第14章
桜並木道





灰色に染まっていた空に小さな切れ目が生じていた。その切れ目から、太陽の光が差込み、切れ目を広げていく。

冷たい雨は止み、春らしい暖かく、穏やかな風が吹く。つい先程、少女の桜の花びらが舞い降りた。その刹那、ライトスタンドに桜が咲き乱れた。

入った!入った!ライトスタンドに舞い降りたー!!川上の逆転サヨナラスリーラーーン!!

神城高校に春来たる!!逆転サヨナラ優勝!!

高校生にしては、まだあどけない少女が笑う。ライトスタンドへ向かってを手を振り、ゆっくりとベースを回る。

マウンドには、膝をついて少年がうなだれていた。その隣には、プロテクターやレガースをつけた少年が立っていた。

特にその少年を慰めもせず、ただ立っているだけ。1塁側ベンチから選手全員が飛び出し、ホームベース付近に集まっているている。

黒髪のややショートカットの少女、平べったい顔の少年を迎え入れる。主役である少女が3塁を回り、ホームへ迎う。

理奈ちゃんすげーよ!

ナイスホームラン!ナイスホームラン!

サイクルとサヨナラだぜ!?凄すぎ!

それぞれがそれぞれの言葉を言って、理奈の頭を撫でていく。自分が女なので、頭や背中を叩かれることは無いが、逆にこっちの方が嫌な気がする。

そう思いながら、理奈は尚史の元へ駆け寄った。

「ナイスホームラン。俺には、あんな綺麗なホームランは打てないな」

そう言って、尚史は私のヘルメットを取り、直接頭を撫でる。

尚史に頭を撫でられると、どこかくすぐったく、嬉しい気分になる。どうしてそういう気分になるかは、分からない。

「並ぶないとな」

「そうね」

尚史に帽子を渡され、私たちはゆっくりと歩き出す。雨上がりの風は、やはり暖かく、穏やかなものだった。









静かな光を放つ春の月。穏やかに揺れる桜の木。静かな風に舞う花びら。それが落ちる度に、渇いた土の上が桜色に染まっていく。

目の前に広がる町の夜景。これを見るのも、もう何度目になるだろうか。小さな欠伸を噛み殺しつつ、尚史は隣にある缶コーヒーを手に取った。

「お前も、もう高校2年なんだよな。時が経つのは早いよな・・・」

「そうね」

「身長もかなり伸びたし」

「そうね」

「胸もでかくなったし」

ドムッ。そんな鈍い音ともに、脇腹辺りにかなり衝撃が襲い掛かってきた。理奈の肘打ちはかなり痛い。

理奈の攻撃は、全て痛いところをついてくる。ガードをしようとしまいとあまり関係ないのだ。

きっと理奈の前世は、殺し屋に違いない。そんなどうでもいいようなことを考える、最近ボケ気味の自分。

「あんたも変わったね。昔だったら、そんなこと言わなかったのに」

分かっている。自分の最近の言動が、妙にやばい方向に行っているぐらい。

あいに、相変わらずロリってんなとか、あおいちゃんの超貧乳を揉んだりとか・・・。

真剣に考えてみると、俺は丸くなった(エロくもなったが)。それは、1番自分がよく分かっている。

「確かにな。でも、これはこれで良いと思うぞ。人間、丸くなることは良いことだ」

理奈が小さく笑った。夜風にが吹いて、周りの木々が静かな音を立てて揺れる。俺は上半身だけ軽く伸ばし、そのまま寝転んだ。

「なあ理奈・・・」

「なに?」

「俺達ってさあ・・・」

その続きの言葉は、自分の携帯の着うたによって遮られた。ポケットから震えている携帯を取りだし、通話ボタンを押した。相手は啓一兄さんだった。

「なに?」

「いや、家に行ってもいないからな。今、どこにいるかと思ってな」

「ああ。今は・・・」

ここで俺は思う。真面目に答えるべきか。あっと驚くような嘘をつくのも面白いのではないのかと。

だが、なんて嘘をつくか。横を見る。理奈が、短い髪の毛を無理矢理片側を縛っている。とんでもない嘘を考えついた。

「今、ちょっと景色のいいところにいる。あと10分ぐらいで帰るよ」

でも、やっぱりやめた。確かに思いついたのだが、これは間違いなくシャレにならない嘘だ。なにより、バレたあとの兄さんが恐ろしい。

「理奈、帰るぞ」

「あいよ」

理奈が何故かジジ臭い言葉で返事を返して来た。何故、そんな返事の仕方なのか。

それを妙に気にしつつ、念のため尻についているかもしれない土を払った。

「(この街も変わらないな)」

この街の景色。夜も朝も夕方もどれをとってもここから見える景色は美しい。この世でただ一人愛した唯。

心を癒してくれた妹の雛。生涯のライバルと互いに認め合い、競い合った榊さん。大事な思い出はいつもここにある。

新しい始まりはいつもここからである。そして今日。また新しい思い出が増えた。そして、もう一人の妹のような存在になっている理奈。

二人を失い、冷め切ってしまった俺の心に、再び温もりというものを教えてくれた。出来れば、いや絶対にこの存在を無くしたくない。

「何のんびりしてんのよ。早く行かないと、啓一さん怒るよ」

「ああ、そうだな」

理奈が短いスカートを揺らし、その先にある並木を走り抜ける。俺は一度振り返り、その景色にしばらく別れを心の中で告げる。

理奈が、早く来いと命令してくる。夜風が木々を揺らし、花びらが美しく舞う。

夜空に浮かぶ月の光によって、薄く輝いている。その中を走り抜ける理奈は、まるで踊り娘のよう。

「(というよりガキだな)」

いきなり理奈が後ろへ振り返り、笑顔のまま、怒り皴を浮かべている。言葉に出した覚えはないが、なんとなく察したのだろう。

「あんたの考えてることはお見通しよ。何年、一緒にいると思ってんのよ」

理奈は再び前を向き、前へと歩き出した。穏やかな風が吹き、桜の木が揺れる。

まだ少し肌寒い。尚史は手をポケットに突っ込み、それで並木道を歩く。

「早く来なさいよ、馬鹿兄貴」

「今、なんか言わなかったか?」

「別に。なんでもいいから、早く来なさいって」

「へいへい」

ポケットに手を突っ込んだまま、尚史が走り出す。私も同じように、この並木道を駆け抜ける。桜の花びらが、顔や肩に当たる。

それでも私たちは気にせず、そこを駆け抜ける。空に映ゆる月は、相変わらず静かに光を放っている。







桜は終わりを象徴し、始まりも象徴するもの







川上稟司郎の娘として、頑張ってきた私







それは今日で終わる







この桜並木道を抜ければ、新たな始まりを迎える







父親との思い出を忘れず







私は、川上理奈のためだけに生きていく







それが私の決めたこと。







「頑張れ理奈。父さんは、いつでもお前のことを見守っているからな」







突如、どこからともなく父親の声が聞こえた。理奈はふと後ろへ振り返る。だが、後ろにいるのはポケットに手を突っ込んでいる尚史の姿だけ。

理奈が再び前を向く。少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、そして笑顔になった。

「うん。ありがとう、お父さん・・・」









切なく散りゆく春の花。夜空に浮かぶ月は、落ち着いた光を放ち、地上を照らす。

少年、少女が桜並木道を駆け抜ける。すぐそこにある新ストーリー。それぞれの想いを乗せて、今・・・。









照り付ける太陽。踊るように揺れる木々。鳴き続く蝉の声。耳を澄ませば、唄が聞こえる。

季節は夏。結城尚史。最も熱い最後の夏がやってくる。




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