朝、目が覚める。時計を見ると登校の時間などとっくに過ぎた時間だった。

だが、今日はやることがある。このままサボるというわけにもいかない。

身支度をぱっぱと済ませると姿見の前で服装をチェックして何も入ってない鞄を持ち、学校へと向かった。

・・・と言っても学校へ行ってもやることがない。いや、授業受けろといわれればそれまでなんだが。

あの日から心のどこかにぽっかりと穴が開いてしまっているみたいで何もやる気がおきない。

こんな状況ダメだと分かっているんだがそれがどうも行動に結びつかない。

そんな怠惰な気持ちで学校へ着くと、そのまま屋上へと上がっていった。今日もここでサボリだ。

麻衣が給水塔の裏へと回り込んだとき、そこには先客がいた。いて欲しくない先客だ。


「よう」


そう言って右手を挙げたのは他でもない、金城だった。

何やらご機嫌な様子でこちらをニヤニヤ見ながら給水塔へともたれかかっている。何なんだ、気持ち悪い。


「お前、相楽麻衣って言うらしいな。ちょっと調べたらすぐ分かったぜ」

「どうやって調べたんだ」


さあな、とはぐらかしてそっぽを向く金城。麻衣は立っているのも何だったので金城と少し離れたところに腰を落ち着かせた。

どうせ調べたなんて言ってもロクな調べ方じゃないだろう。同じクラスの生徒に無理矢理吐かせたとか、そんなところ。

それから2人でしばらく喋るでもなくそこでぼけっと過ごしていた。

すると金城が何か話題はないと何か考え始めた。その様子を麻衣はじとっとした目で見ている。

そして金城はぽん、と手を叩きそうだ、と言った感じで麻衣にこんな話を始めた。


「そういやよ、野球部・・・廃部になるらしいぜ」



















第3話 野球、ナメるなよ



















「はぁ!?何だって!?」


麻衣は瞬間、身体を起こして金城の方へと迫った。

そして金城の胸ぐらを掴むとまるでカツアゲでもするかのように彼に向かってすごんで見せた。どういうことだ?


「な、なんだよ。だから野球部が廃部・・・」

「野球部が廃部!?」


信じられない、こんなことがあるだろうか。麻衣は金城を放すとがっくりとうなだれた。

金城はごほごほと咳き込むとおっほん、と息を整えて更にこう続けた。


「今年の夏で3年生が卒業して部員不足なんだとさ。ざまあみろだぜ」


最早金城の言葉など頭に入ってこない。野球が出来ない・・・じゃあ自分には一体何が残ると言うのだろうか。

あの日からずっと、麻衣を動かしてきたのは野球への情熱だけだった。他には何もない。何も・・・


「ボクは野球部に今日入部する予定だったんだ」

「あ?」


麻衣はぽつりと呟く。金城はまるで想定外という呆気にとられた顔をしていた。

そしてしばらく沈黙が流れると、金城のくすくすという笑い声が聞こえてきた。


「なんだ、お前野球やってたのか?ご愁傷様だね、あっはっはっは」


笑い飛ばす金城をギロリと睨む。金城はそれに驚いたのかあっはっはっは・・・と笑うのをやめた。

麻衣はゆらりと立ち上がると金城の方へ向かって話し始めた。


「放課後、野球部の部室まで案内しろ」



















放課後。麻衣は金城に案内されるままに野球部の部室へと向かっていた。

こんなめんどくさそうな仕事を引き受ける辺り、昨日あれだけ蹴り飛ばしておいた甲斐があったというものだ。

金城に案内されたのはグラウンドの一角、結構立派な部室らしきものの前だった。


「ここだよ、ここ。で、どうするわけ?誰もいないぜ」


確かに誰もいる様子はない。廃部にされた部の部室なら当然か。

それでも何か手がかりがあるかも知れない、と麻衣は野球部の部室へと入っていった。金城はそれを見てため息をつく。


「なんだ、お前達。野球部に何か用か?」


その時だった。部室の外からそんな声が聞こえてきたのは。見るとそこには1人の男が立っていた。

学生服だが体格の良さから分かる、この人は野球部の人なんだと。


「ボク、この部に入部したいんです」

「野球部に?野球部は潰れたよ、廃部だ」


男は笑い飛ばすかのようにそう言うと部室の中へと入っていった。

麻衣は食い下がる。ようやく手がかりを掴んだんだ、ここで帰してなるものか。その思いでいっぱいだった。


「なんとかならないんですか?」

「なんともならないよ。俺は野球道具を取りに来たんだ。部室、閉めるから早く外へ出ろ」


突き飛ばすかのような男の言葉に麻衣は引いてしまいそうになる。

麻衣は部室の外へと出ると、男が部室に鍵をするのをじっと見ていた。何とか方法はないものか・・・その時。


「だから来るだけ無駄だったんだよ。野球部は廃部、オーケイ?」


金城だった。明らかに神経を逆なでするような口調で麻衣とその男へ向けて言葉を放つ。

すると金城は呆れた様子で更にこう続けた。とびっきり嫌味な口調で。


「大体うちの野球部ってあれだろ?巽島の怪童とか呼ばれてる奴のワンマンチームだろ?

 そいつがお山の大将気取りで天狗になっちまって夏も予選落ち。それじゃあ廃部でも仕方ないよなあ」


天狗になってるのはお前だ、と蹴り飛ばしてやろうかと思ったがその前に男が前に出たので寸でのところで足を止められた。

男は金城の方を麻衣のような眼光で睨んだ。


「何が言いたい」

「要するに、そんなヘボの球なんかド素人の俺でも打てるねってことなんだよね」


とうとうそこまで言ったか、と麻衣は逆に感心し始めていた。

男はそう言うと学生服の内ポケットから硬球を取り出してそれを金城の方へと向けた。金城はぽかーんとしている。


「だったら打ってもらおうじゃないか。この巽島の怪童、伊藤寛(いとうひろ)の球をな!」



















勝負は簡単、3打席のうち1本でもヒット性の当たりを金城が打てたら勝ち、打てなかったら負け。

どう考えてもド素人の金城が勝てる見込みはゼロなのだが、金城はというとニコニコしてバットを振っていた。


(バットが波打ってる・・・完全に素人のスイングだ)


麻衣はというとキャッチャーの防具を付けていた。

自然の流れでキャッチャーなどするハメになったが、キャッチャーなど生まれてこの方やったことはない。

出来るかどうか不安だった。しかも投げるピッチャーが巽島の怪童と呼ばれる投手・・・どんな球を投げるのか。


「へっへー、打たれて泣くなよヘボP」


だからその自信はどこから沸いてくるんだ。全く不思議な奴だった。いや、単純にバカなだけか。

金城がバットを振りながら打席へと入る。伊藤はそれを見てボールを握った。

大きく振りかぶり、伊藤の右腕がしなる。その右腕から放たれたボールは・・・


「ス、ストライク・・・」


突然の事で何が何だか分からなかった。気づいたら麻衣のミットにボールが突きささっていた。

このピッチャー・・・凄いどころの話じゃない。プロだって狙えるくらいのボールを投げている。

今の球速は130キロはゆうに超えていたはずだ。投球練習も無しにこれだけのボールを投げるなんて・・・


「はっ、はっ、ちょっとは良い球投げるじゃねぇの」


金城の声が明らかに上ずっていた。アホだ、こいつ。こんな投手に無謀にも勝負を挑むなんて。

その次のボール、金城は来た球を振るもタイミングもコースも全く合わず空振り。

そして最後のボールもただ振っただけでかすりもせず空振り三振となった。


「まず、ワンアウトだな」

「ま、まだまだ、これからだ!」


第2打席目。金城はさっきの打席から何も学んでいないのか全く同じコースの球を全く同じように空振りしていた。

ボールが見えてないと言うんだろうか、全く当たる気配がない。

そして3球目、胸元にストレートがズバンと食い込む。ストライク、バッターアウトと麻衣がコール。


「あ、あと1打席あるぜ!」


完全なる強がりとしか思えない、悪あがきの発言。麻衣は呆れかえっていた。金城のアホさ加減に。

ラスト1打席もさっきと同じような球を同じように空振っていた。

いや、これは金城が素人と言うこともあるだろうがそれだけじゃない。圧倒的なのだ、伊藤が。

素人なのに手抜き一切無しの真剣勝負を挑んできている。これで金城が打てるわけがない。

金城は最後の1球も見事に空振り、三振となった。金城はバットを地面に叩きつける。

そして大声でちくしょう、と叫んだ。哀れという言葉以外見当たらない姿だった。


「なんでだ、なんで打てねぇんだ!」

「・・・なんで?毎日汗水垂らして練習してる奴の球を、ド素人のお前が打てるとでも思ったか?」


伊藤は冷徹に、そして淡々と金城へ言葉を突き刺した。金城は何も言えないといった様子でがくっとうなだれた。

ちくしょう、という彼のつぶやきだけがグラウンドに残っていた。


「野球、ナメるなよ」




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