授業が終わり、放課後になる。閑散とした教室で片桐はうん、と背伸びをした。

今日も今日とてこれから河原のグランドで練習だ。はりきってやらないと。

日は進み、もうゴールデンウィーク前だ。ゴールデンウィークに入ってもあおいの事だから練習はやるのではないだろうか。

いや、もし矢部辺りが嫌だと言ったとしても1人でもやるはずだ。

片桐がそんな事を考えながら鞄に荷物をつめていたときだ。なにやら教室の前が騒がしい。


(矢部がまた何かやってるのか・・・?)


そんな疑念を抱きながら鞄を持ち、席を立つ。教室の前には数人の男子生徒が立っていた。

見知った顔だ。何せこの学校の全男子生徒と片桐は面識があるのだから。

彼らはあんなところで一体何をやっているのだろう。片桐は1番教室側に居た男・・・

忘れもしない、あのタイムリーを放った金澤に話しかけることにした。


「よう、久しぶりだな」

「あ、片桐。ちょうどお前を待ってたところなんだ」

「俺を・・・?」


片桐は首をかしげる。あれ以降彼らとは何のつながりも持っていないはずだ。

その彼らが何か用事があるという。一体何なんだ?今度は俺に何か部活の助っ人を頼もうとでも言うのだろうか。


「片桐、俺たちを野球愛好会にもう1回入れてくれないか?」

「え・・・?」


今なんて・・・?とその言葉が続かなかった。野球愛好会に入れてくれだって?

どういう風の吹き回しだ。この数週間、ずっと何も言って来なかったのにいまさらになって。


「それはもちろんかまわないが・・・良いのかよ」

「俺たち話し合ったんだ」


5人の中の1人・・・山本が言った。他の4人もうんうんと頷いてこちらを見る。


「男子の居る部活は野球愛好会だけだし・・・それに」

「それに?」


片桐は怪訝そうな顔をして彼らを見る。彼らの顔は数週間前のあの試合の時と何も変わっていなかった。

決意に満ちた・・・そんな顔をしていた。


「あの試合のとき思ったんだ。野球って面白いなって」

「だから俺たち、野球をやる事に決めたんだ。良いだろ?」


5人はそう言って片桐に迫ってくる。男に迫られるというのはあまりいい気分じゃないが・・・

今回は別だ。野球をやってくれる?上等じゃないか。こっちとしては願ってもないことだ。

片桐は顔には出していないが内心ものすごくうれしかった。彼らが野球をやる気になった事もそうだが、

野球を面白いと思ってくれたことがたまらなくうれしかった。

彼らとなら・・・野球愛好会で甲子園を目指せる。そうとすら思えた。


「もちろんだ。ようこそ、恋恋高校野球愛好会へ」



















PHASE-15 集う仲間たち



















新たに加わった部員5人を引き連れていつも待ち合わせている正面玄関前へ向かう。

きっとこんな事になったと分かったら矢部もあおいもはるかも驚くことだろう。

片桐の足取りはいつもにも増して軽かった。こんなにうれしいことがあるだろうか。


「片桐く・・・え?」


玄関前に着くと開口一番あおいが片桐に声をかけた。そして案の定途中で声に詰まる。

もちろん後ろの5人を見て、だ。続いて矢部とはるかも驚きの表情を浮かべた。

片桐は5人が野球愛好会に入部したという旨を3人に話した。すると。


「やったでやんす!これで部員8人でやんすよ!」

「もちろん大歓迎だよ!」

「こんなことってあるんですね・・・」


それぞれがそれぞれの言葉で彼らの入部を祝福した。5人ともへへへ、とはにかんだような表情を浮かべている。

この感じ・・・まるであの試合のときに戻ったみたいだった。

あの時、間違いなく俺たちはチームだった。そして、チームは1つになっていた。

・・・だが、足りない。ここにはまだ足らないものがあった。

片桐にはそれが何だかよく分かっていた。だが、口には出さない。出せなかった。


「さて、それじゃあ河原へ行こうか」

「河原?」


5人の中の1人・・・大村がそう口にした。いきなり河原と言われても分からないのも当然だろう。


「オイラ達、今は河原のグランドを借りて練習してるんでやんす」


矢部がキリッとした表情で言う。まるで後輩ができたかのようで 少し責任感がでてきた、といったところだろうか。

矢部もいつもに増してやる気になってるみたいだった。

野球愛好会は河原のグランドへと歩き出した。今日はいつもの4人じゃない・・・9人で。



















部員が8人になったことでグランドを広く使うことができるようになった。

ショートが居ないもののそこは何とか補ってやっていくことでノックや本格的な連携練習もできるようになった。

これは今までとは本当に大きく違う。


「次、センター矢部行くぞ!」


片桐の放った打球がぐんぐんと伸びていく。矢部はそれを一目散に追っていくと

落下地点へとしっかり入り、ボールを捕球した。他の部員は「おー」といった具合に拍手をする。


「ふふふ、今日のオイラは一味違うでやんすよ」

「やる気が出るのは分かるけど飛ばしすぎるなよー!」


片桐のそんな声に周りから自然と笑みがこぼれる。良い感じ・・・良い感じのチームだ。

これが愛好会であり、グランドの使用すら認められていないのがもったいなく感じるほどに。

数週間前に少し練習したとはいえ新加入した部員5人はブランク持ちと素人ばかり。

やる事はいくらでもあった。そして、あの試合のときからまた時間が空いているので

動きが試合のときよりも悪くなっている。やはり間隔を空けると駄目だということだろうか。

そのときだった。投球練習場で投球練習をしていたあおいの動きがぴたりと止まった。

片桐は不審に思いあおいの方を見る。どこか一点を凝視しているようだった。

その方向をたどってみると・・・意外すぎる人物がそこには立っていた。


「倉橋、綾乃・・・」


そう、河原の上にあの倉橋綾乃が立っていたのだ。一体何をしているんだろう。

いくらなんでもこのグランドの使用を止める権限は彼女にだってないはずだ。

それでは彼女はあんなところで何をしているのだろう?

片桐がそう思っていると、彼女は河原を降りてグランドの方へやってきたではないか。


「ちょっと練習ストップ!」


片桐はそれだけ言うと持っていたノックバットを置いて彼女・・・綾乃の方へと歩いていく。

それに同調するようにあおいとはるかも彼女の方へ歩いていった。


「・・・何の用だ」

「あら、随分と怖いお顔ですこと。そう睨まないでください」


彼の言葉に綾乃はまるでそれを意に介さないかのように言う。

そして後ろ髪をすっと掻き分けると、きょろきょろと河原のグランドを見渡した。


「こんなところで練習されてたんですの・・・」

「そうよ!なんか文句ある?」


今度言ったのはあおいだった。どうしてもこの女の子に対しては喧嘩腰になってしまう。

それはそうだ。そもそもこんなところで練習しているのは彼女のせいなのだから。

野球愛好会が綾乃を嫌っていても仕方ない。だが。


「今日はこんな嫌味を言いに来たのではありませんわ」


綾乃の方は喧嘩腰ではなかった。まるで今までのこと・・・あの試合を含めて。

すべてなかったかのような表情と態度で野球愛好会のメンバーと接していた。


「じゃあ・・・なんなの?」


あおいが言う。綾乃は何かを鞄から取り出すとこほん、と咳払いをした。

取り出されたのは・・・紙のようなもの。何か文字が書いてある。何だというんだろう。


「生徒会で正式に野球愛好会のグランド使用が認められましたのでそれをお知らせしにきました」


「・・・は?」

素っ頓狂な声を上げてしまう一同。綾乃のすまし顔に比べてずいぶん間の抜けた表情をしているだろう。

・・・なんだって?

よく聞き取れなかったがグランドの使用がどうとか言っていたような気がする。片桐は自分の耳を疑った。認められた・・・?


「み、認められたってどういうことだよ!」

「どういうこともこういうことも、そういうことですわ。おめでとうございます」

「そんないきなり何なんでやんすか!?」

「ちょ、ちょっと待って!」


明らかにテンパっているメンバーにあおいが止めに入る。片桐もあおいも矢部も・・・

そして新しく入った5人も状況がまったく飲み込めてなかった。


「グランドの使用が認められたのは分かったよ。でも、どうして?僕たちは賭けに負けたのに」


あおいが皆の言葉を代弁するかのようにそう言った。そう、1番聞きたいのはそこだった。

賭けに負けたのにこれでは道理が通らない。そもそも今何が起きているのかすらまったく理解できなかった。

綾乃は相変わらずにいたって当然というような顔をしながら話を始めた。


「確かにあなた方は試合には負けました。しかし、あなた方はあのあかつき大付属に

 わずか1週間であそこまでの接戦を演じられるチームを作った」


綾乃の表情は真剣だった。かなえの言葉に憤慨していた綾乃とはまるで別人のよう。


「そこを我々生徒会は評価し、期待を込めて今回の処置を取らせて頂いた訳です。これでお分かりかしら?」

「・・・・・・」


ようやく、段々と状況が飲み込めてきた野球愛好会の面々。

つまり超法規的措置ではあるが、野球愛好会は生徒会に認められたということだ。

とは言われてもまったく実感が沸かない。なぜならあの試合に負けたとき、彼らはグランドの使用など完全に諦めていたからだ。

それが今になって突然認められたといわれてもうまく飲み込めないのも当然だろう。しかし。


「やった、やったぁ!皆さん、喜んで良いんですよ!?」


ぽかーんとしているメンバーを尻目に最初にそう言ったのははるかだった。

そう、これは喜ぶべきこと。だがあまりに突然のことで何が起こったのかわかっていないのだ。

しばらく呆けていたメンバーだが、段々と状況を飲み込めてくるにつれ彼らの顔は喜びの表情へとそれを変えていった。

そしてその紙を綾乃から受け取ると、食い入るようにそれを見つめる。確かにグランドの使用が認められたと書いてある。


「オイラ達、これで学校で練習できるんでやんすね!?」

「本当に本当なの!?」

「ええ、おめでとうございます」


そしてその言葉を聞いた途端、爆発したように喜びの輪が広がっていく。あおいも飛び跳ねて喜んでいた。

認められた・・・それがあおいには特別うれしかったのだろう。もともとこの野球愛好会を立ち上げたのは彼女だ。

たった1人で愛好会を立ち上げ、ようやくここまで来た。1番このことを喜んでいるのは間違いなく彼女だろう。

だが、それは片桐も同じこと。学校のグランドで練習できるということは今とは比べ物にならないくらい環境もよくなる。

・・・しかし。片桐は何か釈然としないものを感じていた。

それが何か。今の片桐には分からなかった。だが、直に分かることになる。

そのことをまだ片桐は知らなかった。そう、何も知らなかったのだ。

このグランド使用が認められた事の裏にある思惑も、そしてこれから彼らに降りかかるであろう数々の出来事も。




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