昨日1日返事を待ったのには理由があった。今週のバイトは昨日一昨日入っているだけでそれ以降は休みだったのだ。

もし監督の話を受けるならそれ以降は彼らと一緒に練習ができる。

だが、実際かなえの中でまだ考えはまとまらないで居た。正直、どうするべきなんだろう。

あんななんの義理もない連中にこれ以上協力してやる必要なんてあるんだろうか。

第一、監督ってなんだ監督って。かなえは野球のルールくらいは知っているがそんなに詳しいわけではない。

そんな事を授業中にぼんやりと考えていた。窓の外には体育の授業だろうか、校庭を走る生徒たち。

ほとんどが女の子ばかりだ。男子は1人・・・2人程度か。

その時だった。かなえの頭にある考えが浮かんだのは。もしかして・・・いや、確実にそうだ。

ああ、私はこうやってまたくだらない事に首を突っ込むのか、また自己嫌悪だった。



















PHASE-06 始動



















「ようお前たち!男子生徒の数が足りないんだろう?」


開口一番。かなえが野球愛好会の面々に向かって最初に口に出した言葉がそれだった。

放課後のグランド、愛好会は集めた8人の部員と1人のマネージャーで活動を行っていた。

そこにずかずかと乗り込んでいきなりそんな事を言う人物は1人しか居ない。


「よく分かったね。僕たちまだ何も言ってないのに・・・」


あおいが感嘆の声を挙げた。確かにまだ何も言っていない。というか言う暇すらなかった。


「そんなこと、よく考えれば分かることじゃないか。この校舎の中に野球ができるだけの人数が

 居ないことくらい、1,2週間学校通ってみてれば分かる」


さも当然かのように言うかなえ。自分たちが男子生徒に声をかけまくってようやく

気づいたことを、そんなこと、の一言で終わらせてしまった。


「さて、じゃあ8人だが仕方ない。練習を始めるか。まずは・・・」

「・・・ちょっと待て待て」


そしてまたも当然かのように練習の準備を始めるかなえを今度は片桐が制する。

何考えてるんだ、こいつは。まだ監督をやるという返事ももらってないし、

そもそも無視できない問題を今議題に挙げて議論してたところだろうが。

当のかなえはというとはあ?という表情を浮かべながら片桐を睨んでいた。


「なんだ、まだ何かあるのか。ひょっとしてグローブが5個しかないとか言い出すんじゃないだろうな」

「グローブは人数分ある。そうじゃないだろ。あと1人どうするかって話だろ!」


かなえのあまりの掴みどころのない態度に珍しく声を荒げる片桐。

それを見たかなえはやれやれ、と言った表情をして人差し指を立てた。


「良いか、練習試合で人数が足りないなんてどうにでもなるんだ。

 お前たちが1週間後にやる練習試合なんてのは草野球と一緒だ」


・・・とんでもないことを言い出した。ここに居るほぼ全員があっけに取られている。ただ1人、愛梨を除いて。


「綾乃が練習試合に恋恋高校の男子生徒しか参加させてはいけないなんて言ったか?言ってないだろう。

 これが公式戦ならともかく、たかが練習試合で何をそんな深刻になってるんだ。馬鹿か?」


一同呆然。かなえの繰り出すトンデモ理論になんと返して良いか誰もわからなかった。

ただ。言ってることは間違っていない。それだけは確かだった。


「・・・ぷ。あはは、あはははは」


最初に噴出したのはあおいだった。それにつられるように他の部員たちも自然に口から

笑いがこぼれた。自分たちはさっきまで何に悩んでいたんだろう。本当に馬鹿みたいだ。


「・・・なんだ?集団ヒステリックか?」


怪訝そうな顔であたりを見渡すかなえ。ぽかんとした顔で愛梨の方を見るが、

愛梨もくすくすと笑っていてもう何がなんだか分からない状況になっていた。


「そのとおりでやんす。そんな事で悩んでオイラ達馬鹿だったでやんす」

「・・・だな。さて、練習始めるか!」


うん、とうなずく一同。野球愛好会がまとまったような一体感だった。

片桐は感じた。彼女に監督を頼んで正解だったと。そして、彼女ならもしかして・・・



















「まずはポジションの割り当てからだな」


かなえを中心にぐるりと輪になるようにグランドに立つ野球愛好会。

もう彼女が監督であることが当たり前であるかのような光景であった。


「まずこの中で野球経験のある奴は手を挙げろ」


手を挙げたのは全部で・・・5人。あおい、片桐、矢部の3人以外では大村、金澤の2人が手を挙げていた。

この2人はいずれもあおいとはるかが勧誘してきた部員だ。

それから詳しい自分のポジションや経歴の話に移った。

あおいはピッチャー、矢部は外野。いずれも中学でも同じポジションを守っていたらしい。

そして片桐。彼はピッチャーだったがつい最近キャッチャーに転向し今ではその練習をずっと続けている。

ここまではポジション確定だろう。

大村は小学生の頃近所の少年野球団に所属していた。ポジションはとくになく内野を満遍なくやらされていたそうだ。

最後、金澤はリトルリーグでピッチャーをやっていたが肩の調子が悪くなり小学校で野球をやめた。

以上が野球経験者の経歴だ。


「よし、じゃあポジションは・・・」

「あ、ちょっと待った」


かなえが思案していると、そこに片桐が待ったを賭けた。かなえはまたお前か、と言った表情で片桐を見る。


「ショートだが出来る奴にアテがある。もちろんここの生徒じゃないんだが・・・良いか?」

「そういうことは早く言え!」


だが、正直かなえは助かったと思った。ショートというポジションは高校野球において

もっとも実力のある内野手が守るポジションだ。実際プロ入りする高校生内野手のポジションを

見ていくと圧倒的にショートが多いということが分かる。そこを彼・・・曲がりなりにも全国制覇を

成し遂げている片桐の知り合いで埋める事ができるのは非常にありがたい。


「大村、お前はセカンドだ。金澤はファースト」

「経験者の金澤君がファーストでやんすか?サードにまわした方が・・・」

「メガネは黙ってろ」

「はい・・・」


かなえに一括されてすぐに小さくなる矢部。一見矢部の言うことは全うに聞こえるかも知れないが実は違う。

プロ野球などのレベルの高い組織ではファーストは一般的に守備の下手な選手、大砲が守る位置とされている。

だがレベルの下がる草野球や少年野球においてはファーストは非常に重要なポジションなのだ。

特にこの恋恋のような素人が混じるチームでは。


「ピッチャーとキャッチャー以外でもっとも多くのアウトに関わるのはファーストだ。

 そのファーストがボールをぽろぽろこぼしてみろ、悲惨なことになる」


ボールをぽろぽろこぼすような素人同然の選手はプロには居ない、あくまでレベルの高いプロの中で

守備が下手な選手が守るポジションがファーストなのだ。

ファーストというポジションの認識の違いがレベルの高低の最大の違いなのかもしれない。


「サードは山本、レフトは加藤、ライトは吉野だ。以上」


山本は運動神経のよさそうなガタイの良い男だった。

そして正直残りの2人はまったく期待できそうにない。典型的な運動音痴のタイプだろう。


「よし、じゃあ早速守備位置に分かれて練習を開始する。さっさと散れ散れ」


とは言ってもかなえがやるのはここまでで残りは完全に当人たち任せ、やることと言えば

グランドの端でふんぞり返ってアドバイスをすることくらいだった。


「君、野球のことすごく詳しいね。僕驚いちゃった」


そう話しかけたのはあおいだった。グラブをはめながらボールをぽんぽんとそのグラブに投げつける。

かなえは少し怪訝そうな顔をして。


「別に、本に書いてあったことを言っただけだ」


と、一言そう返した。あおいはふーんと言った表情を浮かべるとマウンドへと駆けていく。


「・・・お嬢様」

「分かってる。愛想が悪いって言いたいんだろ?」

「お嬢様はとても賢いお方です。わたくしと接しているときと同じように他の方とも接していただければ」

「そんなこと、できるわけないだろ・・・」


最後のかなえの呟きは愛梨には届かなかった。小さい頃からずっと一緒だった愛梨と同じように他人と接するなんて・・・

無理だ。絶対に。彼女はかなえにとって特別な存在なのだから。



















グランドを見るとはるかがボールを数個、バッグから持ち出して片桐に渡しているところだった。

これから片桐がシートノックでもやるんだろうか。まあお手並み拝見といこうじゃないか。


「よし、まずはファースト行くぞ!」


ボールを離し、バットで打つ。強い打球がファーストの方へ飛んでいった。

金澤はそれをぎこちなく捕球すると一塁ベースへと駆け込んだ。これでアウトだ。


「ライト、ファーストのカバーへまわれ。それはお前の仕事だぞ!」


かなえがグランドの端からライトへ大声でアドバイスを送る。

まさかスポーツ研究の本で読んだ知識がこんなところで活かされるとは思いもしなかった。

続くセカンドも無難にボールを処理する。さすがは経験者といったところだろうか。

ただ、経験者というだけで正直実力はその辺の学校の高校球児より遥かに劣るだろうが。


「次、サード!」


今度はサードに強い打球が飛んでいく。サードの山本はそれを何とか追い、捕球体勢に

入るもボールはグラブを弾き、転々とサードファールグランドへ転がっていった。


「・・・やっぱりな」


素人なんて所詮こんなもの。最初から分かっていたことだ。だが実際目にすると頭が痛くなってくるのも確か。

これをあと5日で試合に勝てるようにするなんて馬鹿げている。改めてそう思った。

だが、ではなぜかなえはこんな馬鹿げた事にいつまでも力を貸しているんだろう。

それは自分でも分からなかった。だが、もしこの行動に意味があるとするのなら。

彼らがあまりに馬鹿げすぎていて、放っておけなかったのかもしれない。

そう思ったその瞬間、ライト吉野の頭上を大きなフライが通過して言った。

・・・また頭が痛くなる。あんな凡フライをバンザイで見逃す、こんなチームで良いのか!?


「あら、はかどってますこと?」

「・・・見れば分かるだろ」


そこへやってきたのは他でもない、倉橋綾乃だった。

彼女はかなえを一瞥するとグランドを見やってふふん、と得意げな笑いを浮かべた。


「こんなお粗末な愛好会であの学校に勝とうだなんて・・・余程の身の程知らずですわね」

「ああ、まったくだ」


その意見には同意せざるを得ない。かなえはうんうん、とゆっくりうなずいた。・・・いやちょっと待て。今、なんて言った?


「あの学校って事は対戦校が決まったのか?」

「ええ。理事長権限でばっちりですわ」


いくらなんでも事が早く進みすぎじゃないか?たった2日であんな馬鹿な練習試合をしてくれる学校が決まっただなんて。

・・・まあ、それは今はどうでもいいことだ。

どうせ綾乃の事だからパワフル高校辺りの中堅レベルに練習試合を吹っかけたに違いない。

あのレベルになると素人集団のこのチームじゃまず太刀打ちできないだろう。


「で、どこなんだ?その学校は」

「ふふ・・・聞いて驚くが良いですわ」


妙に自信たっぷりな綾乃。なんだか嫌な予感がする。

こいつがこういう態度を見せるときは本当に自信があるのだ。それも、大概こういうときは私にとって不に作用する。









「・・・なんと、あのあかつき大付属高校ですわ!」




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