合宿最終日。午前中は今までどおり練習を消化していき、昼食をとった後いよいよ練習試合の時間となった。

久々の実戦に選手たちは皆そわそわした様子だ。


「片桐君、4ヶ月の練習の成果を見せるときが来たでやんすね!」

「そんな大層なもんじゃないだろ・・・」


たかが練習試合、されど練習試合。真剣勝負であることに変わりはなかった。

昼食後に合宿所のグランドに出ると、相手チームが既に試合に向けた練習を開始していた。


「いやーどうもどうも。今日はよろしくお願いします」


相手チームの監督がそう言って帽子を取って頭を下げた。

非常に丁寧な人物という印象を受ける中年男性の隣には色の黒い、選手らしき人物が1人立っていた。


「彼がそちらへ貸す部員です。ショートでよかったですよね?」

「え、ええ」


加藤がゆっくりとうなずく。監督に挨拶をしろと促されてその選手は一歩前へと出てくる。

そして帽子を取りゆっくりと頭を下げると。


「さわやかなみのり高校1年、丘です。よろしくお願いします。るらら〜」


挨拶をし終わったかと思うと、いきなりるらら〜などとリズムに乗って歌い始める丘。

・・・ずいぶんとフランクな生徒のようだった。


「・・・ふざけてるのか?」

「ふざけてる?僕はいつでも大真面目さ〜」


丘はそう言いながらまた小躍りをし始める。選手一同唖然としていた。何なんだこの選手は・・・と言いたげな目をする一同。

そこにかなえがごほん、と咳払いをして割って入る。丘はぴたりと踊っていた(リズムに乗っていた?)動きを止めた。


「あのなあ、お前こっちの選手になったからにはこっちに合わせてもらわないと困るんだが」

「分かってる分かってる。僕の華麗なプレーを見れば気も変わるって」


・・・全然分かってないみたいだった。かなえははぁ、とため息をつく。

ただでさえ面倒なチームなのにこれ以上面倒ごとが増えるのは御免だ。

だが彼が居ないと試合が成立しない以上受け入れるしかない。


「しっかりやれよ」


最後に言った言葉がそれだった。それはもう何を言っても無駄だとあきらめてしまったかのような言葉だった。



















PHASE-24 あれから



















スターティングメンバーはあかつき大付属戦と同じ。特に変えることはないとかなえが判断したためだ。

唯一変わっているのは3番ショートが藤村から丘になっているという点のみ。

選手たちは試合前の挨拶のためにホームの前に一直線に並んでいる。

その様子をかなえはベンチにすわり、うちわで自らを扇ぎながら見ていた。


「あぢぃ〜」


まだ始まってもいないというのに既にグロッキー状態のかなえ。

合宿4日分の疲労が一気に来ているのだから無理もない。だが監督として倒れるわけにはいかなかった。


「お願いしまーす!」


選手たちが例をして、後攻のさわやかなみのり高校の選手たちがグランドへと散っていく。

1番の矢部がバットを持ってバッターボックスへと歩いていった。


「特に作戦は出さないのですか?」

「作戦も何も相手のことが何も分かってないからなあ・・・とりあえず1巡するまでは様子見だ」


愛梨の言葉にスポーツドリンクを飲みながら返す。相手ピッチャーはピッチング練習を見る限り

平均的な1年生投手という感じで特段打ちづらいというような様子は見受けなかった。

とにかくこの暑さ、疲れさせてまず1点を、というのが得策だろう。

そんなことを考えている間に矢部は1−2、バッティングカウントとなっていた。

そして4球目、内角へ来たカーブを見事に引っ掛ける。

ボールはボテボテのショートゴロとなって矢部は当然1塁でアウトとなった。

続くあおいもセカンドゴロに倒れあっという間にツーアウトとなってしまう。


「ははは、君たちも大した事ないみたいだね〜」


そんなことを言いながらくるくる回ってバッターボックスへ歩いていく丘。

どうもあの選手とは折り合いがつかない・・・そんなことを野球愛好会一同は考えていた。

あの丁寧な監督からは考え付かないような選手だ。歌いながら野球をやるなんて聞いたこともない。


「あいつ、実力はあるんだろうな?」


かなえはじと目で丘を見ながらそんなことをつぶやく。

変でも実力があるなら結構、だが実力もなくて変だったら目も当てられない。あの丘という選手はどうなのだろうか。

丘は1球目のスライダーを悠々と見送ってストライクとなる。

2球目、今度はストレートを見送って何もしないうちに追い込まれてしまった。


「何か駄目そうだな」


ベンチからも自然とそんな声が漏れてくる。相手ベンチからも監督がじっと丘を見つめていた。

監督はあごひげに触れながらふふふと不敵な笑みを浮かべる。

その次の瞬間だった。丘の打球はピッチャーの右を抜け、綺麗なセンター前ヒットとなった。


「さすが丘、やはり私の目に狂いはなかった」


相手監督は満足そうな顔をしながら丘を見る。丘の実力ならあの程度のピッチャーは打てて当然だ。

そう、丘はさわやかなみのり高校1年で1番の実力者だったのだ。

向こうのチームに丘を送り込んだのはいわばハンデ、こちらと向こうの実力を埋めるためのものだったのだ。

丘は1塁を踏むとまたくるくるとまわってすとっと一塁へ立った。


「片桐ー続けー!」

「片桐君頼むでやんす!」


片桐が立ち上がりゆっくりとバッターボックスへと向かう。

よそ者ばかりに良い顔はさせられない、自分が打ってあいつをホームへと帰さなければならなかった。


「大丈夫かな?片桐君」


そう心配そうな顔で片桐を見ていたのは伊織だった。

片桐はここ数ヶ月守備練習の方に力を入れてあまりバッティングの練習はしてないように見えたからだ。


「あいつなら心配ない」


だが、かなえはそう言い切る。片桐が誰よりも努力をしていたのを知っていたからだ。

それは守備練習だけでなく打撃練習も同じ。守備練習に力を入れていたからと言ってバッティングを怠るような選手ではない。

全幅の信頼を置ける選手だからそう言い切れるのだ。

初球、片桐はいきなり外角のストレートに手を出し三塁線へのファールボールとなる。

続く1球は大きく外角にボールがはずれる。片桐は一度バッターボックスから出て素振りをした。

3球目、内角へ来たスライダーだった。片桐はそれを思い切り引っ張った。

打球はセカンドの頭上を越え、右中間を点々とする。

その間に丘は二塁ベースを蹴り、三塁ベースをも蹴ってホームへと突っ込んできた。

そのスピードはチーム1の俊足である矢部よりも速く、ベースランニングの技術も長けているように見えた。

外野からボールが帰ってくるものの丘はボールがセカンドまで戻ってきた段階でホームへと滑り込んでいた。

恋恋高校野球愛好会、先制のタイムリーツーベースだ。


「よっしゃーさすが片桐!」


ベンチからそんな声が聞こえてくるがかなえは別のことを考えていた。

今の打球、もし丘以外のランナーなら間違いなく帰ってくることはできなかっただろう。

先ほどの打撃といいこの選手只者ではない・・・かなえはそう感づき始めていた。


「丘君もナイスランでやんす」

「ははは、あの程度当然さ〜ららる〜」


相変わらずリズムに乗りながら踊るように答える丘。一見変わったように思える選手だが確実に実力はある選手だ。

この1回の攻撃でそう認めざるを得なかった。

5番の金澤が倒れスリーアウトとなる。今度はこちらの守りだ。

あおいがゆっくりとマウンドへと上る。そして片桐と一言二言話すと投球練習を開始した。


「おい向こうのピッチャー女だぜ」

「しかもアンダースローかよ」


さわやかなみのり高校のベンチからはそんな声が聞こえてきた。

おそらくアンダースローのピッチャーと対戦するなんていうのは初めての選手が多いだろう。

それも女性なのだから驚くのも無理も無い。これは恋恋がこの先対戦するどのチームも同じだろう。


「今日もいつもどおりだな。大丈夫、この調子なら抑えられるはずだ」

「うん・・・よろしくね、片桐君」


投球練習を終えると再びマウンドへ片桐が向かう。

あおいもあのあかつき戦で悔しい思いをした、久々の実戦に賭ける思いは大きいだろう。

そしてそれは片桐も同じだった。あの時とは違うということを見せる。そう心に決めていた。



















内野のボール回しが終わる。丘を加えた中での不慣れなボール回しだったが、

丘が軽快な動きを見せていたこともあって思いのほかぎこちないようなことはなかった。


「さぁ、全部僕のところに打たせてくれよ〜」


くるくるとまわりながらそんな事を言う丘。それを何やってんだというような表情で見守る一同。

かなえもあの訳の分からない動きにベンチでため息をついていた。

そんな中、あおいが振りかぶり第1球目を投げる。

内角高目へのストレートだったがそれがギリギリのところに決まりストライクのコールが出された。


(よし、良いコースだ)


片桐はボールを受けてあおいの調子が良い事を再確認した。

この合宿で疲労もあるだろうがいつもどおりのボールを投げ込んできている。女の子なのに大したもんだと思う。

2球目、今度はシンカーがボール球になる。そして次の1球、またもやストレートが高目へと向かう。

バッターはそれを思い切りたたきつけた。ボールの行き先はショートだ。


「任せておきな!」


丘はその強い打球に臆することなくボールへと突っ込む。

そしてそのボールを手を伸ばして捕球すると、くるりと1回転してファーストへと送球した。


「アウト!」


審判の手が挙がり高らかにアウトが宣告される。

ベンチのマネージャー陣からは今の流れるようなプレーに自然と拍手が巻き起こった。かなえは神妙な表情でそれを見ている。


(やっぱりやるな、あの選手・・・)


案の定ただ変なだけではなく、変だが実力のある選手だった。もっとも、そうでないと困るのだが。

あおいは続く2番を矢部へのセンターフライに打ち取りぽーんとグラブをたたいた。

すぐに3番バッターがバッターボックスに入ってくる。片桐は1球目のサインをあおいに送る。

そのサインにうなずくと、振りかぶりゆっくりと1球目を投げた。

ボールはバッターの手前で鋭く沈むシンカー、それをバッターは思い切り空ぶる。

そこからボール球を1球挟んで今度はカーブが内角へと決まる。これで追い込んだ。

片桐が決め球に選んだのはストレートだった。低めにコントロールされたストレートが飛んでいく。

しかし、わずかに高めに浮いたのか、それにバッターは手を出してきた。

弾かれたボールがサードの脇を抜け、レフト前へと抜けていく。


(さあ、ランナーが出たぞ・・・)


自分に言い聞かせるように片桐はそう心の中で念じた。ランナーが出た、しかも一塁に。

片桐にとって今はまさに最大の山場だった。あおいがセットポジションで構える。

あおいが身体を沈めたその瞬間、相手ランナーは一塁を蹴った。片桐は来た、と思った。

ボールを捕球すると片桐はすかさず二塁へとボールを送球する。

・・・あかつき戦の時のように何もできず見ているだけではない、自分にはできることがある。

片桐の送球されたボールはストライクで丘のミットに収まり、そのままランナーへタッチに行く。

砂埃が舞い、一瞬の静寂が訪れた後、累進が告げた言葉は。



















「アウトー!!」


その言葉を聞いた瞬間片桐は全身の力が抜けたかと思った。・・・やった、俺はついにやったと。

とうとうここまで送球の技術を高くすることに成功した。この4ヶ月の血のにじむような特訓のおかげだ。

片桐は自分の右手を見ながらゆっくりとベンチへと引き返していった。


「片桐君、すごいでやんす!やったでやんすね!」

「ああ・・・矢部、お前のお陰だ」


この数ヶ月間、1番練習に付き合ってくれたのはこの矢部だった。

普通の送球が普通にできるようになる。そこまでがどれだけ苦しかったか1番よく知っている。

その数ヶ月間の苦労が、先ほどのアウトで報われたような、そんな気がした。


「片桐君すごいね!ね、かなちゃん!」

「ん?ああ、そうだな・・・」


あかつき戦を知っているかなえにとっては片桐の成長は驚くべきスピードだった。

だがその成長に見合うだけの努力をあいつはしてきている、そのこともかなえは知っていた。

真っ赤な太陽の下、まだ試合は始まったばかりだ。



















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