「おいおい、お前ら何やってんだ?」


1回表が終了し、両チームがベンチへと引き上げていく。

あかつきベンチでは帰ってきた後輩に先輩たちがそう詰め寄っているところだった。


「女が部長の野球部に2点先制ってどういうことだよ」

「でも、あいつら意外と強いッスよ。あの4番のバッティング見たでしょう!?」


それに必死になって抗うも2,3年生はあまり相手にしようとしない。

とにかくさっさと追いついて逆転しろ、とつめたい言葉を投げかけるばかりだった。


「今日の試合負けたなんて言ったら監督になんて言われるか・・・地獄ノックじゃ済まないぞ」


あかつき部員一同の頭にあの千石監督の鬼のような顔が浮かぶ。

想像しただけでもゾッとしそうな光景だ。・・・負けられない、絶対に負けてはならないのだ。

そんなあかつきを尻目に、あおいはマウンドでピッチング練習を開始する。

少し低いマウンドだがこの程度ならピッチングにはなんの支障もないだろう。

アンダースローの場合他のピッチャーより余計にマウンドの調子に気を使うのだ。


「しまって行くぞー!!」


ボール回しが終わり、片桐がグランドの中心で叫ぶ。今日のあおいの調子はどうやら悪くはない。

相手がこちらをナメている中、あおいのピッチングがどこまで通用するか。それが重要になりそうだ。


(相手はピッチャーが女だからと確実にナメてかかってくる。ある程度はいけるはずだ)


かなえはベンチで腕を組んでいた。

この1回裏の攻撃、相手がどう出てくるかでこれからの試合展開が大きく変わってくるであろう。・・・しかし。

隣でニコニコと微笑んでいる愛梨を見ていると何か力が抜けてきてしまうのは気のせいだろうか。


「お嬢様、そう難しい顔をせずリラックス、です」

「あ、ああ・・・そうだな」


私はお前みたいにニコニコ笑ってこの状況を見つめることなんてできないぞ。

そう思ったが口には出さない。それが私の優しさなんだとたまに思うことがある。


「ストライク!バッターアウト!」


その瞬間だった。相手1番バッターのバットが空を切り、審判が高らかにそう宣言する。

相手バッターは首を捻りながらベンチへと戻っていく。何で打てないんだろう?そう思ってることだろう。

変則ピッチャーの1番怖いところはここだ。傍目から見ていればなんでもなさそうな

ボールでもバッターボックスで見ればまるで別の球に見えてくる。そして知らず知らずのうちに抑えられてしまう。

続く2番バッターはシンカーを引っ掛けファーストゴロに終わる。

ファーストの金澤も難なくそれをさばき、一塁を踏んだ。彼もこの数日で昔の野球感を思い出したようだった。


「3番 センター 山梨君」


いよいよここからはクリーンアップだ。ここを抑えられれば一気にあおいにも勢いがつくはず。

片桐は低めにカーブのサインを出す。とにかく低め低めに集める。それが片桐のリードだった。

そのカーブが低めへと決まる。相手バッターは少し首を捻っている。あそこでもストライクになるのか

というような具合だ。続く2球目、今度は外角へストレートを投げる。

バッターはそれに手を出すがキン、と力の無い音を上げて打球はふわりと上がる。

なんということのないキャッチャーフライだった。片桐はしっかりとそれを押さえ、チェンジとなる。


「なんだあのピッチャー!?本当に女か!?」

「おいおい、あいつら、意外と強いんじゃないか・・・?」


こんなような同様が段々とあかつきベンチにも広がってきた。

2,3年生もようやく恋恋に対する認識を改め始めたようだった。・・・意外と早く気づいてきた。

相手が対策を打ってくる前にさっさとイニングを消化しないといけない。


(そのために片桐にはストライク先行のリードをするように言ってるんだ・・・!)


かなえはベンチで爪を噛む。あかつきが動くのが早いか、それとも試合が終わるのが早いか。

この賭けに勝つには後者に賭けるしかなかった。



















PHASE-09 "差"



















試合は序盤3回裏表の攻防を終了し2−0のまま進んでいた。

あおいはランナーを1人も許さないパーフェクトピッチングで打者9人を抑えている。


「キャプテンまずいですよ。ここまでランナー1人も出てないなんて・・・」

「もう俺たちが出ましょう。1年坊主共には任せておけませんよ」


2年生の部員が高島へと詰め寄る。高島はベンチでじっと相手バッターの様子を見ていた。

ここまで高島はまったく動いていない。そう、不気味なまでに。


「・・・お前たち、あの恋恋高校野球部をどう思う?」

「えっ?」


高島は口に手を当てたままそう言う。2年生の部員は少し動揺しながら。


「どうって、あいつら結構強いですよ。正直俺たちが油断しすぎてました・・・!」


2年生部員は慌てた様子で言う。他の部員もベンチに残っている2,3年生部員は高島の方を見ている。

まるで俺たちを出してくれと懇願しているかのように。


「・・・だよな」


高島はぽつりと呟く。他の部員はまたえ?と言ったような表情をする。

納得したように頷いた彼はキッと相手ベンチの方を睨んだ。


「どうやら俺たちは一本食わされたようだ」

「ど、どういうことですか?」

「あいつらは確かに俺たちが想像してた弱小レベルにしては強い。あの女の子も

 女の子にしては良いピッチャーだ」


部員たちはあっけに取られている。だからさっきからそう言っているではないか。

そんなような表情だった。だが、高島はそれを制するように話を続ける。


「だがよく考えてみろ。あいつらは無茶苦茶強いわけじゃない。・・・あくまで"にしては"のレベルなんだ」

「・・・あ!」


そこでようやく他の部員たちも気づいたようだった。自分たちが戦っている相手の正体に。

確かにあいつらは俺たちが予想してたよりは強い。

あのピッチャーも4番も、確かに弱小校にしては高いレベルの選手だ。

・・・だが、それは幻想。高島の言うとおりだった。


「俺はさっきからあいつらの守備を見ていた。・・・だがどうもあいつらの守備はおぼつかないというか地に足が

付いていない。あのピッチャーとキャッチャーにうまく打たされているが恐らく守備は大したレベルじゃないんだろう」

「・・・じゃ、じゃあ!?」

「いくらでも崩し方はある。・・・次の回、1番から仕掛けるぞ」


ちょうどそこで4回表、恋恋高校の攻撃が終了したところだった。守備についていた1年生たちが戻ってくる。

高島は今までベンチで話していたことを彼らにも一通り話す。


「まずは相手の守備を揺さぶる、そしてこの回誰か1人出ろ。・・・試してみたいことがある」


はい!と大きな声を上げる1年生。さあ、ここからが本当の勝負だ。

高島はベンチに座った。相手・・・誰かは知らないがこの作戦を考えた奴は多少頭が切れる様だ。

だが、それだけでは名門あかつき大付属に勝つことなどできないということを分からせてやる。

高島は1番バッターを送り出すと、ベンチでにやりと不敵な笑みを浮かべた。



















「何か・・・話してたみたいですね、あちらさん」

「ん・・・この回あかつきは1番からだ。仕掛けてくるか・・・」


愛梨の言葉にこくりと頷く。もう何かやってくるつもりだろうか?

だとしたらこの回がポイントだ。ここで相手にどう思われるかが最大のポイントとなる。


「この回絶対に0に抑えろ」


ベンチから出て行くあおいと片桐に言った言葉はそれだった。

2人は当たり前だろ、というような表情をして頷くとマウンドへと駆けていった。・・・何か嫌な予感がする。


「早川、南條が言ってたことだけど」

「え?0に抑えろって事?」


ピッチング練習が終わった後、片桐はマウンドへと駆け寄っていっていた。

片桐もかなえと同じく何か嫌な予感を察知していたのかもしれない。自分でもそれは分からなかった。


「何かしてくるかも知れない。この回は特に慎重に攻めよう」

「分かった。僕に任せといてよ」


片桐は内野をぐるりと見渡す。肩をまわしている金澤、直立不動の大村、あくびをしている藤村、足場をならしている山本。

何かしてくるなら彼らの動きが重要になってくる。


「内野、しまっていくぞ!」


大声で叫ぶ。何事かと思ったのか藤村はしていたあくびが途中で止まってしまった。


「な、なんなんすか!?」

「お前があくびなんかしてるからだろ!」


へーい、という気のない返事が聞こえてくる。・・・あいつはあれでも大丈夫だろう。

だが問題は他の内野だ。特に素人同然のサードはかなり危ない。

まさか敵にまだそこまではバレてないだろうが。片桐はマスクをかぶってホームへと座る。

1番バッターが左バッターボックスへと入った。とりあえず1球目は外角へ外して様子を見よう。

片桐のサインにあおいはこくりと頷く。大きく振りかぶって第1球目。

外角へストレートが・・・しかし。ストレートはわずかに内角に入ってきてしまう。


(しまった!)


打たれる、と思った。だが、1番バッターはそこからなんとバントの構えをしてきた。

セーフティバントだ。こん、と力のない打球が三塁方向へと転がっていく。


「あおい!お前が処理しろ!!」


ベンチでかなえが思い切り叫ぶ。突っ込んできたサードを制し、あおいが捕球して一塁へと投げる。

だが、既にランナーは1塁ベースを駆け抜けてしまっていた。


(ちっ、やっぱり仕掛けてきたか!)


かなえはベンチで歯噛みをした。この試合初めて許したランナー。

そして、ここから最大の"懸案事項"が生まれてくる。そう、片桐の抱えている問題・・・

予想通りランナーは1球目に走ってきた。高めに外すが片桐は二塁へ送球することができなかった。


「くっ・・・!」


今度は片桐が歯噛みをする。・・・投げられない。投げられないんだ、まだ。

二塁へ正確に送球することができない。もし投げて暴投したら取り返しのつかないことになる。


「キャプテン、あのキャッチャー投げませんでしたね?」

「ああ・・・」


そしてこの事は確実に高島に疑念を持たせた。何かある。あのキャッチャー。

何かまだこちらに隠していることがあると。高島は次の作戦へと出る。


(ノーアウトランナー2塁・・・だが、ヒットを打たれなければ点は入らない!)


片桐はシンカーのサインを出す。あおいがセットポジションからシンカーを投げる。

だがわずかに外れボール。この試合初めてのセットポジションにあおいも多少戸惑っているようだった。


「ボール!フォアボール!」


結果的にあおいは1−3からフォアボールを出してしまった。・・・まずい、流れが相手に行きかけている。

続く3番バッターは確実に送りバントを決めてきた。三塁前へ勢いを殺した完璧なバント。

これが名門校で経験をつんでいるバッターのなせる業なのだろうか。


「4番 ファースト 西浦君」


さっきはなんとも思わなかった4番バッターがとんでもなく強力な打者に思えてくる。

落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせるがあおいは完全に動揺していた。

セットから1球目、サインは低目へのカーブだったがわずかに高めに浮いてしまう。

西浦はそれを見逃さなかった。それを思い切り強打すると打球はライトへ高々と上がっていく。

ライトの吉野がそれを追う。しかし素人同然の吉野にこの打球をさばくのには無理があった。

打球は吉野の頭上を超え、ライトの深いところを転々とする。

その間に二塁ランナー、三塁ランナーがホームイン。西浦も二塁へと到達していた。




・・・あっという間に同点にされてしまう。かなえはそれを黙ってベンチで見ていることしかできなかった。



















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恋恋高校野球愛好会2000 2
あかつき大付属2軍0002 2





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