麻衣から惰眠を奪ったのはジリリリリという目覚まし時計の音だった。時計は7時少し前を指している。

転学初日に遅刻するのも何なので、麻衣はゆっくりと起きあがり身支度を整える事にした。

準備を追え、姿見の前で自分の制服姿を見ている。・・・うん、別に悪くはない。

そう思いながら麻衣は食堂へと降りていった。食堂は既にがらんとしておりあまり人はいない。

元々人が少ない寮なのだから当然なのだが、こんな広い食堂で1人食事をするというのも寂しかった。



















第2話 狭い島だからな、不良ってのはすぐ弾き出される



















食事を終えると学校へと向かう。まずは職員室へ行き、担任の教師へ挨拶した。

教師の案内で教室へと案内され、促されるまま教室へ入る。そして黒板に名前を書いて。


「相楽麻衣です。よろしくお願いします」


一応そう言って頭を下げておいた。これくらいはやっておかないと、最低限の話にもならない。

麻衣の席は窓際後から2番目というなかなかのポジションだった。眺めは良いしいうことなしだ。

教師が何かを説明している間麻衣は窓の外をぼうっと見つめていた。当然教師の話など頭に入ってこない。

そして休み時間になると転校生お約束の質問攻めに合う前に教室からこっそりと抜け出した。

今日はこれから始業式だというのだからもう出なくて良いだろう。そう思い麻衣は屋上へと向かった。

東京だろうが沖縄だろうがサボりと言ったら屋上で間違いないだろう。

屋上の給水塔の裏へまわると給水塔にもたれ掛かって頭を真っ白にする。

金網の向こう側の景色を何とも無しに見つめていると、突然自分の前に大きな影が出来たのが分かった。


「ん?」


麻衣はそう言ってその方向を見てみる。と、そこにはいかにも不良と言った感じの男が立っていた。

金髪のツンツン立った髪に頭の悪そうな顔、制服もだらしなく着ている。


「テメェ、誰だオラァ。ここは俺のサボリ場だぞ」

「あっそ」


麻衣はそう言うとまた金網の向こう側を見始めた。

こんないかにもめんどくさそうな奴と関わり合いたくない、そう思った。男の方はというと。


「オラァ、無視してんじゃねぇぞ!」


男は金網をガシャ!と足で蹴ってこちらを威圧してきた。

麻衣はめんどくさそうな表情で彼の顔を見るとはぁ、とため息をついて頭を抱えた。


「うるさいからさっさとどっか行ってくれないか?」

「だ・か・ら!ここは俺のサボリ場なの!オーケイ?」

「知らん」


男はもう完全にブチ切れたのかこちらに向かって殴りかかってきた。

麻衣は男の右ストレートを手で受け止めるともう片方の手で男の腹に一発、拳をぶつけてみた。


「ってぇ!テメェやるじゃねぇか!」


男はまだそれでも立ち上がりこちらへと向かってくる。

麻衣は今度は左ストレートをかわすと今度は彼の横っ腹に蹴りを食らわせた。男は金網にガシャン!と叩きつけられる。

まだかかってくるようなので何度も何度も蹴りを食らわせてやった。

そしてようやく男は倒れ込むとそのまま動かなくなった。・・・少しやりすぎただろうか。

麻衣はぱんぱんと手を払うとまた給水塔に背を向けて座り直した。

全く、無駄な時間を過ごしてしまった。と、その時、男の腕がぴくりと動いた。


「ふは、ふははは・・・この島ナンバー1の俺をここまでやるとはな」


何がナンバー1なんだろうか、頭の悪さか?

麻衣は彼の方をちらっと見ると男はゆっくりと立ち上がり口元を拭った。そして大きな声で笑うと。


「面白い、俺は金城翔平。お前名前は?」

「お前みたいなバカに名乗る名はない」


麻衣は金城の事など意に介さないように金網の向こう側を見続けていた。

金城はというとそう言うなよ、とか何とか言ってこちらに言い寄ってくる。気持ち悪い。


「じゃあジョン・スミス」

「何、お前外人だったのか!?」


真性のバカだこいつ。話してるとこっちまでバカになりそうだ。

金城はニコニコと笑いながら麻衣の隣へと腰掛けた。麻衣は彼を避けるように一歩、彼とは逆方向に動く。


「お前も俺と同族と見て話すがよ」

「待て、ボクのどこがお前と同族なんだ」


キッパリと否定しておく。こんな奴と一緒にされちゃたまったもんじゃない。

そこまで落ちぶれた覚えはない・・・と思う。少し自己嫌悪してしまう自分がそこにはいた。


「何だ、違うのか?始業式サボってこんなところにいるやつは同族だと思ってたんだが」

「いや、いい・・・続けてくれ」


客観的に見れば今のこいつと自分は一緒かも知れない・・・そう思った。

あくまで客観的に見れば、の話だが今の自分とこいつがどう違うのかと聞かれたら説明出来ない。


「この島で不良やるなら相当な覚悟が必要だからな、覚えとけよ」

「はぁ?」


何を言い出すかと思えば・・・こんな事やってるんだからそれなりに覚悟はしているつもりだ。

金城はこちらを見るとニヤリと笑う。いちいち気持ち悪い奴だな・・・と憤る麻衣。


「狭い島だからな、不良ってのはすぐ弾き出される」


その時、一瞬だったが金城が真面目な顔をした。だからなんだと言われればそれまでだが。

そして彼も麻衣と同じように金網の向こう側を見ながらこう続けた。


「俺も昔は苦労したんだぜ。親はうるせーし近所づきあいがどうのこうのと・・・」

「それで見捨てられて現在に至ると」

「お前、いちいち言うことがキツいよな」


麻衣がばっさり切り捨てると金城がガクッとした表情で言う。まあ強ち間違っちゃいないが・・・

と金城が続けた。その時、キーンコーンカーンコーンというチャイムの音が鳴った。


「お、終わったか。やっと帰れる〜」

「バカか、お前は。帰りたきゃ帰れ」


麻衣は帰っても寮だから学校にいるのと似たようなもんだ。

1日中学校にいるのというのはこんな気分なのか、と思いながらも重たい腰を上げる。もうここにいる意味もない。


「帰るのか?」

「そうだよ、鬱陶しいからお前は後で降りてこい」


そう言い残して麻衣は金城を一瞥もせずに屋上から降りていった。

金城は思わずぽかーんとその場に立ちつくしてしまったがしばらくして我に帰ると。


「っておい、俺はテメェの手下でも何でもねぇぞ!」


誰もいない屋上で自分で自分に突っ込んでいた。・・・あまりにもバカな図だった。



















あの日、あの日が過ぎても欠かさずやっている習慣が1つだけあった。毎日の走り込みと素振り。

それだけはあの日から1日もサボらずやってきた。自分の勲章という奴だ。

今日も島の探険を兼ねて島を1週ぐるっと走っていた。丁度島の反対側に来た頃だろうか。

少し疲れてきたので自販機でジュースでも買って飲もうかと思い自販機を探す。

しかしこんなド田舎の狭い島、自販機を探すのも一苦労だった。

ようやくの思いで自販機を探すと120円を入れ缶のジュースを1本、買ってみる。

防波堤にもたれ掛かりながらそれを飲んでいると、島の中腹辺りだろうか、その辺りに異様なものを発見した。

明らかに周りとは違う雰囲気の大きな屋敷が1軒、建っていた。

あれは何なんだろうと考えながらジュースを飲んでいると、近くに小さな影があることに気がついた。

全然人の気配を感じなかったので少しビックリしてしまった。


「お姉ちゃん、また会ったね」


そう、そこにいたのはこの間会った女の子。下僕がどうだの言ってた、あの女の子だった。

麻衣は最初は驚いていたが段々と落ち着きを取り戻すと平成を装いながら。


「なんだ、また下僕がどうこうって話?」

「うん、お姉ちゃん、理恵の下僕になる気になったかなーと思って」

「なるわけないだろ」


麻衣はハッキリと否定しておく。そんな気になることは無いだろうがこの子の持つ不思議な

雰囲気にずっと浸っていると何だか首を縦に振ってしまいそうな気がしたからだ。


「なーんだ、残念」


ちっとも残念そうじゃなさそうに理恵が言う。理恵はくるりとまわって麻衣の隣へと寄り添ってきた。

何なんだろうこの子は・・・本当にやりたいことが掴めない、つかみ所がないとはこういう事を言うのか。

麻衣は黙ってあの屋敷の方を見ていた。すると理恵が口を開けてぽつぽつと話し始めた。


「あそこ、理恵のお家なんだよ」

「え?」


内心、驚いた。そして納得したところもあった。ああ、だからこの子はこんなに不思議な雰囲気を持っているのか。

良いところのお嬢様だったんだな。着ている服もどこか気品が高そうなわけだ。


「お姉ちゃん、興味があるなら来る?お姉ちゃんなら歓迎だよ」

「いや、いい・・・」


あんな屋敷にいたら気が滅入ってしまいそうだ。この子の家なんだからさぞかし凄いんだろう。

ジュースを飲み干すと、缶を自販機の隣のゴミ箱へと捨てて麻衣はまた走り出す準備を始めた。


「じゃあボクもう行くから」

「うん。またね、お姉ちゃん」


もう会うことはないだろう・・・と麻衣は思っていた。

だが、もしあんな事が起こることが分かっていたら麻衣はこの時こんな平静を装っていられただろうか。

そんなことを知らない麻衣はまた走り出した。自分の足で、自分の力で。




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