いくら他人に興味が無いかなえとは言え朝からずっと隣の席でマイナスオーラを放たれたらさすがに滅入る訳で。

4時間目の授業が終わり、昼休みになったばかりの閑散とした教室。

学食に走っていった者がクラスの半分近くを占めており教室の中はあっけらかんとしていた。


「なあ、お前なんで今日はそんなに機嫌悪いんだ?」

「別に!わたくしはいつもどおりですわ!」


・・・いつもどおりの人間はそんな事言わない、とお決まりの台詞を言おうかと

思ったが火に油を注ぐだけだろうと思いその言葉は寸でのところで飲み込んだ。


「私は学食行くけどお前どうする?」

「今日はお弁当ですの。御独りでどうぞ」


突き放すように言う綾乃。どうやら今日は本当に虫の居所が悪いらしい。

触らぬ神に祟りなし、さっさと退散を決め込むことにしよう。 廊下でかなえを待っていた愛梨と合流すると学食へ向かう。

大体人気のメニューは昼休み開始5分程度でなくなってしまうんだが

いちいちそのために奔走するのもアホらしいのでのんびりと廊下を歩く。


「それであいつ朝からずっとそんな調子で・・・全く良い迷惑だ」


あまり言っちゃいけないと思いつつも愛梨に綾乃の愚痴を言ってしまう。

愛梨はしばらく話を黙って聞いていたが何か思いついたような表情をすると顎に手を当てて。


「あっ、それもしかして・・・」

「何か知ってるのか?」

「はい、直接の原因かは分かりませんが昨日・・・」


愛梨は昨日生徒会室で綾乃に会ったこと、野球愛好会について苦情が来ていたこと、

その事で綾乃が酷く憤慨していたことなどを話し始めた。


「あー、それはまずいな。完璧主義者のあいつにそのテの話は1番駄目なんだ」


全ての話を聞き終えた頃には学食へ到着していた。中は黒山、こんなにうちの学校には

生徒が居たのかというくらい人でごった返していた。

しかもこれの9割9分が女の子だというのだから恐ろしい話だ。


「ぐべぇっ」


ふと見ると食券売り場の人だかりからメガネをかけた男が弾き飛ばされていた。

・・・見なかった事にしよう。


「しかしこれじゃあとても飯どころじゃない・・・どうする?」

「お嬢様は席を2つ確保しておいていただけますか?あとの事は私が」


愛梨はそう言ってにっこり微笑むと黒山の人だかりの中へと飛び込んでいった。

かなえの制止する声など全く聞こえなかったようで、愛梨はすぐに人ごみの中へと消えていった。


「・・・おいおい」


大丈夫か・・・まあとりあえず言われたとおり席を確保しておこう。

運のいいことに丁度2人組の生徒が食事を終えて席を立ち上がるところに遭遇した。

今日は朝からあいつのマイナスオーラを浴び続けていたからようやく良い事が起きたのかもしれない。

1つの席に座りもう1つの席もがっちり確保。・・・と一安心していると。

隣に座っているのが女子生徒ではなく男子生徒であることに気が付いた。しかもさっきのメガネだ。


「もう部を創立して1週間以上経つのにちっとも部員が増えないでやんす」

「部員3人にマネージャー1人・・・愛好会として成立する最低ラインだな」


誰か他の男子生徒と話をしているようだが相手の顔は見えない。

だが話の内容から察するに大体何のことを話しているのかも、そして誰と話しているのかも想像できた。


「このままじゃ大会は愚か試合すらできないでやんす!」


そんな暢気な事言ってる場合じゃない。お前たちの愛好会、理事長のお孫様の逆鱗に触れて

もうすぐ潰されそうだって言うのに。やさしいやさしい私は親切心からその事を彼らに教えてやることにした。


「おいお前・・・」

「お嬢様、お待たせしました」


2人に話しかけようとしたまさにその瞬間。2人分の器を持った愛梨がかなえの隣の席へやってきた。

かなえの言葉は彼女の言葉に遮られるような形でかき消され、彼らの耳には届かなかった。


「・・・?あの、どうかなされましたか・・・?」

「あ、いやなんでもないぞ。しかしよくあの人ごみの中でカレーなんか買えたもんだな」

「はい。お嬢様のメイドですから」


またもにっこり微笑む。うわ、何か今すごく眩しかった。というかそんな事を平然と言われると何か照れるな。

カレーといえば学食では1,2を争うくらいの人気メニューの定番だ。

かなえは愛梨からトレイを1つ受け取ると、彼女と談笑しながら昼食をとることにした。

気がついたときにはさっきの2人はもう隣には居らず、その席には他の生徒が座っていた。



















綾乃は足早に廊下を歩いていた。いつも澄ましたような立ち振る舞いをしている彼女だが

今日の彼女はいつもより6割増しくらいふてぶてしい態度だった。

カツカツカツ・・・となっていた足音がぴたりと止まる。彼女は怒ったような表情で後ろを振り向く。


「何なんですのいったい!?」

「いや、別に特に何ってわけじゃないんだが」


さっきからずっと後を付けてくる人影。彼女に対してこんなことをするのはかなえだけだった。

綾乃は腕組んでこちらをじっと睨んでいる。明らかに不機嫌そうな顔だ。


「何って訳でもないのにこのわたくしの後をつけるんですか!?あなたストーカー!?」

「馬鹿言うな。今日はバイトが休みだから友達と一緒に放課後を過ごそうと思っただけだ」


ひどく憤慨している綾乃に冷静な態度で返す。それにますますカチンと来たのか

綾乃はきびすを返してまた廊下を足早に歩き始めた。もちろんかなえもそれを追う。


「それでしたらわたくし、今日は用事がありますので」

「用事って何だ?」

「かなえには関係ありませんわ」

「関係ないなら別についていっても良いじゃないか。今日は暇なんだ」

「―――っ!」


ついにキレたのかそれ以降何を言っても彼女は無視をきめこんできた。

・・・まあ、そりゃキレるよな。私だってこんな事する奴が居たら一発ぶん殴りたくなる。

どうやら自分に出来る精一杯の時間稼ぎはここまでみたいだ。あとは頼んだ、愛梨・・・

そんなことを考えながら再び綾乃のあとをつけ始めた。



















「ええ、じゃあ野球愛好会は廃部にされちゃうんでやんすか!?」

「それ本当の話なのかよ。えっと・・・」

「南條です」

「そう、南條さん」


それとほぼ同時刻。恋恋高校のグランドの端、野球愛好会が練習をしている一角に見慣れない人影があった。

驚いた表情をしているあおい、片桐、矢部、はるかに囲まれながらなおニコニコとした笑顔を絶やさない人物。南條愛梨だった。


「でも他の部の邪魔になるから解散しろだなんて・・・オーボーだよ」

「あおいちゃんの言うとおりでやんす!オイラ達だって理事長に認められた立派な愛好会でやんす!」

「・・・っつっても南條さんの言うことが本当なら相手は理事長の孫だろ?軽く捻られかねないぞ」


頭を抱える野球部一同。

確かに無茶苦茶な話ではあるが部員数も足りず、何の実績も無い野球部が強いことを言えることも無く。

相手が理事長の孫ならなおの事だ。


「でもどうしてアンタがそんな事を俺たちに?」

「私の事より野球部の心配をされた方が良いのでは?」


片桐の問いをあっさりと受け流す愛梨。確かにそのとおりなんだが・・・何かこの人

同級生とは思えないほど達観しているというか大人の雰囲気がある、とそう思う片桐だった。


「もうすぐ倉橋さんはこちらに廃部を突き付けにやってきます。何らかの策を考えないと完全にアウトですよ」


いつも通りの和やかな表情で言う愛梨。野球部一同は頭を抱える。

いったいどうしたら良いんだ?今から数分間であと6人部員を揃える?絶対に無理だ。

片桐はあらん限りの脳みそをフル回転させて策を講じていた。・・・駄目だ、考え付かない!


「あら、そちらにいらっしゃるのは野球愛好会の方々ではありませんこと?」


その時だった。すぐ近くからその声が聞こえてきたは。

顔を上げると、野球部一同から少し離れたところに金髪長髪の女の子と紫がかった蒼く長い髪の女の子が立っていた。

金髪の方は倉橋綾乃。今まで話をしていた張本人だ。彼女の陰に隠れるようにしているもう1人は南條かなえ。

かなえの姿を見るや、愛梨は手元で小さく2つの人差し指で「×」のマークを作った。

対抗策は考えられなかったか・・・これは本格的におしまいかもしれない。


「今日はあなた方にお話があってきましたの。部長さんはどちらさんですか?」

「・・・僕だけど」


あおいが一歩前に出る。その顔つきは険しい。あらまあ、といったような表情をする綾乃。


「女の子が野球だなんて・・・よほど部員が居ないんですのね」

「何の用よっ!」


嫌味ったらしく言う綾乃に対してあおいが怒鳴る。駄目だ、綾乃にはそうやって敵対心むき出しの方法は最悪なんだ。

かなえはそう思いながら綾乃の後姿を見ていた。

昼休みの事がどうしても気になったかなえは愛梨に昨日あったことを野球愛好会に話すよう言った。

そしてかなえは少しでも綾乃を足止めする。・・・だったがこんなことは最初から何の解決にもなってなかった。

根本的な対策を考えなければ意味が無いのだ。そしてその役目を野球部に託したが・・・駄目だったか。

思えばこいつら全員あんまりそういう機転が利く様には見えないしなあ。

かなえはそんな事を考えながらあさっての方向を見ていた。・・・まあ、最後の手段がないわけではないんだが。

そもそもかなえがあんなストーカーまがいの方法をとったのもこの手を使うためだった。だが、まだチャンスではない。


「ソフトボール部他より野球部が練習の妨げになっているとの報告がありましたの。

 生徒会としてはこういういざこざはなるべく減らしたいわけです・・・」

「・・・単刀直入に言ってくれ。要するに俺たちにここから出てけと?」


黙っていた片桐が口をあける。綾乃はふふん、と言った表情をするとええ、と言葉を繋げた。


「そう言ってもらえると助かりますわ。そこの彼の言うとおり。ソフトボール部は県内有数の強豪ですし、

 あなたたちみたいなお遊び愛好会がグランドに居られると迷惑ですの」

「遊びだって!?」


あおいは今にも飛び掛らんとする勢いで綾乃を睨む。対する綾乃も一歩も引く気配は無い。

場はまさに一発触発の雰囲気だった。綾乃が次の言葉を言おうとしたその時。ここがチャンスだと思った。


「じゃあ要するに野球部がちゃんと活動して強い部だったら文句無いわけだろ?」


綾乃は突然声が聞こえてきた後ろを振り返る。一同の視線が集中する。

・・・そこに立っていたのは他でもない、かなえだった。


「アンタ・・・」


片桐には彼女に見覚えがあった。

あの時、影山さんと話していたときに話に割り込んできた女の子だ。どうして彼女は・・・


「かなえ、あなた何を言い出しますの?」

「つまりはそういうことだろう?違うのか?」

「えっ、それは・・・その・・・」


かなえの冷静な態度に言葉が詰まる綾乃。もうチャンスはここしかない。かなえは確信した。


「今から野球愛好会は試合が出来るまでに部員を集め、こちら・・・綾乃が指定する高校と

 練習試合をして勝利する。そしたら愛好会の存在を認めてやっても良いんじゃないか?」


自信満々で言うかなえ。その様子を綾乃を含め一同はぽかーんといった表情で見ていた。

そして我に返ったのか綾乃はぶんぶんと首を振る。


「そんな事無理に決まってますわ!」

「やってみないと分からないだろう。それとも怖いのか?野球愛好会が成立するのが」

「な、なんですって!?」


声を荒げる綾乃。やっぱりな、お前は昔からこういう挑発に弱いんだ。

さっきから後をつけてイライラさせておいたのもこのため。普通の状態の人間はこんな馬鹿な賭けには乗らないだろう。

計算どおりと言った余裕の表情を浮かべるかなえと頭に怒りマークを何個も浮かべる綾乃。


「良いですわ、1週間あなたたちに猶予を与えましょう。ただし!

 練習試合の対戦校にはとっておきの相手を用意しますからあなたたちが万に一つ勝利することはありえませんわ!」

「よし、決まり!お前たちもそれで良いな?」


ビシッと野球部の面々に指を指す。狐につままれたような表情をしていたメンバーだったが、

あおいがずいっと前に出てゆっくりと頷いた。


「望むところよ。・・・この賭けに乗ったこと、後悔させてあげる」



















「なあ、1つ聞いて良いか?」

「んん?」


綾乃が怒ったような笑ったような不思議な表情を浮かべながら帰って行って間もなく。

片桐が神妙な表情でかなえに話しかけた。かなえは大きく伸びをしながら振り返る。


「どうして俺たちを助けてくれたんだ?それにこの間の事だってそうだ。

 俺に野球をやれと言ってくれた。アンタ一体何なんだ?」


彼の疑問は至極当然のものだった。かなえは少なくともこの野球愛好会の3人とは

大して親しいわけでもないしほとんど面識もない。彼女が彼らに味方する義理などまったくないと言っていい。

かなえはうーん、と顎に手を当てて少し考えるとぽん、と手をたたいた。


「面白そうだったから、かな?」

「・・・はぁ?」

「そんなことより私は助け舟を出しただけだぞ。お前たちはこれから残り6人部員を集めて

 試合に勝たなきゃならないんだ。私に問答している暇なんかないと思うが?」


片桐の方にずいっと寄って指を刺す。そう、本当に大変なのはこれからだ。

意地でも部員を9人まで集めて、さらにその寄せ集め集団で試合に勝たなければならないからだ。


「分かってるよ。君にここまでやってもらってそれでダメだったら恥ずかしすぎるもん」


あおいが野球道具を担ぎながら言った。その目には確かに確固たる決意が見えた。

その目はどこか遠いところを見ているように見えたのはかなえの気のせいだったのだろうか。


「そうか。愛梨、それじゃあ私たちは・・・」

「待ってくれ」


かなえが帰ろうと鞄を持ち上げたその時だった。片桐がかなえと愛梨を制止した。

んん?と言いたげに顔を傾けると真剣な表情の片桐は口を開いた。


「ここまでしてもらって厚かましいのは分かってるでも・・・」


そう前置きした上で片桐は意を決したように言葉をひねり出した。


「アンタに1つ、頼みがある」



















PHASE-04 "お人好し"



















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