8回表、恋恋高校の攻撃は7番山本からの打順だ。山本がバットを持ってバッターボックスへと向かう。

思い出されるのは先ほどのかなえからのアドバイスだ。


「とにかくバットを振れ。当てるだけじゃ相手の思う壺だ」


そう、あの山並を打ち崩すには当てるバッティングではいけない。それでは今までどおりただただ凡打の山が築かれるだけだ。

バットを振って、ボールを遠くに飛ばすことを考えなければならなかった。それに・・・


(疲れているのは向こうも同じはずだ!)


いくら女性と男性と体力に違いがあるとはいえこの暑さの中7イニングを投げてきているのだ。

疲れていないはずがない。とにかくこの回最低同点までは追いつかなければならない

恋恋としてはそれに賭けてみるしかなかった。山本がバッターボックスへと入る。


「プレイ!」


審判のコールが響き、山並がゆっくり振りかぶる。初球はカーブが内角へと決まった。

相変わらずのどんどんストライクを取ってくるピッチング。このピッチングが彼の体力を温存させているのかもしれない。

山本はバットをぎゅっと握りなおす。さらにストレートがストライクゾーンへと飛んでくる。

山本はそれにあわせるようにバットを出した。ボールは一塁線へのファールボールへとなり力なく飛んでいく。


(ちくしょう、頭では分かってるのに身体が言うことをきかない・・・!)


当てるだけじゃいけない、分かっていてもそれができなかった。

だがそれをしなければこのままでは負けてしまう。何とかしなければ・・・

ボール球を1球挟んで次の1球、スライダーが外角へとやってくる。

振らなければ間違いなくストライクで三振になってしまう。山本は思い切りバットを振った。

するとボールは力強い打球となりサードの頭の上を越えていったではないか。


(すごい、南條の言ったとおりだ)


彼女の言うようにバットに当てるのではなくバットを振ってボールを打ちに行った。

その結果が今のレフト前ヒットだ。やはり相手投手にも力がなくなってきているということなのだろうか。

山本は一塁上で小さくガッツポーズをした。

続く吉野が送りバントをする間に山本は2塁へと滑り込む。見事送りバントの成功だ。


「加藤ー!決めろー!」


そして9番加藤がバッターボックスへ向かう。だが正直この加藤に先ほどの山本のような打撃を望むのは少々難しい。

かなえは次の矢部にすべてを託すことにした。


(アウトになってもいい、ランナーを進めるためにライト方向のバッティングをしろ)


ゆっくりと、確実にサインを出すかなえ。それにうなずくと加藤はまず1球目のチェンジアップを悠々と見逃した。

あの様子なら大丈夫そうだが・・・2球目、今度はストレートが来る。加藤はこれに手を出しに行った。

打球はかなえの目論見どおり、一塁線ギリギリのところへ転がっていっている。

それと同時に山本がスタートし、三塁を陥れる。

ファーストはアウトになったものの確実にランナーを進めることができた。作戦としては成功だ。


(さて、問題は矢部だな・・・)


ここでアウトならすべてが台無しになってしまう。

この試合展開からしてここで点が取れないようならずるずると次の回もいってしまう可能性が高い。この打席が勝負だ。



















PHASE-26 底力



















(サインは特になし、でやんす・・・)


この試合いまだノーヒットとはいえ矢部の打撃はチームでも有数のものだ。

かなえは矢部のバッティングにすべてを賭けることにした。このノーサインはそういうことだ。

矢部がバッターボックスへと入る。山並もさすがにここまで来て疲れが隠せないようだった。

ボールが全体的に浮き、甘いところに来はじめている。

それを逃さなければ確実に打ち崩すことはできるはずだ。矢部はそう思いバットを握りなおした。

その矢部の思いを後押しするように初球は高めに抜けた球が来た。判定はボールだ。

あの力のない球を打てば打てるはず・・・いや、それを打つしかなかった。

2球目、今度はスライダーが内角に決まる。そして次の1球、甘いところに来たカーブを矢部は果敢に打ちに行った。

しかし、わずかにタイミングがズレ、一塁側へのファールボールとなる。


(追い込まれたでやんす・・・)


甘い球は初球からでもたたいていくつもりだった。だが逆に追い込まれてしまった。

ここで自分が打たなければ・・・その思いが矢部を固くしていたのだ。


「矢部ー!お前が打たなくても次の回に俺が打ってやる!楽に行け!」


ベンチから叫んだのは片桐だった。矢部は顔を上げ、ベンチの方を見る。

すると片桐がぐっと親指を立ててこちらに向けていた。矢部はぎゅっとバットを握りなおす。


「片桐君に頼るまでもないでやんすよ!オイラが打ってやるでやんす!」


言うと、矢部は再びバッティングフォームへと入った。片桐はふぅ、とため息をつく。

矢部にはあのテのプレッシャーが1番まずいのだ。自分が打たなくては・・・

そうではなく、自分は打線の中の1つだと思わせることが彼にとってはもっとも効果的だ。

山並がセットポジションから決め球のチェンジアップを投げる。だが、その球はわずかに浮いていた。

狙っていた"甘い球"がここに来てとうとう来たのだ。

矢部はそれを逃さなかった。球に逆らわず、バットに乗せる様にチェンジアップを流し打つ。

打球は一二塁間を真っ二つに割り、ライト前へと転がっていった。

三塁ランナー山本はその間に悠々ホームインする。追い越された直後に追いつくことに成功したのだ。


「よっしゃー!よくやった矢部!」


ベンチからそんな声が聞こえてくる。矢部は一塁上でベンチに向かって大きくガッツポーズをした。

とりあえず追いついたのだ。ここから先はかなえの作戦次第だ。

このまま逆転・・・といきたかったが続くあおいはあえなくセカンドゴロに倒れてしまう。

逆転は9回、3番からの好打順に託すこととなった。



















「くそっ!」


あおいは自分の不甲斐ないバッティングに思わずそう声に出してしまった。

逆転されておきながらバッティングでも貢献できない・・・そのことが悔しかった。

だが悔しがってばかりもいられない。すぐにマウンドに上らなくてはならないのだ。

あおいはベンチに帰るとヘルメットとバットを返し、代わりにグローブを受け取る。

バッティングで貢献できないならせめてピッチングで貢献するしかない。

彼女にとって、もう疲れているとか言っていられる状況ではなかったのだ。


(このマウンドに上がれるのは僕だけなんだ・・・僕だけ・・・!)


今のあおいを突き動かしているのはそのプライドだけだった。暑い、疲れた・・・

そんな弱音を吐いてしまえばすべてが終わってしまうような気がした。


「大丈夫か?早川・・・」

「大丈夫だって言ってるでしょ。任せといてよ」


精一杯の虚勢を張ってそういう。それが虚勢だということくらい片桐にも分かっていただろう。

だがあおいを止めなかったのはその気迫に押されたからだろうか。自分でも分からなかった。

マウンド上でロージンバックを落とす。負けない・・・もう、負けたくない。

あのあかつき戦のときのような思いをするのはもう嫌だ。あおいは誰よりもあの試合の責任を感じていた。

だから・・・もう自分のせいで負けるのは嫌なんだ。


(こんなところで躓いてたら、絶対にあの人のところにはたどり着けない!)


あおいの手からボールがリリースされる。球威のあるストレートが片桐のミットへと吸い込まれていった。

片桐は驚いた。あおいの球威が元に戻っていたからだ。


(馬鹿な、ボールが元に戻ってる!?)


相手バッターもそれは同じだった。あまりに自分が予想していたのと違う球が来て驚いている・・・そんな様子だった。

あおいは片桐からボールを受け取りにやりと笑う。


(僕はまだ死んでない!)


次の1球もストライクゾーンに決まる。相手バッターはこれにも手が出せなかった。

あおいの最後の力・・・それに戸惑っているようだった。片桐は思った。いける、と。

続く3球目、要求したのはシンカーだ。あおいは振りかぶり、片桐の要求したコース、そこにボールを投げ込む。

相手バッターのバットが見事に空を切った。


「ストライク!バッターアウト!」


審判のコールが大きく聞こえた。あおいはマウンド上で大きくガッツポーズをする。

全身からその気迫が伝わり、相手バッターを萎縮しているようだった。

2番バッターがバッターボックスへと入る。このバッターもあおいの球が変わったことに気づき、驚いているようだった。

またもやあおいのストレートが懐をえぐる。


(早川、お前・・・)


片桐は言葉が出なかった。いったいどこからこんな力が出てくるというのだろう。

あかつき戦の時といい、この早川あおいという投手は言葉では表せない底力というか、

そんなものを持っているような気がした。相手バッターのバットから力のない打球が上がる。

セカンド大村がゆっくりとバックし、それを捕球した。これでツーアウトだ。

続く3番バッター、あおいは臆することなくぐんぐんとストライクゾーンを攻めていく。

これは前のイニングまでは見られなかった姿勢だ。あの逃げのピッチングからは想像もできないようなピッチング。

あっという間にバッターを2−1と追い込んでしまう。そして4球目、あおいが投げたのは外角へのカーブだった。

だが、これを相手バッターは見事にあわせて引っ張る。当たりだけなら確実にヒット性だ。しかし。


「山本君!」


打球はサード山本の真正面をつき、山本はそれを何とか身体全体でとめる。

そしてすかさず1塁へと送球した。打球が速かったこともあり悠々アウトとなった。


「よっし!」


あおいはまた1つガッツポーズをするとマウンドから駆け足で降りていった。

その様子を呆然とした表情で見守る片桐と相手ベンチ。あおいの気持ちが乗り移ったかのようなサードライナーだった。

あおいの気持ちが打球をサード真正面にさせたのだと。


(大丈夫、まだ、いける・・・)


あおいは確かな手ごたえを感じていた。今の回の調子なら次の回もいけるはずだ、と。

あとは味方が勝ち越してくれるのをじっと待つだけ。

それぞれの思いが交錯しながら、いよいよ試合は最終回、9回の攻防を迎えようとしていた。



















3番丘からの好打順、丘は相変わらずの小躍りをしながらバッターボックスへと向かう。

とにかく片桐の前にランナーを出さなければならない。そうなるとこの丘の出塁は絶対条件だ。


「ま、見ててくれよ〜るらら〜」


そういった丘の背中はどこか頼りなかったが、もうあの借りてきた部員にすべてを託すしかない。

かなえはあえてこの打席をノーサインで送り出すことにした。

丘がバッターボックスへと立つ。相手ピッチャーの山並も相当疲れている様子で、

額からは大粒の汗がにじみ出ている。丘はその山並にぱちん、とウィンクをして見せた。

山並が最後の力を振り絞ってボールを投げる。外角にストレートがずばん、と決まった。

疲れていてもこれだけの球威でボールを投げている。あの山並という投手、

試合前に考えていたような甘い投手ではなかった。かなえは改めてそう思った。

だが丘の前にどうしても慎重になってしまうのかボール先行となる。

1−3とカウントを悪くしてからの1球だった。明らかにカウントを取りに来た甘い球が丘の前に来る。

これを丘は逃さなかった。それを思い切り叩き、バットを振りぬく。

ボールはセンターの頭を悠々と超え、グランドのフェンスへと直撃した。

丘はその間にぐんぐんとスピードを上げ、塁を回っていく。センターがボールを捕球したとき、既に2塁を蹴っていた。

センターからボールがサードへと戻ってくる。

それとほぼ同時にサードへと滑り込んだ丘だが、相手サードのタッチを見事にかいくぐる。


「セーフ!」

「あはは、どうだ!」


丘はぐっと拳を天に向ける。いきなり先頭打者がスリーベースで出た。

得点するにはこの上ないチャンスだ。しかもこの場面でバッターは4番片桐。

片桐がネクストから立ち上がろうとしたとき、かなえは片桐をちょいちょいと呼び止めた。



















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