誰かが泣いている・・・声を聞くと小さな女の子のようだった。

長い髪が特徴の女の子は部屋の真ん中、机に伏せってわんわんと見境なく泣いていた。

そして・・・それを宥めている女の子が1人。彼女は困った顔で泣いている女の子をさすっている。


「もう泣くなよっ・・・な、クッキー食べるか?」


女の子は伏せたままぶんぶんと首を振る。もう1人の女の子は相変わらず困った顔をして

手に持ったクッキーをそっと皿の上に戻した。部屋はまるで何かのパーティをしていたかのように

飾り付けられ、テーブルの上にはジュースとたくさんのお菓子が置いてあった。

この時、彼女は泣いている女の子になんと声をかけたら良いのか分からなかったのだ。


「元気出せって、また会えるから」


気休めの言葉を投げかけるも女の子はまだ泣き止まない。いったいどうしたら良いんだろう。

その時の彼女には理解できなかった。彼女がどうしてこんなに泣いてるのか、それさえも。


「またっていつ?」


ようやく女の子は顔を上げ、か細い、今にも消えてしまいそうな声でそう言った。

その質問にもう1人の女の子はあからさまに困った表情を見せる。そんなこと、分からなかった。


「いつ・・・って、将来だよ将来!」

「嘘!会えてもきっとかなちゃん、私のことなんて忘れちゃってるもん!」


取り繕うように言った言葉はあっという間に返されてしまった。

女の子はしゃくりを挙げながら必死にそう言葉を搾り出す。彼女に本当に伝えたい言葉を。


「忘れない、忘れるわけないだろ」

「じゃあ・・・約束して・・・」

「約束?」


ようやく泣き止んだ彼女は上目遣いでもう1人の女の子を見ながら言う。

そして自分のポケットの中から小さな・・・キーホルダーのようなものを取り出した。

そのキーホルダーは紅と蒼の2つの珠のような小さなもの。そのうちの1つ・・・

紅い方を手に取ると、もう1人の女の子に向けてそれを差し出す。


「これ・・・お前がずっと大切にしてた・・・」


そう、それは彼女が肌身離さずずっと大切にしていたキーホルダーだった。

少なくとも女の子の知る限り、彼女がそれを持っていなかったことは記憶にない。


「1つ、かなちゃんにあげる。ずっと大切にしてて・・・次、会うときまで・・・」


泣いて赤く腫れた彼女の目をじっと見る。その目はまっすぐにこちらを見つめていた。

その真剣な目を見て嫌だとはとても言えなかった。彼女はその紅いキーホルダーを手に取る。


「分かった。ずっと大切にする。だからお前も・・・私の事忘れるなよな」

「忘れないよ・・・絶対」


そのとき、女の子は今日はじめて笑顔を見せた。大泣きした後のくしゃくしゃの顔で無理矢理笑顔を作って。

でも、最後くらいは彼女に笑顔を見せたかったのかもしれない。

それを見て、もう1人の女の子もにっこりと笑い、彼女の手をとった。



















PHASE-17 追憶と



















―――何か夢を見ていた気がする。しかしぼんやりと霧がかかったように内容までは思い出せない。

良い夢だったのか悪い夢だったのか、それすらも思い出せなかった。

そのぼんやりとした頭のままかなえは着替えと身支度を済ませ、自分の部屋を出て行った。

部屋を出ると朝食の良い匂いがする。いつものように愛梨が朝食を作ってくれているからだ。

かなえは重い足取りで階段を下りると、食堂へ繋がる大きな扉を押した。


「おはようございます、お嬢様」

「おはよう。ふぁあ〜」


部屋に入ったところで大きなあくびを1つしてしまう。いつもの席に着くと、

まずコップに入っていた牛乳を一気に飲み干した。ことん、と空になったコップをテーブルに置く。


「どうかなさったのですか?」

「・・・今日は何か変なんだ。変な夢でも見たかな・・・」


愛梨の問いかけに答えながら朝食を口に運ぶ。愛梨はそうですか、とくすくすと笑いながら

今度は冷たい水をかなえの前に差し出した。かなえはそれを手に取ると。

また一気に飲み干してしまった。・・・異常に喉が渇いているわけでもないんだが。

朝食を食べ終え、学校へ向かう準備をする。教科書を鞄につめているとまたさっきの夢の事が気になってきた。

いつもはこんなに夢を気にすることもないかなえだが今日ばかりはどういうわけか忘れかけた夢が気になって仕方なかった。

家を出て、登校する途中もそれは変わらなかった。ぼうっと考え事をしながらいつもの通学路を愛梨と共に歩く。

いったいあの夢はなんだったんだろう・・・その時だった。どん、と何か・・・いや誰かにぶつかってしまった。

朝っぱらから私は何をやっているんだろう、とますます嫌になる。

・・・今はそんなことを考えてる場合じゃなかった。相手はどうなったんだろう。

相手の方を見ると、相手は豪快に尻餅をついていた。軽く当たった程度だったのに。


「す、すまん!大丈夫か?」


とはいえ相手をぶっ飛ばして尻餅までつかせてしまったのだ。一応人として最低限のことはやっておかないと。

かなえはここでそのまま素通りしていくほど素っ気無い人間ではなかった。


「いたたたた・・・」


相手の方はそう言いながらお尻をさすってゆっくりと立ち上がる。

よく見るとなんと恋恋の制服を着ている女の子ではないか。・・・いやちょっと待て。

同じ学校に向かってるのに登校中に真正面からぶつかるなんて事はありえないぞ。


「こちらこそごめんなさい・・・」


その女の子は自分の足元を見ながら視線をこちらに移した。そのときだった。

女の子は信じられないといった表情をしてかなえの方を指差したではないか。


「か、かなちゃん・・・?」

「は・・・?」

「かなちゃん!かなちゃんだよね!?」


突然変な呼び方で名前を呼ばれたかと思うと女の子はかなえの手をとって上下にぶんぶんと振った。

当然かなえは訳がわからない。いったい、今自分の身に何が起きたのか。


「うわぁ、かなちゃん久しぶり〜!昔と全然変わってないから驚いちゃった!」


だから何を言ってるんだ。相手に聞こえないように頭の中で言う。

相手の女の子は女の自分から見てもかなりかわいい女の子だった。

黒髪のショートヘアー、背はかなえより少し大きい程度。そして彼女はかなえのことを知っているという。


(訳が分からん・・・)


こんな子は見覚えがない。この女の子には申し訳ないがまったく記憶にないのだ。

どうしたものだろうか。正直にあなたは誰ですかと聞くのも失礼な気がするし・・・


「かなちゃん・・・?どうしたの?」

「あ、いや、その、なんだ・・・」


口をぱくぱくとするが何も言葉が出てこない。それはそうだ。

相手が誰なのかまったく分からないのだから。誰か助けてくれ、そう叫びを上げたそのとき。


「伊織さん、お久しぶりです」


今まで一部始終を見守っていた愛梨が後ろから助け舟を出してくれたではないか。

伊織・・・かなえはその名前を聞いた途端頭の中に懐かしい光景がフラッシュバックしてきた。

そう、伊織という名前に彼女は心当たりがあったのだ。


「伊織!?お前、伊織なのか!?」


先ほど彼女はかなえに対して全然変わってないと言った。だが彼女の場合はまったくの逆だ。

変わりすぎてかなえは彼女が誰なのかさっぱり分からなかった。

昔は長かった髪は今はばっさりと切られており、顔も昔の面影が多少残っている程度だ。それに・・・


(変わりすぎだろ、胸・・・)


思わずそこに行った視線を慌てて逸らす。伊織の胸はかなえと比較するのがかわいそうになくらい

大きくなっていた。昔は同じくらいだったのに!当然の話だが。


「あー!かなちゃん、私のこと忘れてたでしょ!?」

「わ、忘れてたわけじゃないっ!お前が変わってて誰だか分からなかっただけだっ」


迫ってくる伊織に対してかなえはあさっての方を見ながら弁解する。

我ながら苦しい言葉だとは思う。しかし頭の中が真っ白になってなんと言って良いのか分からなかったのだ。


「私、そんなに変わったかな・・・?」


伊織は突然悲しそうな顔をしながらそう呟いた。しまった、今の言葉はあまりに無神経すぎたかもしれない。

彼女の気を何とか宥めようとかなえは彼女の両肩に自分の手を置いた。


「ごめん、その、突然のことで私も何が何だか分からなくて・・・」

「くすっ」


かなえがそんな言葉を捻り出していると、伊織の方はわずかにそう笑った。

そしてにっこりと笑うとまっすぐにかなえの方をを見つめて。


「やっぱり、かなちゃんは全然変わってないね」


と、そう微笑んだ。かなえはなんだかとても恥ずかしくなり彼女の両肩を掴んでいた手を離す。

・・・思い出した。同じだ、彼女も昔と何も変わってなかったのだ。

かなえの思い出の中に居る伊織はいつもこんな表情をしていた。きらきらと笑っていたのだ。


「バカ・・・」


かなえの口から出てきたのはそんな言葉だった。その言葉が自分に向けられたものなのか、

それとも伊織に向けられたものなのか。かなえ自身にもそれは分からなかった。



















宮橋伊織とは小学校の頃、よく遊んだ友達だった。家が近所だったころもありすごく仲がよかったということを覚えている。

明るく、みんなに好かれるような、そんな女の子。かなえの記憶の中の彼女はそんなイメージだった。

だが親の仕事の都合で突然引っ越すことになり、以降はそれっきりになっていた。

それがこんな朝に、こんなところで再開を果たすなんて誰が予想しただろうか。


「街にはいつごろ帰ってきたんだ?」

「私が帰ってきたのは一昨日の土曜日だよ。昨日は色々忙しくって・・・」


恋恋高校への道を伊織と愛梨と3人で歩く。恋恋の制服を着ているのだから目的地は同じだろう。

・・・学校とはまったく間逆の方向に歩いていたのは何かの間違いだと思うことにする。

伊織は昔からこうだった。肝心なところが抜けているというか、なんというか。


「それにしたって学校と真逆の方向に歩いていくのはないだろ」

「だってだって、今日学校行くの初めてだし、わかんなかったんだもん・・・」


そう言ってむくれる伊織。かなえはそんな表情の彼女を笑いながら見ていた。

そういえば昔もこうやって迷子になった伊織をあやしていたような、そんな気がする。

そしてその2人を相変わらずニコニコ笑顔で見守る愛梨。今日の登校はずいぶんとにぎやかなものになった。


「これからはまた一緒に学校行ったり遊んだりできるね、かなちゃん!」


そう嬉しそうに飛び跳ねる彼女はとてもかわいらしかった。

だが、何か大事なことを忘れているような気がする。それはかなえが彼女に会ってからずっと抱いている疑念だった。

何かといわれれば分からない。もやもやとした、得体の知れないもの。そうとしか表現のしようがなかった。

何か・・・とても重要なこと。それが何なのか、まるで今日の夢のように何も思い出せない自分がもどかしかった。




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