清清しい朝だった。空には雲1つ無く、澄んだ青がどこまでも続いていた。

朝のまだ少し寒い気温が肌に心地いい。かなえは家の庭で思いっきり伸びをした。

今は家の中でまだ支度をしている愛梨を待っているところだった。


「やけに遅いな・・・」


さっきまで玄関に居たはずだったんだが。何かあったんだろうか?

そんなことを考えていたそのとき、ぎぃ、と南條家の大きな玄関ドアが開いた。


「い"っ!」


かなえはそれを見たとき、そう声を出さずにはいられなかった。

玄関から出てきた愛梨は信じられないほど大きなリュックを背負っていたのだ。

よく登山家とかが背負ってるあれよりさらに一回り大きいくらいだろうか。


「ちょ、ちょっと待て。なんだそれは!?」

「何・・・と申しますと?」


ぽかんとした表情を浮かべる愛梨。いやいやいやいや、おかしいだろうその反応は。

大体そんな大きなもん背負ってて重くないのか?ここから結構距離あるぞ?


「お前の背負ってるそれだよ!何をそんなに持ってきてるんだ!」

「・・・お嬢様」


慌てるかなえに対して愛梨は至極真剣な表情をして歩み寄った。

な、なんだ?そんな重要そうな顔をして・・・かなえはわずかに動揺する。


「お嬢様が休日に外出されるなんていったいいつぶりでしょうか?」

「さ、さあ・・・覚えてないな」


そういえば最近全然外に出ていなかった。

だがそれは平日バイトをして疲れてるからで別にひきこもってたわけじゃない。本当だ、これは本当だ。


「お嬢様にもしもの事があったらわたくし、亡くなった先代に顔向けができません。

 この荷物はその時のための保険だと思ってください」

「ほ、保険?」

「はい」


ものすごく真剣な表情で返す。なんだ、何が入ってるんだ?

気になったがかなえは怖くて中身を確認することはできなかった。・・・というかこれじゃあまるっきしひきこもりが

久々に外に出てそれに親が付き添ってるみたいじゃないか!









数々の不安?を抱えながら私たちは出発した。決戦の地・・・あかつき大付属高校へと。



















PHASE-07 最初で最後の



















「よし、全員揃ってるな」


あかつき大付属高校の校門前。恋恋高校野球愛好会のメンバーはそこに集合となっていた。

かなえは辺りを見渡してそう確認した。部員9人にはるか、自分、愛梨。・・・9人?


「まずい愛梨!私は見えてはいけないものが見えてしまったらしいっ!」

「え、あら、どうしましょう・・・」

「人を勝手に殺すなぁ!!」


愛梨に泣きつくかなえを見てその9人目の部員?が声を上げた。

声まで聞こえた。これは本物だ。幽霊ってこんな朝早くにも出るんだな・・・


「俺は幽霊じゃない!片桐さん何とか言ってくださいよ!」

「・・・お前死んでたのか?」


9人目は片桐に助けを求めようとしたがものの見事に返り討ちにされ隅のほうで小さくなってしまった。

・・・ちょっとやりすぎたかな。まったく、冗談の分からん奴だ。


「ああ、紹介してなかったな。こいつは藤村、俺の中学時代の1年後輩だ。

 ポジションはショート、さしずめ今日のための助っ人ってところだ」

「・・・藤村ッス」


ふてくされたような表情で藤村はぺこっと頭を下げる。体形も良いし、これは期待できそうだ。

何より全国制覇した片桐の後輩というのが大きい。


「さて、それじゃあそろそろ時間だ。中へ入るか」


かなえはそう言うと野球愛好会の先頭を切ってあかつき大付属の敷地内へと入っていった。

愛梨は慌ててそれに駆け足で付いていく。


「先輩、なんなんスかあの女。やたら仕切ってましたけど」


かなえ達のあとに着いていきながら藤村が小声で片桐に話しかける。

片桐はまあそうだろうな、というような表情を浮かべた。


「あの子はうちの愛好会の監督なんだ。少なくとも今はな」

「えー!なんスかそれ!」


ひどく驚く藤村。当然だろう。あんな小さな女の子が監督の野球部なんて聞いたことが無い。

だが頼んだのはほかでもない、片桐自身だ。その事は藤村には話さないでおいたが。


「顧問の教師とかいないんスか?」

「うちは愛好会だからなあ、そういうのはまだ居ないんだよ」


言いながら片桐は周りを見渡す。大きく新しい校舎に整備された敷地内、大きなグランド。

明らかに恋恋より優れたあかつきのその施設は正直羨ましいと思わざるを得ないものだった。

あかつきも恋恋も同じ私立だが、そもそものレベルが違う。

あかつき大学といえば聞けば誰もが知っている名門中の名門の大学。

そこの付属の学校なのだから当然といえば当然なのだが、実際に見てみると改めてそのすごさが分かった。

・・・本当なら俺もここに来るはずだった。そんな考えが一瞬頭に浮かんだがすぐにかき消した。

そんなことを今更考えても仕方が無い。・・・あいつは、この学校のどこかに居るんだな。

と、危うくぼんやりして置いていかれるところだった。

片桐は駆け足で野球愛好会の一団へと追いつく。しかし、本当に広い学校だな。


「ここ・・・みたいだな」


かなえはすっと立ち止まる。目の前にあったのは大きなグランド、恐らく恋恋高校のグランドより大きいだろう。

ここがあかつき大付属野球部の使用グランドなのだろうか?


「あら、遅かったですわね」


ふと見ると、グランドの端、丁度木の陰になる場所に綾乃が立っていた。

綾乃はまたも不敵な笑いを浮かべるとゆっくりとこちら側へと歩み寄ってきた。


「なんだ、来てたのか」

「まあ、わたくしにはあなた方の最期を見届ける義務がありますから」


かなえの言葉に、綾乃は厭味ったらしく返した。・・・何か最近彼女が前にも増して喧嘩腰になってきているような気がする。

まあ当然といえば当然か。私たちは今、野球愛好会をめぐって対立しているのだから。


「・・・ところで対戦相手はどこだ?見当たらないみたいだが」


グランドはあっけらかんとしていて人っ子1人居ない。

野球部がまだきていないとしても他の部活が活動していても良い様なもんだが。


「それでしたら・・・ほら、ちょうど」


綾乃はグランドの反対側を指差す。

そこにはガタイの良い、野球のユニフォームを着た数十名くらいの男たちが居た。・・・とうとうおでましというわけか。


「あれがあかつき大付属野球部・・・」


その名は全国に届く名門野球部。過去5年間で夏の甲子園5回、選抜4回出場の輝かしい成績を収めている。

言ってしまえばこの県の高校野球=あかつきといっても過言ではないのだ。

一同が呆然としている中、ちらりとかなえはとある方向を一瞥した。この状況の中、1番最初に動いたのはあおいだった。

あかつき野球部のところまで駆けていき、帽子を取ってぺこりとお辞儀をする。


「今日はよろしくお願いします。僕は・・・」

「君マネージャー?部長さんか監督さんは?」


1番前に立っていた、恐らく部長であろう人物が言う。あおいは少しむっとした表情をしながら返す。


「あの、僕が部長ですけど」

「え?マジで?」


その部長と思われる人物を中心にざわざわとあかつき野球部がざわつき始める。

かなえは遠目から見ながらまあ無理もないだろうな、と思っていた。

女の子が部長の野球部とこれから試合をするなんて。相手はどう思うだろう?


「はい」


だが、あおいは少しも動じない様子でそう答える。きっとこういうことにも慣れっこなのだろう。

かなえは少しあおいがすごいと思えた。私には・・・きっと真似できないと。


「ああ、俺はあかつき大付属野球部2軍キャプテンの高島。こっちもよろしく」

「よろしくお願いします」


あおいはもう1度深々と頭を下げた。相手キャプテンの高島という男が心なしか笑っているように見えたのは気のせいだろう。



















3塁側のベンチで試合の準備を始める選手たち。かなえはそれを横目にベンチに座るとスポーツドリンクを鞄から取り出した。

目に付くのは彼ら、恋恋高校野球愛好会のユニフォーム姿。愛好会なのによくユニフォームなんてものが用意できたものだ。

そのことについては朝からずっと疑問に思っていた。かなえはスポーツドリンクを一口飲むと。


「おい、片桐」


片桐を捕まえて事情を聞くことにした。片桐はああ?といった感じの返事をしてこちらへと歩み寄ってくる。


「お前たち、このユニフォームどうしたんだ?」

「えっ!?」


片桐はあからさまにおかしな反応をとる。・・・なんだ?こいつの性格からしてこんな反応をするとはよほど何かあるとしか。

かなえは怪訝そうな表情をしてそのことを問いただすも片桐は一向に答えるそぶりを見せない。


「なんなんだ!?良いだろうユニフォームの事くらい!」

「あ!もう守備練習だ!行かないと!」


わざとらしい声を上げるとキャッチャーの防具を持ってさっさとグランドの方へと走っていった。

いや、逃げていったというような表現の方が正しいだろうか。


「なあ愛梨、あれどう思う?」

「くすくす、さあ?色々と事情があるのではないでしょうか?」


まるで何もかも見透かしているかのように返す愛梨。

長年一緒に居るがたまに彼女が何を考えているのか分からなくなるときがある。

そういう掴みどころのなさが彼女の良さ、私が好きなところでもあるんだが。

そんな事をぼけーっと考えながらかなえはノックを始める片桐の様子を見つめていた。


(・・・言えるわけないだろ)


片桐は昨日の光景を思い出す。あの、ユニフォームを貸してくれと近くの野球団に土下座して頼み込んだ自分と矢部の姿を。



















前述したような栄光のあかつきとの勝負に無謀にもかなえが挑んだには訳があった。

それは相手が今夏の甲子園に向けて猛練習の最中であろう1軍ではなく、2軍であること。

これがもっとも大きなウェートを占めていた。1軍ならまず間違いなく勝てないだろうが、

2軍相手なら勝機がないわけではない。・・・無論、かなり可能性は低いのに変わりはないとしてもだ。


「おい見たかよさっきの?女が部長だってよ」

「こりゃ楽勝だな。何で監督はこんな試合組んだんだか」


あかつきのベンチでは既にこんな会話が行われていた。

もちろん恋恋の選手たちには聞こえないのだが、完全にナメきられていることだけは確実だった。


「キャプテン、スタメンどうします?」

「相手も相手だし全員1年生にやらせてやれ。試合経験は早いうちに積んでおいた方が良い」

「分かりました」


2年生の部員がスタメンのメンバー表に1年生の名前を連ねていく。

あかつきベンチには監督もおらず、恐らく2軍キャプテンにすべてが一任されているのだろう。

だがこのとき、あかつきベンチは知らなかった。

ここまでがすべてかなえの計算どおり展開されていることも、この練習試合が思わぬ試合になるであろうということも。




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