午後。ちょうど12時をまわったその頃、かなえは逃げるようにして教室を出た。

隣には伊織が居る。

綾乃は生徒会の仕事、愛梨は別のクラスの出し物があるらしいので必然的に一緒に居るのは彼女ということになる。

ちょうど小腹も空いてきたので何か食べようと校内を散策することにした。やはり空腹には勝てないものだ。


「ここ行こうよ!コスプレ喫茶!」

「マジか・・・」


普通女の子はそんなところは行かないだろう、どう考えても。

こんなところに行くのはナンパに精を出してそうな男くらいだ。だが他に行きたい場所も取り立ててない。

かなえは黙って伊織の後ろをついていくことにした。

コスプレ喫茶をやっていたのは驚くことに同じ1年生だった。てっきり上級生がやってるのかと思ったんだが。


「うわーすごい列〜」


来てみるとそこはうちのクラスの占いなんかとは比べ物にならないくらいたくさんの人が並んでいた。

やっぱりこういうところはいつの時代も人気があるんだろうか。

かなえと伊織はその最後尾に並ぶと適当に談笑しながら列が進むのを待っていた。


「あ、入れるみたいだよ」


まるでメイド服のような服に身を包んだ女の子に促されるがままに教室内へと入っていく。

見てみるとどこもかしこも満席で、ようやく空いたのであろう1番隅の席へと通された。

机がくっつけられているだけのその2つの席に2人が腰を落ち着かせると。


「いらっしゃいませ〜・・・え?」


意外な人物がそこには立っていた。そう、そこに立っていたのははるかだったのだ。

コスプレ喫茶の制服に身を包み、にこやかにこちらへ話しかけてきた。


「はるかじゃないか。お前のクラスだったのか」

「あ、あの・・・はい」


かなえたちが客だと分かると恥ずかしそうに下を向く。なんというかまぁ・・・

彼女の性格からこんな服を着るのはとても恥ずかしそうな事だと思う。

本人もおそらく知り合いが来るとは思っていなかったのだろう。かなえたちを見てひどく驚いている。


「はるかちゃんかわいい〜!私も着たいなぁ!」


・・・となりで1人はしゃぐ女の子を黙らせてかなえはメニューを頼むことにした。



















PHASE-29 いざ学園祭! 後編



















メニューは焼きそばかカレーライスかの2つしかなかった。まあ学園祭の喫茶店なんてそんなもんだろう。

かなえは焼きそばを、伊織はカレーライスを頼むことにした。


「でもかなちゃん、本当に男の子ばっかりだね」

「当たり前だろ・・・」


こんなところに好き好んでくる女の子がそんなに居るとは思えない。

周りを見ると男男男、男ばかりだった。しかもこれが廊下に列まで作っているんだから。


「これだけ恋恋にも男が居ればなぁ」


心からそう思う。ここに居る男はおそらく全員学校外から来た男だろう。

恋恋の男なら全員知り合いなので気づくはずだ。かなえははぁ、とまたため息をつく。

どうやらはるかは注文を聞く役のようだった。かなえは得策だ、と思った。

あのどんくさいはるかに食事や水を持たせたらひっくり返してしまうのは目に見えていた。


「お待たせしました〜」


はるかではない、他の女の子が焼きそばとカレーライスを運んでくる。

教室内はすごい人で、ものすごい回転率で客が入れ替わり立ち代りやってきている。

こんなところでのんびりと食事を楽しめるはずもなく、かなえたちはカレーライスと

焼きそばを10分足らずで口にかきこむと、人の流れに流されて教室外へと出て行った。


「とんでもないところだったな・・・」

「でもみんなかわいくて楽しかったね。次どこへ行こうか?」


談笑しながら伊織と学園祭をまわる。お化け屋敷、チョコバナナ、仮装大会・・・色々なものがあった。

どれもまさに学園祭!という感じのものでこの雰囲気だけでも味わえただけで楽しくなってくるものだった。

そして次は校外へ出てみることにした。


(そういえば愛梨はどこへ行ったんだ・・・?)


そんなことを考えながらぶらぶらと校外の屋台を見てまわる。

そこで伊織が興味をしめしたものはこれまたお祭りにはお約束の金魚すくいだった。


「かなちゃん、これやろう!」

「ふふ・・・私の実力見せてやる」


まずは伊織がお金を店の生徒に金を渡し、金魚すくいの道具を受け取る。

じっと金魚が泳いでいる様子を見ながら、タイミングを計っているようだった。


「えいっ!」


水に突っ込み、救い上げる。が、虚しくも紙は破れ金魚は水槽の中へと落下していった。

伊織はあ〜あ、といったような表情でがっくりと肩を落とした。


「はは、ダメだなお前は」

「ぶー!かなちゃんはできるの?」


伊織の失敗を余裕で笑ってはいるが実はかなえにもそんなに自信なんてなかった。

お金を渡し、すくいを受け取る。かなえも伊織がそうしたように、じっとタイミングを計って水槽を見つめていた。

金魚が右へ左へ悠々と泳いでいる。


「そこだ!」


そう叫ぶとすくいを水の中へ突っ込み、一瞬のうちにすくいあげる!

・・・が、またもや紙が破れ金魚は水槽の中へ戻っていった。かなえはあはは、と苦笑する。


「かなちゃん威張ってたくせに」

「う、うるさい!魔が差したんだ!」


じと目でつぶやく伊織にかなえはやけくそ気味にそう返した。まさかここまで綺麗に失敗するとは思わなかった。

・・・昔祭りでやったときは成功した覚えがあるんだが。

結局お情けで1匹、金魚をすくってもらうことになった。

かなえは金魚なんか別に欲しくなかったのでそれは伊織にあげることにする。


「ありがとうかなちゃん!」


そう感謝されて両手をぶんぶんと振られる。伊織はとても嬉しそうな様子だった。

金魚一匹でそこまで喜べるなんておめでたい奴だ、という思いは頭の中にとどめておく。


「おい、体育館で何か始まるらしいぜ」


偶然、そんな声を耳にした。どうせやることもないのでかなえたち2人は一路体育館へと向かうことにした。

そこでとんでもない光景が広がっていることも知らずに。



















「ちっ、ナンパ失敗したな・・・」


加納は先ほど声をかけた女の子にものの見事に逃げられたことを引きずりながら廊下を歩いていた。

その隣にはあきれた表情の猪狩が居る。


「もうこれで懲りただろう?さぁ帰るぞ」

「てめぇな・・・慰めの言葉の1つもねぇのか!」


加納がそう猪狩に八つ当たりしていたそのときのことだった。

廊下の向こう側からどどどどど・・・という地響きに似た音が聞こえてきた。加納はその瞬間嫌な予感がした。

廊下の向こうからやってきたのは男数人が担いだ神輿だった。

どこへ向かっているのかは分からないが、ものすごい勢いでこちらに突っ込んできている。


「げっ!」


加納がそう思ったときにはもう遅かった。廊下の真ん中で突っ立っていた加納は

神輿の男たちに豪快にぶっ飛ばされ、数m先にまでくるくるとまわりながら飛んでいった。


「何やってんだ、邪魔だ邪魔!」


そう言い残すと男たちは嵐のようにどこかへと去ってしまった。

あれは一体なんだったんだろう。恋恋の生徒とは思えない・・・というかそれはありえない。

猪狩は吹っ飛ばされた加納の元へとゆっくりと歩いていくと、彼の手前でしゃがんで。


「よかったね、占い当たったみたいじゃないか。衝撃的な出会いがあるって」

「・・・もう知らん」


加納は文字通りKOされたボクサーのごとく何も言わずにその場に突っ伏していた。

猪狩はやれやれ、とそれを見ると、彼1人を取り残してさっさと帰ることとした。



















伊織と共に体育館の前へと来ていたかなえは体育館が異様な人の数で溢れ返っていることに気がついた。

一体何が始まるというんだろうか。期待半分、不安半分で中へと入る。

体育館の中はまさに人がごった返しているという状況で、ロクに前も見えない。

そんな中なんとか人と人との間をすり抜けていき、ステージ前にたどり着くことに成功した。

そのときだった。ステージの上の人物を見てかなえは驚愕した。


「愛梨・・・にあおい!?」


そう、そこに立っていたのはマイクの調整をしているあおいとギターのチューンを

あわせている愛梨、それにドラムとベースの見知らぬ女の子。計4人だった。


「何やってんだ・・・あれ」

「え、え?何が始まるの?」


まったく状況を理解できていない2人を尻目に、周りはずいぶんと盛り上がっているようだった。

そしてドラムの合図でバンドの演奏が始まる。ギターの高音が体育館に鳴り響いた。

そのとき初めて気づいた。ああ、これがあおいたちのクラスの出し物なのだと。

その音は素人の自分が聞いてもとても上手いもので、とても高校1年生が弾いているものだとは思えなかった。

あおいの澄んだ声も相俟って、演奏はとてもすばらしいものになっていた。

周りも曲がサビに近づくにつれ盛り上がっていく。かなえはその様子をただただぼうっと見守っていた。

声が出ない、というのはこういう状況を言うのだろうか。


「すごいな、早川と南條」


いつの間にか隣には片桐と矢部が居た。相当もみくちゃにされたらしく矢部ははぁはぁと荒い息をしている。

かなえはステージのあおいたちを見たまま答えた。


「ああ・・・」


ただそう答えることしかできなかった。何より自分が1番驚いていたからだ。

愛莉がギターが弾けるなんてはじめて知った。一緒に暮らしているのに。

1曲目が終わり、会場から拍手やら何やらがどっと聞こえてきた。

あおいがステージから体育館中を見渡し、マイクを手に取った。


「初めまして、1年2組、僕がボーカルの早川あおいです」


どうやらメンバーの紹介をするようだった。

次に愛梨の名前が呼ばれ、メンバー全員の名前が紹介される。会場はそれをじっと黙って聞いていた。


「僕たちは夏休み前から今日のために練習してきました。上手く言葉では言えないけど・・・

 この曲にはクラスみんなの思いが込められています」


そう言うあおいの姿はとても眩しくて・・・それはステージの照明のせいだけではないだろう。

かなえは彼女がとても輝いているように見えた。そう、マウンドに立ってるときと同じように。


「では次の曲・・・と言っても次が最後の曲なんだけど、聞いてください」


言って、また演奏を始める。今度は前のロックを前面に押し出した曲とは違うアップテンポな曲だった。

かなえたち・・・体育館中はそれに聞き入ってしまう。

そうしてその曲が終わる頃、同時に学園祭も終わっていくのが分かった。

少しさびしいような・・・そんな祭りの後の余韻。そんなものがいつの間にかかなえの中にも芽生えていた。

・・・あんなにめんどくさがっていたのに。

これは後から愛梨に聞いたことなのだが、愛梨は深夜にひっそりとギターの練習をしていたらしい。

かなえが気づかなかったのも無理はなかったという。


「お嬢様には・・・当日まで隠しておきたかったんです」

「なんでだよ」


愛梨の言葉にかなえは疑問を投げかけるようにして返す。

愛梨は少し頬を染めると、小さく頷き、下を見る。そして何か意を決したかのようにすると。


「秘密、です」


と、そう締めくくった。かなえは愛梨が何を言いたいのかちっとも理解できなかったが、

この学園祭が良いもの・・・楽しいものだったということだけは胸の中で理解できた。




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