が突然騒がしくなる。打席に立っているのは、神城高校3番 結城 尚史。

啓一「(シャークを最初で最後に投げたのは、尚史なんだ。だから尚史には通用しない)」

テレビの画面が突然、空を映し出した。しかし、少しずつ下がり始め、今度はレフトスタンドが映った。

そしてまた、テレビが騒がしくなる。啓一はフッと笑い、祖父が感嘆の声を上げた。









「4番 センター 川上さん」

理奈「私も4番らしく一発いくわよ!

理奈が右の袖を軽く引き、小川にバットを向けた。小川に不敵な笑みはなかった。

小川「(出合い頭で当たっただけだ。落ち着け・・・)」

香川「(まずいな。さっきの一発が尾を引いてやがる。荒れなきゃいいが・・・)」

理奈がバットを1回転させ、バットを肩の上で寝かせて構えた。右足がやや開いており、軽くリズムを取っている。

それは、シアトルマリナーズ、イチローのバッティングフォームであった。

理奈「(尚史の一発が効いてるなら・・・)」

小川が投じた。サインも気迫もノビもキレも何も篭っていない棒球が、ど真ん中に吸い寄せられる。

理奈「(初球を狙うしかないでしょ!)」

理奈の振っていた右足が前へと動き出す。バットの芯に球が乗り、右方向へ高々と舞い上がった。

ライトが全力で追い掛けるが、打球の速さには敵わない。そのままライナーでフェンスの上部に直撃し、ライトが捕球する。

セカンドへ送球したときには、理奈は3塁へと滑り込んでいた。

理奈「(あと少しでホームランだったのに・・・残念)」

「5番 ファースト 佐々木守君」

このあと、佐々木が2球目をライトへ打ち上げ、犠牲フライとなり2点目。しかし真奈が三振に終わり、4回の攻撃を終えた。









孝道「おいおい、2点も取られたぞ。大丈夫か?」

武久「あいつには通用しなかったか。・・・厄介な奴になったな、尚史よ」

親指を顎に当て、何かを考えてるような仕草を見せた。しかし、武久はすぐに不気味な笑みを浮かべた。

武久「だから俺はお前の力が欲しいんだよ」









さらに回は進み5回の裏、讃岐高校の攻撃。ここまで尚史の球数は32球。三振は0。許したランナーは、4回に当てたデッドボールだけで、ヒットは許していない。

監督の今井俊彦は、5回まで尚史、6回から西条と考えていたが、調子の良さから7回まで投げさすことにした。

それに尚史も答え、5回も3者凡退に抑えた。しかも僅か3球で。そして6回の表を迎えた。

「3番 ピッチャー 結城君」

2アウトランナー無し。小川は先ほどのホームランの影響はなく、元の不敵な笑みを浮かべていた。しかし、それもすぐに焦りに変わるが。


(キィィィン!!)

小川・香川「!?

初球外角ストレートを真芯で捕らえたが、バットの出が僅かに早かったせいか、右に大きくキレていった。

尚史「残念」

特に今の打球に悔しさはない。軽く一言を呟き、尚史はバットを軽く振った。

小川「(こいつ・・・・・)」

香川「(切り札だ。監督がフォローしてくれるから、思いっきりやれ)」

香川がマスク越しにニヤつき、小川も先ほどの不敵な笑みより、さらに不気味さが増した。

小川「(じゃあな。お前には消えてもらう)」

小川が振りかぶり、第2球目を投じた。内角高めに浮き上がってくるストレート。

浮き上がってくる様は、まるで鮫が獲物に食いつくに行く様である。そう鮫が獲物に食いつきに行くかのように。

尚史「(あ・・・・・)」

小さな音と共に、鮫が尚史の頭に食いついた。ヘルメットが吹き飛び、尚史が倒れ込む。バットがその辺に静かに転がった。

デ、デッドボール!大丈夫か、君!?

尚史は打席に倒れたまま、ぴくりとも動かない。神城高校の選手が、皆飛び出し、尚史の周りへと群がった。

それぞれが声をかけるが、目を覚ます気配はまったくない。

担架だ!担架を早く!

主審が叫んだすぐに担架は用意され、尚史は運ばれていった。怒りに震える川上理奈。しかしここで怒れば、甲子園への道が閉ざされてしまう。

何より、争いは尚史も望んでいないはずだ。理奈は下唇を噛み締め、グッと我慢した。

理奈「(見てなさいよ・・・・・。尚史に怪我させたことを後悔させてあげるわ)」




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