学園祭が終わると季節はあっという間に過ぎていった。

秋の県大会にももちろん出ることができないため、練習練習の日々。そんな日々を恋恋高校野球愛好会は過ごしていった。

そして雪が舞い散る冬になり、愛好会の練習も実戦形式のものから基礎体力強化のものへと少しずつチェンジしていく。

かなえは相変わらず練習の様子をノートへと書き写していた。


「次、センター矢部行くぞ!」


片桐の声と共に矢部が返事をする。金属音が響き、矢部の後方へと打球が飛んでいく。

矢部はそれを背面でダッシュしながら落下位置に入り、難なく捕球して見せた。


「ふふふ、オイラが本気を出せばこんなもんでやんす!」


矢部が本気を出せばどんなもんかは置いておいて、

4月からのこの8ヶ月あまりで野球部の力が大きく向上したのは間違いない。

それだけは自信を持っていえた。今日は12月30日、野球愛好会は今年最後の練習にのぞんでいた。

最初は素人レベルだった山本、吉野、加藤も人並みには上手くなったと思うし、

野球経験者だった大村と金澤は完全に勘を取り戻しただろう。

あおい、矢部、片桐の3人は言うまでもなくその実力を日に日に上げている。


(いつかこのチームが大会に出たとき・・・そのときが楽しみだ)


かなえはそう思いながら今度は吉野の動きをノートにメモしていた。

このノートももう何冊目か分からないくらい書いてきた。全部あわせれば相当な量になるだろう。

このデータもいつか役立つ日が来る・・・そう信じてやってきた。


「よーしお前ら、全員集まれー!」


かなえの一言で選手たちが集まる。

もう辺りは真っ暗、ナイター設備がなければ練習もできないような時間帯だ。選手たちは全員へとへとの様子。


「今日で今年の練習はおしまいだ。正月の間はゆっくり休んで次の練習に備えるように。以上!」


それだけ言うと選手たちは解散となった。これで今年彼らと会うのも最後。

少しさびしいような、そんなこそばゆい感覚に襲われた。



















PHASE-30 そして、選ばれた未来へ



















12月31日。今日は大晦日、1年で最後の日だ。とは言っても特別何をするわけでもない。

愛梨が作ってくれる豪華な食事は楽しみといえば楽しみだが、

恒例の歌合戦も年末恒例のぐだぐだ生番組もあまり興味はなかった。

・・・と言いつつ見てしまうんだが。


「こんなんが1年の最後の日で良いんだろうか・・・」


そう思いながらぼうっと自室でソファに寝転がりながらテレビを見ていた。

思えば今年1年、色々なことがあった。恋恋高校に入学し、野球愛好会の監督を引き受け、

あかつき大付属と試合をし、野球愛好会が認められ、夏の合宿へ行き、学園祭をして・・・

実に充実した1年だったと思う。こんなに中身の濃い1年を過ごしたのは人生で初めてではないだろうか。

かなえはそんなことを考えチャンネルをぐるぐるとまわしていた。

そんな怠惰な時間をすごしていたとき、自室の部屋のドアをとんとんと叩く音が聞こえた。

愛梨だろうか?こんな時間に何の用だろう・・・かなえはがちゃりとドアを開ける。

そこには案の定愛梨が立っていた。いつものニコニコ笑顔で。


「お嬢様、お客様が来ております」

「客ぅ?こんな時間に誰だ・・・」


と、言ってもこんな時間にぶしつけにうちに来る人物なんか1人しか居なかった。

かなえはパジャマ姿のままずかずかと階段を降り、玄関へと出る。


「かなちゃん、あけましておめでとう〜!」

「おめでとう〜じゃない!」


良いノリ突っ込みが決まったところでそのたずねてきた人物・・・伊織の顔を睨んだ。

彼女もムカつくくらいの笑顔でこちらを見ていた。文字通りおめでたい奴だ。


「これから一緒に初詣行こうよ」

「お前、本気か・・・?」


外を見るとちらちらと雪が舞っているじゃないか。

こんなときにわざわざ遠くの神社まで外出するなんてめんどくさそうなこと、絶対にしたくない。


「断る。行くなら1人で行け」

「え〜!なんで〜!?」

「めんどくさいからだ!」


訳が分からない、と言った風の伊織を一括する。寒い、遠い、疲れる。

誰が好き好んでそんなリスクを背負って初詣なんかに行くもんか。しかももう深夜だぞ。


「お嬢様、行ってらしてはいかがでしょうか?」

「愛梨・・・?」


意外な人物の意外な一言にかなえは思わず黙ってしまった。

愛梨はいつものニコニコ笑顔、メイド服姿でいつの間にかかなえの後ろに立っていた。


「わたくしも一緒に参ります。それなら安全ですし」

「うーん・・・」


愛梨に言われるとなぜだか断れなくなってしまう。

伊織ならものすごい勢いで拒否ることができるんだが。この差は一体何なんだろうか。自分でも分からなかった。


「仕方ない、行くか・・・」

「やった!わーい」


わーい、じゃないぞ本当に。だがたまには・・・というか年に1回くらいこういうのも良いかな、とそう思っただけだ。

要するに気まぐれだった。・・・たぶん。


「待ってろ、私たち準備するから」


パジャマのまま行くわけにはいかなかいので部屋に戻って着替えることにする。

今日は一段と寒そうだから厚着する必要がありそうだ。

そんなことを考えながら自室へと続く階段を上っていた。しばらく着ていなかったコートでも着てみようかな。



















「あ〜、あったかいでやんす〜」


矢部は蕎麦をすすりながらそんなことを呟く。ここ・・・神社の境内の下の広場では大きな焚き木をしているところだった。

その周りを年越し蕎麦やお酒を振舞うテントが囲んでいる。矢部はずずずっと最後の汁をすすりこむと。


「ぷはぁ、最高でやんすね、片桐君」


とそう隣で焚き木に当たっていた片桐に話しかけた。

片桐は自分がどうしてこんなところに居るんだろうとぼうっと燃える火を見ながら考えていた。

夜中にいきなり矢部が家に訪ねてきて、初詣に行こうだのと言い始めて・・・

そのままその勢いでここまで来てしまった。夜中なのに妙にテンションの高い矢部とさっさと帰りたい片桐。

その温度差は氷と沸騰したお湯くらい激しかった。


「さて、蕎麦も食べたことでやんすしお参りに行くでやんす」

「お前な・・・勝手に満足して勝手に振り回すのはやめろ」


それでも矢部はニヤニヤした笑いをやめない。

・・・こいつ、酒でも入ってるんじゃないかと思うくらいのハイテンションぶりだ。

たぶん違うだろうが。いや当たっていたら法律に引っかかる。


「疲れた・・・遠いぞやっぱりこの神社は」

「かなちゃん体力なさすぎだよ〜」


そのときだった。そんな女の子の声が聞こえてきたのは。片桐はもしやと思い後ろを振り向く。

するとそこにはかなえ、伊織、愛梨の3人が立っていたではないか。


「うわー、焚き木だよ焚き木。あったかーい」

「ああ、そうだな・・・」


はしゃいでいる伊織ともう疲れてどうでもよさそうにしているかなえ。

よほど疲れているのかこちらにも気づかないまま焚き木へと当たっていた。


「片桐さんに矢部さん・・・?」


唯一こちらに気づいたのは愛梨だった。あけましておめでとうございます、とぺこりと頭を下げる。

その丁寧さに片桐は思わずおめでとうございますと頭を下げてしまった。


「なんだ、お前たち居たのか」

「奇遇だね」


蕎麦を買ってきたらしいかなえと伊織もその輪に加わる。

偶然にも野球愛好会の主要メンバーがほとんど揃ってしまった。あおいたちは居ないにしろ。


「お前たち、もうお参りはしてきたのか?」

「いや、まだだ」


蕎麦をすすりながらかなえがたずねる。片桐は矢部の方を指差してそう答えた。

矢部はやんす?といったような表情でそれをぽかんと見ていた。


「それじゃあ一緒に行こうよ」

「まずお前たちが蕎麦を食べたら、な」


伊織がいきり立つが、片桐にはんなりと制される。伊織はあわわ、と言いながら手元にあったカップの蕎麦をすする。

片桐は再び焚き木の方へと目を移した。こうして燃える火を見ているとなんだか落ち着く。人間の本能というのだろうか。

思えば去年は色々なことがあった。片桐にとってもそれは同じことだった。

恋恋高校に入学し、野球愛好会へ入った。再び野球を始めた。二度とやることはないだろうと思っていた野球を。

そのきっかけをくれたのが今目の前に居るかなえだった。


(不思議なもんだな、人生って・・・)


あそこで彼女が声をかけてくれなかったら今頃自分は何をしているのだろう。

そんなことを考えながら燃える火をじっと見つめていた。じっと・・・


「さーて、蕎麦も食べたことだしお参りに行くかー!」

「え、あ、ちょっと待ってー!」


黄昏ている片桐の隣ではそんなあわただしい会話が繰り広げられていた。

伊織が残っていた蕎麦を全部食べきり、容器をゴミ箱に捨てると一同は境内へ向かって歩き始めた。


「お賽銭用意しなきゃ・・・」

「愛梨、5円玉あるか?」

「はい、こちらに」


隣で彼女たちがきゃっきゃと会話を繰り広げている中、片桐は自分の財布から5円玉を探し出す。

矢部も同じく5円を財布から出していた。そして境内への列の最後尾へと並ぶ。


「ねぇ、何をお願いするの?」

「馬鹿、言うわけないだろ」


伊織の問にかなえはいつもどおりの返しをした。いつまでもこうしてみんなで楽しくいられたらいい・・・

片桐はそんなことを考えていた。そう、いつまでも・・・

お参りの順番がまわってきて、一同は5円玉をぽいっと賽銭箱の中へ落とす。

そしてからんからん、とかなえが神社の鈴を鳴らすとぱんぱん、と手を叩いて。


(かなちゃんともっと仲良くなれますように・・・)

(甲子園で大活躍してスーパースターになれますようにでやんす・・・)

(加納の奴ともう1回試合をやる。そして次は絶対に勝つ・・・)


それぞれが思い思いの願い事を心の中でつぶやきながら数秒間目を瞑る。

そしてそれが終わると境内からゆっくりと降りていった。かなえはそのとき、不意にぼんやりと空を見上げた。

空は厚い雲に覆われており、そこから雪がひらひらと舞い散っている。


「かなちゃん、なんてお願いしたの?」


開口一番、伊織がそうかなえに話しかけてきた。かなえはやっぱり、と思った。

こいつならいの一番にそう聞いてくるに違いないと予見していたのだ。

そして、自分がそれになんと答えるのかも用意しておいた。それは・・・


「ばーか、誰が教えるか」

「えー!ひどーい!」


伊織が怒りながらかなえをぽかぽかと叩く。

かなえはそれに逃げるようにして境内の階段を降りていった。そしてそれをまた追いかける伊織。

かなえはそのとき、ああ今年もこうしてやっていくんだな、と感じた。

だが、それでもいい・・・そう思えた。こうしていることが何より楽しかったから。

かなえがさっき願ったこと、それは―――――



















第1部 完




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