あの後、理恵との関係はギクシャクしたままだった。いつも通り一緒に学校へ登校したりはしていたのだが何せ話しかけづらい。

理恵はつんと突っ張ったままこっちを向こうとはしないし。

そして1番の変化が麻衣が部活が終わるまであんなに待ち続けてきた理恵が、あれ以降一切来なくなった。


(ボクは嫌われたんだろうか・・・)


とは言っても思いたる節が・・・ある。ボクが怖いと言ったら格好悪い・・・と。

そんなに怖いと言ったことがダメだったんだろか。麻衣は頭を抱えて考えていた。

そんなときだった。フェリーががくん、と僅かに傾く。それで麻衣は今までの想像の世界から現実の世界へ引き戻された。

今日は・・・新生巽島高校初めての試合。

フェリーは試合球場のある沖縄本土へ向かっている。このチームで甲子園・・・麻衣は正直想像出来なかった。


(伊藤先輩、榊原先輩はチームの中では抜けてる。・・・が)


しかし。このチームにはとんでもない爆弾を抱えているのだ。ド素人の金城。

彼をどうにかしない限り勝ちは見えてこない。急ごしらえの守備と打撃でどこまでいけるか。


(はぁ、頭が痛い・・・)


理恵との問題に加え金城のザル守備を見せられると思うとうんざりする。

バッティングも得意とか言ってるがあまり上達したとは思えない。何せ金城だからだ。


(やってみるしかない、か)


伊藤が0点に抑えれば最悪負けはない。

あのピッチングが本物だとしたら県予選1回戦で出てくるようなチームが打てるわけがない。自分たちがヘマをしなければ・・・

最悪、伊藤の足を引っ張るようなことだけはしたくない。その時だった、とうとうフェリーが到着したらしい。



















第8話 なんじゃこりゃ!何で俺が9番なんだよ!



















球場にたどり着くと東田が点呼を取り始めた。欠席者はゼロ。

というより1人でも欠席なら試合が出来ないんだが・・・体調には気を付けないようにしないと。

球場内は意外と閑散としていた。高校野球の地方大会1回戦なんてこんなもの、

なんだろうがもっと観客がいてわーわー言ってるものとばかりに思っていた麻衣にとっては新鮮だった。


「まあうるさくなくて良いか・・・」


そんなことを言いながらベンチに荷物を置くと、早速練習のためにグラウンドへ散っていた。

試合前の守備練習。ここでどれくらい金城が上達したのか見せてもらおうじゃないか。

麻衣は自分の球は難なく裁いて見せると金城の・・・レフトの番になった。

カキーンと打ち上げられた球は金城の頭上を越え・・・ようとした瞬間、金城のグラブがそれを遮った。

ボールはぽすっとグラブに収まり、金城はそれを誇らしげに掲げて見せた。


「へぇ〜、上手くなったもんだな、彼」

「マグレじゃないと良いけど・・・」


ショートの新垣とそんな会話をする。守備練習が一通り終わり、今度は相手チームの守備練習となる。

巽島高校ナインはベンチへ集合し、東田が今日のオーダーを読み上げた。


「新米チームだからここ数日の練習を見た限りで決めた」


そう言われるとメンバーにオーダー表を渡す。

選手達がそれを回し読んでいると金城が強引にそれを奪い取って自分の名前を確認した。・・・が。


「なんじゃこりゃ!何で俺が9番なんだよ!」

「文句言うな、お前素人だろ。それ返せよ」


麻衣は金城から無理矢理オーダー表を取り戻す。自分の打順を見てみると・・・

これは金城のことを笑えないな。少し悲しいが仕方ないと言えば仕方ない。


「だってお前も8番だぜ麻衣!おいじじい、テメェ俺をナメてんじゃねぇだろうな?」

「やめとけ、バカ」


監督に向かってすごむ金城にごつん、と一発拳を頭に落とす。

金城はいってーと言いながらその辺を転がり悶絶していたが放っておくことにしよう。


「今回の対戦相手だが・・・北山高校とか言ったかの。ハッキリ言って強いチームではない」


今まで黙っていた東田が突然話始めた。選手達が再び黙り視線を東田に集める。

東田はほっほっほ、と言いながらしかし、と言って人差し指を立てた。


「1つ、気になるは4番でキャッチャーの今田。バッティングも良く守れる選手。この選手だけは要注意だ」

「要はそいつを俺が抑えれば良いんだろ」


東田の言葉に伊藤がキッパリと言う。その表情は自信に満ちあふれていた。

伊藤はそう言うとグラブを持ってグラウンドへと上がっていった。東田はその様子をニコニコと笑いながら。


「ほれ、お前達も行った行った。試合が始まるぞ」


その東田の言葉に押され、麻衣はグラウンドへと足を踏み入れる。

1年ぶりの実戦、恐怖と期待が頭の中でゆらゆらと動いていた。

怖い・・・だが野球がやれる。それは楽しいことじゃないだろうか。


(ボクは失敗することしか考えてなかった、野球を楽しまなきゃ)


両校の選手全員がホームベース前で二列に並んで向かい合う。

審判が試合の始まりを告げると選手達はお願いしまーす、と大声をあげ巽島高校ナインはグラウンドへと散っていった。


1番 遊 新垣(1年)
2番 中 蒲田(1年)
3番 一 小嶋(2年)
4番 捕 榊原(2年)
5番 投 伊藤(2年)
6番 三 横山(2年)
7番 右 藤枝(1年)
8番 二 相楽(1年)
9番 左 金城(1年)



















1回表、北山高校の攻撃。伊藤がピッチング練習をしている。

その様子を後から内野のボールまわしをしながら見ていた麻衣だったが、伊藤の球には正直感心されるばかりだった。

あの球なら1回戦レベルの相手なら打てないだろう。そう確信させるようなピッチング。


「今日も球が来てる。この調子で行こう」

「ああ」


榊原との一言二言の会話を済ませ、伊藤はマウンドに上る。

榊原がホームベースまで歩いていき、ゆっくりと腰を落とす。審判がプレイボールを高々と宣言した。

伊藤が大きく振りかぶり、その1球目。内角へズバンと吸い込まれるようなストレートだった。


「ストライク!」


相手バッターも面食らったような表情をしている。

こんな9人しかいない野球部にこんなピッチャーがいるとは思いもしなかっただろう。伊藤はマウンドで躍動する。

内角に今度はスライダーを投げると、最後はもう1度ストレートで空振り三振を取った。

審判がストライク、バッターアウトと叫ぶ。相手バッターは呆然としたまま打席を去っていった。

伊藤のピッチングは圧巻の一言だった。この回、1番からの好打順を三者凡退、2三振に切って取った。

満足気な表情を見せてマウンドを降りる。立ち上がりは最高の調子でスタート出来た。


「ナイスピッチ、伊藤君」


榊原が伊藤の元へと駆け寄る。伊藤はこんなもんどうってことない、と言わんばかりにガッツポーズをして見せた。

他のメンバーも伊藤にナイスピッチ、と声をかける。


「へっ、ちょっと良いからって油断してるとコロッと打たれちまうぜ」


ただ1人、金城だけは面白く無さそうな表情をしてベンチへと帰ってきていたが。

今度は巽島高校の攻撃となる。1番新垣がバッターボックスへと向かっていった。


「プレイ!」


審判のコールと共に相手投手が1球目を投じる。外角にストレートが決まった。

感じとしては大したこと無い、平凡な高校生投手という印象。伊藤に比べればどうってことはない。

2球目、カーブを新垣はタイミング良く弾き返した。打球は三遊間を抜け、レフト前へ。

上手く流し打ちをした形となった。新垣は一塁上でガッツポーズをして見せる。

そして2番蒲田がバッターボックスへと入る。最初からバントの構えだ。

相手投手が投げた1球目、これをボールと判断して見送る。判定は予想通りボールだ。

2球目、今度はスライダーが内角へと来た。それをバットに当て、前へ転がす。

相手ピッチャーがそれを処理し、二塁を窺うものの二塁には既に新垣が滑り込んでいた。

仕方なくボールを1塁へと送る。送りバント成功だ。ベンチからは拍手が飛ぶ。

1回からいきなりチャンスを迎えた。このチャンスは何としてでも点を取っておきたい。

しかも打順はクリーンアップだ。まず小嶋がバッターボックスへ入る。

ピッチャー投げて1球目、外角へカーブが外れていった。小嶋はそれを悠々と見送る。

好球必打、甘い球は逃さない。小嶋の頭にはそのことしかなかった。

次のボールも外れて0−2で迎えた3球目、今度は外角いっぱいにストレートが来た。

小嶋はそれを見逃さない。そのボールを押っつける形で流し打った。

ボールは勢いよくセカンドとファーストの間に跳ね、ライトへと転がっていった。

俊足新垣が快足を飛ばして3塁をまわる。ライトは負けじとバックホームをする。

クロスプレーだ。新垣は今田の足の間をくぐるような形でホームへと滑り込んだ。

それと同時にボールが帰ってくる。今田はそれをキャッチすると新垣へ押しつけた。


「セーフ!セーフ!」


審判の手が横に広がった。新垣はすぐに立ち上がるとベンチへと走って帰っていく。

そしてメンバーとハイタッチを交わした。麻衣もその輪の中へと加わる。


「けっ、たかが1点で騒ぐんじゃねーよ」


相も変わらず、1人だけいじけている男が。こいつは自分が何かしないと喜ばないんだろうか。

金城はベンチで腕組みをしてその様子を面白く無さそうに見ていた。

そんなことをしているうちに、グラウンドではまた声援が上がっていた。

4番榊原がセンター前ヒットを放ったのだ。ファーストランナー小嶋はこの間に一気に3塁まで到達する。


「5番 ピッチャー 伊藤君」


場内アナウンスのコールに押されるようにして伊藤がバッターボックスへと向かう。

更に加点するチャンス、自分の手で相手を引き離しておきたい。

伊藤がバッターボックスに入ると今田がちらりと伊藤の方を向いた。

相手ピッチャーが投げた1球目、ストレートが高めに外れる。

このピッチャー、初回からボール球先行でとても調子が良いようには見えない。これはチャンスだ。

伊藤への2球目、3球目共に外角へ外れる。そして結局次の球も低めに外れストレートのフォアボールとなった。

これで巽島高校、1死満塁のチャンス。初回から大量得点の予感がしてきた。



















123456789
北山高校0 0
巽島高校1 1





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