長いようで短かった夏休みもあっという間に明け、夏休みボケする暇もなく恋恋高校は学園祭ムードに突入していた。

かなえもやる気はなくとも強制参加のそのイベントに振り回される日々を送り、

野球部の練習も満足に行えない状況になっていた。


「この時期は仕方がありませんよ」

「分かってる。分かってるけど・・・」


何か腑に落ちない。そんな言葉を口にしようと思ったがそれはやめておいた。

どうせあと1週間程度の辛抱なのだ。そうすれば思い切りまた練習ができる。


「ところで野球部では何かやらないんでやんすか?」


矢部がそんな事を言い出したのはそれから遡る事数週間前の話だった。

まだ夏休みの最中、練習の休憩のときにちょうど学園祭の話題が上がったのだ。


「んな事言ってもやる事なんてないぞ」


片桐の言葉にみんながうなずく。大体野球部ではなく野球愛好会だ。

愛好会として何かやる・・・というのも面白そうだが何かいまいちピンとこなかった。


「それぞれクラスの出し物で忙しいだろうし野球愛好会では何もやらない。良いな?」

「意義なーし」


かなえのその一言ですべてが決まった。なぜなら自分が1番めんどくさかったからだ。

クラスの出し物でさえ面倒なことに巻き込まれているのにその上野球愛好会で何かやるなんてとんでもない話だ。

・・・ずぼらなわけじゃないぞ。


「学園祭、ねぇ・・・」



















PHASE-28 いざ学園祭! 前編



















そんなこんなで学園祭当日になってしまった。

恋恋高校の学園祭といえば去年までは女子高の学園祭というだけあって来訪者も多い。特に男の来訪者が、だ。

よってイベントとしてもかなり大掛かりなものになり、各クラス、あるいは部活共に

相当力の入った出し物や出店を用意していた。まったく、めんどくさいことこの上ない。


「―――で、だ」


かなえは今の自分のおかれた状況をいまだに理解できないで居た。

変な服を着せられたかと思うといきなり変な水晶玉を渡された。

変な服というのはもちろんよく胡散臭い占い師が着てるようなあんな服だ。


「このクラスの出し物が占いというのは分かる。だがなんで私なんだ!」

「えー、だってかなちゃんかわいいもん」


そんな理屈で納得できるか!と叫んでも決まってしまったものは仕方がない。

私が居ないところでクラスで決めてしまったらしい。ふざけるなと責任者を蹴り倒したい。


「あら、でも随分と似合ってますことよ?」

「殴るぞ・・・」


綾乃があざ笑うように言う。反論したいが今のこの格好で何を言っても無駄だろう。

どうやらかなえの担当は午前中のようで、午後からは自由に学校内をまわってもいいということらしい。


「言っておくが、私は占いなんてできないぞ」

「そんなの大丈夫大丈夫。水晶見て適当な事言っておけばおっけーだって」


とんでもないことをさらっと言いのける伊織。

そんな事でいいのかと思ったが何か言うとまた面倒なことになりそうなのでそのようにすることにした。

そんな会話を繰り広げているそのときだった。校内アナウンスが流れたのは。


『ただいまより恋恋高校、学園祭を開始します!』


やけに気合の入った声でそう告げた瞬間、校内が爆発したように賑やかになった。

かなえは占いの準備をすべく所定の机に座り、水晶玉をクッションの上に置く。


「はぁ・・・」


これからどっと人が押し寄せてくるのかと思うと嫌になってくる。

だが仕方ない。こうなったらなるようになるしかないのだから。

伊織のやけにニヤニヤした笑顔がこれまた殴りたくなるくらい素敵だったのはなぜだろう。



















「うらめしやー!でやんす!」


何か壁のようなものに扮した矢部が暗闇からいきなり現れ、そう叫び声をあげる。


「きゃー!」


近くに居た女子生徒がそれより甲高い叫び声をあげる。いや、叫び声というより悲鳴だろうか。

片桐と矢部のクラスはこれも学園祭にはお決まりのお化け屋敷をやることになっていた。

とは言っても片桐は客引きで、実際にお化けに扮するわけでもないのだが。


(あー、何やってんだ俺)


段々馬鹿馬鹿しくなってきた。大体あの矢部のお化け、怖いか?自分なら絶対に驚かないだろうと自信を持って言える。

だがなぜだかこのクラスのお化け屋敷は盛況で、列ができるほどだった。


(何がそんなに面白いんだか・・・)


あるいはただのものめずらしさかもしれない。あんなメガネが壁の格好をして

うらめしやー!なんて言ってるんだから面白いといえば面白いじゃないか。

片桐がそんな事を考えながら客引きに精を出していたそのとき。


「よう、片桐じゃねぇか」


片桐が最も会いたくない人物と出くわすことになってしまった。

加納・・・あのあかつきとの試合以来1度も連絡も交わさなかった人物がそこには立っていた。

片桐は黙りこくる。なんと声をかけたら良いのか分からなかったのだ。


「なんだよ、返事くらいしろよ。お前何やってんの?客引き?」

「そんなとこだ・・・」


会話が続かない。

加納はニコニコと笑いながら話しかけてくるが片桐はそれに対してなんと答えたら良いのかまったく分からなかったのだ。

いや、どうして加納はそんな風に自分に話しかけられるのか、それが不思議で仕方なかったのかもしれない。


「おい猪狩、こっちこっち」


加納はちょいちょいと手招きをする。するとその方向からは猪狩がやってきたではないか。

片桐の知る限り、猪狩の性格からして他校の学園祭なんかに来るとは考えづらいのだが。

おそらく加納が無理矢理誘ったとかそんなところだろう。


「で、何やってんのお前のクラス。お化け屋敷?」

「そうだよ。入ってくか?」


加納は興味津々に教室の中を覗き込もうとする。その隣で猪狩はあきれた様子だった。

おそらく今の片桐と同じような心境なのだろう。・・・多少は違うだろうが。


「いや、男2人でお化け屋敷なんか入ってもちっとも面白くないだろ。遠慮しとく」

「君が言うな・・・」


加納の言葉にすかさず突っ込む猪狩。さすがバッテリー、息もぴったりというところか。

片桐は正直さっさと加納にどこかへ行ってもらいたかった。

なんというか、こいつと居ると気まずいというか、あまり顔を合わせたくなかったのだ。

それが自分でもなぜかは分からない。そういう感情が芽生えてしまったんだから仕方ないとしか。

あの試合のことも当然あるだろうが、それだけではない。昔のように仲良く、とはいかないのだ。


「そうだ、猪狩、ナンパしようぜナンパ。恋恋の女の子はかわいい子多いしさ!」

「断る。やるなら君1人でやるんだね」


お前の頭の中にはそんなことしかないのか、と思わず突っ込みたくなるのを我慢する。

だが確かにそういう目的でこの学園祭に来ている男も少なからず居るのも事実だった。

こいつ・・・加納もその中の1人。それだけのことなのだ。


「んだよ釣れねーなあ。じゃあ向こうのコスプレ喫茶でも行こうぜ」

「だから僕は最初から嫌だと・・・」

「そういうことだから。じゃあな、片桐」


拒否ろうとする猪狩の腕を無理矢理引っ張って去っていく加納。

ああ、あいつは今でもああなんだと改めて実感した。・・・あいつは何も変わってないんだ。

それに比べて俺はどうだろう?何か変わっただろうか?それとも何も変わっていないだろうか?


(ああ、やめだやめ)


そこで考えるのをやめて客引きに専念することにする。どうせ考えても答えなんか出ないからだ。

片桐は加納のようにはなれない。そんなことは自分が1番よく知っていた。片桐は大声で客引きを再会した。



















「むむむ・・・見える、見える・・・」


かなえは水晶玉に両手をかざし目を瞑りながらそうつぶやく。

机を挟んで向こう側の席にはカップルらしき男女が座っていた。そしてカッと目を見開く。


「お前たちの未来は明るい!安心して良いぞ」

「本当?やった!」


かなえの言葉にその男女はお互いを見ながら喜ぶ。はぁ、私は何をやっているんだ・・・

そんな事が頭を過ぎった。ちなみに今の占いはまったくのデタラメだ。当然ながら。


「ありがとうございました」


男女はそう頭を下げると教室から出て行った。そして次の客がまたやってくる。

まったく、休む暇もない。こんなインチキ占いにどうしてこんなに人が来るのか不思議で仕方なかった。


「コスプレ喫茶はよかったよなー!な、猪狩」

「知らん。ところでこれは何だい?」


今度は男2人組だった。どこか他校の生徒だろうか。

さっきのカップルといい、他校からの来訪者が多い多い。まったくめんどくさい事この上なかった。


「何を占って欲しいんだ?」

「んー、そうだなー。俺の恋愛運とか」


またか。ここに来る客の7割は同じようなことを言っている。

かなえはまたもや水晶玉に出をかざし、むむむ・・・と何かを考えるような振りをした。


「どうどう?占い師さん」

「うーん・・・」


今度はどんな適当な嘘をついてやろうか。今まで何度か不吉なことを言ってその反応を見て

楽しんでいたんだがこいつの場合は不吉なことより良い事を言った方が面白そうだ。


「おお、これは!」

「なになに?」


そう言って顔を水晶玉に寄せる男の客。いかにも好奇心旺盛で、かなえの苦手そうな相手だった。


「お前は衝撃的な出会いをする!身体が焼けるほど熱い出会いだ!」

「マジかよ!おいすげぇぜ猪狩!」


かなえの言葉にその男は隣の男の肩をがくがくと揺らしながら喜ぶ。

隣の男はそれを鬱陶しそうに、どうでもよさそうに見ていた。まあ当然の反応だろう。


「よっしゃ、これでナンパで女もゲットだぜ!」


そういきり立つと、男は隣の男を引っ張って意気揚々と教室から出て行った。

いったいあれはなんだったんだろう。かなえはまたはぁ、とため息をついた。


「かなちゃん、お疲れ様」


そこにやってきたのは客引きをしているはずの伊織だった。

ニコニコと楽しそうに学園祭を満喫している。ちくしょう、今だけはこいつもひっぱたきたくなってきた。


「交代の時間だよ。これからはかなちゃん一緒に学園祭まわろう」

「ああ、もう12時か・・・」


時計を見ると確かにもう正午をまわっていた。

早くこの暑い服から開放されたかった思いでいっぱいだったかなえはようやく交代か、とまたため息をついた。


(やっと終わった・・・いやこれから始まるのか)


かなえはこれからどうしようと頭の中で整理しながらその鬱陶しい服を脱いだ。




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