グラウンドで燃え尽きた金城を余所に、麻衣は職員室へと向かっていた。

顧問の先生に直談判してみれば何かが掴めるかも知れない、そう考えたからだ。

職員室へと出向くと暇そうな教師を捕まえて野球部の顧問について聞いてみる。するとすぐに見つかった、野球部の顧問。


「はて、野球部を存続させて欲しい・・・とな?」


その顧問というのがもう70近いおじいちゃんで、しわくちゃの顔に白いヒゲを蓄えた、

今時こんな仙人みたいな人がいるのかという風貌の人物だった。正直驚いた。


「と言われても野球部の廃部は決まったことで・・・どうにもなあ」

「そこを何とかお願いします、ボクは野球がしたいんです」


麻衣が何とか押してみるものの感触はなく跳ね返されるだけ、という印象を受けた。

そんな押し問答を十数分続けた後、麻衣は職員室を後にした。・・・無理っぽい。

もう決まったことだから、の一本で学校側は動いてくれそうにない。一体どうしたらいいのだろうか。

分からない、自分が野球を続けるために何をしたらいいのか、分からなかった。



















第4話 合格・・・ね



















また朝が来る。来なくて良いのに・・・そう思いながら日々は過ぎていくのだろうか。

麻衣は怠惰なまま起きあがり、身支度を済ませるとさっさと寮の部屋から出て行った。

今日も遅刻だ。3時間目から授業を受けたものの何も頭に入ってこない。

4時間目の授業が終わると麻衣は混み合う学食で必死の思いでパンと牛乳を手に入れると

人の波に押し返されるかのように屋上へと上っていった。人混みは昔から嫌いだ。

給水塔を回り込むと、またしても先客がいた。

昨日あれだけ惨めな思いをしておきながらよく学校に顔が出せたもんだ、とその辺は妙に感心してしまった。


「よう、負け犬」

「うるせー」


金城は目を右手で隠したまま寝そべっていた。場所取るからさっさと起きて欲しいんだが・・・

金城をここで踏みつぶすのも有りだが今はやめておいてやることにした。


「昨日は面白いものを見せてくれてありがとう」

「・・・お願いします、昨日の事は忘れて下さい」


金城はそう言って泣きついてきた。近寄るな、気持ち悪い。

こんなゴミみたいな男でも一応プライドはあるらしく、その下らない自尊心に免じて許してやることにしよう。


「お前、昼食は食べないのか?」

「・・・学食行くのめんどい、俺は並ぶという行為が大嫌いなんだ。それに金もない」


あっそ、と麻衣は一蹴すると自分が買ってきたパンを開き食べ始めた。

パンを一口食べては牛乳を飲む。それを数回繰り返すとあっと言う間にパンは無くなってしまった。

それからはまたいつもの沈黙の時間だった。お互い何を話すでもなく時間が過ぎていく。

そんなときだった。きっと、キッカケは何でもない日常会話だったのだろう。

だがこれが麻衣の運命を大きく動かしていくことになることを、この時誰が予想できただろうか。


「・・・島の裏に大きな屋敷があるよな?」

「ああ?何だよいきなり」


金城はめんどくさそうにこちらを見る。いや、別に何だって事は無い話なんだが・・・

麻衣はぼうっと金網の向こう側を見ながら金城の返答を待っていた。すると。


「あるよ、ありゃ月代(さかやき)の家っつってな、島のお偉いさんが住んでんだ」

「島のお偉いさん・・・?もしかして、その屋敷って子供とかいないか?」


思い出されるのはあの女の子・・・理恵のことだった。お偉いさんのお嬢様だったのか・・・

麻衣がそんな思いを巡らせていると金城が重い口を開いた。


「いる。会ったことあるがクソ生意気なガキだったぜ。あ〜腹立つ・・・」


金城が理恵と・・・想像しただけでも磁石のプラスとプラス、マイナスとマイナスを近づけたような現象が起こりそうだ。

金城は理恵と会った時の事でも思い出しているのだろうか。


「最近中学に上がったらしいが、それでついでに増長して手に負えない事になってるそうだ」


へぇ・・・と言った具合に話を聞いていたその時だった。

麻衣は初めて理恵と出会ったときの事を思い出していた。あの時、彼女は何て言った?あの時、理恵は・・・


「そういうことか!」


麻衣は思い立った。そうだ、彼女があの時言った言葉、あれが本当なら・・・

野球部を立て直せる、そのはずだ。その為に何をすれば良いか・・・それを麻衣は知っていた。


「な、なんだよいきなり・・・」

「翔平、ありがとう。ボク、分かったよ!」


お、おう・・・と言った具合の金城を尻目に麻衣は決意を新たにしていた。

もし、自分の中の仮定が事実だとすれば野球部を救える、そう確信できていた。



















放課後、ホームルームが終わると麻衣は一目散に教室を飛び出し、帰路へとついた。

とは言っても寮に戻るわけではない。目的地はただ1つ・・・島の裏にある屋敷だ。

そこまでの道のりをどうやって走っていったのかも覚えていない、

そんな曖昧な記憶の中で確かにあの屋敷への道だけは覚えていた。島の裏にまわり、脇道に入り島の中腹まで登っていく。

気づいたときには麻衣の目の前には大きな壁がずっと続いていた。屋敷の囲いだ。

その壁を伝っていき、しばらく歩くと入り口らしき大きな鉄格子の扉が見つかった。

インターホンを押すとそこからは知らないおじいさんの声が聞こえてきた。


「はい、月代でございます」

「ボク、えっと・・・理恵さんの友達・・・なんですけど」

「さようでございますか。しばしお待ちを」


ぷつっとインターホンが切れる。しばらく・・・数分だろうか。

待つと、目の前の鉄格子の扉がぎぎぎと音を立てて開き始めた。麻衣は思わず一歩下がってしまう。

しかし扉が開ききったのを確認すると一歩ずつ前へと踏み出していった。

広い庭だった。こんな広い庭を造ってどうするんだろうと思うほどの広さ。

屋敷が遙か向こう側に見えたのは麻衣の気のせいではないだろう。その庭を、一歩ずつ歩いていく。

屋敷の正面に立つ。ここまで来たは良いがこれからどうすれば良いんだろう。

そんなことを考えていると扉が大きな音を立てて開いた。

さっきの扉といい、いちいちやることが大スケールな屋敷だ。扉が開くと、そこには小さな女の子が立っていた。

翠の大きな瞳に腰まですらりと伸びたウェーブがかかった金髪、そして小さな身長。

麻衣の知っている、理恵という人物そのものだった。その人物がそこに立っている。

そう、彼女に会いに来た。全てを終わらせる・・・いや、始めるために。


「お姉ちゃん、やっと来てくれたんだ」

「ああ」


理恵はこちらを見てにっこりと笑うと麻衣の手を取って屋敷の中を歩き始めた。

理恵と麻衣の両側には数十人はいるであろうメイドが列を作って立っていた。

こんな屋敷、漫画の中でしか見たことが無い。まさかこんな場面に自分が遭遇することになるとは・・・


「理恵のお部屋に案内してあげるね」


理恵にされるがまま、部屋に案内される。階段を上がり、大きな屋敷の二階へと辿り着く。

そしてそこから少し歩いたところ、そこに理恵の部屋はあった。部屋の前へと案内されると理恵はこちらをちらりと見る。


「どうぞ、お姉ちゃん」


がちゃりとドアを開くとそこは・・・メルヘンの国・・・のようだった。

部屋中に飾られたフリルの飾りに天涯付きのベッド、そして部屋のそこらかしこに見えるぬいぐるみの数々。

女の子の部屋を具現化したらこんな感じになるんだろうな、とそう思わせる部屋だった。

理恵はその中のぬいぐるみの1つ・・・大きな熊のぬいぐるみを手に取ると、それを抱えてベッドに座り込んだ。

麻衣は彼女と1対1になる。覚悟を決めるときが来た。


「その、単刀直入に言う。野球部を廃部の危機から救って欲しい」

「なーに、その話?」


わざとぽかんとする表情を見せる理恵。その瞳は何もかもを見通しているようだった。

この子の前で隠し事をするのは無理だ、そう感じた。麻衣は口を開く。


「初めてあったときの話、こういう事だったんだろう。あの言葉の意味はっ」

「・・・お姉ちゃん、何が言いたいの?」


またこちらを見透かしたようなあの目だ。中学の女の子とは思えない鋭い目。

麻衣はありのままを全て話そうと思った。だから、つまり、麻衣が言いたいことは。


「ボクが下僕になれば・・・野球部を助けてくれるんだよな」

「理恵、そーいう交換条件って好きじゃない」


そう言って頭からぼすっとベッドへと倒れ込んでしまう理恵。ここで引いたら負けだ。

麻衣は頭を空っぽにして考えた。そして考えた結果、思いついた答えが。

麻衣は一歩ずつ理恵へと近づくと、頭を抱きかかえるようにして理恵をベッドから持ち上げる。

顔と顔とが至近距離まで近づいていた。こうやってみると本当にかわいい女の子だ。

その天使のような顔をいつまでも見つめていたくなる、そんな衝動と戦って麻衣は意を決した。

麻衣は理恵のおでこの髪を少しかき上げると、そこに短くキスをした。

頭を空っぽにして考えた結果、これが最善の答えだった。正直キスなんかしたことない。

初めてだったから上手くやれたかどうかも分からない。その短いキスを終えた理恵は。


「合格・・・ね」


そう言って麻衣の唇に人差し指を差す理恵。麻衣は理恵を完全に起こすと、理恵の膝元に跪いた。

そして重い口を開け、一言一言絞り出すように言葉を発した。


「ボク、相楽麻衣は月代理恵様の下僕になることを誓います」




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