野球部復活、の報が校内を駆けめぐったのは朝のことだった。朝の職員会議で正式に決まったらしい。

その報を聞いた野球部員が、野球部の部室に戻ってきた。そこには数人の新入部員の姿もあった。


「おい良いのかよ榊原、金城なんか入れて!」

「今の野球部の部員数は7・・・彼と、それに彼女が入れば丁度9人になる。試合が出来るんだ」


その為なら例え猿であろうとチンパンジーであろうと部員になってくれるならそれを拒む必要はない。

それが悪名高きあの金城翔平だとしても、だ。榊原はそう言うと部室の中へと入っていった。

2人が部室で入部届を書いている脇では部員達が着替えを行っていた。

・・・女がいるんだからもうちょっと気を遣って欲しい気もするが・・・贅沢は言ってられない。

麻衣はなるべく彼らを見ないように入部届を書き終えると、着替えを済ませた榊原にそれを提出した。


「これで良いッスか?」


金城も提出する。ちらっと見ただけだったが、何やら蛇がとぐろを巻いたような字が書かれていた。

もうちょっと上手に字を書けないのか・・・と思ったがこの男にそれを強要するのは酷だろう。


「それじゃあ金城君は僕の予備のユニフォームを使うとして・・・相楽君は」


着替えを終えた部員達は部室の外へと出て行った。それと入れ違いになるように、1人の女の子が部室の中へと入ってきた。

茶髪でショートヘアーの、髪飾りがよく似合う女の子だった。


「あ、キャプテン。まだいらしたんですか」

「丁度良かったよ、藤枝君。この相楽君に君の予備ユニフォームを貸してあげて欲しいんだ」


・・・今なんて言った?麻衣にユニフォームを貸すとか何とか・・・

まさか、この女の子が部員なのか?だから麻衣が入部希望をしたとき何の苦もなく受け入れてくれたのか?


(まさか先に女子部員がいるとは思いもしなかった・・・)


野球を志す女の子も多くなったと言うことだろうか、まさか前にいた学校含めて2回連続とは・・・

離島のこんな小さな島にも、そんな女の子はいたみたいだ。麻衣は少し嬉しくなった。



















第6話 理恵の事心配してくれたんだ。かわいい



















「私、藤枝翡翠って言います。よろしくお願いします」


言って、ぺこりと頭を下げる翡翠。麻衣はこちらこそよろしく・・・と

頭を下げそうになったがハッと思い立って頭を下げるのをやめた。麻衣は翡翠の肩に手を突いて。


「とりあえずズボンくらい穿こうよ」

「あっ!はいっ!?す、すみませんっ!!」


パンツ姿の翡翠は慌てた様子でズボンを穿き始めた。

麻衣は自分も下着姿だったのが恥ずかしかったのかそれ以上は何も言わずにユニフォームへと着替えた。


「でも私以外にも女の子で野球をやってる人がいたなんて驚きです」

「ボクも同じだよ。こんな離島に来てまで女性選手と出会うなんて・・・」


部室から出る途中、こんな会話をしながら2人はグラブを着けていた。

グラウンドに出ると他の選手はもうアップのランニングを始めているところだった。


「ほら、早く行かないと」

「は、はいっ」


2人もその輪の中へ入っていく。意外な事に金城も真面目に練習をやっていた。

あいつのキャラからして基礎練習なんてやってらんねーとでも言うと思ったが。

本気で野球をやろうとしているのだろうか、その辺のところは今はまだ分からなかった。


「よし、全員揃ったな。とりあえず今日はそれぞれの守備位置の確認をしたいと思う」


ランニングが終わるとキャプテンがそんなことを言い始めた。

新チーム、どこを誰が守るのか分からないままでは練習にもならない。まずはチーム作りからだ。


「ピッチャー伊藤君とキャッチャー僕は決まりとして・・・他のポジションをどうするか、だな」


榊原は手を折りながらメンバーの顔とポジションを計算しているようだった。

1人1人の顔を見ながら頭の中でメンバー表を固めていく。


「相楽君、ポジションはどこを?」

「中学時代はセカンドを守ってました」


セカンドか・・・とまた何かを考えるように榊原は腕を組んでいた。と、なると・・・

とかじゃあ・・・とかブツブツ言いながら考えているようだった。


「ファースト小嶋君、セカンド相楽君、サード横山君、ショート新垣君」


1人1人メンバーを指さしながらポジションを告げていく。

麻衣はどうやらコンバートされることなくセカンドのポジションにありつけるらしい。


「レフト金城君、センター蒲田君、ライト藤枝君。これでどうだろう?」


異議なし、という拍手が巻き起こる。麻衣もそれに吊られて思わず拍手をしてしまった。

ド素人の金城は素人でもこなせるレフトのポジションを言いつけられた。


「実は私、本当はキャッチャーなんです。キャプテンと被ってるからとても守れませんけど」


翡翠がこっそりと麻衣に話しかける。そうか、翡翠はポジションをコンバートさせられた組なのか。

キャプテンと被っているというのが致命的なところか。まあ運が無かったと思って諦めるしかない。


「とりあえずこれでノックやってみよう。それぞれポジションについて!」


キャプテンの声で選手が自分のポジションへと散っていく。

金城もさすがにレフトがどこかは分かるようで、のろのろとした足取りでレフトのポジションへとついた。


「よし、まずはファースト!」


キンッ、と金属音が響いてファーストに打球が飛んでいく。それを小嶋は難なく裁いてアウトにしてみせた。

続いて麻衣のところにボールが飛んでくる。麻衣はそれを無難に捕ってファーストへと送った。

守備は麻衣の得意とする分野だ、これで負けるわけにはいかない。

サード、ショートと続いてボールが飛んでいき、それぞれがそれを裁いて見せた。

そして問題、レフトの番がやってきた。打球が大きく飛び、金城はそれをただ呆然と見送る。

ぽとん、とボールが金城の頭を軽く越えてレフトの奥の方へと落ちていく。

とは言っても普通のレフトなら明らかに捕れるレベルで、どう考えても金城が悪かった。


「すんませーん、俺素人なんでもっと捕りやすい球打ってくださいよ〜」

(あんのバカッ・・・)


明らかなイージーミスをしたのに悪びれる様子もなくへらへらとしている。

あれでは上手くなるものもならないだろう。本人に自覚があるないに関わらず。

麻衣は頭を抱えていた。やっぱりあいつに野球なんか出来るはずがなかったのか・・・と。


「じゃあ次はもっと簡単なフライだ。よーく打球を見て」


榊原はそう言うとキーンとボールを打ち上げた。今度はほぼレフトの真正面、捕れて当たり前のレベル。

金城はうろうろとぶらつきながらボールの落下点に到達すると左手のグラブを掲げて見せた。

・・・ボールはその後でぽーんと跳ねていた。俗に言うバンザイという奴だ。


「あ、あれ〜!?おかしいな・・・」


これには榊原も頭を抱えずにはいられなかった。素人だ素人だとは思っていたがここまでのレベルとは。

結局レフトは後で居残り練習、ということになり先にセンターとライトに打球が飛んでいった。

翡翠はそれを本業のポジションとも遜色無い動きで捕って見せた。これが本物の守備というものだ。

一通りノックを受け終わると選手達はバラバラと守備位置を離れ、それぞれの練習へと入っていく。

ただし、金城だけは居残りノックが待っていた。

麻衣もバッティング練習がしたかったため翡翠に頼んで練習の相手をしてもらうことにした。

練習はいわゆるトスバッティングというもの。翡翠がひょいっと投げた球を麻衣が打つ、というシンプルな練習だった。

しばらくしたら立場を交代してこれを続ける。

実戦から離れていた麻衣にとってはバッティングの勘を取り戻すためにこの練習をやっておきたかった。


「今度こそ・・・おっとっと・・・捕れた!捕れましたよ!」


金城がふらふらとした動きで打球の落下地点に入り、グラブを掲げる。

するとボールは見事そのグラブの中へと収まった。もう何球練習したか分からないくらい練習した後だったが。

そんな金城の様子を横目に見ながらトスバッティングを続けていく。

金城は相変わらずふらふらとした足取りで守備練習を続けていた。

金城がイージーな当たりをさばけるようになるまで、練習は日が暮れるまで続いた。

練習が終わると金城はレフトのその場に大の字になって寝転んだ。


「あーもう動けねー!ギブアップ!」

「金城君、お疲れ様。今日練習したことを忘れずにね」


キャプテンがそう言うと金城は左手を挙げてひらひらと振って見せた。

キャプテンに感謝しろよ、素人の金城なんかに練習時間を潰して相手してあげたんだから。麻衣は心の底でそう思った。



















当たりは既にまっ暗だった。ナイター設備のあるグラウンドで助かった。

着替えを終えた麻衣は校門まで翡翠と歩いてきていた。聞けば翡翠も寮生らしい。

それなら寮まで一緒に歩いていこうと言うことになったのだ。翡翠は話も合うし本当に良い子だ。

校門を潜ったその時だった。暗がりに、人影が見えた。目を凝らしてみてみると小さな人影で、

それはまるで小さなお人形みたいな・・・と、その時、麻衣の思考が停止した。


「お姉ちゃん、遅かったね」

「バッ、お前何やってるんだこんな時間に」

「ちょっとお姉ちゃんが野球やってるところ見たくなって」


それだけの理由でこんな時間までここにいたのか?思わず罵声を浴びさせたくなる衝動を抑える。

理恵は制服じゃなくて私服を着ているから1回家には戻ったはずだ。


「心配した?」

「当たり前だろっ、暗くなってるのに女の子1人で、何かあったらどうするんだ」


麻衣は必死に理恵に問いかけて見せた。理恵はふーんと言った様子でこっちを見ている。

そして麻衣の手を取るとその手にちゅっとキスをして見せた。麻衣は突然の出来事に混乱する。


「なっ・・・!」

「お姉ちゃん、理恵の事心配してくれたんだ。かわいい」


その様子を翡翠はおーっとかわーっとか言いながら手を叩いて見ていた。

・・・この様子、楽しんでないか?麻衣はキスされた左手で頭を抱えた。なんでこうなるんだよ、いつも。




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